椅子のコレクション

2016年1月10日 (日)

「アトラス」と「カリアティド」の椅子。

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さて、このアフリカの王様の椅子の脚なのだが、ワタクシとしては何となく不愉快で、こんなことは有ってはならないスタイルなのだ。昔の中国の遣唐使の時代には奴隷をこういう使い方をした記録を読んだことがあるが、まさにゲスの極みだ。

このところヨーロッパの装飾様式を調べていて、偶然こんな写真を見つけた。

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ギリシア神殿の女人像柱なのだが、男性像柱を「アトラス」と言い、女人像柱を「カリアティド」と呼ぶのだそうだ。

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家具や燭台の脚に良く見られる様式だが、ギリシアの哲学者やらヴィーナスなら気にならないが、どうもアフリカ人や中国人だと、いかにも有りそうなシチュエーションで、可哀そうでグロテスクでイケナイ。

偏見だろうか。

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2015年6月20日 (土)

椅子を磨く日々。

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昔、信州の松本の中心部、女鳥羽川沿いに「まるも」という喫茶店があって、今もあるかどうかは定かではないが、ここの椅子は、池田三四郎の提唱した“松本民芸家具”で、この喫茶店の親父は信州文芸の中心でもあって、松本の文化人が集まる喫茶店でもあった、はずだ。

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オイラ、百貨店で「信州物産展」も担当していたから、好きな信州、とりわけ松本には用も無いのに出張をでっち上げて何度も遊びにでかけていたが、企画担当としては大事なことで、遊びながら随分と仕事をさせていただいた。当時はまだ30そこそこだったワケだが、信州や民芸家具というと随分と年寄り趣味だと思うかもしれないが、当時もっともオシャレだった“アンアン”やノンノ“”“るるぶ”といった雑誌がしきりと信州の特集を組んだりしていて、それはとっても“ナウい”ことであったんだ。

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さて、内職して大学の授業料を支えてくれた母親のことを思うと、ヒッピーにもなれなかったし連合赤軍にもなれなかった若者が社会にでて、しかしどこかでいつも管理社会からの脱出を夢見ているところがあって、その夢のかたちが喫茶店の親父で、雑誌が紹介した、信州松本の“まるも”の親父の日常は、傷ついたサラリーマンの憧れだったのだ。毎日、開店前に椅子を磨いて香りの高いコーヒーで客を迎えるという妄想だったワケだが、妄想は妄想にしておいて良かった厚生年金の有難さ、みなさんいかがお過ごしでしょうか?

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さてさて、ダンテスカスタイルのスペイン製のアンティークの椅子。その頃、手に入れた椅子だからもう30年以上たつわけで、買った当時が80年以上前という触れ込みだったから、ゆうに百年は超えているわけで、文句なしにアンティークなわけだ。

ダンテスカ、つまり「神曲」の詩聖ダンテの書斎で使われていたものと同じスタイル。背板の、斜め帯(ベント)と王冠の紋章そしてアカンサス模様、肘掛や脚の三日月の彫刻、X部のロゼット飾り、ムーア族(イスラム)の色濃いムーリッシュスタイル。

この椅子をブログに初めてアップしたのが06年の12月だけれど、その頃の写真と比べると随分と磨き上げたものだ。

ヒッピーにも、連合赤軍にも、喫茶店の親父にもなれなかった老人の、椅子を磨く毎日。悪いか?

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2015年5月31日 (日)

テーブルの脚線美。

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昨日届いたアンティークのコーヒーテーブルの脚が美しいのだ。シンプルなアールデコの轆轤(ろくろ)で、どことなく中世を感じる部分もある。1930年前後のイギリス物。

かなり状態の良いものだったけれど、さらに、塗装の表面の劣化をユニウールで削り取り、リベロンのアンティークワックスを電動ドリルのフェルトのパフで塗りこんだ、強引な方法だから注意深くやる必要があるが、半日がかりだった。だが、まだ当分磨き続けるワケだ。

アンティークの愉しみは、生き返らせて更に美しく育てることだ。

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テーブルは、天板は勿論だが、脚の美しさが命だ。

オイラじつは脚フェチなんだ。美しい脚があれば何杯でもゴハンが食べられる、ごはんがね。

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2015年5月19日 (火)

徹底的にアンティークな部屋する。

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オイラ、もう働いていないからお金がないんだ。今月なんか特に!今月はもう給料もないし、年金だって偶数月だから今月は、ないんだ。「来月に予定していた夏のボーナスだってないじゃん!」と家内のボヤクこと、ごめん突然の退社だったから、全部オレが悪いんだ。と、いきなり貧乏物語で恐縮。

さて、そんなこんななのに、こんなことを書くなんて顰蹙(ひんしゅく)だけれど、世間のことなんかどうでもイイんだ、オイラ天下無敵のドロップアウトシルバーだから。

だから、この際、徹底的にインテリア、そう、アンティークコレクターとしての部屋の仕上げに掛かろうと思うんだ。 と、いきなりの話題の転換でごめん。これがオイラの文法なんだ。

