閑話休題

2009年10月27日 (火)

ねばならぬ。

091027_002 すべてのコレクターの到達点は完集にあって、つまりこれと決めたものの完全なる蒐集であって、総ての種類の完全なる蒐集であったり、総ての時代の完全なる蒐集であったり、そのうち欠けている物があれば、それはあらゆる困難を排して手に入れねばばならないのであって、そのミッシング・リンクになっている種類の物が何処かに有ると知ったら千里の馬に乗ってでも行って手に入れるのだ。そして手に入れたら、ヘナヘナとその場で倒れこむ程の快感を得るものだけれど、手に入れたとたんに次のミッシング・リンクに向かって走りはじめるわけで際限がないけれど、際限の見えるような物ならばコレクションの対象としてはくだらない物なわけで、その人の器の大きさや人生の大きさが際限を決めるところもあってほとんどのコレクターはそのストレスにクタクターなのだ。・・・・なんてくだらないオチで御免。

団塊堂、“器の小さなお人”ですから、この程度で、そこそこシアワセを感じる今日この頃ですが、みなさん如何お過ごしですか。

新型インフルエンザのワクチンが来る前に大流行で、ワクチンって予防薬なわけで、我われ庶民は来年三月だなんて、マスゾエの仕事が如何に口先だけだったか思い知らされる今年の秋であります。でもね、6000円の予防注射なんて打つのかよ庶民は?6000円あったらロイヤルウースターの19世紀の手描きのアンティークカップが買えてしまうもの。

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2009年10月14日 (水)

秋の日に。

090623_001 バンブの蚤の市へゆくには、たとえば地下鉄のサン・ジェルマン・デ・プレ駅からなら、四番線ポルト・ドルレアン行きにのり、モンパルナスで十三番線シャティヨン・モンルージュ行きにのりかえ、ポルト・ド・バンブ駅でおりる。三十分くらいだった。

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気に入った写真が撮れたので、ブログを書いてみようと思ったけれど、ちょつと手にしたパリのガイドブックの文章があまりに雰囲気がよくて。

写真と併せると、ひとつの詩のようではないか。なんの意味もないけれど。

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2009年8月22日 (土)

絶滅危惧種・鉄板焼スパゲッテイ。

090821 父一人息子一人で、親父にパラサイトしながら親父の介護にウンザリしている同期のナベちゃんが電話をしてくる時は、「何か美味い物を食べに行こうよ」というのが口癖だ。

団塊堂は「美味しい物を食べたい」なんて考えは下品で、ましてや男二人で美味しい物を食べたいなんて事は、馬鹿みたいな事に思うのだ。まして、オイラ毎日美味しい物を食べているから、更に美味しい物をとなるとそんな事は無理で(笑)、非日常的な美味となると多少思いつかない事もないではないが、どうせ勘定の時はトイレに立つナベちゃんだもの、いい加減にしろ!って感じなのだ。

しかし、まあ「美味しい物」って思って考えてみても、あまり思いつかない。「とても不味い店」なんてものは幾つかあるけれど、本来、美味しいという事は普通の事で、際立って美味しかったなんて経験は、お店の雰囲気だったり、食事の相手との相性だったり、その日の出来事を含めてだったりする。冴えない男二人で美味しい?無理な注文だよナベちゃん。

冒頭の写真は、名古屋名物の「鉄板焼スパゲッテイ」なのだ。だがしかし、名古屋の人に「鉄板焼スパゲッテイ」といっても全く通じない。名古屋の人は普通にこれを「イタリアンスパゲッテイ」と呼んでいて、東海三県下では、スパゲッティと言えば、こうしてステーキやハンバーグの様に、熱っ~い鉄板の上に薄く溶き玉子を流してケチャップに絡めたスパゲッテイを載せて出てくるものなのだ。トッピングはウインナー、これに粉チーズとタバスコをタップリ掛けて戴く。

団塊堂など生まれてこのかたスバゲッティとは、鉄板の上でジューツって言いながら出てくるものだと思っていて、これが名古屋・東海地方の独特のスタイルだと知ったのは社会に出て数年たってからの事だった。

この「鉄板焼スパゲッテイ」いまやナカナカお目にかかれないメニューで、なにより「喫茶店」そのものが絶滅危惧種で、「喫茶店」と「鉄板焼スパゲッテイ」の2つのキーワードを揃えるなんて事は、すでに“穴場情報”のタグイなのだ。

