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2013年9月30日 (月)

エドワード7世のアンティークピンバッヂ2点。

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さて、この時代まで遡ると、ピンバッヂも、ぐっとアンティーク感が増します。

エドワード7世王妃アレクサンドラのピンバッヂで、一つは珍しい大振りなもの。

即位記念のものだから1901年、まさに20世紀はじめの物で、英国のベルエポック(美しい時代)を感じさせるデザイン。

エドワード7世の放蕩(ほうとう)ぶりは、さきに書いたけれど、この写真のアレクサンドラの首飾りに注目されたい。

ウィキペディアによれば、アレクサンドラの首には、醜い瘰癧(るいれき)の手術痕があり、

(初夜に初めてアレクサンドラの首の手術跡を見たアルバート・エドワードは、その余りのおぞましさに悲鳴をあげ、以後彼は妃に対して愛情や好意を抱くことは全く無くなり、コンプレックスを更に深くしたアレクサンドラは、以前に増して首を隠すようになった。)

という。

るいれきの手術痕など、たいしたことは無いと思うのだが、どんだけ~!オボッチャマなんだろう。

のちに、デンマーク王女になる身だった、アレクサンドラの美貌と礼儀作法の美しさは、ヨーロッパの王侯社会では定評があり、エドワード7世も事前に対面し、その美しい白い肌と、大きな深青色の瞳に魅了され、意気投合して結婚したはずなのだが。

と、言いつつ、夫婦は、3男3女を儲けており、それなりにナニではあったと思う今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

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2013年9月28日 (土)

白山遠望。

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白山が見えないかなと、岐阜駅前の超高層ビルに上って見た。北を望むと、遠くカスカニ、別山の特徴的な姿が見えるのだけれど、雪のない季節で確実に白山とは言い切れない写真で残念。それに望遠の無いスナップカメラだもの。真ん中を横切るのは長良川。

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2013年9月27日 (金)

白山文化圏巡礼。

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巡礼をして、詫びて廻らねばならないほど悪く生きたワケではないし、悩みは多いが神仏にすがるつもりもなく、ハヤリのバワースポットを廻ってパワーを戴くなどというくだらない欲でもない。

老人は、ただ退屈しのぎに、わずかのテーマを持って、これから、霊峰・白山の周辺を、すこし徘徊してみようと思う。

だから、巡礼などとカテゴライズしたけれど、これは白山文化圏徘徊とすべきかなとも思う。

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世の中には、騙す人と騙される人がいて、さらに騙されたい人までいて、もちろん騙されない人もいるが、複雑多様で面白くて悲しい。

オウムの事なども、高学歴の彼らがあれほど子供じみたウソに騙されていたとは思わない。彼らは“だまされたい人々”であって、こうありたいという共同幻想の中でたとえウソでも逃避していたいという、社会からの集団自殺行為だから、あなたは騙されていると言っても更にムキになり、ますます強固になる。

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宗教など、およそインチキで詐欺であるが、高い山を望んで思わず手を合わせたり、大木に手を合わせたりする行為までは否定しない。こうしたことは、いずれの地域にも、どの民族にも共通のことで、考えたり思ったりする人間というもののごく自然の行為だと思う。

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日本の仏教の悲劇は、インドに生まれたお釈迦様の教えが、変質に変質を重ね、あの荒唐無稽な中国に渡り更に変質し、アノ中国ですら流行らなくなった晩期のモノがもたらされたことだが、これが日本で浄化されたり、さらに荒唐無稽な変化をとげたりする。山の中に何千人もの僧が住んだり、武装したり、それを支える経済的搾取の仕組みまで構築して、まさにカルトなのだが、歴史という時間差は、それらを見る人にしか見えないようにする。

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なんてコトを言ってみつつ、オイラも騙されたい老人だったりするワケだ。

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2013年9月25日 (水)

椅子の脚。

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床にアンティークを置いて写真撮りしていて、ふと横をみたら面白かったから撮ってみたのだけれど、まったく退屈しのぎの写真でゴメン。

このアングル以前にアップしたような。

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2013年9月23日 (月)

ジョージ5世のアンティークピンバッジ。

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さて、もう ヤーメタ!と言って、止めたハズなのだけれど、実は、郡上踊りの夏のあいだもダラダラと続いていたんだ。