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我が家の応接兼コレクションルーム、つまり王国の接見の間は、椅子とソファーが混在していて、椅子の座の高さとソファーには10センチの違いがあるからかなり不都合があったんだ。

オイラあの、応接セットという奴が、いかにも小市民的な気がして嫌いなんだ。だから、応接セットなんか買ったことがなかったから、二十代の後半に買った、飛騨産業の名作「穂高」の一人用のソファーとロッキングをいまだに使っていて、クッションのゴムも一度自分で取り替えたし、マットも一度とりかえて使ってきた。40年近くなると、さすがに木も乾燥したり粘りを失って、脚は3ヶ所で折れ、オイラが自分でボンドとモクねじで直してあるんだが、最近ゴムがまたへたってきたし、ミスボラシクなったから、人生最後の生活投資をすることにした。つまりソファーを買い換えたんだ。

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そうと決めたら、そこはやはり、アンティーク的でイギリス的であるべきであって、やはりイギリス的ソファーの代表・チェスターフィールドが第一候補だ。

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チェスターフィールドは、皮革の大振りなソファーで、ボタンダウンが特徴的な豪華絢爛たるものだが、豪華ではあるがフランス物のような浮ついたところが無く、映画の中の弁護士事務所やらお医者さんのイメージ。

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この大振りな姿が貴族的で良いのだが、なにより座面の高さがウィンザーチェアーなどの我が部屋のコレクションの椅子と同じなのが良い。小さな女性だと座ると脚が宙ぶらりんになってしまうのだが。

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さて、我がカースルは、ウサギ小屋だから、マナーハウスのような天井までの暖炉があるような大きな部屋があるわけではない。チェスターフィールドのソファーは、せめて20畳の広さがないと置けないしろものだ。

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多少すっきりしたデザインのもあり、アールデコとミッドセンチュリーの中間あたりの上の写真のものなんかは、オイラの求めるテイストなんだけれど予算が合わない。

コンパクトサイズの物もあるが、肉厚のオーバーサイズこそがチェスターフィールドの醍醐味なわけで中途半端は、貧乏くさいかもしれない。なにより、20畳に少し足りない部屋で、部屋の真ん中で部屋を分断させるような置き場所だから、大げさなものは置けない。

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そこで思いついたのが、このイタリアンクラシックのロココチェアーなんだ。ロココ調というと、下品な韓国ドラマのセットのような、意味も無く豪華な悪趣味なイメージがあるが、抑えたデザインの物なら良いし、なにより無駄に肉厚でないだけ場所の収まりが良い。

この椅子は、チェスターフィールドの肝であるボタンダウンが効いていて良い。イタリアンクラシックという分類は目をつむってチェスターフィールド的なボタン止めだけを見ることにした。皮はこの黒が渋くてよいのだが合皮しかない。やはりこの手のものは裏まで本革でなくてはいけない。だいいちアンティークコレクターとしては、エイジングの楽しみがない。

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我がカースルの接見の間は、直射日光は入らないし、床は黒のタイルなんだ。この黒い床が、たまらなくココロを静めてくれてお気に入りなのだが、蔦が覆う中庭といい暗くて少し病的ではある。妥協点としてブラウンという手も考えたが、大正村の医者の待合室ですか?とかなんとか言われそうで、自分のことは自分だけで決めることにした。

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さて、そんなこんなで、このレッドなんかどうよって、当初は圏外だった派手な赤色がオイラのアタマの真ん中にきた。

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この赤こそ、イギリスのロイヤルカラーであり。ロココとしては抑制の利いたフレームがエドワード七世の時代あたりを感じさせる。もちろん今物だが、本革だからエイジングの楽しみもあるし、赤ってエイジングを上手くやればとても良くなるんだ。これで暗すぎる部屋が少し明るくなるかもしれない。いや、むしろ赤は暗い部屋に置くと意外に暗く、それなりに、なじむかもしれない。そうだ、薄暗い部屋の「赤」、これこそがオイラのアンティークな世界ではないか!なんちゃって。

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ちなみに、この手の皮のソファーの「本物のアンティーク」というのは、大変で、皮はボール紙みたいにもろくなっているしスプリングは錆びてボロボロだし、木部は乾燥して簡単に折れたりする。使うことを前提に買ったりすると泥沼に嵌まるんだ。箱物家具のアンティークは良いが、使う為の椅子はリプロがベターだと思う。

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カメラを代えたから、写真がかなり変わったことに気がついていただけたかしら。

家内は、この椅子すら気がついていないみたいだけれど。

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2014年4月21日 (月)

