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2017年3月14日 (火)

危うきに遊ぶ。

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百貨店勤めをしていると、若いうちは物欲に駆られて、社員カードという便利な物もあって、家に持って帰るのは物ばかりで、金など持たないというより持って帰れない実生活は憐れなものなのだが、なかには百貨店勤めでありながら袖口の破れた背広を着て親が建てた家の屋根の大きさを自慢し権謀術数にだけは長けているなんてのもいて、後ろから金づちで思いっきり叩いてやろうかしらと思ったりしたが、あいつ今頃あいかわらず無能な田舎者同士で下品な大声でゴルフ談義でもしているのかな、会いたくもないし思い出したくもないが、いまちょっとだけ思い出した。
 
でもな、百貨店を動かしているのは、やはり物欲でもあり、物の文化であって、物に溺れるくらいのヤツラでないと本当の仕事なんてできないのだが、四十過ぎてそんなことをやっていたら、本当に溺れてしまって、人生のドザエモンになってしまうワケで、そんなドザエモンを何体かみたが、四十過ぎたら気が付いて、欲望と生活のあわいに鉄板を打ち込んで、五十すぎたら鉄板のこちらにコンクリートを打ち込んで城を築けよ、なんてコトを言って見つつ、それが出来なかったオイラだが・・・。

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百貨店など既に過去の物で、アマゾンに勝てるワケもないし、イーベイの楽しみに比べたら百貨店なとどというものは物置程度の物なのだ。と書くと、現役で頑張っている皆さんにはまことに申し訳ないが、おまいらが定年になる頃までは、良くなることはないが持ちそうだから短気おこして辞めたりしてはいけないし、六十五歳の年金受給までコツコツと働いて厚生年金の受給額を少しでも上げることが、とっても重要なことで、それが老後の禍福をわける重要なことなんだぜ、と、負け犬のオイラが言うのもナニだが本当のことだ。
 
辞めてはいけないし、百貨店は辞めても働くことはやめてはいけない、65歳までは。
 

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さて、そんなこんなも、もう、笑い話の老人の今日この頃だが、最近読んだ火坂雅志の“骨董屋征次郎手控”のあとがきに、骨董の小説を書くことで骨董にのめり込むこととなった作者が「のめり込んだと言っても借財を背負ってまで骨董を集めているわけではない。しかし、やはり骨董は“魔道”というしかない。“危うきに遊ぶ”のが骨董の醍醐味かもしれない。」と述べて、「骨董はたんなるモノではなく、ヒトとモノのあわいに存在しているのではないか。ヒトの欲望とモノの持つ永遠不変の美。それらを結びつける骨董屋は、きわめてマージナルな“異人”ということになる。」と締めている。
 
さてさて、・・・・。

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