オールドノリタケコレクション

2009年1月31日 (土)

オーストリア ビクトリア窯の世紀末風カップ&ソーサーと、久しぶりのオールドノリタケ考。

Victoria_003 オーストリアのビクトリア窯のカップ&ソーサーであります。1883年創業の、ボヘミア、現在のStara Roleのとても大きな工場で、最盛期には1,800人もの労働者が働き、日常陶器やらファンシーウェアを大量生産していたといいます。

大げさに語る程の物か?と本格的なアンティークカップ収集家の皆様には笑われるかもしれないが、なかなか美しいのであります。遠慮なく酷使されたソーサーの摩れなど、味わい深くて美しいのであります。メッキの様なペカペカと剥がれる金彩も、例えばハンドルなど殆んど金彩は剥がれていますが、その磨れたハンドルの風情、残った金彩が時間を感じさせてタマラナイのであります。主役の女性のポートレートの転写も日常食器としては緻密で出来の良いものであります。すべてに世紀末の退廃を感じさせてタマラナイのであります。Victoria_002 ちなみに団塊堂のキュリオケースのダウンライトの下に置くと極めて存在感があり他のカップを圧倒しています。ヒトヤマいくらといった程度の価格で落とした物ですが、素晴らしい物が手に入ったと思います。黒ずくめのゴスロリのお嬢さんなら涙を流すタグイのアイテムです。一部に黒ポツがあり年代は1910年前後か。

Victoria_004 さて、この女性のポートレートどこかで見たような気がするのです。団塊堂が見たとすれば、たぶんオールドノリタケであります。オールドノリタケの人気アイテムのポートレートシリーズに違いないと調べていますが特定できてはいません。

しかし面白い事に気が付きました。これが、かってノリタケが産業スパイもどきの方法で白磁の製法と大量生産の方法を学んだオーストリアのビクトリア製陶工場の物なのです。

オールドノリタケ・コレクターズガイドによれば、ノリタケは“ロンドンのローゼンフェルド社社長の厚意でオーストリアのビクトリア製陶工場を訪問し”白色生地の製法を学んだとあります。近頃出版されたオールドノリタケの本によれば、明治45年にノリタケの技術者二人が三週間、ビクトリア製陶工場で学んだとあります。しかし、この著者の以前の本には、二人の技術者は、ビクトリアの工場の進んだ製造方法に驚き、見学を許された数日ではノウハウを学びきれず、一人が仮病を使い寝込んで滞在を引き伸ばし、その間に、もう一人が必死でノウハウを盗んだという苦労話が書かれていた様に覚えています。

Victoria_007 さてさて、オールドノリタケのポートレートシリーズに話を戻します。左の写真はコレクター垂涎のオールドノリタケのポートレートの花瓶です。とても高価なものです。さて、肝心の女性像は転写です。Victoria ノリタケは明治の末までは外国産の転写紙を輸入して使用していました。この花瓶、裏印はメープルリーフ印とありますから、右にその写真を貼ってみました。ハンドペイント・ニッポンの文字とメープルの葉・これが明治の森村組・オールドノリタケの裏印です。転写をハンドペイントとして売っていたニッポン。しかし、今夜の団塊堂は鷹揚にもそんな事を告発するつもりはありません。

この転写にしかすぎない、しかも輸入の、ありふれた贋物の、オット出ました“贋物”の!ポートレートに、あたかもノリタケオリジナルの様に意味を持たせて“オールドノリタケに見る女性像”といった講演を聴いた事があります。パクリのバクリにしか過ぎないものを学問的?に論じたら殆んど○○です。学問的と言うならソレラノ転写紙のルーツを解明して系譜を示す事の方が本当の姿です。

さて、オールドノリタケの零細コレクターでもある団塊堂がオールドノリタケに厳しいのは、“イエスキリストは韓国人だった”式の贔屓の引き倒しがありすぎるからです。輸入した転写にしか過ぎないポートレートシリーズが人気で、最も高価であるなんて、オールドノリタケファンが他のアンティークコレクターから“ど素人”と馬鹿にされても仕方ありません。

写真左 KPMベルリン 絵付けwagner 贋物    写真右 KPMベルリン 「マリー・ルイーズ」贋物

Victoria_005 Victoria_006

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2008年11月14日 (金)

