2019年6月26日 (水)
2019年6月17日 (月)
和傘をさした アールデコの フラッパードール。岐阜・加納の和傘が世界のトップファッションだった。
アールデコ期のフラッパーレデイが和傘をさしているフィギュアを手に入れた。
ドイツ チューリンゲンkatzhutte
Hertwig & Co. 1930年頃
1920年(大正9年)から1930年(昭和5年)のアールデコ期のトップファッションであるフラッパースタイルの、水浴びする女性像 bathing beauty dollあるいはBeach Flapper doll。
20世紀初頭の水着といえばこの程度、ノースリーブが当時としては少し過激。
かって日本一の生産量を誇った和傘産地 岐阜市加納に住むアールデコ老人としては、何が何でもコレクションに加えるべきアンティークだと、ベルギーのアンティークショップをポチッとしてしまったのです。
フラッパースタイルは、日本ではモダンガール(モガ)と呼ばれ、パリやニューヨークでの流行と、ほぼ同時に銀座あたりにも出没することになるが、当時の写真をみると、日傘として和傘をさしている。お隣の和装の女性は洋傘なのに。
モダンガールが和傘、和洋折衷のアンバランスがオカシイが、
しかし ! 色々と調べてみると、どうやら和傘の方がトレンディで、よりモガでありデコレディ的、フラッパー的であるというコトのようだ。
アールデコ期を代表するフランスの画家 ルイ・イカールの版画にこんなものがある。
どうみても蛇の目傘だ。
明らかに和傘が、トレンディなアイテムとして使われている。
当時のファッション画にも、蛇の目傘がたくさん登場する。
岐阜の“加納の和傘”が百年前、世界のトップファッションのフラッパーの戦略的アイテムだったのだ。
アールヌーヴォーの時代から半世紀も下るアールデコの時代まで、実は、岐阜特産の竹や紙、扇子や和傘が世界のトップファッションに深く係わっていた。
扇子の香などは、とてもイイものだが 、
和傘といえば、あの、漆や柿渋の臭いであったり、えごま油の臭いであるワケで、なんとも日本的で、
はたして西洋のご婦人にどうだったか。
江戸時代下級藩士の内職として始められた和傘作り。岐阜の加納城下には、最盛期は600軒の傘屋が存在した。
老人の子供の頃は、廻りは傘屋さんばかり、空き地は殆んどが傘の干場で、紙の防水加工の為の“えごま油”や柿渋やウルシの臭いが街を覆っていた。
ご近所の傘屋さんが、百年も前にヨーロッパやアメリカのデパートに和傘を輸出していたという記録がある。
しかも、それが当時の、最先端のファッションアイテムだったというから痛快だ。
加納の和傘
坂井田永吉商店
http://kano-wagasa.jp/index.html