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2017年3月31日 (金)

ガーデンペイント。

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このところ 隣家の解体やら我が家の塀の工事で、ホコリまるけの日々だったのだが、ひと段落したので、今日は庭のプランターのペンキ塗りをした。

廃墟趣味とはいえ、本当に廃墟というのもナニだから、コンクリートのプランターやコラムを時々ペイントする。

隣家の解体で中庭が明るくなったから、今年は楽しみだ。

 

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2017年3月29日 (水)

何もない棚。

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今日は、キュリオケースのガラスの棚板を外して、地震対策の補強のセロテープを貼りなおそうと頑張ったのだが、セロテープを剥がすのが大変で、灯油でやってみたり、ジッポーのオイルでやってみたり、うまくいかないのでネットで検索してみたら、殺虫剤のアースジェットをかけると良いとあったから、早速、薬屋さんに走って買ってきた。かけて二三分後に剥がすのだが、これが一番よかった。手はアースまるけになるわけで、ちょっとナニだなと思ったが、ハエや蚊でもあるまいし洗えば大丈夫だろうという事で、朝から頑張って三時までかかった。

何もない棚というのもイイな、と思った今日この頃だ。

あした私が死んでいたら私の人生は、ハエか蚊の様なものだったということだな。

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2017年3月28日 (火)

棚卸。

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隣の家がなくなって駐車場になるというから、こちらも用心が悪いから塀を造ったり色々と工事を手配して、明日がその工事はじめなんだが、我が家の一階は、私のコレクションルームだから、とても面白いものがイッパイで、しかもジャンクだから、気軽にポケットに入れて持って帰れるものばかりだ。だから見張りが必要なんだが、この程度のものを見張りしているのも何だかセコイ気がするから、この際、棚卸を兼ねて片付けて、明日はガラスを磨いたり地震対策もやり直して作業しながら一階で過ごすことにした。

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2017年3月18日 (土)

イーストレイクスタイルのドアベル・スイッチボックス。

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ドアベルというより、スイッチボックスなのだが、アンティークのカテゴリーとしてはドアベルの中にある。
ヴィクトリア期の流行の物の一つであるドアベルは、ドアの外のレバーハンドルを操作して、ドアを貫通させた芯棒で、ドアの中側のリンを鳴らすという物。 (下の写真はネット上のコピー)

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今回のアンティークは、外形はヴィクトリア期のドアベルだが 、電気のブザーを鳴らす為にドアに取り付けられた、ただのプッシュボタンだ。

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デザインはイーストレイクスタイルの真鍮で、真ん中の押し釦は、ベークライトというプラスチックの前身の合成樹脂。二十世紀初頭の特徴的な素材。ベークライトの絶縁性能というのも電気の黎明期の素材として重要だ。

二十世紀初頭は、電気が庶民の生活にも普及し始めた時代だが、電気は、まだ贅沢であり、玄関にブザーが取り付けられているということがステータスであった事が窺われる。

スイッチボックスというのもアンティークのカテゴリーとして、とても面白い素材で、とりわけアールデコ期のものなど、涙が止まらない程ステキな物がある。

家じゅうのスイッチをアンティークに換えたいが、安全上の問題やら、現在のスイッチボックスとの互換性で無理がある。機能はさせないがドアに取り付けてみた。

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ボタンのベークライトの黒にシビレた。とてもエドワーディアンで、20世紀初頭の雰囲気でイイ。

もう少し古いドアベルのスタイルは以前紹介した、この手の物だ。

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老人は、今日も シ・ア・ワ・セ だ。

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こんな風に、コツコツと、あと十年でいいから、控えめに、ときどきアンティークしながら、郡上おどりを踊って生きていきたい。 ナ~ンチャッテ

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ANTIQUE CAST BRASS  EASTLAKE DOORBELL

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2017年3月14日 (火)

危うきに遊ぶ。

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百貨店勤めをしていると、若いうちは物欲に駆られて、社員カードという便利な物もあって、家に持って帰るのは物ばかりで、金など持たないというより持って帰れない実生活は憐れなものなのだが、なかには百貨店勤めでありながら袖口の破れた背広を着て親が建てた家の屋根の大きさを自慢し権謀術数にだけは長けているなんてのもいて、後ろから金づちで思いっきり叩いてやろうかしらと思ったりしたが、あいつ今頃あいかわらず無能な田舎者同士で下品な大声でゴルフ談義でもしているのかな、会いたくもないし思い出したくもないが、いまちょっとだけ思い出した。
 