何も無い秋の夜は。

1114 バラの季節過ぎたる今にして、

初めて知る、バラのつぼみの何たるかを。

遅れ咲きの茎に輝けるたゝ゛一輪

千紫萬紅をつぐないて余れり。

            ゲーテ

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写真は、オールドノリタケ・モリムラドール 

1916-1921年

ノリタケミュージアム所蔵

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2008年7月29日 (火)

オールドノリタケ考 続々。

Onm_2 オールドノリタケとコールポートのジュール比較論の中で、海外にお住まいの桃子さんからコメントを戴きました。沢山のコメントを戴き、メモリーの都合で全体の表示が出来なくなっているようです、改めてブログをアップしてみました。

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海外にお住まいの桃子さんのコメント。

はじめまして

私は海外に住んでいます。カップ&ソーサーを集めて10年です。和田先生の本も日本から送ってもらい読みました。 それからずっと歴史を調べていますが、日本美術工芸の本にも アメリカの本(1900年前後)にも森村組の名前も見つけることができませんでした。 

いろんな事を調べているうちに 日本で出版されているノリタケについての本に疑問を持つようになりました。なぜノリタケが 当時アメリカで良く売れたか、、は ヨーロッパのものの値段が高く 買えない中流以下の方達に西洋物に似たものとして良く売れたのだと思います(1890年前後のカタログより)。

世界の日本美術工芸品にはオールドノリタケは、、残念ながらありません。 オールドノリタケは大量生産でした。 だから 美術館にあるものを、何人もの方が持っているのではないかと思います。西洋のものをより日本的な細かさを絵付けした名古屋の絵師さんの技術は素晴らしいと思っています。でも本当の日本美術工芸品とは、、、、多分 岡倉天心 なども 当時 言いたかったことではないかと思います。

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さて、「団塊のブログ」には、毎日たくさんの“オールドノリタケファン”の皆様や“アンティークカップファン”の皆さんのアクセスがあります。

先日来の、オールドノリタケとコールポートのジュールの比較論やらロイヤルウースターとの比較論は決してオールドノリタケの評価に水を注そうというものではありません。あくまでオールドノリタケファンとしてオールドノリタケの座標を正確に把握して鑑賞したいと思う心からです。

かってIWANAがオールドノリタケのブログの中で、オールドノリタケファンの皆様には是非とも和田泰志先生の「ヨーロッパ アンティークカップ銘鑑」をお読み戴きたいと申し上げた心は此処にあります。

アンティークコレクターの世界でオールドノリタケコレクターの評価はどうでしょう。ビギナーで陶磁史の全体像を知らず、「華麗なる独自の世界」などと独りよがりな認識の、可愛い愛国者なんて何時までも思われている事はとても癪な話です。

「写し」や「コピー」を、現在の感覚で批判するのは間違いかもしれません。時代は違うけれど、マイセンにも恥ずかしげも無く柿右衛門写しがあり、当時のパリで柿右衛門はマイセンの倍の値段で売られていたという事もあります。

さてさて、皆様のコメントをお待ち致しております。

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さて、いよいよ核心に迫ります。

和田泰志先生の登場です。コメントを戴きましたので、見やすい様に本文にアップ致しました。

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IWANA様

明国滅亡の戦乱により、景徳鎮の窯場が開店休業となり、
中国磁器を購入できなくなったオランダ東インド会社は、
それまでせっせと台湾に運んでため込んでおいた大量の景徳鎮磁器を持ち帰り、
ヨーロッパでの貿易需要を満たしました。
この在庫を運びきるのには二十年間もかかったんだそうです。
ついに台湾のストックもなくなり、かといって大陸の争乱は収まらず、
ということから、日本の伊万里焼に目を付けたわけですね。
それまで「伊万里・柿右衛門」はヨーロッパではあまり知られていなかったはずです。
景徳鎮での生産が再開すると、伊万里焼きはあっさり見捨てられ、もう輸出されなくなりました。
したがって景徳鎮休業時の代替品として輸出されたわけなんです。
そう考えてみると「東洋への強い憧れから…」などと、少々持ち上げすぎの気がします。
ただシャンティーイ城のコンデ親王ブルボン公爵ルイ・アンリや、
有名なザクセン選帝侯爵が、柿右衛門磁器の熱烈なコレクターであったことは事実です。

