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2011年3月31日 (木)

崩壊直前のソビエト連邦並みの原発。

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さて、野菜は安いが物が悪いと家内がこぼしている、岐阜駅の中のスーパーが、先日、レタスがとても安かったので、買おうとしたら「茨城県産」だった、ああいうことをするからアソコはだめなんだよねって家内が怒っていた。

正直おいら、福島と茨城・宮城県の位置関係やら距離は、分からない。東京の人が岐阜というと高山ですか?って聞くのと同じくらいいい加減な認識なんだけれど、先日スーパーへ買出しに付き合ったら、お米の売り場で家内が「ひとめぼれ」をいったん手に取ったけれど福島県産と書いてあるので、えっ!といって富山産の「こしひかり」にした。富山の「こしひかり」は美味しいのでいいけれど、「ひとめぼれ」だって去年の産なわけで、その選択は不当だと思ったけれど、みすみす原発の近くで育った米を選ぶ必要もなくて富山の「こしひかり」にした。帰りのエレベータで家内があの「ひとめぼれ」売れるんかな?って心配していたけれど、同情するなら買ってやれよと思った。

風評被害という言葉があるけれど、これは風評ではないと思う。風評とは根拠が無いものだけれど、原発事故という事実があって、数字がでて、その数値を、それぞれがどう判断するかは自由であり、ナニを選択するかは生きる権利なのだ。

ことさら、政治家が「ほうれん草」を食べてみせようが、そんな事は「そのまんま東」程度の信頼性しか持たないのだよタケシ。

永らく電力会社と癒着し、原発のポチであった自民党。電気事業やらガス事業は日本の保守を支える黒い構造でもあったけれど、もちろんそんな事はオイラが書くまでもなく、自民党   献金 原発 電力会社 くらいの言葉で検索すればいっぱいでてくるが。近頃は民主党のマニフェストすら原発推進だったけれど、かって市民運動で原発に反対した菅が、今、自民党の原発政策の後始末をさせられているあたりは、皮肉といえば皮肉。

さて、チェルノブイリの時は、ロシアがソビエトの時代で、ボロボロの共産主義の時代で、崩壊に近い国家が原発を持つ事の危険が叫ばれたわけで、おおかれ少なかれ我々日本人は、豊かで優秀な「ニッポン」を誇り、ソビエトをおおいに見下したわけだけれど。

どうよ、今回の事件、天災に起因するけれど、原発は明らかに人災であり、明らかになるたびに驚くほどのデタラメぶりなのだ。東電も原子炉メーカーも保安院とやらも、かってのソビエト以下なのだ。ダカラ、今後すくなくとも数十年は日本に原発は出来ないと思う。そして主義の如何を問わず、そういう生活をしなければならない。するだけだ。

さてさて、オイラのすぐ上の、しっかり者の姉が東電の株を千株ほど持ってるけど、どうしようって昨日メールが来た。オイオイ何やってんだよ!オセーんだよ!少なくとも10日遅かったよって。でもこれって貧乏人のヒガミみたいなヤツで、株なんて持ったことのないオイラ、株が上がる時は摑めないけど下がる時だけは敏感なビンボウ終末論者みたいで、他人の不幸を喜ぶようで、自分で自分が好きになれない。でも世話になりっぱなしの姉ちゃんの200万が48万になったなんて悔しい。でもアイツたくさん持ってるから。

でもね、東電の株って震災前は2000円くらいしてて、まもなく0円になる事は必定で、電力株なんて保守的なお金持ちの持ち株の定番アイテムで、それがパーになるわけで大変な事なんだねお金持ちは。

そんで、東電の大株主を調べてみたら、第一生命保険 5500万株 日本生命保険 5280万株 東京都 4267万株 なんだ。これを2000円で掛けてごらんよ東京都民!そして1300万東京都民で割ってごらんよ東京都民!そんだけパーなんだぜ。そしてただでさえ支払いで大変な生命保険さん大変ですね。

その上、東電には原発を作ったりした社債が5兆1747億円あって、その社債の多くは銀行が保有しているわけで、破綻懸念先債権・不良債権って事になるんだよね。また、税金注入ですか?