ジョージ5世のアンティークのコレクションも、ほぼ完成なのだけれど、過日、並べて写真を撮ってみたら、ピンバッヂが少し足りないと感じたんだ。関係ない人にとっては、ドーデモイイことなのだろうけれど、コレクションを美しいバランスで構成するということは重要で、ジョージ5世の戴冠式記念のピンバッジを二点ほど追加してみたのだけれどどうだろう。

このてのコレクションは、まずメダルに向かうのだけれど、メダルというのはコレクションされる為の物で、捨てられることはないから、ほとんどは残るけれど、このピンバッジは大量に出回るけれど、使い捨てられ消費されるものだから、残るものは少なく希少価値はメダルより高い。デザイン性もメダルより高く、時代性もあって面白い。

これが、更にさかのぼって、先代のエドワード7世の時代ともなると、デザインが更に古色を帯びて面白くなるんだ。(次回を。)

ジョージ5世 在位  1910(明治43年)-1936(昭和11年)

エドワード7世  在位 1901(明治34年)-1910(明治43年)

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ジョージ5世のピンバッヂ5点。

Pinback Badge - King George V Coronation 1911

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2013年9月22日 (日)

ホトトギスが咲いた。

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毎年のコトだけれど、ホトトギスはイイね。

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2013年9月21日 (土)

アンティークブリキ缶の楽しみ。視神経の悦楽。

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ブリキ印刷の退色と錆びが、あたかも打ち捨てられた古い教会の壁画をみるようで、あたかもマニュエリスムの絵画を観るようで、視神経の快楽をよび、たかだか百年だけれど、秋の夜長に歴史の庭に遊ぶ悦楽をもたらしてくれるのは、老人がすでに歓びを失って老人だからだろうか。なんちゃって。

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2013年9月18日 (水)

戦争の世紀のアンティーク。

エドワード7世が即位した二十世紀初頭のイギリスは、「世界に冠たる大英帝国」とは、呼ばれたものの、当時の兵站技術をもってしては、いかに世界最強のイギリス海軍を誇示しょうとも、防衛しきれないほどまでに、帝国と植民地は「拡張しすぎ」の状態にあった。 引用

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エドワード7世が即位した翌年の、1902年1月30日(明治35年)、ロンドンの外務省で日英同盟が締結された。満州を侵略し更に韓国の支配を図るロシアに対し、コトある毎にロシアと対立していたイギリスが日本を支援し、ひろがり過ぎた植民地経営と戦線のオーバーストレッチを補う為、日本と同盟を結び、日本の韓国支配を認め、清国での互いの利益を実現する為に第三国とりわけロシアやドイツに対抗するという物だが、まさか東洋の日本が世界の大国ロシアを打ち負かすとまでは思ってはいなかった。

エドワード7世 在位 1901-1910年

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ちなみに、このオールドノリタケのイッチン盛り上げの花瓶は、裏印が初期マルキ印 1900年頃(明治33年頃)ですから、その時代にイギリスへ輸出されていた物。

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この時代の英国磁器は、先日アップしたばかりのコールポートをご案内。

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美しい時代(ベルエポック)だよね。

日露戦争(19041905)では、ロシアの南下政策を阻むため、戦艦の調達など、エドワード7世の日本支援が功を奏するが、黄色い肌の小さな野蛮人の国が大国ロシアを打ち負かすとはイギリスにとっても思ってもみなかったことだった。

維新だの攘夷だのと言って、斬り合いをしていた黄色人種の国が、たかだか三十数年で世界の「五大国」として成り上がり、毅然として、利益を主張しはじめたのですから白人にとっては、脅威です。やがて日本は、そのしっぺ返しを食らうことになりますが、とりあえず日本とイギリスは同盟国であり、イギリスの影響を日本は強く受けます。

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ジョージ5世の時代の第一次世界大戦(1914-1918)では、日本はイギリス・フランス・ロシア・アメリカなどと共に連合国側として、中央同盟国側のオーストリア・ドイツなどと戦います。

ジョージ5世 在位 1910-1936 

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1914年6月28日、サラエボを訪問中のオーストリア・ハンガリー二重帝国の皇太子がセルビアの青年に暗殺される。オスマントルコの弱体化によるブルガリアやギリシア、ルーマニアの小競り合いからオーストリアとセルビアの開戦、ロシア、ドイツ、フランスが参戦し、イギリスの参戦と同時にカナダ、オーストラリアなどのイギリスの自治領の参戦、イギリスの同盟国である日本までがドイツ領東アジアに進撃し後に「第一次世界大戦」と呼ばれる大事件へと発展していきます。

