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2016年1月28日 (木)

エドワード7世即位記念のバッジ。

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さて先日も、「エドワード7世 バッジ」で画像検索をすると、オイラのコレクションのホームページ状態だsign01なんてことを、60万アクセス記念にかこつけて、さりげなく自慢したわけだが、よくよく考えてみると、缶バッジを除くと、エドワード7世のバッジは、一つしか持っていないワケで、なんともミニマムなコレクターなオイラだ。

オイラとしては、残るメダルやバッジよりも、時代とともに儚く消えるあだ花のような缶バッジを集めるコトのほうがオイラ的で崇高ではないか、バッジをいっぱい付けて喜んでいる爺さんなんて、だいたいが変なジジイなわけで、さわやかウォーキングなんてものにバッジをイッパイつけて出かけて、聞かれもしないのに受付で大声でアソコへいった、あそこへも言ったと自慢する、お口が臭い迷惑な爺さんみたいで、そういう爺さんは嫌いなのだ。

だいたいがタダ歩く程度のことに群れでしか動けない人間なんてメダカなんだよメダカ。

なんてコトをコトサラ書いて敵をつくるヘタな人生だったな俺。

といいつつバッジってものは、ボーイズハートをくすぐるアイテムであって、子供の頃バッジを貰うととても嬉しかったし、木下サーカスでピエロから買ってもらった「象」のバッジは永くオイラの一番の宝物だった。

その“木下サーカスでピエロから買ってもらった「象」のバッジ”というのをハッキリと覚えているのだが、それはまだ母親に抱かれていた時代のことで、幼稚園にあがる以前のコトだと思うのだが、よほど嬉しかったのか、物に対する執着の始まりだったのか。

ということで、いまや“さわやかウォーキング”の老人のケチな自己顕示の対象になってしまった「バッジ」だが、もっとバッジが輝いていた時代があったんだ。20世紀始めの、エドワード7世の、この時代あたりまではバッジに風格があるよね。

だから、もう一つだけエドワード7世のバッジのコレクションを増やした。金属の打ち抜きに七宝。大きめなのが面白い。1902年のエドワード7世の即位戴冠式記念。エドワード7世の、いわゆるバッジは、これで二つになった。まことに抑制のきいたコレクターなオイラだと思う。

1902年(明治35年) 日英同盟締結 

ロシアの満州占領継続に対抗し、日本は韓国を勢力範囲として確保するために、イギリスは清国における利権保護と日本の軍事力の利用のために締結した。

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