その後マイセン窯はセーヴル窯の勢いに圧されてロココ・デザインのコピーを行い、
ドイツの諸窯はマイセンのコピーを行い、
やがてマイセン窯はウェッジウッドのコピーを作り、
パリの窯業群がセーヴルのコピーを行い、
19世紀になると、ナポレオン好みのアンピール様式や
パリ窯業群のコピー品一色となってしまった1800~1810年代のイギリス磁器、
19世紀半ばの万博と装飾工芸博物館ブームに始まるコピー品・贋作品の蔓延、
さらには幕末から明治にかけて、開国した日本から流入する工芸品をコピーしたエステティック・ムーヴメント等々、
西洋磁器の歴史を総括すると、「模倣」の一言に尽きるわけです。
「アンティーク・カップ&ソウサー」は、最初のカップから最後のカップまで、
そして各章末のコラムに至るまですべての記述内容が、
一貫してこの「コピー、模倣」という太いラインで貫かれています。
本に隠されたこの恐るべきテーマに気付いた方が、
「慄然とした」とおっしゃるほど、この青い表紙の本はコワイ書籍なのです。

しかし!ノリタケの「コピー」はこれらの概念とは全く違うのです。
イギリスの言葉にあるように、ノリタケは「プアマンズ・ウースター(貧乏人のウースター)」です。
(「ウースター」とは、「高級なイギリス磁器」の代名詞として使われています)
イギリスやフランス渡りのホンモノの磁器は高くて買えない、という中流以下の人が、
「それとわかっていて」買う、いわば「パチモノ」。
美術品ではありません。
桃子様のおっしゃるとおりだと思います。

あ~あ、またオールド・ノリタケ・ファンの方から猛烈なバッシングがきますな。
でも本当のことだから仕方ない。
私は言うべきことは言います。
その上で、何が魅力なのか、どこに美が隠されているか、日本人として何を記憶しておくべきなのか、が初めてはっきりしてきます。
礼賛者の本に迎合しているだけでは、真実は見えません。

桃子様
「美術館にあるものが、一般人コレクターもみな持っているのが変?」というお気持ちは、なるほど!と思いました。
でも逆にこういう発想はいかがでしょう。
一般のコレクターが誰でも買って持っているような量産品を、
「美術館」と銘打った、実はただの「展示場」を作って、そこに置いているだけ。
「美術館」が先にあったのではなく、「美術館」は結果的に最近、平成の時代になってからできている。
私はそう考えています。

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皆様のコメントお待ち致しております。

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桃子さんからのコメント、こちらにコピーしてみました。

Onm >>>>>>>>>>>>>>>>>>>

IWANA様
和田様

私のヨーロッパものの教科書を出版された和田先生からお返事いただけるなんて 夢のようです。

こちらの骨董市でドレスデンのカップで取っ手がヘビのカップやら オールド アイボリー リモージュ薔薇などなど集めましたが マイセンだけは、偽物が怖くて 買おうとは思いませんでした。
高価で良いものほど 高く売れるので偽物や写しがでてくるのすね。
美術工芸品だから PATENTを取ったのではなくて 真似されないためにもPATENTが必要だった時代なのですね。
1880年頃から陶磁器戦争?で、日本の花鳥図などフランスやヨーロッパ アメリカで真似され 1885年頃には 日本の高価な美術工芸品は売れなくなってしまいます。イギリスでは 当時に集められた方の作品が本となり出版「MEIJI NO TAKARA」されました。高価な本なので 買うことができないです。

骨董収集について思う事はIWANA様と同じ考えです。 いくら鎌倉時代のものだから、1点ものだから、将来値段が上がりますよ、、と言われても 美しいとか 眺めていて安らぐとか、、がなければ 収集しようとは思いません。リモージュが好きな人、古伊万里が好きな人、全世界 人それぞれです。

オールドノリタケは明治に輸出された陶磁器の一部です。ただ 世界に誇る美術工芸品と言っていれば、海外にいる日本美術工芸品の収集家達に笑われてしまうのではないかと思ってしまいます。日本美術工芸品でなくても 将来のお宝にならなくても 夢中になれるもの、心が安らぐものを集め 同じ趣味を持つものが集まり 語らうーー私はそれで良いと思うのです。

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桃子様 コメント有難うございます。まったく同感であります。

和田先生のホームページは情報満載です、とても勉強になります。是非お立ち寄り下さい。

  美術工芸陶磁器 マンダリン・ダルジャン

 http://www.antiquecup.com/ 

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2008年7月23日 (水)