天災により起きたけれど、明らかな設計ミスと怠慢により起きた今回の原発被害は、たとえば福島県の農業生産の全てを補償し、数年続くであろう「立ち入り禁止区域」の人たちの全てを、一私企業である東電が補償すべきであって、それらは受益者である東電のエリア内の消費者の電力料金に転化されるわけで、世界一高いといわれる東電の電力料金がまたドカーンと上がるわけで、石原シンタローが天罰だと言った本当の意味が今頃わかったか東京都民!ごめん少し言い過ぎた東京都民、東京はもう人の住むところではないのだよ。もう帰ってこいよヒロコ!(娘です。)岐阜ならな、ミネラルウォーターがなくなっても長良川の水すくって飲めるぞ!ちょっと汚いけどね。

ところで、我々の年金基金だって東電の株はきっと組み込まれているわけだし、企業年金なんて間違いなく東電株は持ってるはずだし、これがパーになるなんて、凄い大変な事なんだぜ老人には。これって「風評か?」 

人生って下手な玉突きみたいだな。強引だったかな。

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2011年3月29日 (火)

ライカX1で撮る、究極の金物屋。

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さて、ビジュアルプレゼンテーションなんて事も、商品回転率なんて事も超越したような金物屋さんなのです。って書き出しを考えていたんだけれど、少し違った。

現場は、岐阜県大垣市のメインストリートの「ど真ん中」、大垣市郭町の金物屋さんであります。

このお店を発見したのは六年ほど前の事なんだけど、発見した時は、あまりの凄さに、怖くて遠くから見るだけだったけれど、先日あらためて見たら、お店の中は結構整理されて、きちんとした商売をされている様子。オイラてっきりご主人がヘンナお爺さんだったり、奥さんがキキキリンみたいな毛糸の襟巻きなんかしているのでは、なんて思っていたのだけれど、ごく普通人のご様子。どうやら、まんまと遣られたって事なんだ。

この外観こそが、金物屋としてのビジュアルプレゼンテーションであり、極めて強烈なコーポーレートアイデンティテイの発信であり、集客作戦だったのです。大垣市もまた中心市街地の空洞化というヤツで商店街の衰退は覆い隠す事は出来ないけれど、しかしそれを逆手に取ったような、強烈な、近代化というマーチャンダイジングへのアンチテーゼがみられるのです。

これは、誰が見たって「金物屋」であり、「金物屋」がここにあって、金物がここで売られているって事を見事に発信しています。これこそが「宣伝」ってヤツじゃないのかとオイラいまさらながら反省して学んだんだよね。そしてポストバブルに台頭したビジュアルプレゼンテーションやらカラーリングの愚を、存在として喝破してしまっているのよねココって。在庫管理ってヤツだってここでは通じない外国語かも知れないって。

オイラ、ヴィレッジヴァンガードみたいなMDを、分類として「ゴミ屋敷型MD」って言ってきたけど、これってヴィレッジヴァンガードの土俗的原型かも知れないっておもうんだよね。不良在庫がイベントに昇華してるって思わないか?でもやっぱり不良在庫は不良在庫で、無原則な商売の膨張でもあり、金物屋ではありながら金物屋ではない、街の、つまり赤瀬川原平風にいえば“トマソン”かもしれないって自問自答してしまうのよね。

つまり商店であって商店でない、分類としては拒絶型MDか?って。あるいは近隣にとって存在しているが存在してはいない、見えているが見てはいけないもののようで、他所の人には言ってはいけないもののような。幻覚の様なものかもしれないって。

なんて事を言ってみつつ、しかしこれは大垣市の立派な文化遺産であります。蒸気機関車などを動態保存するって遣り方があるけれど、大垣市教育委員会には、ぜひ昭和の歴史的建造物として、あるいは昭和の超芸術として動態保存していただきたいのです。でもホント凄いんだよ一度見たら忘れられないんだよ。

このトタンの遣れ具合つくづく昭和だよね。

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2011年3月26日 (土)

桜が咲いた。

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大垣城に、桜が咲いたなんて事を言っていいものか悪いのか。もうテレビを観ていると公共広告機構の「穴埋め用無料CM」ばかりで、男のオイラでも28才になったら子宮頸がんになりそうな今日この頃だけれど。AC公共広告機構のお陰でみんな病気になりそうだぜ。でも今一番落ち込んでいるのは松方さんかも知れない。

今回の震災のCM自粛でテレビ局の被害も大変な物だろう、新聞だって広告は随分少なくなってページ数だって減らしているわけで。自粛ってどうよ、オイラ自粛って逃亡だと思うぜ。こんなときバンバン元気なCM流す企業って有り難いし応援しようと思う。

