オールドノリタケコレクション

2017年9月12日 (火)

オールドノリタケ ピエレッタのピンディッシュ。

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オールドノリタケのアメリカンアールデコ期の物。

第一次世界大戦(1914-1918)によって、世界は、フランス・イギリス・アメリカ・日本などの連合国とドイツ・オーストリアなどの中央同盟国に分かれて戦うことになるが、すでに世界一の消費大国となっていたアメリカの市場から敵国のドイツ製品は排斥される。

その巨大な市場で、ドイツに取って代ったのが日本製品。

第一次世界大戦の戦場からは遠くはなれ、生産力と安価な労働力に溢れる日本の製品は、ドイツ製品のコピーから始まり、やがてその地位を奪っていく。

オールドノリタケのアールデコもドイツ製品のあきらかな劣化コピーから始まっている。ドイツ製品に比べると少しデザインが劣るが、そこがコピーの悲しさ、生活感覚の違いは否応なくあらわれる。しかし、その異質な部分がオールドノリタケの味であると言えなくはない。

老人は国粋主義者ではないが、オールドノリタケの、そういうところを愛している。

 

オールドノリタケ

アールデコ ピエレッタのピンディッシュ

裏印 HAND PAINTED M-JAPAN印 アメリカ向け輸出品

        1918年(大正7年)以降 1931年(昭和6年)以前

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2017年9月11日 (月)

オールドノリタケのフライングスワンズ。

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オールドノリタケ

フライングスワンズ デミタス

裏印 ブルー メープルリーフ印 アメリカ輸出向け

1902年(明治25年)-1910年(明治43年)

 

フライングスワンズ トレイ

裏印 グリーン M=NIPPON印 アメリカ輸出向け

1910年頃(明治43年)

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2017年9月10日 (日)

ツリー&メドウ。

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老人の場合、アンティークの写真は暗い写真ばかりだから、今日は退屈しのぎに明るく撮ってみた。それでも暗いな。W

道具もないし、室内で自然光で撮る、つまり、お日様次第という、ひたすら根気の要る作業だが、退屈しのぎだからナニだ。黒い床が空の青に染まったひと時なんだ。

 

でも、老人は、アンティークが趣味なのであって、写真が趣味ではないのだ。念のため。

 

オールドノリタケ

ツリー&メドウ カップ&ソーサー

裏印 グリーン マルキ印 英国輸出向け

明治41年頃(1908)

 

ツリー&メドウ セロリ皿

裏印 ブルーメープルリーフ印 米国輸出向け

明治24年頃(1891)

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2017年9月 6日 (水)

色の氾濫。

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この二年間のアンティークは、ドアノッカーやらドアノブという渋い色の物ばかりだったが、久しぶりにオールドノリタケに戻ってみると、老人には少し眩しいような色の氾濫だ。

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非公開の作業だが、ちょっとだけ。

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2017年2月 3日 (金)

ハリウッド映画の初期にトップスターであった早川雪州の「チート」を観てオールドノリタケについて考える。

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古典的ハリウッド映画に分類される20世紀初期の無声映画の時代のハリウッドで、チャップリンと肩を並べる程の大人気であった映画スター・早川雪州を世に送り出すこととなった「チート」1915年 は、アメリカに渡り巨万の富を得た日本人美術商トリと堕落した白人中産階級の有閑夫人イーデスの関係を描いた無声映画だが、映画のストーリーはウィキペディアに任せるとして、

 

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20世紀初頭のアメリカで日本美術を商って、巨万の富を得た美術商という主人公の設定は、山中商会やオールドノリタケの森村ブラザースのアメリカでの成功を思わせるものであって、当時のアメリカのアートシーンを席巻したJapanese Taste日本趣味と、日露戦争の勝利など台頭しつつある日本人へのYellow Peril黄禍論の高まりを感じさせるものだ。

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「チート」は、赤十字の基金を使い込んだ有閑夫人のイーデスが、交際する金満美術商のトリに借金を申し込み、返済不能ならば、イーデスの背中に焼き印を押すというショッキングなものだったが、