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さて、1918年11月11日、第一次世界大戦が終わる。ドイツ皇帝は、降伏直前に退位しオランダに亡命。ロシア皇帝はロシア革命で帝位を追われ、一家もろとも銃殺される。ハプスブルグ帝国もオスマン帝国も消滅した。

さてさて、次の英国王エドワード8世だが、しょせん国王の器ではなかった。

エドワード8世 在位1936年  1月20日-12月11日

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王位を捨てた恋とロマンチックではあるが、在位11ヶ月は悲しい。エドワード8世の皇太子時代のブリキ缶で、めずらしい軍服姿が貴重なアンティーク缶だ。

きまぐれな兄エドワード8世の退位で弟ジョージ6世が英国王となるが、実に大変な時期であった。

ジョージ6世 在位 1936-1952

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ヒトラーのナチスドイツが第一次世界大戦で失った領土を次々と回復しムッソリーニのイタリアはエチオピアへ進出する。日本は満州を押さえアジア全域へ進出する。

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またまた、世界大戦の始まりです。そして日英の関係は悪化の一途をたどります。

第二次世界大戦 1939-1945

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と、おおまかに書いてみたけれど、一本のブログで書ききれるものではなかった。

まるで、老人の歴史徘徊のようになってしまったが、こんな風に老人は歴史とアンティークを楽しんでいるのだ。カッコばかりつけてゴメン?

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2013年9月15日 (日)

「荘川 村芝居」を観る。

そもそも田舎が昔のままでないと嘆くのは、都会人の幻想の果てのわがままにも聞こえる。

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さてさて、夏が去り、高原の夜は秋の気配が濃厚で、実りの秋を迎えて各地で秋の祭りが始まる。

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今日、ご紹介するのは、オイラの渓流釣りのホームグランド、岐阜県の飛騨・荘川(しょうかわ)の秋の祭りの奉納芝居なのだ。昨日は、のんびりと白鳥から石徹白、荘川と白山文化圏を徘徊してきた。

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かっての岐阜県大野郡荘川村は、平成の大合併で岐阜県高山市荘川町になって「町」になったが、どこかソグワナイ感じがして、もう四十年もコノ村に通い続けるオイラとしては荘川は村であって、村がナニが悪いと思っていたのだが、その荘川の秋の祭りの「芝居」をアエテ「荘川 芝居」と銘打って打ち出したあたり、荘川村民、いや高山市民である荘川町民はナカナカにお洒落で素敵だと思う。

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荘川は世界遺産の合掌造りの白川村の隣村で、やはり合掌造りの文化圏なのだが、村の暮らしは結構文化的で、四十年も前にココへ遊びに来たときは、実は驚いて、村の家は大きくて広くて台所は文化的でトイレこそ浄化槽だけれどそれなりに清潔だったのだ。

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当時、東洋一と謳われた御母衣ダムの恩恵はあるけれど、厳しい山の暮らしは、山の中で生きていかれるものだけが生き残れる世界でもあって、高度成長期を経て淘汰された後の生き残れた豊かな人たちの暮らす村なのだと勝手に解釈したのだが、間違いだろうか。

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さてさて、たまらなく面白いのだ。村の祭りは、村の芝居は。

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役者は、村で生き抜くタクマシイ若者が中心だけれど、村の診療所に赴任した独身の若い医師だったり、中電の駐在員だったり、村の学校に来た都会育ちの先生だったりもする。

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これに、事情通の村人が、「中電頑張れ!」だとか「農協の受付はお前の嫁か!」といったヤジを飛ばす。闘いのシーンでは、悪役にも「パパがんばれ!」と子供の必死の応援がある。

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芝居の前には、村に伝わる伝統の獅子舞があり。子供の舞踊ショーが続く。

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懐かしい昔の風景があり、三歳の踊り子が寝てしまい出順が入れ替わるなんてハプニングもあり、会場は大爆笑。その演目が、「金魚のお昼ね」だなんて、すこし、デキスギじゃないかい?芝居の後は大人の舞踊ショーが日付が変わる頃まで続く。

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こんな芝居が、秋の初めに、村の黒谷白山神社、野々俣神社、荘川神社の三つの神社で、それぞれ競うように行われる。芝居の上手さは黒谷だという、面白さは野々俣(ののまた)、そしてなにより今回ご紹介した荘川神社、蕎麦の里のすぐ北で駐車場も充分でオイラのように遠方からの訪問者にはありがたい。

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荘川って、イイね!

