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2012年12月15日 (土)

再興九谷 永楽 銀彩のアンティークカップ。

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さて、結構な大物を釣り上げたワケで、来年の年賀状の絵柄にしようと思うのだけれど、龍は去年の絵柄で、去年我が家は勝手に年賀状を中止したので、今年、龍の年賀状を送るとまるで去年の年賀状が届いたみたいでナニだけれど、そんな事はドウでもいいくらい、このカップを年賀状の絵柄にしたいと思う今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

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さてさて、アメリカから届いたばかりの九谷のアンティークカップなんだ。まず九谷には、古九谷と再興九谷があって、古九谷から説明するけれど古九谷の産地は加賀であるとか九州の有田だとか諸説あったけれど、近頃は古九谷は有田とするのが定説のようで古九谷は17世紀半ばの物だけれど、それらの復興を目指した加賀の再興九谷というものがあって、幕末の、いわゆるSATSUMAとして海外に大量に輸出された輸出陶器の花形なのだけれど、詳しくはネットで検索してみて欲しい。

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今回のカップ、銘は永楽とある。生地全面を落ち着いた赤で施し「銀彩」を「釘描き」で龍が描かれている。永楽和全は金襴手が有名だけれど金と銀が置き換わっているが、まさに永楽和全得意の物ではないか。シルバーオーバーレイよりは銀が薄く、金彩よりは少し銀が厚く塗られている。そして迷いのない見事な釘描きで龍と觔斗雲(きんとうん)が描かれた上手の物。銘が刻印でないのは、輸入白磁に絵付けされた物だからだろう。

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永楽和全は京焼きの名手だが、招聘されて1865年(慶応元年)から1871年(明治4年)のあいだ加賀の九谷で作陶している。まさに再興九谷の輸出のピークにあったわけで、その時期の物とすれば実に150年振りにアメリカから里帰りを果たしたワケだ。

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明治の輸出陶器の状況と堕落については、樋口一葉の小説「うもれ木」を引用しながら「明治の華・横浜SATSUMA千顔のデミタス」などというブログを以前書いたから良かったら検索して読んでみて欲しい。

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この時期の輸出陶器は「うもれ木」にある通り日本人としては恥ずかしい物が大半なのだけれど、今回のカップこそは「あっぱれ」の物で「天晴道(あつぱれみち)の奥を極めて、萬里海外の青眼玉に日本固有の技芸の妙、見せつけくれん。」という、加賀九谷の職人の心意気だと思うがドウだろう。

アンティークってイイよね。

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