ガーデニング

2019年5月23日 (木)

わたしのニルバーナ 今年の庭。

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西洋の庭園思想を辿ると、ギリシア・ローマの「アルカディア・桃源郷」やキリスト教の「エデンの園」に行きつくが、これらの庭園は、たわわに実る果樹が重要な要素だが、日本庭園ではこうしたものは排除されている。

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仏教の極楽浄土や蓬莱などの楽園思想・庭園思想には生産に結びついた農作物はみられない。

我々が今、イングリッシュガーデンと呼んで憧れる鑑賞を主にしたイギリスの風景式庭園は18世紀以降に現れたものだ。

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西洋の庭が、いかに生きるかというテーマのキリスト教の、修道院の食料生産の為の庭から発展したものとするなら、仏教寺院の庭に発する日本の庭は、いかに死するかというテーマの仏教の浄土の具現であり、生産や労働を止揚した精神の理想郷の具現化である。

のどかな農村風景は理想郷であっても我々には庭園ではないし、豊かに実る果樹園は庭園ではない。  な~んちゃって。

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まあ、そんなことを小難しく語ってみたかった老人の今日この頃だが。

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男、還暦を過ぎて、庭も芸術も歴史も語れないヤツなんてクソだぜ! なんてことをヘタに言ったりしたら気が狂ったように遠くで吠える老人がいるから、老人なんてものはろくでもないヤツが多いからホドホドの付き合いに収めている。

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さて、毎年、その年の庭の完成形を写真に撮ってブログに残しているが、庭に完成形など無いのであって、あの花が咲いたらと思っていると、こちらの葉がしおれ、この葉がひらいたらと思っていると、あちらの枝が徒長したりしてナカナカ写真アップの踏ん切りがつかない。

梅雨入り前のこの時期に撮るか、梅雨で徒長した植物を剪定して充実したところを撮るか、いや、梅雨の長雨で折れたり、虫に食われたりで梅雨の後ではリスクが大きい。

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今年も、上手くいかなかったことも二三あるし、まだこれからのこともあるが、今、パティオの壁面緑化も、裏庭の壁面も強剪定にもめげず新緑に覆われている。下草も今年は特に充実している。

 

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老人の、ささやかな秘密のミュージアムは緑に覆われて至福の時を迎えている。

 

ニルバーナ 没入の至福。

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老人は、緑の光のなかで、一日なんども死んでいる。

 

 

 

むかついたらゴメン。

君はそうして怒り狂って死んでいくのか。

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2019年4月25日 (木)

庭で。

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老人の人生など、すでに終わっているが、庭に出ると、まだやることがある。

計画通りに行かない事など自然相手では当たり前だが、計画は大事で、計画があるからこそ環境の変化も逸脱も認識できるワケで、老人は庭でコツコツと小手先のことをしながら作業に埋没し、計画を見直したり反省したり改善したりしている。

古希を迎えて未だやることがあるというのは、なにやら余裕がないように思えるだろうが、もちろんやらなくてもイイようなことだったりするワケだが、低く暮らして低いこころざしで生きるか、低く暮らして高く思うか、人間それぞれだが、自然は寛大なようで冷徹だったりするわけで、隙があったり思い上がりがあれば容赦なく結果を突き付けてくる。ボーっと生きていて庭のフィットネスは保つことはできない。庭のフィットネスは老人の心のフィットネスでもあるんだ。

老境にあっても、高く思い努力することが、至らなかったあの苦渋の時代のリカバリーであり、老人の魂の解放の作業なんだ。極楽は造るものなんだ、造れるものなんだと思う。

一人でする土や植物を相手のことは瞑想に似ているが、決してボーっとしているだけではない。次から次へと出てくる問題に対処しながら、それに追われることが喜びでもあるのだ。あまりにも無限だから傍目にはボーッとしている様に見えるが、尽きぬ問題や作業は、尽きぬ庭仕事の喜びでもあるのだ。    なーんちゃって。

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2019年4月17日 (水)

