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2017年3月 5日 (日)

コレクションと幸福論。

Dsc07543

なんども命がけのジャンプを繰り返して、それでもなんとか生きながらえているから、オイラの命がけというのも大したものでもなかったなと思うが。

老人にとってのアンティークコレクションとは、ただ愛でたり淫したりするものではなく、その物の持つ歴史的事実を楽しみ、それらを繋げて楽しんでいるワケだが。マルクス風に謂えば命がけの飛躍で、(つまり無謀な買い物で)、何度も自分の小さな枠を拡げてきたワケだ。

それでも、破たんしたり崩壊したりという悲劇を回避できているのは、ある意味で卑怯だったり計画的過ぎるきらいがないではないが。後がない老人にとって、破綻は、もう取り返すことのできない“ただの破綻”であって、それは「私の美」ではないワケで、おいそれと悪魔の誘いに乗るワケにはいかないのだ。

なんども言うが、老い先短い老人の、「言葉だけの幸福論」や、「夢だけの夢」ほど憐れな物はない。

だから美しい物は美しいが、老人の美しいだけの言葉は醜いなと思ったりすることがある。

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コメント

これは考えさせられました。
私も早晩、行く先は老人になるので、こういう考え方もしていかねばと思いました。
言葉はタダですし、無責任です。
幸福や夢の具体化が、モノや財産で表現されていても良いのだな、と。
口にはするが、具体化な幸せを持たざる老人より、余程目に見えてハッキリしていていいと思う。

投稿: 和田 | 2017年3月 5日 (日) 21時56分

和田先生

涙が出るほどの嬉しい言葉、ありがとうございます。
命がけのジャンプを繰り返すコレクターの先達に共感していただいて嬉しいな。

投稿: IWANA | 2017年3月 6日 (月) 07時24分

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