読書。

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永く勤めた会社を辞めて浪人中に、よく通っていた本屋さんの中にある喫茶店で、これから毎日、一冊づつ本を読むとして、死ぬまでに、どれだけ本が読めるのかなと考えて、ガラス越しに本屋の棚の本を数えたコトがあるけれど、本屋の、ほんの一角しか読めないことに気がついて、人生というのは以外に短いのだなと思った。

あれから読んだ本は、一日三冊の日もあったが、一週間で二冊程度の時もあって、平均で一ヶ月15冊、一年で180冊、八年で1,440冊。多いように思うが、まだ本屋さんの1コーナーを脱していない。

椅子が好きなんだ。

 iphoneで撮った写真なんだけれど結構つかえるよね。         写真 桑名・六華苑

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2013年9月25日 (水)

椅子の脚。

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床にアンティークを置いて写真撮りしていて、ふと横をみたら面白かったから撮ってみたのだけれど、まったく退屈しのぎの写真でゴメン。

このアングル以前にアップしたような。

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2013年2月 2日 (土)

アフリカ セヌフォ族 王様の椅子。

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さて、このところ少し派手な写真が続いたから、少し画面の温度を下げる為に、椅子の写真を挿んでみたけれどドウだろう。

陶器の写真はキラビヤカで頭が痛くなる、という人がいるかもしれないが、「木」の物にそういう事を言う人は、いるかもしれないが少ない。

日本民藝館の館長、柳宗理はアフリカンアートを「美の始源体」と呼んで、美の生誕の源、今日言われる美術でもないアートでもない、それ以前の美の発芽。即ち無意識の美 Unconscious beautyと絶賛している。

コートジボワール(象牙海岸) セヌフォ族の物。怪鳥カラオ(日本名サイチョウ)が手摺りにあしらわれ、脚部は男女それぞれ2対の立像。

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2013年1月16日 (水)

松本民芸のウィンザーチェアー。

L1005544若い頃、随分と無理をして買った椅子なんだ。28才で初めの家を建てた時だから、お金なんて本当になかったんだけれどね。

おまけにその頃、会社がオカシクなって、ボーナスだって一ヶ月しかなくて、しかも半分は社内預金にという有様で。

我が家に届いてまもなく、息子が超合金のロボットで座の部分に見事に疵をつけてくれたけれど、お父さんはジッと我慢したんだ怒らずに。

疵が付かないプラスチックの家具なんて家具ではないんだ。疵もまた我が家の歴史になるんだと。粋がっていたけれど、お父さんの引きつった笑顔をみて、その後、この椅子に疵が付くことはなかった。

でも、部屋の造り付けのクロス張りのプランターにマジックで見事なチューリップを描かれた。犯人は今、グラフィックデザイナーだけれどね。

椅子のコレクションなんてカテゴリーを作ったけれど、コレクションという程、椅子があるわけではないんだ恥ずかしい。でも、我が家の椅子には、オイラが考えた、こうあるべしというベシがあるんだ。

この椅子の本当の美しさは、写真には写ってはいない脚の部分なんだ、松本民芸家具 馬足ウィンザーチェアー なんて言葉で検索すると、オイラが昔かいたブログが出てくるから、よかったら読んでみて欲しい。

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2009年6月17日 (水)

「アンティークな椅子の時間」

Chairs_004 時間は流れなどせず、物質の存在自体が時間そのものなのだそうだ。(中略)おそらく時間には「物理的時間」と「人間の時間」とがあるのであって、ならばひとはひとの作り上げた「人間の時間」をもっと誇ればいいのだ。

 ある、蕎麦屋のご主人の言葉だけれど、いまひとつしっくりいかないところがあって、どう読み替えようかと、先日から考えていて、いまもしかし、いいフレーズを思いつかない。

「時間は流れなどせず、物質の存在自体が時間そのものなのだそうだ。」 つまり流れのなかの大石の様に、大石の存在によって流れが認識される様に。

置かれた、時代物の椅子の、存在自体が時間であり、「自分の時間」との差異こそが「時の流れ」というのではないか。

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2009年6月13日 (土)

エルボーグリース。

Chairs_002 「イギリスでは椅子にはエルボーグリースがいちばんというんです」。

エルボーグリースとは肘の脂。どんな油で磨くよりも、日常的に使ってやることに勝る手入れはないというのだ。

この言葉の背景には、人と過ごした親密な時間の記憶が椅子をより美しくすることを熟知している文化の存在がほの見えはしないか。        Stylebook on Antique Chairs

さて団塊堂、今日は突然、椅子磨きを思い立って、椅子のワックス掛けをしたのであります。先のブログで話題にした、リベロンのアンティーク家具用のワックスであります。黒水牛の脂ですからケダモノ臭があります。

この、アフリカの椅子など仕上げはプリミチブでツヤなど意識してつくられていませんからザラツイタ表面には埃が目立ちます。ワックスでシットリと艶を与えると彫刻が見違えるように活き活きとしてきます。

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