そういえばイチローが一億円で凄いと思ったら久米宏氏が二億円って事で、ビッグマウスの「みのもんた」様、父親がたしか東北出身だったし五億円を下る事はないよね!っておもったら「みのもんた」すっかりダンマリ。

こんなとき必ず出てくるロッケンロールの内田裕也氏が貧乏をものともせず69,000円なんてのは立派だしヒネリも利いてて良い。でもロッケンローラとしては6億9千万くらい出したかっただろうね、人生ってツライよね。

本当は全然面白くないが面白いという事になっているタケシが所ジョージと二人で一千万って微妙だね、男らしくはないよね。だいたい二人で!ってなんだよ!連れションかよ!って。

おっと!ゴッドネーチャンの和田アソコ様 Pu!、サンドイッチマンに早速電話を入れるあたり押さえるべきところを早速おさえたり抜け目ないけど誰かが言ってたぜ「同情するなら金送れ」って。

オーイ! シンスケ 元気か?

デゥ゛イ夫人 無理すんなよ 金はあるヤツが出せばいい サチヨが出すハズ。

大変だね芸能人もシロートにこんなこと言われて、風評被害って云うの?これ、でもオイラ少しすっきりした。・・・・もちろんオイラ、来月も樋口一葉くらいは送るつもり。

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2011年3月25日 (金)

高田渡の「生活の柄」が好きです。

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ここ数年とても気になる歌があって、ユーチューブのお陰で何度でも聴けて、高田渡は逝ってしまったけれどユーチューブで何度でも逢えるからユーチューブは好きだ。

高田渡は岐阜市郊外の北方町の生まれで、祖父は材木商で、濃尾大震災で三代放蕩し尽くしても使い切れないといわれた程の財をなしたけれど、高田渡の父親は共産党員で放蕩を尽くして貧乏を極めて、高田渡は貧乏を謳い貧乏のうちに死んだ。

note歩き疲れて寝たのです。夜空と陸との隙間にもぐりこんで寝たのです。所かまわず寝たのです。

でも、オイラの体験では、草に埋もれて寝るのは、大変で難しい。なにしろ虫が大変なんだ。

今夜もワタクシ、羽毛布団と電気毛布の隙間にもぐりこんで寝ます。オヤスミナサイ。

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2011年3月21日 (月)

裏側の裏側を撮る。

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こうして、写真に撮ってみると、本当に汚い路地ではないか。オッと失礼、人が住んでいるのだ。

他人様に勝手に写真を撮られて、キレイだ汚いなどと言われる筋合いはないワケだけれど。それでもこの汚さは、間もなく芸術に昇華する前のほんのヒトトキの腐臭であるかも知れない、なんて、随分と失礼な書き出しでゴメン。

この写真の中に同級生の家が三軒あって、現に写真を撮り終えたらバッタリと寿司屋のM君が店から出てきて、おい元気かなんて、先日は病院の待合室でHに会っただとかMにあっただとか。こんど会うときは火葬場かもしれないなんて。

さて、ここは岐阜の駅裏のソープランド街「金津園」の裏路地。盛時には70軒ものソープが軒を連ねたけれど、もちろん今も店の数はあまり変わらないけれど、この景色をみれば説明は要らないとおもう。

寂れた裏路地をコンビニの袋を下げた顔色の悪いお姉さんが朝からご出勤。

今日もお茶ひくだけの早番でなければいいが。

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2011年3月19日 (土)

イチローが一億円の寄付。

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さて、マリナーズのイチローが東北の震災に一億円の寄付をした。一億円と言ったってあまり縁が無いからいかほどか実感が無いが、一万円が一万枚、つまりイチロー個人が福沢諭吉を一万人現地に派遣したわけで、あるいは百人の福沢諭吉を百日間現地に派遣するわけで、イチローは偉いと思う。

だからオイラも、なんとか力になりたくて街に出て募金に協力しようとして、さきほど岐阜駅までお茶飲みついでにでかけた。

たくさんの人が募金箱を持って募金を呼びかけていた。でも、かってインチキカルトの宗教団体が募金を集めて教祖様の欲望の原資にしていた事を思い出して、本当の善意の人たちには申し訳ないが、お茶も節約して家に帰って、ネットのプロバイダーNiftyのWeb募金で諭吉一人で申し訳ないが現地に派遣することにした。

もう少し落ち着いてきたら、今度はこの震災で家族を亡くした子供達の為に直接役に立つ募金に応じたいと思う。

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2011年3月18日 (金)