でもな、百貨店を動かしているのは、やはり物欲でもあり、物の文化であって、物に溺れるくらいのヤツラでないと本当の仕事なんてできないのだが、四十過ぎてそんなことをやっていたら、本当に溺れてしまって、人生のドザエモンになってしまうワケで、そんなドザエモンを何体かみたが、四十過ぎたら気が付いて、欲望と生活のあわいに鉄板を打ち込んで、五十すぎたら鉄板のこちらにコンクリートを打ち込んで城を築けよ、なんてコトを言って見つつ、それが出来なかったオイラだが・・・。

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百貨店など既に過去の物で、アマゾンに勝てるワケもないし、イーベイの楽しみに比べたら百貨店なとどというものは物置程度の物なのだ。と書くと、現役で頑張っている皆さんにはまことに申し訳ないが、おまいらが定年になる頃までは、良くなることはないが持ちそうだから短気おこして辞めたりしてはいけないし、六十五歳の年金受給までコツコツと働いて厚生年金の受給額を少しでも上げることが、とっても重要なことで、それが老後の禍福をわける重要なことなんだぜ、と、負け犬のオイラが言うのもナニだが本当のことだ。
 
辞めてはいけないし、百貨店は辞めても働くことはやめてはいけない、65歳までは。
 

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さて、そんなこんなも、もう、笑い話の老人の今日この頃だが、最近読んだ火坂雅志の“骨董屋征次郎手控”のあとがきに、骨董の小説を書くことで骨董にのめり込むこととなった作者が「のめり込んだと言っても借財を背負ってまで骨董を集めているわけではない。しかし、やはり骨董は“魔道”というしかない。“危うきに遊ぶ”のが骨董の醍醐味かもしれない。」と述べて、「骨董はたんなるモノではなく、ヒトとモノのあわいに存在しているのではないか。ヒトの欲望とモノの持つ永遠不変の美。それらを結びつける骨董屋は、きわめてマージナルな“異人”ということになる。」と締めている。
 
さてさて、・・・・。

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2017年3月12日 (日)

岐阜 道三まつり もうすぐ出番です。

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ながいこと苦しんだアレルギー性鼻炎をホボ脱したと思ったら、今度はぎっくり腰をやっちまって、そのギックリ腰もなんとか自転車に乗れるくらいにはなったから、久しぶりにカメラを持ってポタリングした。

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ご近所の竹屋さんには、金の信長像が。

この竹屋さん、おみこし造りで有名で、来月はじめの、岐阜の“道三まつり”のお神輿造りの最中。

これから着色かなと思ったが、よく考えたら、これが完成形なんだ。

最近は、すっかり有名になり、JR岐阜駅前の撮影スポットとなっている“金のノブ様”こと、金の信長像のお神輿なんだ。

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2017年3月 9日 (木)

ヴィクトリアンの黒。

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黒をインテリアに取り入れてみて、つくづく良いなと思う、67歳の今日この頃です。

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2017年3月 5日 (日)

コレクションと幸福論。

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なんども命がけのジャンプを繰り返して、それでもなんとか生きながらえているから、オイラの命がけというのも大したものでもなかったなと思うが。

老人にとってのアンティークコレクションとは、ただ愛でたり淫したりするものではなく、その物の持つ歴史的事実を楽しみ、それらを繋げて楽しんでいるワケだが。マルクス風に謂えば命がけの飛躍で、(つまり無謀な買い物で)、何度も自分の小さな枠を拡げてきたワケだ。

それでも、破たんしたり崩壊したりという悲劇を回避できているのは、ある意味で卑怯だったり計画的過ぎるきらいがないではないが。後がない老人にとって、破綻は、もう取り返すことのできない“ただの破綻”であって、それは「私の美」ではないワケで、おいそれと悪魔の誘いに乗るワケにはいかないのだ。

なんども言うが、老い先短い老人の、「言葉だけの幸福論」や、「夢だけの夢」ほど憐れな物はない。

だから美しい物は美しいが、老人の美しいだけの言葉は醜いなと思ったりすることがある。

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2017年3月 3日 (金)

特に。

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まあ、特に書くほどのこともない今日この頃です。

 

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