さて今日は、床屋の帰り、柳ケ瀬の赤いレンガのビルの地下の四十年前から時計が止まったままの様な「喫茶店」で「鉄板焼スパゲッテイ」。

懐かしさを含めてとても美味しかった。

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2009年8月 3日 (月)

「 キタイ ギタイ 」 ヒビのコヅエ展 いきもののかたち 服のかたち

090803_001090803_002  きわめてアートな展覧会であり、とてもアバンギャルドで不思議で楽しい展覧会なのだ。NHKの「にほんごであそぼ」やら、愛地球博の開会式で子供たちが身に付けた虫の衣装を手がけた“ひびのこづえ”さんのコスチュームやデザイン画130点が展示されている。相変わらず日本の美術館は撮影禁止という事で盗撮画像でしかお見せ出来ないのが残念だけれど本当はとても絵になる面白い展示なのだ。といいつつ“ひびのこづえ”さんとお話しする事が出来たから写真撮影の許可を戴けばよかったのにと後悔。意外と団塊堂恥ずかしがりやなのだ。

ひびのこづえWEB SITE

「 キタイ ギタイ 」 ヒビのコヅエ展。 名古屋市の北隣の春日町(はるひ)の、ちいさな美術館「はるひ美術館」で9月13日まで開催されている。春日町は日本で一番面積の小さな町、この町も間もなく平成の大合併で清須市と合併するけれど、こうした小さな美術館を住民参加で育てているきめ細かなものが失われることが無いように、なんて事を思いつつ雨の中つぎの小さな美術館へ向かったのだ。

090803_003 脈絡のない文章で恐縮だけれど、団塊堂は八月一日から三連休なのだけれど昨日は梅雨の最後となった大雨で遠出を諦めて近場の美術館巡りという安上がりなツアーを決め込んだのだ。

さて、愛知県一宮市の一宮市三岸節子記念美術館。名古屋弁を更に汚くしたような言葉が一宮の言葉だけれど、三岸節子の生地に建つこの美術館、なかなかオシャレで美しいのだ周辺の古い豪壮な建物とも対立せず赤レンガが美しい。三岸節子の、太く存在感のあるモダニズム、なんて事を思ってみつつ、これも盗撮映像で恐縮。日本の美術館も根拠のないクダラナイ撮影禁止なんて事をやめて頂いて。ブログで自由に楽しく美術館について語り合えたら良いのに、なん思う今日この頃なのだ。

三岸美術館

さあ、夏休みも間もなく終り、梅雨明けのクレージイな暑さのなかでの労働が、また始まる。ほどほどに頑張らなければ。090803_004 写真中央の人物はケッシテ団塊堂ではありません。念のため。

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2009年5月 9日 (土)

クールビズのダサ~ィ、ボタンダウン。

090509_001 微妙な襟先のラウンド。ブラケット・フロント(表前立て)、カラーの後ろ正面もボタンでで留める。ボタンホールは必ず横に切る。背中のプリーツはセンター・ボックス・プリーツ、その上端にはハンガーループを付ける。ボタンは四つ穴で糸はクロスがけ、洗濯後は糊は使用しない。そして生地はザックリとしたオックスフォード。アイロンだって軽めに。

これこそが神・石津謙介が提唱したVANのボンダウンであり、日本の服飾文化に偉大な革命を起こしたVANジャケットのボタンダウンなのであり、最近知ったのだが、これはブルックスブラザースのボタンダウンともJプレスの物とも明確に違い、VANがその後提携するGANTのパターンだったと知って、高校時代は学生服以外は下着からコートまで総てVANだったIVY小僧の団塊堂としては、感慨ひとしおだけれど、ほとんどの皆様にはなにも関係ない話だけれど、近頃のクールビズの襟の高い黒やら青の下品なボタンに、ステッチまで色糸で入れた、田舎者風のクールビズのシャツについて皆様はどう、お思いでありましょうか訊いてみたい今日この頃です。

さて、アノ手の下品なシャツは、我々、団塊の世代以前の「田舎の洒落者」の世界に有った物で、俗にハイカラーといわれた、ハリウッド映画のパーツをチャランポランに取り入れた田舎伊達であり、我々団塊の石津教徒の打倒すべき悪趣味な物でありました。