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2013年9月11日 (水)

エドワード7世の戴冠式記念ガラスビーカー。

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さて、ガラスのテクニックとしては簡単なもので、ドットで模様が付けられた型の中で吹いたガラスのコップで十九世紀末から二十世紀初めのガラスの工業的な大量生産により庶民の生活にもガラスが行き渡った時代のもの。ジョージ5世の時代より、父親であるエドワード7世のグッズの方がガラスの物が多いのは世紀末のガラス文化のなごりだろうか。

Edward Ⅶ   在位 1901-1910

さてさて、エドワード7世は、皇太子として60年、国王としての在位はたったの9年。これは母親のヴィクトリア女王に「悪ガキ」の烙印を押され、イジメに近い厳しい教育を受けた結果、さらに道をそれて放蕩を究めるコトとなり、母親との断絶により結婚後も、隣国フランスの娼館に入り浸り、当代一流の女優サラ・ベルナールなどとも浮名を流すありさま。

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国王即位の当時の愛人は、アリス・ケッペルという美人なのだが、驚いたことに、ダイアナ妃と別れたチャールズ皇太子と再婚したカミラ夫人は、このアリス・ケッペルの孫の孫、つまり玄孫(やしゃご)だと言う、チャールズはエドワード7世の玄孫の子、つまり来孫(らいそん)にあたるワケで、まことに因果は巡るのである。

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そんなエドワード7世なのだが、国王としては「エドワード平和王」と呼ばれ、外交に素晴らしい持ち味を発揮して評価が高い。下積みの苦労が実るワケだけれど、寿命は残酷で下積み60年・国王在位9年で人生を終えるのだ。まるで夏の日のセミのようではないか。

Antique Rare Edward VII Coronation Glass Beaker 1902

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2013年9月 8日 (日)

家でもデモ。

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このところ、毎日、雨雲レーダーの画像をチェックする毎日で、この雨雲レーダーの画像はスグレモノで、今かかっている雨雲の様子を克明に表しているから、そして二時間前から動きを再生できるから、今後の予測もできるから、とても便利だ。

きのうも、郡上おどりの「納め」で、感動的な提灯行列やら踊り流しがあるから出かけたかったのだが、さすがにこの季節になってくると雨に濡れて踊るなど老人には狂気の沙汰で、実はすでに二週間前、少し涼しくなったら、踊りの最中に脚に痛みを感じて、交通事故による骨折で太いチタンのボルトがオイラの脚に入っているのだが、今まで感じたことのない痛みで、アアこうして、ひとは可能性やら出来ることが少なくなっていくのだなと思ったのだ。

そんなこんなだから、きのうは「郡上」は、あきらめて、話題の「風立ちぬ」を観にでかけたしだいなんだ。

さて、マスコミは宮崎作品には好意的で、評価は高いのだが。

観終わって、おもわず家内と顔を見合わせたね、いったいナニよこれって感じ。駄作だね。

“風立ちぬ”というより‘腹立ちぬ’って感じかな。まあシニア割引で二人で二千円。文句をいうのもハバカラレルのだが。ふたりで三千六百円だったらイシ投げるかも。

反戦映画としてなら、あまりにもノーテンキ。

零戦の開発秘話としてなら、全くの訴求不足と勉強不足。

技術者のロマン? 計算尺だけで飛行機が出来るの?

恋愛話としてなら、四コマ漫画ていど。

宮崎先生の人柄は好きだけれど、先生の“ふたつみっつの思いつき”が物語りとして膨らんでいないんだ。思いついた筋書きに、葉も実も付かずに、肉も筋肉も付いていないんだ。

先生は試写を観て初めて泣いた!と、マスコミは煽るけれど、たしかに先生は泣いて、そして引退をキメタのだろうね。

近頃の左翼って、ソフトフォーカスがオシャレみたいで、ほんわか、のどかが知性だと勘違いしてるみたいで、「金持ち喧嘩せず」みたいで、「風立ちぬ」アトにナンニモ残らない、みたいな映画を観て、オイラ“風立ちぬ”というより‘腹立ちぬ’って感じかな。

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なんてコトを言ってみつつ、今日は岐阜の大垣の原発反対のデモに出かけようと思っていたのだけれど、雨だからヤメルと言ったら、家内がタイシタ雨ではないよ!と言う。オイラが家に居ちゃ邪魔なのか?

原発反対!

