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2013年2月28日 (木)

ロイヤルウースターのウィローパターン(柳模様)のアンティークカップ。

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シノワズリー(中国趣味)は、17世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパの中上流階級を席捲した一大文化現象である。東洋陶磁の流入が大きな要因であるが、質の高い磁器は東洋への憧れを生むのは当然であるし、ギリシャ的な均整に厭きた人々に中国の変則性は新鮮であった。

マルコポーロにはじまり、イエズス会の宣教師などを通じて、中国の老荘思想がヨーロッパに伝わり、曲がりくねった寺院の装飾・シャクヤク・閃光を発する鳥、異国情緒にあふれた中国のビジュアルは、まさに優美なシャングリラ(理想郷)であった。

これらが、ヨーロッパの美術に、シノワズリー(中国趣味)の流行をもたらすが、18世紀から19世紀にかけて中国の実像が知られるにいたり「哲学者の王国という古い夢は、堕落した帝国の現実に道を譲った」といわれる中国感の大転換をもたらす事となり、シノワズリーは終焉を迎える。

さて、現代の中国といえば、限りない欲望の暴走の末に、人々はスモッグと砂塵にまみれ、それでも、ムサボルことを止めない狂気の国で。共産主義を放棄したにもかかわらず、共産党という利権集団の独裁が続く異様な国で。労働者と農民の党であるはずの共産党が、労働者と農民を抑圧し、チベット・ウイグル・内モンゴルなど少数民族の植民地的支配を続け、低賃金と不公正な通貨管理で世界経済に混乱を起こさせ、世界中の製造業を破壊し、世界中の労働者から職を奪った帝国主義の極みの、ナラズモノ国家ではある。

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さてさて、そんなこんなではあるが、今夜は、イギリスの庶民的な陶器のカテゴリーの中で今も生きている絵柄・シノワズリーの、イギリスに既に土着した、理想郷としての「柳模様」ウイローパターンについてなんだ。

 

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柳模様willow patternの代表的な絵柄をアップしてみた。

中央に柳を置き、愛をささやきあうかのごとく空を飛ぶつがいのキジ鳩やマンダリン(中国の高級官吏)の館、その館を取り巻くジグザグのフェンス、さらに中国風の橋の上を歩く、もしくは走るように見える三人の人物などを周辺に配した陶磁器の文様。この文様はマンダリンの美しい娘とマンダリンに仕えた若い書記との許されざる悲恋の物語を表わしているともいわれている。この模様は、18世紀末にイギリスで案出されたもので、17-18世紀の中国ブーム=シノワズリーchinoiserieの産物である。 引用

さてさて、今回のカップの絵柄は、ウィーローパターンのうち、フェンスドガーデンパターンと呼ばれるもの。

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ロイヤルウースター(英)の物で、マークの下の、Sは1881(明治十四年)。

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イギリスの日常陶器の代表的な絵柄・ウィローパターンで、当然転写ではあるが、下手な手描きより上手の転写という選択もあり、緻密な銅版画の様な線描きがロイヤルウースターの矜持を感じさせる。

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2013年2月26日 (火)

Love the giver ドイツのモットーカップ。

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寒い日が続くから、せめてブログだけでも春らしい絵が欲しいねと思い、棚の奥から出してみたんだ。花が咲いて小鳥がさえずるバレンタインに出すべきカップだったよね。

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2013年2月24日 (日)

洋ラン。

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外は寒いけれど、我が家は、蘭の季節で、これから当分は、蘭が咲き続けるんだ。

なんだよ、それじゃあ「成金の病室」かよ?って声が聞こえそうだけれど、「チイママの誕生日」かよ!っていうのも面白い。

写真のランなど、いただき物のランを、オイラが、もう15年も育てているんだ。15年もモタセルってたいしたことなんだけれど、なに、一年に一度、根に巻いたミズゴケを新鮮な物に取り替えてやるだけなんだけれどね。どうやらオイラ、蘭の育て上手みたいなんだ。

そんなこんなで、いただき物のランが、小さな部屋に七鉢もあるんだ。ぜんぶ咲いたら、この部屋で死んでもイイナって思う今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

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2013年2月23日 (土)

まりちゃんがいない!

