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2017年12月 8日 (金)

久しぶりにオーディオを見直す。

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実は、老人はオーディオマニアで、このオーディオという言葉は、団塊の世代とともにあったような言葉だと思うが。
 
老人が育った時代は、大人はトランジスタラジオを持って歩くのがステータスだったような時代で、小学生の時、科学館の夏休み講座で一石のトランジスタラジオを作り、中学生ではポータブル電蓄でポピュラーソングを聴き、オーブンリールのテープレコーダーでラジオのイヤホン端子から雑音だらけの音楽を取り込みコピーして、高校生では、深夜放送を聴きながら毎晩徹夜で勉強し?、「模型とラジオ」を愛読し、五球スーパー、つまり真空管を五本使ったステレオアンプを、パーツ屋で、抵抗やらコンデンサーやらトランスを買ってきて、アルミのシャーシに自分で穴を開け、ハンダごてでハンダ付けして自分で作ってしまった。
 
ラジオペンチ通称“ラジペン”と「ハンダごて」なんてのは当時の男の子の必携のアイテムだったのだ。
 
友達から中古の30センチもあるスピーカーを買って、スピーカーボックスも、近所の製材所の親父に厚さ三センチもあるラワン材を製材してもらい、自分で切って組み立てて、ガラス繊維を詰め、スピーカーboxの前面に貼るサランネットもパーツ屋で買ってきて、何もかも自分で作った。お金は、年末に郵便局で年賀状の仕分けのアルバイトで稼いだ。
 
あの受験戦争の時代にそんなことをしていたのだから、その結果は推して知るべしなのだが。
 
大学に入った頃は、サンスイやらパイオニアといったステレオを買うのが若者のステータスだった。つまり、オーディオブームというヤツだ。友達の伊藤君は、サンスイの凄いステレオを合格祝いで買ってもらったが、大学の学費だけでアップあっぷの我が家では、そんなことは言い出せないし、そんなに欲しくもなかった。ステレオは自分で作る物だったから。
 
大学時代の老人は、ようやく受験勉強から解放され“街に出た”時代で、家でレコードを聴くより、「ジャズ喫茶」で聴くというのが好きで、少し深刻ぶって、ショートホープを燻らせながら、ジャズ喫茶をハシゴして、難しい“吉本隆明”なんかの本を持って歩いたりしたものだ。
 
そういうことがカッコよくて女にモテルと思っていたりしたのだが、そういう男は、赤いサニークーペに乗った軽薄な男に彼女をさらわれてしまうのがオチで、老人の青春は、暗くて陰湿で煙草のヤニ臭いジャズ喫茶そのものだった。
 
することのない日は、三軒ものジャズ喫茶をハシゴするわけで、貧乏な大学生のことだから、一軒で二時間は居て計六時間、つまり半日をジャズで過ごすワケだ。大音響とジャズ喫茶という環境に慣れると、家で一人ジャズを聴くなどというのはとても惨めだし、だいいち粗末な我が家でジャズを思い切り聴くなどというのは不可能だ。だからレコードを買っても、家で聴くというのは殆んどしなかった。
 
社会人になって、会社の近くの、色町の芸妓組合の路地の奥に、安藤さんという、知的で細身の女性がやっているジャズ喫茶があって時々老人のことをじっと見つめていることなどあって?かよったが、放送局で一日中、音に囲まれていると、家でまでレコードを聴く気がしないのできかなかったが、機材だけは、仕事柄色々と試したくて持ってはいた。
 
デパートに転職しても宣伝の仕事が長かったから、イベントやらファッションショーと音響は欠かせない。小さな仕事は音響屋に頼まず、社内の電気室の係りに頼むのだが、電気係では気の利いた音響などできないから自分でやったりした。
 
まあ、そんなオイラでも、現役時代は生きていくのに必死で、家でレコードなど聴く余裕はなかったが、会社が嫌な日は、鞄にCDプレーヤーを入れて通勤の電車の中で聴くことはあった。
 
レコードからカセット、レーザーディスク・CDあたりまではなんとかついていったが、その後は、変化にウンザリで、もう音響機器はジャマで迷惑な粗大ごみと化していた。
なんど、タダで持っていってくれるという怪しい廃品回収車に声をかけようと思ったかしれない。
 
数年まえ、携帯をアイフォンにしてから、音楽をダウンロードして聴くようになった。
 

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ここ数年の我が家の買い物で、一番良かったと思われるのが、このBOSEのサウンドドックで、スマホをドックに差すだけで充電しながらダウンロードした音楽やラジオを楽しめる。ほとんど家内の専用だが。
 
老人の年代からみると、最近のスマホドックの小さなスピーカーは、これで大丈夫かと心配するが、音は馬鹿には出来ない。しかも、安価で邪魔にならない。
 
我が家のドックは少し大きい方だが、BOSEの音は、スピーカーの音をホーンやらドームで加工して、ナチュラルではない加工された、いかにもいかにもという音だ。
 
しかしこれが、もともと人工の音である電子オルガンなどとの相性は抜群で私の好きなジミー・スミスを聴くには最高だ。
 

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スマホという手軽さ、スイッチもボリュームもないスタイルもイージーリスニングの極みで、その割切感はとてもイイと思う。
 
さて、近頃の事を色々とググっていたら、スマホにダウンロードした音楽をブルートゥースで飛ばして、昔の大きなスピーカーを鳴らす事ができるアンプがあるという、しかもかなり安く。
 
老人は、カードの月替わりを待って早速アマゾンでポチッ!としてみた。
 
30年ぶりに鳴らすスピーカーの可動を祈るばかりだ。
 
 
                                    つづく
 

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