今年も、ウラシマ草の花が咲いた。

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この時期の、うらしま草の開花のご報告は、すっかり老人のブログの定番になってしまったが、今年もウラシマ草の花が咲きました。

去年のブログでは、うらしま草の数を25本と記しているが、今年は46本と増え続けている。

 

うらしま草は都道府県によっては絶滅危惧種に指定されているような植物で、当地の岐阜県では準絶滅危惧種に指定されている。

老人の庭に、うらしま草が来て20年近くなるから、すでに第三世代くらいになっているハズだ。

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当初は地植えにしていたが、数年前から鉢上げして管理し始めて、サトイモの様に球根が分球したり、実がなり翌年それを蒔いて株は増え続けている。残念ながら花が咲くまでには五年近くの時間が必要で、老人は、浦島太郎になってしまいそうだが、今年から、育った株を再度、地面にリリースしている。

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実生のものは、ひ弱だが、分球したものは茎もしっかりしていて頼もしい。このままいけば更に分球して来年は、60本以上になりそうだ。花が付くまで五年以上かかるめんどうな植物だ。花の数は、今年は二本だが、このままいけば三年以内に五本、五年以内に十本くらいは咲きそうだ。

廃墟趣味の小さな庭に、数十本のウラシマソウの花が咲いたら壮観だ。怪奇趣味的ではあるが、いかにもヴィクトリアンで、老人は好きだ。

先日、来客があり、老人よりは一世代下の方だが、庭をみて、植物は全て「和」の物なのに見事に洋風の庭ですね、と褒めていただいた。イングリッシュガーデンの要諦は日本の植物を用いることではないかと、少しガーデニングについて語ってしまった。

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ウラシマ草 パンダ出目金 ネオヴィクトリアン ブルートゥースでジミー・スミスの、古希老人の今日この頃だ。

 

 

 

 

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2019年4月10日 (水)

春の雨。

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暖冬だったのに、春先になって寒い日が続いて、庭いじりも少し盛り上がりに欠ける老人の今日この頃だが、去年は、隣家の新築で我が家の日陰の庭も少し改善され、壁面の蔦が伸びすぎて膨らんできたから、この冬は思い切って強剪定した。
お陰で、庭は今みすぼらしい状態だが、あと一か月もすればツタの新緑が展開し見頃を迎えるハズだ。老人の王国のシンボルプランツ、ウラシマ草も、今年はたくさん展葉している。来週あたりは開花のご報告ができそうだ。


それにしても、冷たい雨だ。庭の水槽の金魚が一匹天国へ旅立った。 ゴメン、私が悪かった。

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2018年5月 9日 (水)

作庭。

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緩いものだけれど計画の集積で決して自然などではないが、ときどき作為以上の結果がでることがあって自然というのは面白い。
 
人生だってそうだ。

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2018年5月 3日 (木)

蔓草に覆われた廃墟の庭。

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お隣の新築で、少し明るくなった中庭が、このところの暖かさと雨で、塀の蔦もギボウシもシダも、何もかもとても元気で、蔓草に覆われた廃墟の庭の様相を呈してきた。
 
 
まだ、五月半ばに入らないと、大きくなりすぎて植え替えたメインのプランターのアジアンタムもハンギングのオリヅルランも姿を見せないが、それを除けば、既に剪定が必要なほどの緑であふれている。
 
これなんだな、目指したものは、蔓草に覆われた廃墟の庭。
ならば、剪定などせず、ひと夏、緑の暴走を眺めているのも一興か。
 
新緑に、身も心も洗われるような、老人の今日この頃だ。

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2018年5月 2日 (水)

バラが咲いた。

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バラが咲いたと歌ったジゴロがいたな。
今も咲いているのだろうか。
 
 
うすら汚い白髪のチョンマゲ 口髭
ライフスタイルなんて言ったかな
 
ハッタリなんだよハッタリ
 
老人は、きちんと床屋に行ったほうがいい。ただでさえ汚いんだ。

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2018年4月21日 (土)

すみれ。

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スミレと言えば、田んぼの畔の日当りの良い場所の植物なのだが、意外と日陰の庭でも育つ。

  

 