団塊堂「赤瀬川」する。

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さて、路地なのです。

団塊の世代です、なんて言うと、「お休みの日は蕎麦を打っていらっしゃるの?プッ!」なんて、だいたいがそんな反応なんだけれど、残念ながらオイラ、「サライ」や「男の隠れ家」なんかを愛読して、蕎麦を打ったりはしていない。だいいちオイラは蕎麦よりは饂飩の文化圏の住人なんだ。

なんて事を言ってみつつ、団塊の世代でカメラはライカと来ればヤハリ「街角」で「路地」ジャマイカ、なんてところは、赤瀬川原平老人の影響が強い。左翼で限りなく赤く、そして前衛でアバンギャルドで土俗的で。

もう少し団塊的には長徳師を気取ってウィーンの街角であったりプラハだったりするけれど、まあとりあえずはオイラの近場の岐阜の路地なんかを撮って見たのだ。

少しソフィスティケートされすぎた観光的な路地で恐縮、本当は寺山なんかが他人の夫婦生活を覗いていたような猥雑な下町やら、包丁を持った女が亭主を追いかけて飛び出して来るような暗黒舞踏的な路地が良いかもしれないが、そんな昭和な路地は既に失われてしまったのだ。

でも、横丁っていいよね。見栄とハッタリの正面に比べて、その家の本音やら歴史みたいな物が少し見えるのよね。

この景色、岐阜長良川の堤外地、つまり洪水の時は堤防の外で水の中に取り残される地域なのです。災害といえば毎年の事で、災害なんてものは災害ではない?地域なのです。何事も無かったかのような落ち着きだけれど。しかし、この地にも、これまで日本史上最大の直下型地震と言われていた濃尾大地震という“壊滅的打撃”が遠くない過去にあったのです。この路地の景色はあらゆる災害を乗り越えてきた歴史でもあるのです。

ながくなりそうです、静かに頑張りましょう。

さて、ライカX1の画像、残念ながら、かなり画質を落とさないとブログにアップ出来ないのだけれど。それでもこれなんだぜ。

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2011年3月16日 (水)

古い町並み。

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団塊堂の住む地域は、空襲で何もかも燃えてしまって、父も母も戦火の中を逃げ惑ったという事を何度も聞かされて育った。焼け跡に焼けトタンの掘っ立て小屋をたて、配給の復興住宅を建て、団塊堂が中学に入る頃ようやく平屋だけれど本建築の家が建ち、ようやく人並みの暮らしができた。

同じ岐阜市でも、写真のように金華山に近いあたりは、空襲を免れ、古い町並みが残っている。この人達は多分、敗戦の悲しみや食糧難はあっても掘っ立て小屋の悲しみも復興住宅の悲しみも無かったと思う。それを恨むつもりは全くない。父も母もそんな事は全く言わなかった。

戦前の家を知っている姉によれば、我が家は町内でも自慢の家で黒光りする太い大黒柱、家のなかにはトロッコが走っていたというが、ぼんぼん育ちの父はすでに盛りを過ぎてリベンジの力もなく、私の育った時代は、町内からも取り残されたような粗末な家の思い出だけで、「家」がトラウマでもあったわけで、家を建てる事だけが私の人生でもあった。

運がいいとか悪いとか、世の中は不公平だし、神様なんて絶対いないと思う。でもオイラ、頑張って全て取り戻したと思う、戦争が親から奪い去った物を。

だから地震や津波なんかには負けないで欲しい。

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2011年3月13日 (日)

災害が起こればいつも「想定外」。

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先ほどニフテイ時代のお仲間、花巻にお住まいの「7」さんのブログが更新されて、ご家族全員の無事が確認できてほっとした。

地震と津波の凄さに言葉が無いが、さて原発の事、科学者やら専門家が、「こんな地震は想定していなかった。」 科学者やら専門家というヤツがいかにデタラメで、しがらみやら処世で物を言っているだけの曲学阿世の輩なんだと、そんな科学なら「占い師」のほうが余程ましだなんて思う今日この頃いかがお過ごしなんてフレーズは不謹慎。