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背中に焼き印を押すなどという趣味は日本人には無いわけで、その設定が国辱物であると邦人からも大反発を買い、この映画は日本では上映されることはなく、チャップリンと並ぶ大スターとなるも、雪州の日本への凱旋はならなかった。

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1880年代以降ヨーロッパでの流行を取り入れるかたちでアメリカにもたらされたジャポニズムは、当初からハイアートとして位置づけられ、洗練された日本の美術品や工芸品を家庭空間に取り入れることは、文化的リーダーとして社会的地位をしめす重要な要素であった。

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これが問題のイーデスの背中に焼き印を押すシーンなのだが、テキサスのカウボーイでもあるまいに、背中に焼き印を押すなどと言う設定は黄禍論を反映した、為にするものだという反発も納得ができる。

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在米日本人の抗議と第一次世界大戦の同盟国でもあった日本への気遣いによって1918年の再上映からは、字幕の設定だけはビルマ人の象牙商となったが。絵的にはそのままで、着物を着た日本人の部下もそのままだ。今回アマゾンで手に入れたDVDは、このビルマ人版だが。

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「THE CHEAT」は、ヨーロッパ各国、とりわけフランスでも大ヒットとなる。1920年代のアメリカの反日感情の高まりのなかで雪州はアメリカを去りフランスへ渡り、「ラ・バタイユ」(1923年)を始めフランス映画産業の一翼を担う大スターとなった。

 

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さて、こうして映画を通してエドワード期やベルエポックのアメリカをみると、アメリカでのオールドノリタケの 位置もみえてくるし、このところ見てきたイーストレイクスタイルのアンティークやヴィクトリア後期のアンティークがまた輝いてみえてくる。

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アールデコ期のアメリカも、

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オールドノリタケのデコレディのアメリカも見えてくる。

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映画の著作権保護期間の70年をとっくに過ぎているので、DVDを遠慮なくキャプチャしてみた。

 

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アンティークの楽しみは無限です。

 

チート THE CHEAT

監督 セシル・B・デミル

キャスト 早川雪州/ファニー・ウォード/ジャック・ディーン/ジェームス・ニール/阿部豊

1915年 アメリカ作品

 

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2016年10月16日 (日)

オーストリアのO&E.Gのアンティークカップ。

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The O&EG Royal Austria hallmark on porcelain was originated by Oscar and Edgar Gutherz of Alt-Kohlaw, Austria between 1889-1918.

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このごろは、グーグルの検索で、メーカー名もマークの検索も、とても簡単にできる。

O&E.G AUSTRIA MARKSぐらいで画像検索すると、おもしろいほど“オールドノリタケ”そっくりの物が現れる。まさか、向こうが真似たなんて言う人はいないよね。

 

ールドノリタケ 画帖(ノリタケ創立100周年記念復刻版)

Gajo

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2016年6月29日 (水)

ヴィクトリアンのイーストレイクスタイルのブラケットで部屋を飾る。

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さて、アメリカンアールデコのコレクターでもある老人が、これってアメリカンアールデコの代表的なスタイルじゃんsign01って飛びついたワケで、こんな物を我がアンティークコレクションルームに迎え入れることが出来たら最高だな、まあエドワーディアンな改装計画としては少し外れるけれど、このブラケットを、棚受けでは貧乏臭いけれど、二つを向かい合わせで垂れ飾りみたいに使ったら、オシャレじゃんって。

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なにせ我が家のエントランスには、退職記念に取り付けたオーダーのアルミ鋳物のアールデコの垂れ飾りがアイコンとしてあるわけで、その連続性は、きっと王国にダブルでアールデコ的効果を表すに違いないと、飛びついてしまったワケだが、今日も、ほとんどのリーダーの皆さまの興味とは関係ない話題で恐縮。

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オークションの出品者は、アールヌーボーでアールデコでヴィクトリアンなどとテンコ盛りのタイトルを付けていて、おいおい、アールヌーボーとアールデコでは、全然違うじゃん、ましてヴィクトリアンなんて支離滅裂で、年代は1890年ときて、しかし、その証拠を1890年のモントゴメリーワードというアメリカの通販のカタログに同類の物が出ているとしている。