ことしもまた、クールビズでアノ手のシャツが街に溢れるのでありましょうか。あれはいったいなんなのでありましょう。アノ手のシャツは昔は田舎のスーパーか、商店街の洋品屋さんでしか売られていない物でした。

アタマは悪いけれど、センスだけは血を引いたデザイナーの愚息は、アノ手のシャツは一枚も持っていないようです。さすがです。

と・・・、言いつつ、我々団塊の世代のIVYファッションは、この様な教条主義ゆえに、後継者も無く途絶えたのでありますが。我が家のアイビーは昨日の雨で新緑が美しく育ってまいりました。相変わらず石津謙介は私の「神」であります。

「メンズ・クラブ」に始まり 「チェックメイト」 「Made in U.S.A」 「ポパイ」 「アメリカ西海岸の本」 「ホットドッグ・プレス」と続いた団塊の潮流は「レオン」「ブリオ」「ウォモ」と今に続いています。これらはいずれも「カタログ雑誌」と言われるものですが、物へのこだわりこそ、団塊のシティ・ボーイの本領であります。

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2009年4月19日 (日)

我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか

090418_002 ユーラシア大陸の東のハズレの朝の国では、将軍様の銅像が、国の行くべき方向を指し示すように、その国のいかなる物より立派に聳えたっているが、人民は困窮を極め、地獄の有様で、ミサイルを打ち上げて、周りの国に食べ物をよこせと恐喝する。

さて、突然、どこから来たのか、我々は何者かと問われても、俄かに答えは出ないし、簡単に出る答えなどはたいした答えではではない。そして、我々はどこへ行くのか、良くわからない、けれど、だいたいソンナモノだと思う人生は。

名古屋ボストン美術館での「ゴーギャン展」初日に行ってまいりました、ゴーギャンの不朽の名作「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへいくのか」の本邦初公開であります。善光寺の御開帳よりは有難いものがあるように思います。将軍様の銅像は行く手を示していますが、ゴーギャンは、立ち止まり、うろたえて、彷徨ってもいます。なにもないけれど、それで良いのです、私は。

そして、私の本当の目的は、同時開催の「ノリタケデザイン100年の歴史」展。当地名古屋では、常設のノリタケ美術館もあるが、本展も素晴らしく、今回、多く展示された「画帖」は圧巻。近くには、金山アンティークモールもあり、アンティークザンマイの週末でありました。終末も悪いものではありません。

ゴーギャン展   4月18日~6月21日

同時開催 ノリタケデザイン100年の歴史 4月18日~8月30日

                名古屋ボストン美術館

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2009年3月21日 (土)

トヨタ博物館

Toyoda_003 Toyoda_001 あの「年金年金とウルサイ」という奥田発言以来、傲慢な体質を問われて評判を落とし、さらに世界不況をマトモにかぶり、アメリカの不況を日本国内に持ち込む事となってしまっている問題の“世界のTOYOTA”の博物館であります。

といいつつ、しかしそんな事をゴチていても世の中は明るくならないのであって、昨年のガソリン高騰いらいスッカリ遠出しない体質になっていた団塊堂も、久しぶりに高速を、流線型とボンネットの名残を残しビレットパーツによるドレスアップでエレガントさを増した愛車で、ブットバシて行ってまいりました。

Toyoda_005 さて、さすがに世界のトヨタであります。そして“世界一のTOYOTA”の博物館であります、素晴らしい展示であります。名古屋の、いや愛知県の、いや日本の誇りであります。19世紀末から20世紀に続く自動車の歴史をトヨタのみならずニュートラルな姿勢で約120台の車で紹介しています。きわめて満足であります、たまらなく満足でありました団塊堂は。そして、このクルマの楽しさこそ、この時期に見直してみるべきではないかと思ったりしたのです。

今回の目的は、会期残り僅かとなった特別展示“団塊世代のブームとクルマ”を見ること、懐かしい月光仮面のオートバイの展示もあって、オトーサン本当にシアワセな一日でありました。クルマって本当にいいです。

できればトヨタ本社の前で「月光仮面のオジサ~ン!」と叫びたい気持ちでありますトヨタさん。

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2009年3月15日 (日)

なにもない春の夜は。

Lee_2 このところ毎週のようにアメリカからカップが届いて団塊堂のコレクションの病はますます悪化の様子であります。お陰で送料だけでもバカにならず、給料日を三日後に控えて今日はお茶にも出かけずひたすら自宅に篭って、節約の今日この頃でありました。