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2013年9月 7日 (土)

エドワード7世の即位記念のマグカップ。

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久しぶりのアンティークカップの新着でもあって、しかし、マア、土産物のコロネーショングッズで、けっしてファインアンティークについて語るワケではないのだというコトを押さえた上で、少しの自慢をお許し戴きたい。

エドワード7世の即位記念だから1902年以降の物。ジョージ5世の物に比べて、エドワード7世の物となるとオークションの出品は一段と少なくなる。年代が遡ることと、9年という国王在位期間の短さによるが、その少ない記念品の中から面白いマグカップを見つけた。

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大量にオークションに出品されている陶器のコロネーションカップは、どう見ても“今出来”の物がホトンドで、その手の王室グッズを欲しがる少し足りない人向けのジャンクショップ向けに今でも造り続けられているのだろうと思う。

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さて、ウェッジウッドのジャスパー風の、エドワード7世と王妃アレキサンドラのレリーフ。バラの模様も下地がエンボスで少し膨らみがある。決して上手の物ではないけれど時代と味があって面白い。なにより色が、オイラのブロンプトンと同じブリティッシュレーシンググリーンとイエローで、名車ジャギュアやロータスセブンな雰囲気でグッドテイストだ。

そろそろ、我が家のコーヒーも、ペットボトルのアイスコーヒーから挽きたてのホットコーヒーに変わる季節、秋の夜長をベルエポックな気分で楽しむとするか。

Coronation Mug-Edward VII & Queen Alexandra 1902

ALLER VALE Torquay pottery

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2013年9月 5日 (木)

エドワーディアン庭園。

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イギリスの庭園史では、エドワード7世(在位1902-1910)と、つづくジョージ5世(在位1911-1936)の時代をエドワーディアン庭園として区分している。

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当時のアーツ・アンド・クラフト運動からアーツ・アンド・クラフト・ガーデンとも呼ばれる。

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オイラがエドワーディアンだからと言って、オイラの庭がエドワーディアン庭園だ! とまでは言わない。

でも、江戸和ディアンな坪庭だと・・・・。(笑)

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2013年9月 3日 (火)

エドワード7世のポートレートのアンティークグラス。

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これから、語ろうとするエドワード7世は、これまでダラダラと語ってきたジョージ5世の父親で、長くつづいたヴィクトリア女王の長男で、ヴィクトリア女王の次の英国王なんだ。

さて、エドワード7世の親戚についてなのだ。デンマーク国王とギリシァ国王は、エドワードの妃アレキサンドラの兄と弟であるし、ノルウェー国王はエドワードの末娘モード王女の夫である。ドイツ皇帝はエドワード自身の姉ヴィクトリアの長男であり、スペイン国王は妹ベアトリクスの長女の夫なのだ。ベルギー、ポルトガル、ブルガリアの各国王は、エドワードの母ヴィクトリア女王の母親の実家であるとともに、父アルバート公の実家でもある、ドイツのザクセン・コーブルグ家に所縁のある者たちであった。

Albert Edward    在位 1901-1910

なにがなんだか、西洋史の素養のないものには、わからなくなってしまうが、ヨーロッパの王様というのは、みな親戚で、あちらの国の王様が、こちらの国の王様にスカウトされてこちらの国の王様になっても何の不思議がないくらい濃い親戚関係にあり、これが平和のタメの知恵であり、しかしそれ故に戦争が起きたりしたわけで、興味深い。

SOUVENIR GLASS   BEARING PORTRAIT OF HIS MAJESTY KING EDWARDVII

これらの文章の多くは、君塚直隆著 「ベル・エポックの国際政治」「肖像画で読み解くイギリス王室の物語」「ジョージ5世」を引用したり参考にしています。

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2013年9月 1日 (日)

黒猫待ち。

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部屋から出るとミストサウナみたいな湿気の不愉快な今日この頃で、お天気も悪く写真を撮るには良くないけれど、曇りの日だからと言って写真を撮らないのなら、晴れの日ばかりのオメデタイ写真ばかりになるワケで、社会派の絶対スナップ主義的おどるカメラマンとしては日和見的(ひよりみてき)ではないかと、「雨が降ってくるよ」との家内の声にもかかわらずブロンプトンで出かけたのであります。しかし、家出してから300メートルも行かないうちに空から冷たいものが落ちてきてオイラが濡れるのはカマワナイけれどカメラが濡れるのは困るワケで家に戻ったら、勝ち誇ったような家内の笑顔。

さて、今日は、昨日、成田で通関したアンティークが三点クロネコヤマトで届くはずで、いわば黒猫待ちの日曜日だな。

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