ロイヤルウースターのコピーであるオールドノリタケについて考える。

On_w_002_2 さて、過日のブログで和田泰志先生にコメント戴いたロイヤルウースターからのオールドノリタケのコピーについて改めてブログをアップしてご覧戴こうと思うのです。

写真はオールドノリタケの雉。

和田先生のコメント。

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「ゲームバード(雉)」ロイヤル・ウースターのジェイムズ・スティントンが得意とした作品で、ノリタケが模造していますが、ウースター作品の顔料には、スティントン一族だけに伝わる「丁字油の技法」が使われているので、色絵の質感が全く違います。
ノリタケではこのようなテクニックがわからなかったため、モティーフや構図はウースターのパクリですが、スティントン作とは絵付けの品質に天と地ほどの差があり、ノリタケの完敗です。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>Worcester_005 

写真右は、

ロイヤル・ウースター ジェームズ・スティントン作  “雉”

「ヨーロッパ アンティークカップ銘鑑」から許可を得て複写。

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On_w_001 つぎは、フライングスワンズについて。

写真は、オールドノリタケのフライングスワン。

和田先生のコメント。

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ボールドウィン作の「フライング・スワン(ズ)」には「丁字油」のような特殊な秘術は使われていませんので、ノリタケの模造品は比較的ウースターの品質に近いと評価できます。
しかし、白鳥の首の伸び具合や角度、背景の水色や植物の種類まで、臆面もなくパクッてしまう姿勢は、さすがにどうなのかなあ、と思います。
「恥を知れ!」とまでは申しませんけれど。

>>>>>>>>>>>>>>>Photo 

写真右は、ロイヤルウースター ボールドウィン作フライング・スワン 

極めて不鮮明な写真で恐縮です。

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さて、せっかくの比較論なのですが、ノリタケは現物を写真撮りしたのに対してウースターは本の写真の複写であったり、ネット上の拾い物の写真で、比較の意味をなさないのが申し訳無い。

雉もスワンも、それぞれ向きが違う、それだけが違うというのがご愛嬌です。

ノリタケがコピーしたロイヤルウースターの凄さについては、和田泰志先生の「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」 実業之日本社刊に詳しく書かれている。

今日も本屋で新しく出たオールドノリタケの本を立ち読みしたらオールドノリタケのアールデコまで琳派以来の日本美術の伝統などという捉え方でいささかうんざり。もっと冷静に事実を見ないといけないな、少なくとも学者さんは。

まあしかし、それらも含めてワタクシはオールドノリタケを愛しているのであって、よく頑張っていたのだな、そしてここまで頑張っていたのだなノリタケは、と感慨無量なのであります。

それでは、お口直しに、「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」からIWANAが一番のお気に入りの、ロイヤル・ウースター ハリー・デイヴィス作 “鳥の巣”を。

Worcester_2 

「ヨーロッパ アンティークカップ銘鑑」から許可を得て複写。

転載不可。

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2008年7月16日 (水)

オールドノリタケとコールポートのジュール比較論

On_j_002_2 On_j_003_2                               

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さて、「論」という程の事でもないけれど、オールドノリタケいや、正しくはアーリーノリタケと呼ぶべきだけれど、オールドノリタケとコールポートジュール(エナメルを盛上げて宝石のような装飾を作る技法)を比較してみる。

冒頭の写真二点はオールドノリタケの物です。写真右が1908年頃(明治41年頃)のマルキ印(英国への輸出品)、写真左が1891年頃(明治24年頃)のメイプルリーフ印(アメリカへの輸出品)ですそれぞれの詳しい事はカテゴリーのオールドノリタケをクリックしてご覧下さい。

Coalport_009 さてさて、あの日、パリの朝に燃えたフランシーヌの場合も、「本当の事を言ったらオリコウニなれない」と判っていたけれど、フランシーヌはヤッパリ本当の事を言ってパリの朝に抗議の焼身自殺を図ったわけで、団塊堂も本当の事を言ってブログ炎上あるいは検索で訪れて戴いているオールドノリタケファンの皆様から仲間はずれにされないか心配であります。

Coalport_016 今までの長い人生のなかでの僅かばかりの幸せに比べ、数え切れない程の沢山な不幸の原因は「本当の事を言ってしまった」事にあるのは痛いほど判っていて、いや思い知らされているけれど、本当の事を言って、本当の仕事をして、本当の生き方をしてきたのだとも思っているのよね今は。

しかし、愛しているからこそ、本当の事を知りたいと思うし、愛しているからこそ、それらを含めて本当に愛したいとも思うのです。ナンノコッチャってか?