骨董などという無駄遣いの際たる趣味に浸りながら節約もなにもないのではありますが、この浪費を支えるのは節約以外なにも無いのであって、しかし貯金を取り崩したりしない辺りは団塊堂の小市民的な限界でもあり理性のブレーキが機能していて母の教育の賜物であります。

一日、タバコ代のみで暮らして夕方ニンマリとするあたり、まるで守銭奴のようでもあり、とても嫌な奴でもある様な気もします。

さて、今、机の上には二客のカップがあり、ハズレでとてもブログにアップできない物が二客あり、未着のカップが三客あり、この未着の三客のうち二つなど団塊堂コレクションの新境地を開拓する古い物であります。そして今、虎視眈々と狙っている獲物は、ここ数ヶ月で最高の物であります。無理をすれば射程距離にありますが、ここで無理をすれば梅雨明けあたりまで暮らしに影響が出そうで悩むところであります。ビンボーは辛い物であります。既にキュリオケースは満杯で食器棚もキュリオケースと化し茶箪笥を侵食しつつあります。

あと一つのキュリオケースと、あと一つの財布があれば、団塊堂はもう少しシアワセになれます。

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2008年12月 7日 (日)

さてと。

Denen 今日の団塊堂のすることといったらガソリンスタンドへ灯油を買いにいく事ぐらいしかないので、久しぶりに柳ケ瀬でお茶でもしようと厚手のセーターとバウワーのコートで暖かくして出掛けたのであります。

ついでにデパートでもと思って、デパートをヒヤカシデ魔法使いのオバアサンみたいな店員ばかりのデパートをブラブラしてみたりしたのであります。最上階のレストラン街など人もそれなりに居て、さすが日曜日なのだと思ったのだけれど、よくよく考えてみたら、今日はボーナスサンデーではないか!

今日と来週の日曜日辺りは、暮れのボーナスの時期でデパートはカキイレの時期で、夕方のテレビのニュースではゴッタガヤス、デパートの店内を子供を肩車したオトーさんの姿なんかが映し出されたりする日ではないか?団塊堂がデパートで15秒に一羽くらい飛ぶ鳥を撃ち落していたバブルの時期など、今日辺りは、エスカレーターの周りは危険なくらい人でゴッタガエシテ、綿埃がコロコロと球になってころがっていて何度も清掃をお願いしたりしたものなんだ。

さて、どうよ近頃のボーナスサンデー、“すこし何時もより人が多い”程度ジャマイカ。そういえば11月の百貨店売上は軒並み前年比で一割近い落ちようで、名古屋の松坂屋なんぞは18%ものマイナスだったというから背筋も凍る今日この頃です。団塊の皆様いかがお過ごしですか?

ボーナスサンデーだけれど、人のホトンド居ない、とてもアリガタイ喫茶店で、ひさしぶりにヴィヴァルディなど聴きながらお茶しました。世の中が静かな事は私には有難いことではあります。

存在することが空白といわれる。無力無能の麻生自公政権に感謝です。

お爺様の吉田茂は「バカヤロー」といって解散したけれど、孫の阿呆太郎・いや麻生太郎は国民から「バカヤロー」といわれて解散したなんてNEWSが間もなく流れそうな気がする師走であります。

今夜も創価学会やら自民党の皆様には、400円のカップヌードルでも食べて暖かくしてオヤスミ下さい。

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2008年10月29日 (水)

「眼による新たな創造」

Apc 「書は人なり」と言うが、「蒐集もまた人なり」だ。書が、その人なりを正確に描き出すように、蒐集という行為もまた、コレクターの人柄や美意識を見事に映し出す、蒐集もまた一つの表現である。

陶芸家の濱田庄司が、自身のエッセイ集「無尽蔵」のなかで「自分の眼で自分らしく物を見る事が出来れば、これは一つの創作といっていい」と述べているが、優れた眼の力と行動力を持つ者が、ものと真剣に向きあうならば、作品が持つ新たな価値を再び生み出すことができる。そうした意味で言うならば、柳宗悦の蒐集は「眼による新たな創造だ」といっても過言ではないだろう。       日本民藝館手帖

さて、本文と写真は何の繋がりもないが、今日という日に、こうして並ぶ事がまた新たなる創造に繋がるなんて、何も無い夜の、苦し紛れの想像。

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