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真理子さんのオーダーで、「まりちゃんカップ」を撮りなおしてアップしようとしたのだけれど、何処を探しても「まりちゃんカップ」が見つからないのだ。というワケで以前のブログ写真のコピーなんだけれど。

グッチ爺の青春の全て、わが劇団のマドンナ、「まりちゃん」のカップが行方不明になるなんて、まったくグッチ爺に、どう謝ったらいいのだろう。

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しょうがないから、ネットで“まりちゃんカップ IWANA”なんてワードで検索してみたら「まりちゃんカップ」が出てきたのには笑ってしまったが、できればグーグル様、“まりちゃん グッチ爺”というワードで検索したら、このカップが出てくるようにならないかな。そうすればグッチ爺が夜毎“愛フォン”でアクセスして涙を流してくれるかもしれない。懐かしくて、甘酸っぱくて、ほろ苦いグッチ爺の青春なんだ。

青春ってイイよね。

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2013年2月21日 (木)

昆虫館の窓。

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好きな場所で何度も来ているが、ふと考えたんだ。こんなに面白い建物がナゼ使われなくなったのかなって。すぐ裏手に、もう少し大きな建物が建てられているんだ。どうして、この建物が使われなくなってしまったのかなって。

窓の連続性がこの建物の味なんだけれど、博物館は壁面が命なんだ、小さな建物なのに窓ばかりで壁面がないのでは博物館としては機能しないし、展示には外光はジャマなんだ、窓のお陰で室内の明るさにムラが出来て、展示物が上手く観察できない。

我が家を設計するとき、部屋の間取りを考えて、その必然から窓が生まれたけれど、外観と窓が先行する建築というのも、なんだかイビツな西洋崇拝のようで悲しい。

昔の建築の大家(たいか)というのも、権威主義的で中味は空っぽだったんじゃないか?

ご当地では大家の設計した図書館が造り手が現れず空中に浮いている。カッコばかりの建物で、建築コストも方法も考えがなく、恐ろしく空調にお金がかかりそうで、建物が出来たとたんに、節電とか言って蒸し風呂の中で本を読むことになりそうな予感。

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2013年2月19日 (火)

ブロンプトンと昆虫館。

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日差しは完全に春なのに、風が冷たすぎる。

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2013年2月17日 (日)

サボテン。

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朝はサボテンにオハヨウと言い、夜はサボテンにオヤスミと言う、今日この頃です。

これは、サボテンじゃないんだけどね。

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2013年2月16日 (土)

ギルテッドエイジの時代のオールドノリタケ。

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マーク トウェインは、風刺小説「ギルテッド・エイジ」を著し19世紀後半・南北戦争後のアメリカを、上っ面を金メッキしたようなインチキな時代、新興成金が横行する腐敗政治の時代とした。長くこの時代は金ピカの悪趣味の時代とされてきたが1980年代に入って、この時代が非常に豊かで面白い時代であったという見方が現れてくる。アメリカの芸術的趣味の黎明期という見方である。

オールドノリタケを語るに、その主な輸出先であったアメリカのことを語らないワケにはいかない。

アメリカの、ギルテッド・エイジ金ピカ時代は、1860年代から1890年代とするのが大方の見方だから、オールドノリタケの裏印・メイプルリーフ印が使われ始めた1891年(明治24年)のアメリカは、まさに金ピカ時代のピークにあったと言ってよい。

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アメリカの空前の繁栄と社交界の確立、夜毎開かれる絢爛豪華なパーティ。ファッションから芸術にいたるまで、ヨーロッパに代わってアメリカがパトロンとなる、変わり目の時代だったのです。

