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2011年4月30日 (土)

雑草の。

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玄関先の南京ハゼがようやく芽を出し始めて、ギボウシも綺麗に葉っぱを拡げたから玄関の鉢を夏モードに入れ替えた。掃除の行き届かない我が家だから、側溝の蓋のわずかな隙間に鉢からこぼれた植物やら、どこかから飛んできたタンポポが花を咲かせて綺麗だ。これを抜くな!ってのが我が家の憲法なんだけど、下手なガーデニングより上手な寄せ植えで、自然っていいよね。

人生だってコボレタ後の方が良いって事もあるよね。

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2011年4月29日 (金)

原子力発電の。

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十日ほど前、朝日新聞が、電話による調査で原子力発電の今後について聞いたところ、増やす・現状維持のポジチブ派が56%、減らす・やめるのネガティブ派が28%と、原発肯定が反対を大きく上回ったという。

さて、日本人の大人ぶりに驚くと同時に、都会の身勝手に驚いたのは、オイラだけだろうか。

さてさて、それならば、原発を抱える地方が、今後、新たな原子炉の増設を認めたり、新しく原発の建設を誘致したりという事が有るのだろうか。

今後、原発の新設が不可能で、既設の原子炉の使用期限の延長が認められなければ、日本は脱原発せざるをえないわけで。

まあ、そんなこんなだけれど、いい景色だろ、昭和だよね。

朝日新聞 「原子力発電は今後どうしたらよいか」という質問で四つの選択肢から選んでもらうと、「増やす方がよい」5%、「現状程度にとどめる」51%、「減らす方がよい」30%、「やめるべきだ」11%。日本は電力の3割を原子力発電でまかなっていると紹介したうえで同様の質問をした2007年の調査では、「増やす」13%、「現状程度」53%、「減らす」21%、「やめる」7%で、「減らす」と「やめる」の合計が28%にとどまっていた。

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2011年4月24日 (日)

原発疲れ・震災疲れに。

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さて、久しぶりにアンティークカップなどイジってみた。

キャンディーズスーちゃんが亡くなってしまって、原子力推進委員会委員長の自民党の石破君なんか、キャンディーズが青春の全てだったと嘆き悲しんでいて、石破君はどちらかというとミキちゃんのファンだったみたいで、ここんところはオイラも同様で、L1000379

本当は蘭ちゃんが好きなんだけれど、蘭ちゃんはちょっと手が届かない感じで、ミキちゃんなら!って感じだったって、ミキちゃんに失礼かもしれない。水谷豊っていいよな毎日が蘭ちゃんで。

しかし石破君には、今悲しんで戴くべき事があるはずで、娘が東電に入社したなんて小さな視点ではなく、原子力推進のリーダー・東電のポチとして、国民に懺悔すべき今日この頃ではないのか!なんて。

まあ、そんなこんなだけれど、外は雨だし、昨日はライカを弄ってみた。室内撮影にライカX1って凄いんだよね。

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ひさしぶりにオールドノリタケなんかも撮影してみた。マニアルフォーカスでピタッって決まるってホント気持ちいいよね。

だけど、オイラの友達の東京の豊田さんみたいに、毎日、震度3に見舞われていたら、アンティークもクソもあるものか!って事になってしまうんだろうね。

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という事は、アンティーク屋さんや骨董商なんて方は完全にアウトって事なんだね。大変だね。

美しいものをいっぱいアップしてみた。かなり現実のものとなってきた東海大地震に備えて、オイラこれらを仕舞うべきかどうか悩んでいるんだ。仕舞いこむってのもセコイ感じがして。

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2011年4月23日 (土)

休日の繊維問屋街。

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さて、滅び行く寸前の美しさである、と、書くのは少し失礼かな、まだ営業中の一角でありますから。

‘91年には8,000億近い出荷額を誇った岐阜駅前の繊維問屋街、今は見る影もないが、その中でもマダ生き残っている一角であります。

すぐ隣の区画は既に超高層マンションが建設中であります。この一角もやがて消えてしまうのは、間違いないでしょう。

このアーケード、じっくりと鑑賞してみると、なかなか美しくもあります。昭和そのものであります。

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2011年4月19日 (火)

踏み切りの傍の家。

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踏み切りを見つけて、たまらなく懐かしくてシャッターを押した。

JRの鉄道高架で、私の生活圏の踏み切りは姿を消した。しかし高架にしていない名鉄には未だ踏み切りが残っていた。

なにより、この踏み切りの傍のお宅がいい。昭和20年代30年代の空気であります。割烹着姿のオフクロが、ガラス戸の向こうから出てきそうです。

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2011年4月17日 (日)