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2018年4月12日 (木)

うらしま草の群落が出現。

さて、我が王国の秘密の花園のシンボルプラントである“うらしま草”が今年も咲いた。
うらしま草を植えたのは、この庭が出来た翌年だから、もう17年にもなるワケだ。

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山奥に釣りに出掛けたついでに、道端の「山野草あります」という看板を見るとついつい車を停めてしまい、欲深な老人が裏の山から採ってきたような物に結構イイ値段を付けていたりするのだが、まあ、爺さんも贅沢をしている様子でもないし、年金の足しにでもなればと、ちょっとムカつきながらも買うハメになる。
 
 
標高千メートルちかい、カモシカや熊が出るような山奥の山野草が、都会のムサクルシイ箱庭で育つはずもなく、大概はカワイソウナ結果になるのだが、このウラシマ草だけは、見事に我が庭に定着した。
 
 
最初の一本と、二三年後に入れた一本、この二本が、球根の分球や、実生で今や25本に増えた。喜んでばかりはいられない。今年は分球が多いということは、代替わりの予兆か? 
とすれば、当分は花の咲かない観葉うらしま草ばかりという事になる。次世代の養成が急務だ。

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種が発芽するまで三年、球根の分球したものでも花が咲くまで数年かかるという、時間のかかる植物で、姿かたちが、これだから支柱は欠かせない。支柱を林立させ、無理やりでも、一日でも長くもたせることが球根の肥培に必要だ。     
 
 
以前は、庭に地植えしていたものを、ここ数年は管理の為、鉢上げして育ててきたが、来年は、充分な大きさになったものは、庭にリリースしてやろうと思う。25本もあれば少し枯れても大丈夫なワケで、庭に数か所、ウラシマ草の群落がつくれる。ただし、まだ当分は花が咲きそうにないが。
 
 
ヘビが鎌首もたげたよう花で、家内は嫌いだというが、廃墟趣味に怪奇趣味が混じるヴィクトリアンな庭には、極めて雰囲気がある植物だ。以前にも書いたがバラクライングリッシュガーデンの英国人のガーディナーは、これを一番のポイントに使っていた。
 

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夏には枯れて地上部は姿を消す植物なのだが、雨風によって倒れるのを防ぎ、乾燥から守り、直射日光を避けて、なんとか八月の声を聴くまで地上部をもたせるという苦労があるワケだが、我が家の増殖ぶりをみても、手間はかかるが難しいものではないような気がする。
 
 
庭でウラシマ草と、人生の光と影について語る、老人の今日この頃だ。
 

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2018年4月 5日 (木)

日陰の庭が戻った。

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老人の王国の日陰の庭は、日なたの庭に比べてホボ1か月遅れのカレンダーで進む。
 
ようやく隣家の工事の足場がなくなり、庭に明るさが戻った。
 
去年は隣家の解体に続き、日陰の庭が、いきなり日なたの庭になってしまったりで、フィットネスを崩されてしまった庭だが、工事が終わり、今後数十年は続くと思われる新しい環境が見えてきた。
 
日陰の庭には変わりが無いが、以前に比べれば、明るく風通しもよく、街中の市街地の中庭としては、程よい環境になった。
 
三方を隣家に囲まれた敷地だから、「明るい」ということは望むべくもないワケで、暗いという前提で、適度な明るさを求めて設計した家だから、いきなり明るくなった去年はビックリしたが、家というのは適度に暗いというのも必要で、明るすぎる家というのもワタクシ的には好きではない。庭だって同じだ。
 
人は公園で日陰で休むように、庭も家も休む場所だから。
 
だいいちアンティークのインテリアも、廃墟趣味の庭も、適度な暗さのなかでこそ成立するものだ。
 
日陰のスミレが、ささやかに花をつけ、老人の庭のシンボルプラント「ウラシマ草」が展開し花が見えてきた。この冬の寒さで遅れていた壁の蔦が芽を膨らませてきた。この後、数日の雨で葉が展開するはずだ。
 
一年の間で一番みすぼらしかった庭が、ようやく元気を取り戻しつつある。

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