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2015年8月28日 (金)

再興九谷・永楽和全の銀彩のSATUMA。

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まず九谷には、古九谷と再興九谷があって、古九谷から説明するけれど古九谷の産地は加賀であるとか九州の有田だとか諸説あったけれど、近頃は古九谷は有田とするのが定説のようで古九谷は17世紀半ばの物だけれど、それらの復興を目指した加賀の再興九谷というものがあって、幕末の、いわゆるSATSUMAとして海外に大量に輸出された輸出陶器の花形なのだけれど、詳しくはネットで検索してみて欲しい。

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さて、過日、別冊家庭画報 「日本の個人美術館を旅する」で紹介された、三井記念美術館の、“茶の湯を愛した三井家歴代当主の美の極み”「和全作 赤地金襴手鳳凰文天目茶碗梅木地銀縁天目台」が、オイラのコレクションの永楽和全の銀彩のアンティークカップと同じ手の物だと書いたが、三井の当主が明治天皇のもてなしに使った器と同じものとは、元三井の小僧のオイラにとって誠に恐縮なのだ。

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銘は永楽とある。

永楽和全は京焼きの名手だが、招聘されて1865年(慶応元年)から1871年(明治4年)のあいだ加賀の九谷で作陶している。まさに再興九谷は輸出のピークにあった。

生地全面に落ち着いた赤を施し「銀彩」を「釘描き」で龍が描かれている。永楽和全は金襴手が有名だけれど金と銀が置き換わっているが、まさに永楽和全得意の物ではないか。シルバーオーバーレイよりは銀が薄く、金彩よりは少し銀が厚く塗られている。そして迷いのない見事な釘描きで龍と觔斗雲(きんとうん)が描かれた上手の物。銘が刻印でないのは、輸入白磁に絵付けされた物だからだろう。

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こういうものを、おこづかいを貯めて、150年ぶりに日本に戻した老人は、自分で言うのもナニだが、偉いと思う。

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