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2013年1月31日 (木)

オールドノリタケのフライングスワンズのデミタスカップ。

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オールドノリタケの事を一生懸命ブログに書いたのは、もう六年も前になるから、過去のブログを検索してもナカナカ見つからなくなってしまった。

あの時は、和田先生の書き込みやら、アメリカにお住まいの桃子さんに、オールドノリタケを陶磁史のなかでドウ正確に評価すべきかを熱く論じて戴いて、オールドノリタケファンのブログとしては最も冷静で知的?なページが作れた。「オールドノリタケ考 続々」なんてタイトルだったから検索してみて欲しい。もし良かったら、ブログのオールドノリタケのカテゴリーからドンドン遡って読んで欲しい。と、書いてそんな奇特な方はホトンドいないのだけれどね。

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さて、オールドノリタケのフライングスワンズのデミタスカップなんだ。裏印は、ブルーのメープルリーフ印で、年代は、明治35年(1902)~明治43年(1910)。

オールドノリタケのフライングスワンズは、イギリスの高級窯・ウースターのパクリであり、プアマンズ ウースター(貧乏人のウースター)であるというのは事実ではあるが、ことさらそれを言うのもナニだけれど、オールドノリタケは、あまりに盲目的に礼賛するファンが多くて、至上の美術品のように語って学者だ!なんて人も現れるに到って、あの時は、ちよっと石を投げてやりたかったんだ。

まあ、そんなこんなだけれど、それもこれも含めて、オールドノリタケの最高は、フライングスワンズだなって思う今日この頃、皆様いかがお過ごしですか。

また、少しオールドノリタケをアップしてみようと思うのです。

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なんだか、東映の時代劇のタイトルバックみたいな写真になってしまったな。

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2013年1月29日 (火)

ドイツ製のフィギュラル ポーセリンパフュームボトル。

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オイラがまだ若かった頃、つまり40年も前の話になるのだけれどトホホ、アンティークが結構なブームで、雑誌のアンティーク特集やらムックシリーズみたいな、写真が豊富なアンティークのグラフ雑誌がいっぱいあふれていた。それは、VANに代表されるIVYファッションつまりトラディッショナルなファッションが、着る物から生活シーンにまで及び、団塊の世代が家庭を持ち“ニューファミリー”を構成するに到って、戦後の物不足時代の粗雑な物文化への反動と、西洋の豊かな伝統文化への憧れの具体化でもあった。

その時代の雑誌が書棚に残っているのだが、アンティークというとエミールガレやドームのガラスの様に、高価で手の届かないファインアートだけだったり、セーブルやマイセンが真贋も不明なまま、堂々と有名なコレクターのコレクションとして紹介されていたりした。

イーベイのオークションで、アメリカのアンティークのオークションに直接アクセスできたり、グーグルの検索で、瞬時にアンティークの情報にアクセスできて、真贋も年代も探ることができる今とは隔世の感がある。

お金持ちが必ずしも知識人というわけでもなく、芸能人が歴史家というわけでもなく、骨董屋が必ずしも学芸員というワケでもないわけで、その時代の情報は、かなりいい加減なもので、フィルターのかかったバイアスがきいた片寄ったものだったりしたワケだ。

そういうワケで、ネットはアンティークの世界に決定的な影響を与えた。パソコンというデジタルの最たるものが、アンティークというアナログなものの世界を開放したわけで、たとえばオイラのブログみたいに、アンティークをデジカメで撮って楽しむなんて新しい楽しみ方も生まれたような気がするんだ。だから、さしずめ、オイラなどは、そのデジタルアンティークコレクターの第一世代ではないか?なんちゃって。

Porcelain figural perfumebottle from Germany,1880s; 陶磁器製のアンティーク香水瓶。

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2013年1月27日 (日)

少女のポートレートカップ。

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ミッドセンチュリー(20世紀なかば)の、パリ周辺の窯の物だろう。レトロな感じがとてもイイ。

寒い日は、暖かい写真がイイよね。

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2013年1月26日 (土)

イッチン 盛上げの明治の輸出陶磁器。

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久しくオールドノリタケの事など書いていなかったけれど、今日はとても寒くて、外は雪が舞っていて、とてもブロンプトンで梅林公園へ出かけて蝋梅の写真など撮りに行けないので、パソコンに残っていた昔の写真を使いまわして語る老人のナマカワを許して欲しい。