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そうなるともう、老人としては調べることだらけで、美のシャーロッキアンと化してグーグル検索と翻訳ボタンを頼りに世界中を訊いて回ったワケだ。
 
今も、この手の物をリプロダクションしているメーカーなんかもあってウットリ
する写真に出会って、しばし生活のことなんか忘れて、没入の至福。
まさにギルテッドエイジつまり、金ピカ時代のアメリカなんだ。成金時代とも言うがね。

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さてさて、そんなこんなの検索のなかで頻繁に出てくるのがEASTLAKE STYLE という言葉。まだ日本語の検索ではあまりヒットしないが、さすが東京のパンカーダさんのブログにはあった。

 

ヴィクトリアンのイーストレイクスタイル。

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ロンドンナショナルギャラリーの館長で、家具デザイナー・建築家・画家でもあったチャールズ・ロック・イーストレイク卿(1799-1865)の、1868年に出版された「家具室内装飾、ディテールのヒント」に影響を受けたEastlake Movementといわれる装飾スタイル。

 

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1870年代から1890年代に流行したクイーンアンスタイルの建築と相まってアメリカの住宅様式に画期的な一時代を作った。

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アーツ&クラフトの流れをくむフォルム、幾何学模様のカーヴィングが特徴。

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現代の眼からみると装飾過剰ではあるが、ヴィクトリアンの過剰な装飾から見ればシンプルで、歯車のモチーフなど今風に言えばスチームパンク。薄い彫りで大量生産的ではあるがブルジョアジーの産業革命の機械化への歓喜が読み取れる。ヨーロッパの混乱をよそに、ひとり繁栄を謳歌するアメリカ。

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ということで、早速クリーニングとペイント 。

このブラケット、まさにヴィクトリア時代のアメリカのイーストレイクスタイルのブラケットなんだ。

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様式としては、ヴィクトリア期の、フランスのアールヌーボーの洗練とは一線を画したイギリス的なもの。アーツアンドクラフト運動を世に出したイーストレイク卿のイーストレイクスタイルで、やがてくるアメリカンアールデコのはしりであり、アメリカンスタイルの萌芽期の民衆的スタイルと言えるのではないだろうか。

 

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このあたり、アメリカへ輸出されたオールドノリタケのメープルリーフ期 の磁器とも時代が重なるわけで、一緒に見てみると、メープルリーフ期のオールドノリタケの過剰装飾の背景が読めてとても面白い。アンティークって、横に繋げてみるとマスマス面白くなる。

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ということで、時代としても、我がエドワーディアンな改装計画とは外れてはいないワケで、先日の、毎日が夏休みの老人の夏の工作、エドワーディアンな壁掛けミラーと合わせて、コレクションルームの一角を演出することとなった。

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貧乏くさい棚受けが、お洒落な垂れ飾りに変わったではないか。

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今日も我が王国は、国民の歓喜の声がやまない。

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美の女神は王と共に居ます。ナンチャッテ。

 

 

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2016年2月21日 (日)

オールドノリタケ ピエロのフィギュア。

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久しぶりに陶器を撮ってみた。

オールドノリタケ アールデコ ピエロのピンティッシュ。

オールドノリタケファンがデコレディと呼ぶフラッパー、アールデコ期のピエロのフィギュア。

この、孤独感がたまらない。

裏印 HAND PAINTED M-JAPAN アメリカ向け輸出品

        1918年大正7年以降 1931年昭和6年以前。

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2015年11月 9日 (月)

オールドノリタケ 盛り上げナッツボウル。

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暖炉の前がいい季節になりました。

今年はもう、栗きんとんも栗おはぎも栗どらもいただきました。

もう一つ、栗きんとんロールというのを食べたいな。

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オールドノリタケ モールド ナッツボウル

裏印 グリーン HAND PAINTED M-JAPAN

大正7年頃(1918) 米国輸出向け

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2015年11月 3日 (火)

オールドノリタケ イッチン盛り上げドラゴンパターンのカップ&ソーサー。

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裏印 グリーン M-NIPPON(日本陶器時代の代表的な裏印)

明治43年頃(1910) 米国輸出向け

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