というわけで、前置きが道草となって自分でも方向が分からなくなる前に本題を確認するけれど、コールポートとノリタケのジュールを比較しながら、オールドノリタケを語ってみたい今夜なのです。

On_j_005 さてトヨタにレクサスもあればクラウンもカローラもあるように。ノリタケだってコールポートだって松・竹・梅もあり上・中・下もあるけれど、この作は松であり上のラインの物だろう。ノリタケのこの二点も同じラインの物だろう。

このコールポートの年代は1891(明治24年)から1919(大正8年)であると考えられるからオールドノリタケのジュールの方が少し時代があると考えられる。

さて、和田泰志先生のコメントを復習してみる。

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Coalport_004
コールポート社製のはジュールの形が揃っていること、
焼きムラがなく発色が一定であること、
艶があること、でしょうか、
このあたりが大きく品格の差を生んでいるように思います。
もちろんジュールの用い方、つまり意匠の中でジュールが占めるデザイン上の役割の違いでしょうかね。
ただ単に鋲を並べたような線飾りでないところが魅力です。

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さて、冒頭の写真左のノリタケのジュールなどイボの様な盛り上がりである。コールポートの控えめで品のいい盛り上がり方に比べて武骨である。

写真にはないがジュールの表面に泡が出来ているものがある。On_j_004 オールドノリタケにはジュールの外れたものが多く見られる。つまりジュールのエナメル質が良くないのである。

ガラス質とカップ本体の収縮率の違いにより温度変化によってジュールが取れてしまうものが多い。少なくとも今まで見た数点のコールポートにはジュールの外れたものはなかった。当コレクションの“コールポートのど派手なカップ”などかなり使用感のあるものだけれど外れは無い。

さて、オールドノリタケファンの団塊堂が興ざめな事を書いたけれど、愛するという事は、コレクションの上では、冷静に正しく知るという事であり、無知のまま絶賛するという事ではイケナイと思うのです。例えばジュールという技法を琳派に結びつけたり蒔絵に結び付けて日本の伝統美などと論じるのは間違いなのです。

ノリタケのフライングスワンズがロイヤルウースターのパクリであり、薔薇絵が完全コピーであるのを知るのはショックですが、それらを含めて愛して欲しいのです。そして、そんな時代に生きたのが「オールドノリタケの時代」の日本だったのです。しかし、根拠の無い賞賛は見苦しいものです。

Onj_002

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2008年5月24日 (土)

コレクトする。

Ons_2 蒐集家にとって一番の魅力は、個々の事物を支配圏内に封じ込めることで、封じ込められた蒐集品はそこで、最後の戦慄・・・・獲得するという戦慄・・・・が退いてゆく間に、硬直するのです。想い出されたこと、考えられたこと、意識されたことがすべて蒐集家の所有物の土台となり、枠組みとなり、台座、収納庫となるのです。時代、風土、仕上具合、それを手放した前所有者・・・・これらすべてが、真の蒐集家にとっては、彼の個々の所有物の中でひとつに圧縮されて魔法の百科全書となる。そしてこの百科全書の総和が彼の対象の運命なのであります。       ベンヤミン 

  「パサージュ論 熟読玩味」 鹿島茂 青土社刊より

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IWANA OLD NORITAKE  COLLECTION ⑭ 

フライングスワンズ デミタスカップ&ソーサー

裏印 ブルー メープルリーフ印 米国輸出向け 

明治35年頃(1902)~明治43年頃(1910)

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2008年5月21日 (水)

上向きか下向きか?

Exc_004 さてと、今日のお題も、関係ない人には全く関係なくて、どうでも良い人には全くドウでも良い事だという事を始めにお断りしておかなければいけない。

上向きか下向きか?といっても決して日銀の短観やら景況について語ろうというのではありません。

軽く無責任な立場からヨーロッパのカップの比較文化論を展開してみようと思うのです。

07.7.13日のブログ、「オールドノリタケコレクション12-1」の中でIWANAは、

Onj_003_4 「ノリタケがコーヒーカップの焼成に成功するのは明治16年を数年経過してからの事。ニューヨークのモリムラブラザースから送られたフランス製のカップを研究するが薄手の手付き磁器カップなど作った事の無い日本の窯元では初め作る事が出来なかった。そのうち、フランスのカップの縁先・カップの一番上の端に釉薬が付いていない事を発見した。日本の茶碗は仰向けに焼くので底・畳付けに釉薬が付いていない。伏せて焼く事で薄手のカップの形状の物を焼く事に成功したという。」と、どこかに書いてあった事を書いたのだけれど。

