「アンティークな椅子の時間」
時間は流れなどせず、物質の存在自体が時間そのものなのだそうだ。(中略)おそらく時間には「物理的時間」と「人間の時間」とがあるのであって、ならばひとはひとの作り上げた「人間の時間」をもっと誇ればいいのだ。
ある、蕎麦屋のご主人の言葉だけれど、いまひとつしっくりいかないところがあって、どう読み替えようかと、先日から考えていて、いまもしかし、いいフレーズを思いつかない。
「時間は流れなどせず、物質の存在自体が時間そのものなのだそうだ。」 つまり流れのなかの大石の様に、大石の存在によって流れが認識される様に。
置かれた、時代物の椅子の、存在自体が時間であり、「自分の時間」との差異こそが「時の流れ」というのではないか。
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