明治の日本にとって貿易の不均衡を正す唯一の手段は、日本の美術資産でした。蒔絵・七宝・絵画・多くの日本の美術品が海外に出て行きました。江戸末期まで大名家のお抱え絵師といったかたちで絵描きやら職人は数多く存在していました。徳川幕府の崩壊でこれらの職人は一気に職を失います。お雇い外国人の情報やら万国博の:経験から、外貨獲得の課題解決のため国策として、これらの職人が組織され輸出陶器などの制作現場に投入されていきます。

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明治維新前夜の慶應三年(1867)、幕府はフランス政府の要請でパリ万博に参加します。万博に出品された日本の陶器・漆芸・七宝はヨーロッパに一大旋風を巻き起こします。しかし、明治十一年(1878)のパリ万博までは物珍しさで売れていた日本の陶磁器も、それを境に売上を大きく落とす事になります。ディナーセット・コーヒー碗皿など高級日常陶器に於いては欧米の技術が遥かに進んでおり、欧米のマーケットは日本の陶磁器に厳しい目を向けていきます。

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メープルリーフ印が使われ始めた1891年(明治24年)頃の、日本の陶磁器産業の緊急課題は恒常的に売れていく日常陶器の開発でした。

また、この時期から当初、純日本風であった絵付けは洋風の物へと切り替えられていきます。瀬戸などの窯元との専属契約も始まり森村組は輸出商社からメーカーへとシフトし「世界ブランド・ノリタケ」の基盤が構築されていきます。

メイプルリーフ期の極めて初期の作。こなしきれていない洋陶器のスタイル、カップの底部の少しの歪み、当時としては極限と思われる磁胎の薄さは非実用的領域で痛々しい程。焼成後摺り合わせて整えた様な畳付け。完璧な白とは言いがたい灰色生地、石灰釉のピンホール。欠点と思われる全てが、ノリタケの歴史の証人であり、貴重な資料でもある。

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ノリタケがコーヒーカップの焼成に成功するのは明治16年を数年経過してからの事。

ニューヨークのモリムラブラザースから送られたフランス製のカップを研究するが、薄手の手付き磁器カップなど作った事の無い日本の窯元では作る事が出来なかった。そのうち、フランスのカップの縁先・カップの一番上の端に釉薬が付いていない事を発見した。日本の茶碗は仰向けに焼くので底・畳付けに釉薬が付いていない。伏せて焼く事で薄手のカップの形状の物を焼く事に成功したという。

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このカップの畳み付けが摺り合わせて調整されているのも釉薬の掛った部分を削り垂直を調整したものだろう。

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ノリタケ黎明期の意気込みと職人の情熱を雄弁に語ってくれる生々しい作。困難への果敢なる挑戦と、卓越した伝統技術。明治のダイナミズムに溢れた作。陶器が未だ宝石であり美術品であった良き時代の作。皮肉にもこれ以降、窯業の近代化によりこれらの熟練の技が薄れていく。

と、昔書いたブログをコピーしてみたけれど、どうだろう。オールドノリタケの醍醐味は、やはりこのメイプルリーフ期の物だね。

金点盛りアクアジュール薔薇絵ぺディスタル カップ&ソーサー

裏印 グリーン メイプルリーフ印 アメリカ向け輸出品

1891年頃(明治24年頃)

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2013年2月14日 (木)

オールドノリタケ ツリー&メドウ柄のアンティークカップ。

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深田久弥は名著「日本百名山」を著すにあたって、おおよそ1,500メートル以上を基準に「山」を選定したが、これを基準とするならばイギリスには「山」がない。ブリテン島の最高峰のベン・ネヴィスで標高1,340メートル。老年期地形のイギリスは山容もなだらかで山というより丘陵やら高原と呼ぶに近い。それゆえに川もまた急流が少なくゆったりと流れている。

ブリテン島最長の川であるテムズ河は、長さ338キロに及ぶが、水源地の標高はわずかに海抜200メートル。一キロの流れに59センチの高低差しかない。これに比べれば我が愛する日本の川は全て「滝」であるといって良い。と、以前ブログに書いた。