Exc_003_2 さて、近ごろ読んだ、洋食器について語った本に、イギリスと大陸(フランス・ドイツなど)を対比して、カップの焼き方に大きな違いがある。

つまり、イギリスのカップは上向きに焼かれ高台の畳付きに釉薬がついていない、大陸の窯の物は伏せて焼かれていて畳付きに釉薬が掛っているとし。口縁部の感触を大切にするイギリスと、ソーサーの傷つきを防止する為、畳付きに釉薬を掛けた大陸系のカップの文化的相違を論じておられた。

さてさて、IWANAのオールドノリタケの金彩カップ&ソーサー、メイプルリーフ印のオールドノリタケの極めて初期の物で、非常に手の込んだ装飾が施されて物だけれど、形としては未完成で、歪みもあり、ノリタケの黎明期を感じさせる物だけれど、伏せて焼かれた事は明白である。詳しくは過去ログを。

つまり、ノリタケが゛初期において、フランスのカップにヒントを得て伏せて焼く事でカップの焼成に成功したという。つまり正立して焼く事が不可能だから伏せて焼く、これは一つのノウハウだろう。

そして、正立して焼く事が出来るならばワザワザ伏せて焼く事は無いだろう。そしてカップと使い手の、重要な接点である口縁部の釉薬を犠牲にしてまで、ソーサーの傷防止を優先させて畳付けに釉薬を施すために「伏せて焼く」だろうか?

イギリスのカップは、正立したまま焼かれている。イギリスの物は、比較的厚手の物が多くハンドルの重みにも耐え正立したまま焼く事が出来た。薄手で繊細な物が多い大陸の窯の物は伏せて焼く事でしか実現できなかった。のでは?とグダグダと考えて楽しんでいるのです。

冒頭の写真は、とりあえず、手持ちのカップをイギリスと大陸に分けて焼かれた方法で上向きあるいは伏せて並べてみたのです。

写真左から、スポード(英)、ロイヤルクラウンダービー(英)、エインズレイ(英)、マイセン(独)、ヘレンド(ハ)、リモージュ(仏)、ロイヤルコペンハーゲン(デ)、ハインリヒ(独)リチャードジノリ(伊)、

Exc 大陸系の柱となるマイセンが上を向いている、伝統のヘレンドも上を向いている。間違いなく高台に釉薬は掛っていない。これは、現在の物だからか? 勿論、ノリタケだって現在は正立して焼かれているのだから。

Hc_003 とりあえず、間違いなく「伏せてや焼かれた物」が大陸の物に多い事は明白ではある。古いリモージュとハインリヒそして、現在のコペンハーゲンもジノリも伏せて焼かれているのである。

などと、関係ない人には、どうでもいい事を考えながら、とりとめもなく、結論も出ないまま、今夜も過ぎていきます。

最後までお付き合い戴き有難うございました。

明日という日が、どなた様にも明るい日でありますように。

Exc_004_2

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2008年4月22日 (火)

久しぶりのオールドノリタケ考。

Onj_003_2 IWANA OLD NORITAKE  COLLECTION

金点盛りアクアジュール薔薇絵ぺディスタル カップ&ソーサー

裏印 グリーン メイプルリーフ印

1891年頃(明治24年頃)

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コレクションの楽しみ方としてホームページやらブログにアップするという方法はとても良い方法だと思う。およそコレクションというのは極めて個人的な楽しみだけれど、やはり観ていただくギャラリーが存在しないことには成り立たない。

ところがこの観ていただくという行為は、関心がある方ならよいけれど、関心の無い方には迷惑至極で、人によっては厭味な自慢であるとも取られてしまい反感を買うことにも成りかねない。

昔なら、ご隠居がご近所様に道具の自慢などするときは、季節の菓子など用意して茶を淹れたりしてサービスを付け加えたのだろうけれど、マアおおかた陰ではアソコのご隠居の道楽は、などと言われて誉められる事などないのが普通。当人は、さほど自慢する気などなくて、有っても子供が遊び仲間にメンコを自慢する程度の他愛無いものなのだけれど他人様にはそうは伝わらないのが人の世の常。

