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2016年3月 7日 (月)

1910年 ロンドンで開かれた日英博覧会の絵葉書。

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G.B. 1910 Japan-British Exhibition cancel on postcard

Congress Hall by Night

さて、1910年(明治43年)エドワード7世の治世の最晩年にロンドンで行われた日英博覧会の絵葉書。

日本とイギリスが手を結び、アジアにおける植民地支配の線引き、つまり日英共同の敵であったロシアの南下政策を拒むため、日本による朝鮮半島の植民地化をイギリスが認め、イギリスはアジアにおける植民地経営に日本の軍事力の協力をもとめるという、日英同盟が結ばれたのは1902年、その後、第二次日英同盟、第三次日英同盟と10年にわたって日英の同盟関係は続いた。

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満州を押さえ朝鮮半島から日本の植民地化を覗う大国ロシアに対抗するため、防波堤としての朝鮮半島の植民地化と満州の支配を狙う日本。

ヴィクトリア期に世界の四分の一を領土としたけれど、広がりすぎた戦線に軍事力の不足を感じるイギリスは、ややこしい民族で資源もなくインフラの脆弱な朝鮮なんぞは日本にくれてやり、中国アジアで不足気味のイギリスの軍事力を日本に補完させる軍事同盟は価値のあるものだった。

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日露戦争(1904-05)に於けるイギリスのバックアップ、とりわけ、エドワード7世の日本の軍艦の調達への支援、ロシアバルチック艦隊のスエズ運河通過の拒否、南ア・インドなどイギリスの植民地でのロシア艦隊の補給支援の拒否は、大きな力になった。

なにより東洋の小国と思われた日本が超大国ロシアを打ち負かした日露戦争は、イギリスにとっても驚きでもあり、ロシアの南下に悩むトルコやインドには快挙とされた。それゆえに日本はやがて列強から警戒され敵視されることになるのだが。

さて、そんなこんなの盛り上がりのロンドンで開かれた日英博覧会(1910年5月14日-10月29日)は、延べ835万人を動員して大盛況となるのだが、エドワード7世は1910年5月6日博覧会の開幕を前に崩御。博覧会の開催もあやぶまれたがなんとか開催された。

その、ロンドンで発行された公式絵葉書で、消印はエキシビジョンの会場となっている。切手は勿論エドワード7世。

日英博覧会の日本側で発行された絵葉書はこれ。

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絵葉書は女性にはヴィクトリア期のものが人気があるが、わたしには、エドワード期の物の方が面白い。エドワード7世の絵葉書を並べてみた。

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