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2012年8月12日 (日)

秋葉祭・嵐璃橘之丞慰霊祭で郡上おどりする。

郡上おどりは、縁日踊りという事を何度も書いたけれど、33夜に亘る郡上踊りの夜が、何らかの祭りやイベントに関係づけられるわけで、ひと夏33夜に祭りとイベントが連続する、とりわけ小さなヤマガの街の郡上に、それだけの宗教やら文化が凝縮して存在するという事は驚きであり、奇跡的な事だと言わざるを得ないが、それをキチンとネット上に残しておきたいと思う。サイワイ当ブログはグーグルロボットが常に来訪してアーカイブスにコピーを繰り返しているようで、郡上踊りのオイラの書き込みが、ネット上に永遠に化石の様に残るとしたら嬉しい限りだ。

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さて、昨夜の郡上おどりは、秋葉祭と、郡上八幡出身で明治時代の関西歌舞伎の女形・嵐璃橘之丞(あらしりきのじょう)の慰霊祭。踊り会場の日吉町一帯は19世紀末から二十世紀前半にかけて郡上八幡の一大歓楽街であり、明治35年頃には県下一を誇る劇場・八幡座(やわたざ)が出来たというから驚きだ。

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少し話しは逸れるが明治35年(1902)といえば、オイラが専門とするアンティークの世界、とりわけオールドノリタケで言えばメイプルリーフ期なワケで、詳しくはブログの左にあるカテゴリーのオールドノリタケをクリックしていただき、なるべく古いブログを読んでいただくと、その時代が何であるのかが感じていただける。

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さりげなくコレクションの自慢を織り込んだりしたのだけれど、人には色々な側面があって、色々な色々を絡めて繋げて楽しんでいるんだ、面白いぜ。

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つまり、この時代は、西洋美術史的には、19世紀末のアールヌーボーから20世紀のアールデコ期のはざ間のベルエポック期で、男と女がギンギンに輝いていた時代だけれど、このヤマガの郡上八幡も生糸輸出に沸いた輝かしいベルエポックがあったわけで、県下一の劇場がこの日吉町にあって、こけら落としには二代目 中村鴈治郎が舞台に立ったというから、まことに眩しくて輝かしい郡上八幡の時代であったのだ。

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さてさて、嵐璃橘之丞の生地、日吉町の、昭和が色濃く残る狭い町並みの中での踊り。月曜からの徹夜おどりを前に人出は少なめだ。しかしその分、地元の色合いは濃く、踊りのレベルは少し高め。

狭い生活道路で踊り手が互いに見合いながら踊るわけで、実はオイラ、広場での輪おどりより、この方が好きなんだ。昨夜は粋な浴衣が目立ったね。歓楽街の百年の残り香を感じたのはオレだけだろうか。400年の歴史を持つ郡上踊り、芸能都市という背景があって今日があるのだね。

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さあ、今度は徹夜おどりで合いましょう。

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