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さて、オールドノリタケの、代表的なランドスケープ柄ツリー&メドウのカップなんだ。裏印は、グリーンのマルキ印。年代は、明治41年(1908)頃。英国向け輸出品。

のどかな水辺に白鳥が遊び、小屋が見える。釣り人のオイラには、天国の様な景色。

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2013年2月12日 (火)

骨董屋の。

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骨董屋のウインドウって、ネタの無い日のネタになる。

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2013年2月10日 (日)

オールドノリタケのエジプト柄の花瓶。

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さて、オールドノリタケのエジプト柄の花瓶なんだ。マイ ファースト オールドノリタケなんだけれどね。

厳密に見れば、いったいこれはナンだ?という部分が無いわけではないが、象を見た事が無い画家が象を描いたり、龍を見た画家なんていないのに、もっともらしく龍を描いたりすることは、美術の世界では普通で、やわらかな態度で受け入れてみるって事が大事なのではないか。

前回、アップしたエジブト柄のナッツボウルと絡めて観ていただけば、画面の山は富士山ではなく、ピラミッドかもしれないし、帆掛け舟はエジプトの帆船かもしれないと・・・。だから、全体としては、エジプト風景なんではないかと了承して戴けるのではないか。

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裏印は、グリーンのM-NIPPON印 明治43年(1910)年頃。アメリカ向け。

この花瓶に、エジプトをみるか、アメリカをみるか、明治の終わりの日本をみるか。

オールドノリタケって、おもしろいよね。

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2013年2月 9日 (土)

瀬戸ノベルテイの香水瓶。

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アンティーク香水瓶というキーワードで、グーグルの画像検索をするとトップに出てくるのが、この香水瓶なんだ。「ルーシーのビンテージな香水瓶」というタイトルでブログを書いたのは2010年の9月の事だから四年も前のことなのだけれど、以来ずっとアンティーク香水瓶の画像のトップを守り続けているんだ。つまり、日本のアンティーク香水瓶で、ネット上で最も有名なボトルと言って過言ではないんだ。

アンティーク香水瓶といえば、とても高価な物やら、オシャレな物が並ぶ世界で、「ノベルテイ」に過ぎない、しかも千円と少々で手に入れた物をここまで出世させるオイラって、芸能界なら凄腕のスカウトマンと言われるかもしれない。いや、写真が良すぎるかもしれないけれどね。

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さて、多くのファンを持つこのボトル。愛知県の瀬戸あたりで、50~60年代に作られたノベルテイだと思う。アメリカのI.W.RICE社が日本で製造し、AN Iriceというシリーズでアメリカで販売したもの。

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瀬戸 ノベルテイ なんて言葉で検索すると面白い世界があります。

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2013年2月 8日 (金)

お米屋さんの。

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好きなんだな、こういう景色が。

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2013年2月 6日 (水)

オールドノリタケ エジプト風景のナッツボウル。

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オールドノリタケの、特徴的なランドスケープ柄のエジプト風景のスクエアボウル。裏印はグリーンのマルキ印(英国向け)。明治41年(1908)頃。

19世紀末から20世紀初めにかけて、ヨーロッパではオリエントブームが巻き起こった。19世紀前半には、フランスのナポレオンのエジプト遠征があり、続いて産業革命で力をつけたイギリス帝国主義が、やがて来る石油の時代を見越して中東を蹂躙する。中東の悲劇の時代なのだが犯す側はロマンだという。

大英博物館に初めて行った時は驚いた、「盗品博物館」なのだ、しかも墓場まで暴いてミイラまで盗んできて展示しているのだ。紳士の国は、野蛮な国だな、泥棒の国だな、恥知らずの展示だなと思った。一ヶ月のロンドン滞在中の散歩コースはリッツからテムズ河畔を通りビッグベンからコベントガーデンに戻りホテルに帰るものだったが、テムズ河畔の巨大なオベリスクを見上げながらフランスとイギリスが競ってエジプトから移した「クレオパトラの針」こそ泥棒帝国主義の記念碑なのだなとオイラ傷ついていたのだ。