あの原発の塔屋のペイントを環境芸術だなんて言ってた蓮○さんの兄の顔が見たいぞ。

TUNAMIという言葉は日本製の世界共通語だけれど、津波というものは、「波」ではなく「海」が押し寄せて来るのだな、津波という表現が楽観的すぎないかなんて思う。

波が引いたのに水が引かないのは、地盤が沈下して、街が海になった、被災者の皆さんは、まさに土地すら失ったわけで、たまらない。

東電のあいかわらずの姿勢に比べ、枝野官房長官の記者会見は誠実で安心感があるが、とんでもない状況なんだな、避難ったって数日で終わるものではないだろうから。

環境問題を反映して「電気自動車」なんて言ってたけれど、その先はこんなリスクを承知しないとね。

ともあれ、東海・東南海地震が迫る当地、オイラのライカが「人生最後のお買い物」なんて事にならないで欲しい。でもそれなら尚の事、ライカで良かったなんて、やはり不謹慎。

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2011年3月 7日 (月)

ペケイチ(ライカX1)が来た日。

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ライカのX1なのであります。コンデジといわれるコンパクトカメラの最高峰であります。カメラが最もカメラらしい美しさを持っていたバルナック型のライカを思い出させるノスタルジックなデザインであります。

フイルムカメラがデジカメになって、カメラが家電化して、数ヶ月で新製品が出て、古い物は陳腐化するといった事が続き、カメラに思いをよせるなんて事がなくなって久しいけれど、デジカメの進歩が一段落して円熟期を迎えたのだろうかスペックを競うといういきかたとは少し違う趣味的な高級カメラが人気を集めている。もうそろそろ、こんな贅沢も良いのではないかという気分なのだ。

さて、このペケイチ(X1)単焦点レンズで、つまりズームが出来ないのだ、ちょうどのサイズを得るためには人間がカメラを持って近づいたり離れたりしなきゃならないわけで、30年前なら当たり前だったけれど、これって大変な事で、あらためて写真を撮るって事はどういう事なんだと考えさせられるくらいの事なんだ。

空を飛ぶ以外なんでも出来そうな近頃のデジイチ(一眼レフ)に比べたら、極めてストイックで原理主義的なカメラなのだ。軍艦部の二つのダイアルはシャッター速度と絞りのダイヤルなのだ、極めてアナログなのだ。もちろんオートの設定はあるけれど、そしてオートで撮る事がほとんどだけれどマニアル撮影こそこのカメラの醍醐味なのだ、デジタルカメラは液晶で常に写りは確認できるわけでオート一辺倒のデジカメに疑問を持っていたオイラ、このマニアル撮影がしてみたかったのだ、なんにも知らないくせに。

さて、なによりこのカメラのウリは、セミプロ用のカメラに匹敵する大型センサー APS-CフォーマットCMOSイメージセンサーを搭載している事なのだ。一日いじくり回した感じでは、暗い室内やら夜間撮影は格段の美しさなのだ。今まで愛用のライカのコンデジC-LUX1と比べての事だけれど。冒頭のX1の写真は、もちろんX1で撮影したものではありませんC-LUXで撮影。さあ次回のブログからはX1の画像でいきます。

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2011年3月 4日 (金)

ひさしぶりのブロンプトン。

L1050945 近頃、愛車(自転車)ブロンプトンも、ほとんど医者か床屋へ行くぐらいで、ロングドライブというやつをしていなかったから、オシリがすっかり軟弱になってしまっていて、団塊堂ブロンプトンは、イギリスのブルックスという皮製のサドルでカスタマイズしてあり、このブルックスのブロンプトン用のサドル、スプリングの無いしかもレース用みたいな細身な物のため、クラシックなテイストでスタイルとしてはとても良いのだけれど、おしりもカスタマイズしないととても痛いのだ。

先週末は岐阜市内を久しぶりにブロンプトンでポタリングしたため、オシリがいたくて、きっとオシリは赤く血ぶくれなんかが出来ているのではないかなんて、シャワートイレが痛いくらいだから、おしりを見てみたいと思って。

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トイレで気がついた、そうだデジカメで写せば観られると、でもオシリをデジカメで写すなんて変態みたいだな、なんて思って、写す勇気もないまま一週間すごしたら、もう何の痛みもなくなったから明日のポタリングは大丈夫だと思う今日この頃、団塊の世代の皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、岐阜市内の古い町並みの残る地域、大きな御屋敷が取り壊されて駐車場となっているけれど、その一角に蔵と松が一本のこされている。これも壊せばマダ四台分くらいは稼ぐ事が出来る、松一本だって車一台分つまり月あたり諭吉1.5枚くらいだぜ!なんて事を言うのは野暮。これを町並みの為に残そうというお金持ちの心意気が嬉しいよね。

お金持ちってイイよな!

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