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2011年10月 2日 (日)

洋髪の日本女性のアンティーク香水瓶。

L1001611_2さて、久しぶりのアンティーク香水瓶のアップ。美しい洋髪の、明治の日本女性が描かれた小さな香水瓶。

キャップは銀製で、そのホールマークから年代と産地を特定する。メーカーマークはAB&C、タウンマークは錨でイングランド・バーミンガム、ライオンのマークで銀製、デイトレターは(e)で1904年(明治37年)とある。イギリスで作られた瓶で、絵付けは日本、米国へ輸出された物と観た。

明治期の輸出陶器に描かれた日本女性といえば殆どが“芸者ガール”と呼ばれるもので、まるで日本女性は皆遊女であるような扱い。まったく恥ずかしい話で、もちろんこれらは日本人が描いていたわけで、たとえ野蛮な外国人のオーダーであったとしても誠に恥ずかしい仕事で、明治期の輸出陶磁器の措かれた状況は樋口一葉の小説から引用して以前のブログに書いたから是非お読みいただくとして、そんな中にあって、これは明治期の輸出陶磁器の絵付けとしては、日本女性の本当の姿を伝える、珍しい、そして美しい香水瓶だ。と思う。

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さて、1904年(明治37年)といえば、近代の日本史を語る上では画期的な年で、日露戦争勃発の年であり、この戦争の勝利は、わが国が東洋の小国から世界の列強と肩を並べた飛躍の年でもあった。

また、日本の商業史にとっても画期的な出来事であった三越呉服店の“デパートメントストア宣言”が東京日日新聞に発表された年でもある。

「当店販売の商品は今後一層その種類を増加し、凡そ衣服装飾に関する品目は一棟の下にて御用弁じ相成り候様設備いたし、結局米国に行われるデパートメントストアの一部を実現致すべく候」というわけで、座売りの呉服店から、あらゆる部門を集めた陳列形式のデパートが日本に誕生した年でもある。

明治後期に流行した三越ベールのポスターと、翌年の明治38年に、東京座の「乳兄弟」の舞台衣装を寄付した三越のポスターをアップしてみた。

L1001625さて、この香水瓶に描かれた女性、洋画の手法で描かれたもので、着物の正確な描写から日本人の手によるものと考えられる。髪型は当時の最先端をいった西洋揚げ巻

日露戦争の勝利は女性の髪形にも反映して有名な“203高地”といった髪型を生み出す。203高地の地形もさることながら“難攻不落”などという意味合いもあったというから愉快。

L1001624デパートの誕生といい洋髪の流行といい、日本の女性史の大きな曲がり角を偲ばせる貴重なアンティーク香水瓶だ。

明治の華・横浜SATSUMA千顔のデミタス。

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