さて、明治41年(1908)というから、まさにオリエントブームのイギリスに輸出された、ノリタケの物なんだ。

中央にはピラミッドの遠景があり、パーム椰子の水辺の風景、つまりノリタケが好きなツリー&メドウのパターンが描かれ金点盛りと周辺はアシッドゴールドで装飾されている。

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この時代のノリタケは完全な白磁ではなく、微かにブルーとグレーが感じられる。以前書いたが、ノリタケの二人の技術者がオーストリアのビクトリア製陶所から白磁の製法を産業スパイもどきの方法で盗みだすのが明治45年の事だから、このボウルはその4年前という事になる。ランドスケープ柄で器の全面を色で塗りつぶすのは、色の黒いを隠す苦肉の策でもあったわけだ。

少しの違和感、これがまたアンティークの風流でもあって、オールドノリタケの違和感こそ、西洋と東洋の距離感であり、明治と平成の時間差でもあるのです。この違和感や、距離感や、時間差がアンティーク味の成分でもあるのです。

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2013年2月 4日 (月)

第62回玉性院節分つり込み祭り。

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先日来、あの岐阜市加納の桜道(さくらみち)の鬼の写真をアップして以来、肝心の節分の夜をレポートするのは義務みたいに感じて、やはりカメラ片手に出かけたのであります。

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「第62回玉性院節分つり込み祭り」ということは62年の歴史があるわけで、ほぼオイラの人生と同じ時間を共有しているワケで、オイラが通った幼稚園はスグ近くにあったのだけれど、その頃すでに鬼は立っていた記憶が微かにある。

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豆まきは正午から15分おきに何度も行われるわけで、小さな寺だけれど一日で三万人もの参詣がある。岐阜市最大の節分会なんだ。豆まきは相撲取りが来るわけでもAKBナントかが来るわけでもないんだ。今年厄年の善男善女がお参りの後、勤めるわけでまさに自分の内なる鬼を追い出すのかな。

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さて、「つり込み祭り」のハイライトはなんと言っても鬼の御輿とお多福の行列なんだ。今年、厄年の男女から選ばれた二人が今夜の主役をつとめるわけでご町内を練り歩く。

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御輿は、先日来立ち続けた巨大な桜道の鬼にもご挨拶。

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それにしても、大きい鬼だったワケで、夜見ると更に迫力が増す。

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さてさて、ご町内を練り歩いた鬼とお多福は、玉性院に、つり込まれて祭りのピークを迎える。

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そして、今日最後の豆まき、鬼もお多福も参加した目出度い開運の豆まきなんだ。

急いでアップしたけれど、日付が変わってしまったな。

立春大吉 今日から春ですね。

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2013年2月 3日 (日)

梅だより。

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さて、このところのポカポカ陽気で、節分の二文字が、なにやらとてもウレシイ事のように感じられて、昨日は、花を撮るにはいささか光の足りない空模様ではあったけれど、岐阜市の梅林公園へと出かけた。

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内にも鬼がいたら大変だよね。苦労するね。

1300本の梅が見事な梅祭りには一ヶ月早いのだけれど、早咲きの蝋梅が一番乗りで春を告げていた。

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写真はクリックすると大きくなります。

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2013年2月 2日 (土)

アフリカ セヌフォ族 王様の椅子。

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さて、このところ少し派手な写真が続いたから、少し画面の温度を下げる為に、椅子の写真を挿んでみたけれどドウだろう。

陶器の写真はキラビヤカで頭が痛くなる、という人がいるかもしれないが、「木」の物にそういう事を言う人は、いるかもしれないが少ない。

日本民藝館の館長、柳宗理はアフリカンアートを「美の始源体」と呼んで、美の生誕の源、今日言われる美術でもないアートでもない、それ以前の美の発芽。即ち無意識の美 Unconscious beautyと絶賛している。

コートジボワール(象牙海岸) セヌフォ族の物。怪鳥カラオ(日本名サイチョウ)が手摺りにあしらわれ、脚部は男女それぞれ2対の立像。

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