さて、向かって左端から紹介させていただこう。オールドノリタケのドラゴンのカップなんだ。裏印はグリーンのM-NIPPON印、明治43年1910年頃、アメリカへ輸出されたもの。

真ん中の金彩のカップはノリタケでは無いが同じ時期にアメリカへ輸出された“ニッポン物”のカップ。

そして右端の花瓶は、オールドノリタケの、ブルーの初期マルキ印で、明治33年1900年頃イギリスへ輸出された物なんだ。イッチン・盛り上げは、趣味の良し悪しは別にして、明治の輸出陶器の代表的なテクニックで、しかしそれは日本の陶磁器の代表的なテクニックというより、外国人が選んだ日本の一つのテクニックで、その趣味は彼らの趣味であったのだと書けばオイラの美の愛国心は平衡を保たれるのか?

これらの事は、イッチン 盛上げ 団塊 なんてキーワードで検索していただくと、オイラが昔書いたブログが出てくるから読んで欲しいが、先日来このテクニックで検索を誘っているが検索して読んでくれた人などほとんどいない。

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さてさて、イッチンなんだ。デコレーションケーキのクリームを絞り出して飾る方法といえば分かりやすいが、「一陳」は人の名前で、染物などで色を染め分けるためにノリを模様に沿って絞り出して防染する。

そういえば、こないだの郡上八幡の冬の風物詩、吉田川の鯉のぼりの“寒ざらし”は鯉のぼりを染めるにあたって色の境にイッチンでノリを置いて染めた物の、不要になったノリを川で洗い流す作業なんだ。イッチンというのはノリを絞り出すチューブの先の金具の事なんだ。

明治の悪趣味と言えなくもないが、すこし懐かしくて良かったりするんだ。

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2013年1月24日 (木)

生きるって。

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そんなつまらないことの為に生まれてきたのかな、俺。

生きるってコトは、もう少し面白いものだったよ。

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2013年1月22日 (火)

アホノミックス。

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麻生君が、ついにやった。安倍ちゃんと麻生の“アホノミックス内閣”だな、って言ったら、家内が、それ面白いからブログにアップしろというから、書いてみた。

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ほころびの美。

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盛んな時には嫌味でも、綻びが出て思わぬ美が出現することもある。

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2013年1月20日 (日)

一陽来復。

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この時期は、一年で一番寒い時期で、オイラが郡上八幡へアマゴ釣りで通っていた頃は、どんなに暖かい冬でも、かならず一月の終わりに寒波が来て、二月一日の渓流釣りの解禁はいつも雪の中だったけれど、郡上漁協は、ことしからアマゴ釣りの解禁は二月十五日に遅らせたけれど今年はどうだろう。

冬至を過ぎて、日が長くなるのが、鈍感なオイラにも感じられて、なにか世の中が良い方向へ向かっているような根拠のない期待がオイラにあるのだけれど、やはり3月には株の大暴落がまたあるのだろうか。

一番寒い時期は、これから暖かくなる時期でもあって、一番悪い時期は、これから良くなる時期でもあるんだ。

「(冬至を過ぎた後の)雪はみせかけでございます。雪の下では、すでに春にむかっての動きがはじまっております」  郭偃(かくえん)

節分が、立春が、待ち遠しいよね。

【一陽来復】
冬至のこと。また,春の到来や凶事が去って吉事がふたたびもどって来ることをいう。…

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2013年1月19日 (土)

シラキュース社のシロッコのディスプレイ。

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さて、今日のご自慢は、カップではないんだ。SYRACUSE ORNAMENTAL COMPANY NYのSYROCO WOODの、カップのディスプレイ器具のご自慢なんだ。

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シラキュース オーナメンタル カンパニーは1890年代の後半に出来た会社で、オーストリア人のアドルフ ホルスタインの彫刻を、“syroco wood”木屑と樹脂を金型で固めた、つまり模造木で彫刻やインテリアを製造した会社なんだけれど、それ自体がいまやコレクターアイテムとなっているんだ。アールヌーボースタイルのしっかりとした彫刻が、後に氾濫するプラスチックな、安物とは一線を隔している。とはいえ、千円で手に入れたのだけれどね。

