野に咲く花のように

2018年11月 8日 (木)

黒紅葉。

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老人は、このところすっかりゴス爺して、中世を歴史散歩しているワケだが、昨日は退屈しのぎに、こんなイタズラをしてみた。
モノトーンで、黒ゴスなテイストで、博物的でナカナカいい。
書斎の天井もしてみた。

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2018年10月 9日 (火)

休眠期。


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もう少し掘り下げてみたり、拡げてみたり、絞ってみたり、するつもりです。

ブログは、しばらく休みます。    ゴス爺

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2018年9月26日 (水)

またまた台風。

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この週末は、また台風で大変なことになりそうですが・・・。
当ブログが止まってしまっているのは、過日の台風の関西空港水没による閉鎖の影響なのです。

関西空港取り扱いの外国からの荷物が成田や羽田に集中。通関作業のパンクのみならず東京行きの貨物便の奪い合いで、荷物が現地で滞留してしまい、輸送業者も現地の倉庫がパンク状態という。

ということで予定していたアンティークの到着が大幅に遅れてアップできずにいるのです。
既にブログは書いてあるのですが。

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2018年9月10日 (月)

コルトレーンの60曲を6時間39分聴く。

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今日は、月曜日のルーティンワークの掃除を済ませて、コルトレーンのA Giant Step In Jazz:John Coltrane全60曲6時間39分を、朝の八時半から途中昼食を挟んで、さきほど四時少し前まで聴いた。もちろん、読書しながらではあるが。
ブルートゥースのアンプもサブウーファーも最高だ。
老人は、毎日が自由研究の夏休みだ。

だが、少し疲れた。

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2018年9月 6日 (木)

どうなっとるんだ?

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地震の後は豪雨で、そのあとは災害といえる猛暑で、その後は二度の台風で、今日また地震。

明日からは、また当分雨のようで、今週末の郡上おどりの“踊りおさめ”は雨か?

雨を面白がって踊る季節でもないし、なにより雨にデジカメは弱いし。雨なら止めだが、なんだか収まらない納めになりそうだな。

鎮魂の、そして除災の踊りを踊って、災難を提灯で送りたいのだが。

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2018年8月11日 (土)

コレクション。

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郡上おどりも、同じだわな。

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2018年7月24日 (火)

遊行期。

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なにかと、老人の人生の折々に、影響を与えた五木寛之氏が、かつて「林住期こそは人生の黄金期なのだ」と説いた。

学生期(がくしょうき)、家住期(かじゅうき)、林住期(りんじゅうき)、遊行期(ゆうぎょうき)と、古代インドの、人生を四つに分ける思想をもとに、人の一生とは何か、それぞれの時期においてなにをなすべきかを説いたのだが、その師が「遊行期」についてさらに書いていた。
十年程まえに書かれた「遊行の門」という本だが、遊行期とは、人生最後のしめくくりである死への道行きであり、幼い子供の心に還っていくなつかしい季節であるとし、「この世に生を受けた人間は、ちゃんと世を去ってこその人生である。」としている。

あの念仏踊りの一遍上人(いっぺんしょうにん)は、捨て聖(すてひじり)と呼ばれ、遊行上人(ゆうぎょうしょうにん)とも称され、手を振り足を踏み鳴らし、踊りの熱狂と遊びのなかで念仏をひろめ浄土を現した。

この時期、郡上踊りなどに興じる老人には感じるものがあるが、五木師は、「遊びに出た者は、いつか帰らなければならない。“遊行”とは、死に場所を求めて、あてもなくさまよう季節ではない。子供のころに還って遊び歩く時なのである。」としている。

老人より18歳年上の五木師の10年前の思索だからまだ少し時間があるが、老人の心に染み入るものがある。

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2018年3月20日 (火)

晴れの日も雨の日も。

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晴耕雨読というが、耕すような畑もないわけで、老人は、晴れの日も雨の日も退屈しのぎに本を読んでいるわけだが、机に向かって本を読むなんてことはないワケで、ほとんどソファーでデングリ返って読んでいる。

去年の今頃はアンティークタイルに嵌まっていたなと、ヴィクトリアンアートのグロテスクが懐かしく、昨日からウィリアム・ド・モーガンの事なんかを勉強している。

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2018年3月18日 (日)

この夏の老人。

さて、急に暖かくなったとおもったら、少し寒さがぶり返したりして、いつものことだが。
 
 
キーンのジャスパーの底に穴があいた。キーンは売ってる時に細身に紐を締めてあるとオシャレだが、足の形に合わせて拡げるとなんてことは無いただの登山靴でたいして面白くなかった。アッパーはどこも傷んではいないのに、底に穴が開いて使えないというのもシャクだが、老人は天気の良い日だけしか外へ行かないから靴のアッパーは傷まない。
 
 
まあ、しょうがないから、安物のレースアップのマウンテンブーツ風のLEEのオックスフォードをアマゾンしたのだが、アンティーク風のブラウンのグラデーションが安っぽくてよくないから、黒で染めてやったら焦げ茶になって落ち着いた。とてもイイ味だ。
ブラウンと言えば、ベルトが切れたので、ブラウンのむら染めの革のベルトをアマゾンした。パンツの革のトリミングと合ってとてもいい。
 
 
お気に入りの和染めのTシャツが色褪せてきた。一度だけは染め直しをしてくれることになっているから、今年、もう一枚購入してついでに染め直しを頼もうと思ったが、面倒なので、アヴィレックスの白のTシャツにした。
 
 
老人はただでさえ見てくれが汚くなるからTシャツは白に限る。しかし残念なことに、ただの白だと、「丸首の下着で夕涼みのサザエさんのお父さん」になってしまうから、アヴィエーターテイスト(飛行機乗り)の袖にポケットなどアシラッタものにした。
 
 
まあ、この夏の老人のコーディネイトは、きわめてオーソドックスなものだが、差し色で靴下をラソックスのブライトミックスという意表をついたものにしてみた。老人の意地だ。
浮気は文化という石田ナニガシのように裸足で靴を穿くほど若くはない。臭くなるしねアシは。
 
 
石田ナニガシの足だって臭いと思うぞ、もう老人だし。
 

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2018年3月16日 (金)

MJQだな。

身体の大きなバカたちの話やら、右翼に乗せられたバカ殿や、その女房のキャラメル屋のバカ娘のことや、ケツの穴の小さなレスリングバカの話なんかを一日中テレビでやってるからウンザリで、ひたすらブルートゥースでジャズを聴きながら読書の今日この頃だが、こう書くとまるで、あいつは馬鹿だ、こいつは馬鹿だとみんなを睨みつけている、行き詰った攻撃的社会不適応型老人のアイツのようだなと反省。
 
なにも画になることをしていない今日この頃だから写真がない。
 
読書のBGMは、やはりMJQだな。洒落ているよね。

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