Onj_002 18世紀の公園がファッションの見せびらかしの場でありファッションの共鳴場であった様に、現代のデパートがファッションの購入の場でありファッションの見せびらかしの場であり共鳴場であったにも関わらず近頃のデパートは売場効率のみに捉われて、見せびらかしと共鳴の場の設定を忘れて・・・。

などと、ついつい昔の癖が出てしまうのだけれど、秋葉原がオタクのコレクションの場であり見せびらかしの場であり共鳴場であるように。だから、つまりコレクションという行為には、コレクションの場と、見せびらかしと、共鳴の場が存在しないと成り立たないものなのです。

インターネットの匿名性というのはコレクターにとっては都合が良い。

匿名性、つまり「誰かに自慢する」という「自分」を消す事が出来るのです。

“見せびらかし”にとってネットの検索機能はとても都合が良い。検索で立ち寄って戴いた方は、少なくともそれについて知りたいという意志を持って立ち寄って戴くわけだから。

ところが、ホームページはある程度固定されたコンテンツだけれど、ブログというのは日記であり、時の流れがあるわけで、限られた数のコレクションで、ブログを何年も維持するのはナカナカ難しい。

もちろん、オールドノリタケは、作品というのではなく「商品」であって、極めて資料が少なく、オールドノリタケに関する出版物とて、数種類の資料の使いまわしで、同じ内容のものがグルグルと使いまわされているのに過ぎない。薀蓄を披露したつもりでもほとんどは何処かで聞いた話しだったりするから、だからこそIWANAは自身の心情と品物を取り巻く状況を中心に語ってみたつもりだけれど、確信の持てない定説よりも、情緒論の方が自分自身は納得しているのです。

さて、このあたりで新しい“玉?・弾?”を補給しないとオールドノリタケのブログが立ち往生。日夜ネットで探しているけれど、「弾不足」つまりIWANAの現金不足と、玉不足「品物不足」でコレクションが進まない。オールドノリタケの泣き所は玉不足にもあるのだよね。

連休中には、骨董フェアで補給をと思うのだけれど、・・・さて。

今夜は、テレビの「なんでも鑑定団」に久々にオールドノリタケがアップされたから、思いついた様にIWANAもオールドノリタケを。

Onj_001

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2008年2月27日 (水)

何度でも、オールドノリタケ考。

On_j_001 古美術に親しむようになったきっかけは思い出せない。そんなにはっきりしたきっかけはなかったであろう。ただここで私の得たものは陶酔ではなく鎮静であり、興奮ではなく反省であった。

私の中には、陶酔や興奮を何よりも求めた時期にも、静かに落ち着きたい気持ちはあった。むしろ静かに落ち着きたい要求がたえずありながら、、その要求が充たされないままに、私は陶酔や興奮を求めていたのである。          谷川徹三

On_j_003 たとえばこのオールドノリタケのトリオのカップ&ソーサー。古美術などと思っている訳ではないけれど、ジュール(フランス語でビジュー 宝石を模した装飾)について語ろうか、金盛りについて語ろうか、いやアイボリーウェア(象牙色の肌)について語ろうか?

冒頭の引用が高尚過ぎて、この祭りの様な賑やかさのカップを語るには恥ずかしい気もするが、陶酔や興奮を至福へと繋げたら成金趣味だろうか。太閤秀吉を君は笑う人だろうか?

On_j_004 金盛りだって、アシッドゴールドだって、ジュールだって勿論ノリタケ独自の技法という訳では無い、アイボリーウェアときたらマサニ豪華さを出すには白よりも柔らかな象牙色なのだというマーチャンダイジング優先の思考だろう。だがしかし、それを君は笑えるのか?

誰もが素直にこれは豪華であると思えるテクニックを、素直に揃えて当たり前のように並べて見たらそれを下品だと君は笑うのか?