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2013年1月16日 (水)

松本民芸のウィンザーチェアー。

L1005544若い頃、随分と無理をして買った椅子なんだ。28才で初めの家を建てた時だから、お金なんて本当になかったんだけれどね。

おまけにその頃、会社がオカシクなって、ボーナスだって一ヶ月しかなくて、しかも半分は社内預金にという有様で。

我が家に届いてまもなく、息子が超合金のロボットで座の部分に見事に疵をつけてくれたけれど、お父さんはジッと我慢したんだ怒らずに。

疵が付かないプラスチックの家具なんて家具ではないんだ。疵もまた我が家の歴史になるんだと。粋がっていたけれど、お父さんの引きつった笑顔をみて、その後、この椅子に疵が付くことはなかった。

でも、部屋の造り付けのクロス張りのプランターにマジックで見事なチューリップを描かれた。犯人は今、グラフィックデザイナーだけれどね。

椅子のコレクションなんてカテゴリーを作ったけれど、コレクションという程、椅子があるわけではないんだ恥ずかしい。でも、我が家の椅子には、オイラが考えた、こうあるべしというベシがあるんだ。

この椅子の本当の美しさは、写真には写ってはいない脚の部分なんだ、松本民芸家具 馬足ウィンザーチェアー なんて言葉で検索すると、オイラが昔かいたブログが出てくるから、よかったら読んでみて欲しい。

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2013年1月14日 (月)

桜道に鬼が立つ。

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さて、とってもローカルな話題で恐縮なんだけれど、岐阜市加納の冬の風物詩なんだ。

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加納の桜道(さくらみち)に鬼が立ったんだ。玉性院の節分会「つりこみ祭り」に向けた行事なんだけれど、この鬼、巨大で結構怖いんだ。この道は小学校の通学路なんだけれど、低学年の子供なんかは、鬼を見ないように下をむいて足早に通り過ぎるんだ。

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昨日、いつものようにカメラを提げながらブロンプトンで流していたら、その準備風景に出くわしたんだ。

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鬼の首もリフトで倉庫から降ろすわけで大変なんだ。

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「つりこみ祭り」という奇妙な名前は、節分の夜に「鬼」を乗せた御輿を境内に“つりこむ”ところから来ているが。ネットで検索してみると“つれこみ祭り”なんて誤解も結構あって笑えるが、中学生のころは、この名前に異様に反応した友達の堀君がいたよな。

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もうすぐ春ですね。

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2013年1月13日 (日)

郡上おどりはマダですか。

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はねばはね 踊らばをどれ春駒の

のりの道をばしる人ぞしる

(春駒のように はねたければ はね、踊りたければ踊って念仏するがよい。喜びにあふれて踊り念仏をする法の道を知る人は知っているものだ。)

キリスト教のゴスペルを邪道だとする人もいるけれど、苦しんでいる人がそれで救われているのなら、それはそれでイイのではないか。

冒頭の言葉は、12世紀後半に日本中を踊り念仏で席巻した一遍上人の言葉だけれど、オイラ的には、郡上おどりの「春駒」に反応したのだけれど、郡上おどりの「春駒」はもともとは「さば」つまり越前から入っていたゴチソウ (塩さば)の事を唄っていて郡上名産の馬「春駒」に置き換えられたのはまだ最近のことなんだけれどね。

でも、だから郡上の踊り助平が「春駒」で、いちだんと跳ねるのも“法の道”なんだよ、魂の救済なんだよって、オイラ今夜は少しカルトちっく。

さて、一遍上人の念仏集団は、今風に言えばミュージカル集団で、美声の僧侶や肌もあらわな美しい尼の集団が「南無阿弥陀仏」と唱えて踊れば「極楽往生間違いなし」と約束したわけで、しかもそれは踊躍歓喜(ゆうやくかんぎ)と称される跳んで跳ねる激しい踊りで、恥ずかしいところも隠さずといった宗教的エクスタシーにみちたものだったという。

