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2015年9月27日 (日)

戦争のこと。

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戦争のコトを、考えだすと戦争になってしまうところがあって、日本は戦争をしない国だといって戦争のことは避けてきたけれど、相手があることだから、それでは済まないかもしれない。

歴史のコトは、戦後の日本はほぼ冷静に捉えてきたけれど、極めて少数の、日本の軍国主義時代を懐かしむ人がいて、かなり異端で狂気に満ちていたから、いつまでも受け入れられることはなかった。この人たちが歴史教育を叫んだが、それは歴史修正主義といって、歴史を自分たちの都合がいいように書き換えて美化しようという、どこの国にもいるバカ右翼な人たちだ。こういう人は暴力的な人たちでもあったから、なんとなく歴史教育が事なかれ主義の教育界にあっては立ち入りたくない世界になってしまった。

また、受験第一の流れで、日本史も世界史も近代や現代は三学期の単元で、時間不足で放棄されたり、切り捨てられるはめになる。ついては、縄文弥生のことは知っていても、戦争の時代のことは知らない日本人がドンドン増えていく。だから、はなはだ常識を欠いたバカ右翼程度の認識の総理大臣が生まれてしまう。

世の中が右傾化して、ついこないだまで「戦争だ!」と叫ぶ男が東京都の知事を勤めていたりしたが、今回の“2015年安保”で、戦争反対というプラカードを掲げた人たちが、これほど街に出たというのは、少々意外だった。

しかし、老人は思う、戦争をしないということは、ただ戦争を放棄をするということではなく、戦争をしないという戦争をしなくてはならないくらいのコトなんだと。

このところ集めてきたイギリスの歴史記念品は、戦争グッズでもあり、帝国主義のプロパガンダツールでもあるんだ。石田純一はオシャレだから、「戦争は文化ではありません」といったが、第三の男ふうに気取っていえば、戦争は文化を壊し文化を作ることもあるんだ。

戦争を放棄するという事は、漠然と放棄するのではなく、具体的に、尖閣にくる中国にも、反日ヒステリーの韓国にも戦争を放棄するということで、戦争を放棄するというのは、まじめに隣国とのゴタゴタを直視するというコトでなくてはならないと老人は思うが、それでは、戦争になってしまう。 笑

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