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2013年9月27日 (金)

白山文化圏巡礼。

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巡礼をして、詫びて廻らねばならないほど悪く生きたワケではないし、悩みは多いが神仏にすがるつもりもなく、ハヤリのバワースポットを廻ってパワーを戴くなどというくだらない欲でもない。

老人は、ただ退屈しのぎに、わずかのテーマを持って、これから、霊峰・白山の周辺を、すこし徘徊してみようと思う。

だから、巡礼などとカテゴライズしたけれど、これは白山文化圏徘徊とすべきかなとも思う。

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世の中には、騙す人と騙される人がいて、さらに騙されたい人までいて、もちろん騙されない人もいるが、複雑多様で面白くて悲しい。

オウムの事なども、高学歴の彼らがあれほど子供じみたウソに騙されていたとは思わない。彼らは“だまされたい人々”であって、こうありたいという共同幻想の中でたとえウソでも逃避していたいという、社会からの集団自殺行為だから、あなたは騙されていると言っても更にムキになり、ますます強固になる。

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宗教など、およそインチキで詐欺であるが、高い山を望んで思わず手を合わせたり、大木に手を合わせたりする行為までは否定しない。こうしたことは、いずれの地域にも、どの民族にも共通のことで、考えたり思ったりする人間というもののごく自然の行為だと思う。

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日本の仏教の悲劇は、インドに生まれたお釈迦様の教えが、変質に変質を重ね、あの荒唐無稽な中国に渡り更に変質し、アノ中国ですら流行らなくなった晩期のモノがもたらされたことだが、これが日本で浄化されたり、さらに荒唐無稽な変化をとげたりする。山の中に何千人もの僧が住んだり、武装したり、それを支える経済的搾取の仕組みまで構築して、まさにカルトなのだが、歴史という時間差は、それらを見る人にしか見えないようにする。

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なんてコトを言ってみつつ、オイラも騙されたい老人だったりするワケだ。

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