浄土宗も親鸞の浄土真宗も程度の差こそあれ、南無阿弥陀仏と唱えればシアワセになれると説いたワケで、郡上踊りを踊ればシアワセになれるというのとチットモ違わないわけで、俺たち踊り助平もタダのスケベではないんだ、修行なんだよ救済なんだよって、ちょっと無理があるかな。

さてさて、冒頭の写真は明治大正の頃の絵葉書なんだけれど「郡上おどり」の光景なんだ。どこの境内なんだろう。山に迫ってる感じからして安養寺かな、どうかな。

7月13日の 郡上おどり発祥祭までアト半年なんだね。 ながいよね。

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2013年1月12日 (土)

オキュパイドジャパン 占領下の日本製のデミタスカップ。

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第二次世界大戦の敗戦で1945年から1952年までの七年間、日本はアメリカの占領下にあった。

まさに団塊の世代のオイラなどは、アメリカの占領下の日本に生まれたワケなんだけれど、赤ん坊の頃の事で覚えてはいない。しかし物心ついたころ、名古屋の白川公園あたりにあったアメリカ村の金網の向こうで進駐軍の子供が我々とははるかに違うオシャレな姿でローラースケートなんかをしていた姿は覚えている。

戦後、輸出が再開された1947年から主権が回復された1952年までの約五年間、輸出品にはMADE IN OCCUPIED JAPANといった表示が義務つけられた。

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敗戦の混乱と、空襲で破壊されつくした中で生産された輸出品なんだ、だから、ろくな物があるはずもなく、ただ金儲けの為の物だったり、進駐軍に媚びたような下品なものだったり、ベカベカと装飾過剰なうえに気持ち悪くなるようなラスター彩を施した頭のわるいアメリカさん騙しの物だったりで、とてもコレクションする気にもならなかったのだけれど、まあしかし

MADE IN OCCUPIED JAPANのバックスタンブのカップ&ソーサーも資料として一つは持つべきかななんて事で最近手に入れたカップ&ソーサーなんだ。

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塗りも粗ければ画も雑だが、大正期の着物の様なモダンを感じる。同じ様な物をイギリスのカップで見た事はあるが間違いなく日本趣味で、背伸びしたインチキの豪華さに溢れたこの時期の輸出カップとしては許せるのではないか。何度も言うが、あの下品なラスター彩がかかっていないのがいい。

テーマはバラと見たが、良く見ると薔薇と椿が交互に描かれているようで、薔薇と椿ROSE & CAMELLIAのカップと呼んだが御洒落じゃないか。

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グッチ爺やマッキーバーが住む、多治見辺りで焼かれて、名古屋港からアメリカへ渡った物だろう。

誰もが貧しかったけれど、誰もが一生懸命生きていた OCCUPIED JAPANの時代のカップなんだ。

美しいよね。

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2013年1月10日 (木)

フォルクシュテットのアバンギャルドなアンティークカップ。

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老人の話は「むかしの話し」ばかりで恐縮なのだけれど、老人には未来はないんだ、だから昔の話と今の話しかないんだ。「今の話し」といっても、リタイアの身なんだから大して面白くはない、だから「むかしの話し」ばかりで恐縮なんだけれど、しかも何度も同じ話しで、カサネガサネ恐縮なんだけれど、許して欲しい。

さて、ドイツフォルクシュテットアバンギャルドなデザインのアンティークカップなんだ。年代は1927年頃。まさにアールデコの時代でもあるんだ。

ドイツのバウハウスのデザイン運動のことやら、社会主義が未だ理想であった時代の芸術と政治のミスマッチ、ヨーロッパの深部の芸術受難みたいなものを感じるカップなんだ。

もう五年も前になるけれど、何度もブログに書いたカップだから、ベイヤー&ボック という言葉で検索して見て欲しい。オイラのブログがグーグルなら三本くらい先頭に並ぶはずだ。

アンティークカップってイイよね。

Volkstedt-Rudolstadt (Germany,Thuringia)

Beyer & Bock,porcelain factory,f.1890.