木造三階建ての家。

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さて、今どきの三階建てにはない、見事な風格であります。

団塊堂が子供の頃からありましたから、とうぜん還暦に近いと思われます。個人のお宅で三階建てなんて当時は凄い事でした。

子供達のあいだでは「あの家は宝くじが当たった家だ」との事でした。都市伝説というヤツのハシリでしょうか。

子供ごころに、大人達が言う宝くじが当たるという事がどんな事なのか、いつもこの家を基準に考えていました。

でも、いま冷静に考えてみると、オイラなら宝くじが当たったら線路沿いに家は建てないななんて、でも人間って建ててしまう、そういうものかもしれないな。

雨戸がすべてしまっていて、昭和がますます遠くなります。

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2011年4月16日 (土)

昔は。

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あまり、「昔・むかしって」言うと嫌われるぞ。

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2011年4月15日 (金)

街の日光写真。

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さて、ライカX1を提げてのポタリングで見つけた現場:です。

時間とか歴史がつくりあげた街の「日光写真」の作品であります。懐かしいナショナルのマークが日光写真になって壁面に定着しています。

もう数十年前に放棄された電器店のタタズマイであります。

ナショナル・街の電器屋さん・トタン板・ガラス戸、何もかも昭和であります。

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2011年4月11日 (月)

岐阜 清水川緑地公園の桜。

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さて、フイルムをビビッドで撮ったからライカらしくない。やわらかな色調がライカ的でオシャレなのだけれど、ステレオにたとえればドンシヤリみたいなケバイ色調に慣れた目には、ライカの色調は品が良すぎて少し物足りない。だから今回ビビッドで撮ってみたけれど、やはり標準で撮るべきだったかな。とにかくライカっていいよな。

写真の奥の橋の下あたり、昔はザリガニ取りのポイントでスルメを紐に結んで垂らすとザリガニが食いついてきた。そう、ここは団塊堂のガキの頃からの遊び場で、スッカリ綺麗な公園になってしまった。写真右手には整備された大きな広場があるけれど、昔は何も無い広場でオイラの三角ベースのグランドだった。

ここは、オイラの加納第二小学校と、加納小学校の学区の境にあり、ここが第二小学校の縄張りであるか、加納小学校の縄張りであるかは、小学生にとって身の危険を伴う大きな問題で、悪がき同士が常にガン飛ばしあう、ちょっと怖いウエストサイドでもあって、マンボズボンの小さなチャキリスが指を鳴らしながら男を磨いた公園なのだった。

岐阜駅南の清水川緑地公園。

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2011年4月 9日 (土)

ダンスホール 芸文会館

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さて、汚いが、綺麗・・・いやオシャレへと転化したのは何時ごろだろうか。団塊の世代のオイラの学生時代には既に汚かった。岐阜のダンスホール芸文会館であります。今はオシャレなダイニングバーです。

ワタクシのすぐ上の、例のシッカリ者のおねーちゃんは、若い頃ここでブィブイ言わしていました。まじめで地味な銀行員のおねーちゃんの服装が一気に派手になったのを覚えています。

心配していました弟のワタクシとしては。ここを通るとき、ドアが開くと赤や青のドギツイ照明が外に漏れてきたりバンド演奏が聞こえたりして、オネーチャンはとてもイケナイ事をしているようで心配でした。

おねーちゃんがダンス用のヒマワリのワンピースを持って出る日は、おねーちゃんが帰ってくる時間はハラハラでした。いつ親父の雷が落ちるかと心配で。でもおねーちゃんは、ここで出会った東北生まれの純朴な男とキチンと結婚したから目出度しメデタシでした。

ダンスホールとしては昭和26年のオープンという事ですからタイルも剥げ落ちるはずです。このタイルの数より多くのカップルがここで生まれ、剥げ落ちたタイルの数より多くの愛が剥げ落ちたハズです。ナン茶って。

まるでユトリロの絵の様で、荻須の描いたパリの様な、岐阜の裏通りであります。

もちろんカメラはライカX1であります。いかにもソレラシイ画でありましょう。 

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2011年4月 7日 (木)

トコヤの くまさん。

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「くまさんの トコヤ」の看板ではなく、 「トコヤの くまさん」の看板なのだ。くまさんは市会議員にでもなるつもりなのだろうか。

もちろん、お店の看板としては、「くまさんのトコヤ」とするべきだけれど、それでは森の熊さんが「今日は、ボディは3ミリのトラ刈り、月の輪は自然に残して、ヘッドはソフトモヒカンでお願いします」とか、今月は「パンダ染め」でお願いしま~す!って店に入ってきたりするかもしれないから危険だ。だからヤムナク、「トコヤの くまさん」って看板にしたのかも知れない。

トコヤの「くまさん」って、タブン、熊田さんだったり熊沢さんだったりだと思うけれど、下の名前が「熊五郎さん」だったり「熊八さん」だったら少し怖い。

この横に「恋人募集中」って落書きしてやろうか。

トコヤの くまさん 恋人募集中!