もちろん私だって少し恥ずかしいから他のオールドノリタケは何度も既にアップしたけれどコレはようやく二回めで、アップでお見せするのは初めてなのです。

アイボリーウェア。ホワイトハウス御用達のレノックスといえばアイボリーウェアの代表的なメーカーで極めてオーセンテックなスタイルで好感の持てる物だけれど、世界の警察官と勘違いしたナラズモノのガンマンのアメリカ大統領のイメージとは程遠いけれど。

兎に角アイボリーウェアのレノックスはアイビーティストのテーブルウェアでトラッディショナルボストニアンのIWANAとしては憧れのグッドティストの物で、近頃は見かけないけれど20年程前にはデパートで売られていた。これを甥の結婚祝いにしたけれど当時のIWANAとしてはかなりな出費だった覚えがある。

Ondecofh_006 このオールドノリタケのアイボリーウェアの微妙な色合いをバカチョンカメラで伝えられるかどうかわからないけれど、先日アップしたフラワーハンドルのC&Sのソーサーの中心部・井戸の色と花弁のエンボスの白色を比較していただくとアイボリーの色が判って戴けるだろう。

On_j_006 以前これをアップした際、裏印を明治41年頃としたが、良く見てみると、この裏印はマルキ印(日本)明治43年頃(1910)の物でした。

On_j_007_2  IWANA OLD NORITAKE  COLLECTION

金盛りジュール アイボリーウェア

カップ&ソーサートリオ

裏印 マルキ印 グリーン 明治43年頃(1910)英国輸出向け

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2008年2月13日 (水)

またまた オールドノリタケ考。

陶芸家 故 加藤卓男氏は、その著「砂漠が誘う」の中で、「しかし、ここで大切なことがある。技術が特別に優れているからといって必ず美しい作品が出来るとは限らないのである。縄文式土器と弥生式土器との比較がいい例である。弥生式土器が始まるころには、技術的にははるかに進歩し形も整ってきたにもかかわらず、縄文のあのたくましい空間的なダイナミズムは影を潜め、静的で平板になってしまった。」と語っている。

先日の朝日新聞に○右衛門展によせて当代○右衛門氏が、白くなりすぎた○右衛門として、純粋になりすぎた磁胎を、どう汚していくかが課題だと書かれていた。たしかにIWANAも、窯物だけれど○右衛門のコーヒー碗皿を手に入れた時、これでは、まるで衛生陶器ではないか、まるで電信柱の碍子ではないか、と白すぎる磁胎に違和感を感じ、まるで機械作りの大量生産品の様に完成されすぎた形に興ざめしたものです。もちろん価格的にも、このランクならヨーロッパのアンティークカップの、そこそこ満足のいくものが手に入るのだから。

陶器に、少し詳しい人なら、日本の陶器は素晴らしくて、勿論、過去の中国は最高で、韓国の李朝もすばらしく、ヨーロッパ陶磁器の最高峰マイセンは景徳鎮やら柿右衛門を必死でコピーした訳で、とにかく日本の陶器はマイセンが必死でマネをしようとしてマネが出来なかったという歴史が頭にあって日本は素晴らしいと思っているわけだけれど。それは思い上がりに過ぎなくてヨーロッパのアンティークカップなどには見事な物があって何度みても心が揺さぶられる物がある。

On1 オールドノリタケに限らずアンテイークの陶磁器のコレクションを始めようという事なら、まず、和田泰志さんの「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑 実業之日本社刊」か「アンティーク・カップ&ソーサー 講談社刊」を読むべしと・・・とりわけ後者は写真が実物大でとても楽しいし価格も3,800円とお値打ち。まず此処から始めたら道に迷う事は無い・・・けれど人生を間違える可能性は大いにあって素晴らしい。

と、今日も前置きばかり長くなってしまったけれど、このオールドノリタケの花瓶の違和感はどうよ。凄いだろ? これを美しいとは言えないだろう? なんだコリャだろ?これがオールドノリタケの一つの側面でもあるのです。

ミスリード・ミスマッチ、勘違い。明治の日本そのものなのです。エジプトにしては椰子の木の辺りが妙に瑞々しい長閑な風景であったり、アールヌーボーがオレンジ色の空であったり、山がピラミッド風であったり、帆掛け舟がなんとなく和風だったりして、間違い探しを始めたらきりが無いようなものだけれど、ささやかな我がコレクションのキュリオケースのなかでは結構存在感があるのよね。これがオールドノリタケなんだぞ!って。

これが、露天の骨董市で戸板に載せられて、諭吉五枚で売られていたら、IWANAの様にカナリな馬鹿しか買わないだろうけど、我が家の美しい(笑)1930年代のニューヨークのダウンタウンの安宿をイメージした?コレクションルームには合うのよね、このクササが。

IWANA  OLDNORITAKE COLLECTION

ランドスケープ花瓶(エジプト)

裏印 グリーン M-NIPPON印

明治43年頃(1910)

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