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2013年1月 8日 (火)

キャシャレルのルル、魔法のフラスコ。

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「ルルのボトルは、私には魔法のフラスコのようです。手でこすると、精霊が出てきます。」「青は空の色、逃避の色で、そして純粋さを表すユニバーサルな色です。それに対して、赤い炎の蓋は情熱を想起させ、瓶の落ち着いた青色とは対象的です。」 そして、ボトルのデザイナー アネグレ・ベイエールは、青と赤のコンビネーションは マチスが1922年に描いた「赤いキュロットを履いたオダリスク」から戴いたと言っています。

Photo

キャシャレルのルルについては、キャシャレルのルル ポストモダン というキーワードで検索すると、必ずオイラが以前書いたブログがでてくるから、検索して読んでみて欲しい。

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2013年1月 6日 (日)

骨董屋。

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必死に売ろうとする中国人の出稼ぎ骨董屋なんてのも最近はいるけれど、けっして自分からは売ろうとしない骨董屋さんもいて、往々にしてそういう骨董屋は品揃えが良くて、だいたいが骨董屋さんそのものが骨董的で、なかには未だ四十代なのにそこまで老成していいのかと思わなくもない風体の新参の骨董屋さんなんてのも時どきいて、ご本人は、たぶん売れなくてもいい骨董屋というポジションに快感を覚えているのだろうな。もちろん骨董屋がスーパーのレジみたいに忙しかったら何かヘンだし。それなら骨董屋なんてポジションに魅力はないのだろうな。

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2013年1月 3日 (木)

初詣。

L1005420年末30日に、風呂の天井にカビがあって、最後に入って踏み台にのって天井を拭いて、シャワーの湯がとどかないので、浴槽の湯を洗面器で天井にブチマケテイタラ、ブルブルって来て、急に熱が出たように感じて、オイオイせっかくの正月休みが風邪かよって。

大晦日は、掃除はソコソコにして寝ていたのだけれど、このまま寝ていたら寝込んでしまいそうで薬を飲んでおきていた。

元旦は、調べたいことがあってひたすら外国のサイトをネットサーフィン。

二日は、ノロウイルスに犯されたみたいという同居人は放置して、一人初詣、人気の神社の近くにある誰もいない小さな神社にも参って、帰りしな写真を撮っていたら奥さんが追いかけてきて交通安全のお守りと根こんぶ茶をくれた。じつはオイラ10円しかお賽銭を入れなかったんだひたすら恐縮。ことしはイイことがあるとイイね。

今、外をみたら雪が舞っているではないか。外出はやめてアマゾンとイーベイで散財。

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2013年1月 2日 (水)

めで鯛。

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とにかく、めでたい って イイよね。

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2013年1月 1日 (火)

あけましておめでとうございます。

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「暴走老人」といわれて喜んでいたバカが去年いました。まったく年甲斐もないというか、いや確信犯的愉快犯と言うべき亡国の犯罪者です。しかし、こういう愚劣な猿をあいかわらず選んでしまう愚かさを私たちは持っています。戦争というのが「わりと簡単に始まってしまう」と感じられた去年であり今年のようです。

中国人の愚かさも、韓国人の愚かさも、鏡に映った私たちではないのか。やり過ごす知恵と毅然と拒む逞しさを持ちたいものです。

しかし、この国は、学ばない猿の国のようです。福島から未だ二年もたたないというのに原発再稼動のボタンを押した猿がいました。あいかわらず放射能を垂れ流しながら「冷温停止」を宣言したドジョウがいました。事故を起こした新幹線を土に埋めて隠そうとした国がありました。アノ国を私たちは笑えるのでしょうか。この国は学ばない猿の国でドジョウ汚染の国です。

紅白でYAZAWAは、「本当は気づいているんだろう」「お前ならドウする」と歌いました。

さて、老人には明日はありません。守るべき地位などとも縁は切れました。ようやく本当の事が言える自由を得たような気がします。

気がつけば、あの日、デモに行くなと泣いて止めた母の歳も過ぎてしまいました。父と母は座敷の長押の定位置で写真となっています。しかしオイラには、まだ少しアノ頃の勇気と侠気が残っています。ことしも老人は原発停止を求めるソノタオオゼイの一人としてデモの後ろの方から付いていくつもりです。

この国が、それでも原発を再稼動させた「東洋の不思議で野蛮な国」と言われないために。

そして、原発が止まって、おめでとう、と言える日の近いことを。

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