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2011年4月 4日 (月)

ライカX1の最新版ファームウェアのアップデート。

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ファームウェアのアップデートなんて言ったって、オイラほとんど詳しくないし、その割にはプログのタイトルにライカX1なんてワザと入れたりするから、検索でペケイチユーザーの皆さんにお立ち寄りいただいたりして、なのにピントの合ってないような写真を平気でアップしていたりして恐縮、そういうレベルって事で聞いてほしい。

さて、凄い時代なんだね、デジカメのファームウェアつまりパソコンのOSつまりウインドウズみたいな物を、デジカメをパソコンに繋いでインターネットででアップデートをする事ができる。

つまり先月買った、おいらのライカX1のシステムウェアが、改善されてグレードアップされたというメールが来たからライカのサイトにアクセスしてデジカメに新しいソフトをダウンロードすると、

- 画質の改善
- AF応答の改善、特に低照度および低コントラストの被写体
- マニュアルフォーカスの改善、マニュアルフォーカス操作時は常時開放絞りでピント合わせが可能
- 撮影間隔の短縮

なんて事になるんだよね。でも、更新方法の説明が悪くてファイルの転送が上手くいかなかったけどファイルのアイコンをカメラのディスクのアイコンにかぶせるなんて初歩的な方法でなんとか出来た。

でも、これってデジカメを持つという事は、パソコンが使えて当たり前で、ネットにアクセスできて当たり前という前提なんだよね。アナログな普通の爺さんには無理なんだよね、やはり検索してみたら、ほとんどの人はファームウェアのアップデートなんてホッタラカシみたいで、随分な宝の持ち腐れなんだよねこれって。

でも、こうして一度買ったカメラを更新していけるって、デジカメを一生ものとして愛していけるって事で、高級カメラに手をだしてもいい時代になったって事なんだね。

凄いよねデジカメって。皆様、救国の散財を!

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2011年4月 2日 (土)

救国の花見を!救国の郡上踊りを!

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さて、あるアンティークの掲示板で、こんな書き込みを見つけた。

浅草では関東大震災直後『君よ散財にためらうなかれ、君の十銭で浅草が建つ』と書かれた立て看板が随所に見られたそうです。

亡国の老害シンタローが笑いながら、「福島は天罰」と言って顰蹙を買ったと思ったら、今度は「花見どころか!」って言った。何事も言いすぎてしまうシンタロー、上野公園の園内30カ所に宴会の自粛を呼び掛ける看板を設置した。嫌だ嫌だよ老害は。そのうち銀座なんかにも「いまどきブラブラするな」って看板立てるのかなシンタロー。

年寄りって嫌だよね、オット!おいらも少なからずブログで毒をふりまく老害かもしれない。

先日は、原発がなくなれば、それで済むそういう暮らしをするだけだ!なんて事をいいつつ、今日言いたい事は、飲めよ唄えよ一寸先は闇よ!(郡上おどり・さわぎ)って事なんだ。俺ってデタラメか?

たしかに、昨日・今日・明日は、花見どころかオイラのライカX1だって大きな声では言えない空気だけれど、このまま行ったら自粛で日本が滅びるって!、赤い朝日新聞までが「救国の散財を!」って呼びかける始末、なんだか「戦争賛美」の過去を持つさすが朝日だって感心したけれど、それはさておいて、本当に大変な事なんだよ。

東京のデパートの三月の売上げが軒並み三割ダウン、仙台じゃ七割ダウン。ただでさえ最終利益率が数パーセントしかないデパートが売上げ前年比三割ダウンって大変な事なんだ。その上、計画停電ってやつは夏に向けてマスマス大変になるわけで。デパートどころか風俗だって売上げは軒並み七割ダウンなんて話も風評としてあって。

だから、東北のみなさんには悪いけれど、オイラ、花見は楽しむ事にした。春は花見で夏なら花火。今までだって悲しい春もあったし悲しい夏だってあったわけで、それらを春は桜が和らげてくれ夏は花火が忘れさせてくれたわけで。

だからお願いだから夏の「郡上おどり」は絶対続けてほしい。なにせ郡上おどりは終戦の夜も踊ったというではないか。弔いなんだよ盆踊りは!そうやって日本人は色々な悲しみを乗り越えてきたんだよ。こんな時こそニッポンに必要なんだよ盆踊りが!

って、桜から一気に郡上の盆踊りまでワープしてしまったけれど、本当は郡上おどりの事を今言っておきたかったんだ。自粛なんて亡国のオコナイなんだって。

写真は、今日の岐阜清水川公園。

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