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2010年1月30日 (土)

アンティークの愉しみ。

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東洋に熱い思いをよせたゲーテを語って、20世紀のフランスの詩人ヴァレリーは賛嘆の言葉を吐いた。「東洋を向くこと、これほど西洋的なことがあろうか」と。

西洋骨董についヤングの手が出るというのは、その感受性の西洋化が中途半端なせいである。ただし今日の世界の精神状況のなかで、ヴァレリーの言葉を裏返して「西洋を向くこと、これほど東洋的なことがあろうか」とはいえない。しかし、プレ21世紀の美意識の問題についてだけいうならば、「西洋骨董を向くこと、これほど日本的なことがあろうか」とわたしは賛嘆したい。なぜなら、あまりにも在来の文人茶道民芸鑑賞陶器などの美学でがんじがらめになっている東洋骨董だけに占領されすぎては、日本人の美意識に何の展開も起こらないであろうから、である。     天中の壺   宗 左近

さて、1977年に書かれた文章だから、ここでいうヤングというのは、つまり我々団塊の世代なわけで、我々団塊の世代の興味が、ファッションから美的生活に移り始めた頃。この頃、アンティークがブームになり、グラフ雑誌が次々と発行された。そうした下地があるわけで、団塊の世代がリタイアした今こそ、大きなアンティークブームが起こっても不思議はないハズなのだけれど、「なんでも鑑定団」の視聴率は大幅にアップしたけれど、骨董屋さんもアンティークショップもアップアップな今日この頃、団塊の世代の皆様いかがお過ごしでしょうか。

先月、還暦を迎えて、今日、我が家に「厚生年金保険 年金決定通知書」が届いた。記念に最初の年金で一眼レフのデジカメが買いたいけれど、それを言い出す前に家内に「年金は全額貯金します。」と宣言されてしまった。さて、どうしたものか。あとは、癌にでもなって癌保険で買うしかないのか。

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2010年1月28日 (木)

38年ぶりの卒業式。

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卒業証書は手元にあるのだけれど卒業式は無かったから卒業証書はどうやって戴いたのか思い出せない。

大学の卒業式にガウンやら房の付いた帽子などで記念写真を撮ったりする映像を見たことはあるけれど、本当に馬鹿馬鹿しい事だと今も思っている。

赤レンガの立派なキャンパスよりも入学金や授業料が安い事が絶対的に大事な事だと思っていた。だから授業料値上げ反対闘争はほとんど全ての学生が賛成した。親が入学金を工面する姿、それを用意出来るかどうかが旺文社の模擬テストの結果より重大な事だったから。だから後輩の為に授業料の値上げに反対する事は絶対的な事だった。

団塊堂が通った地方の二流大学は、授業料が安い事が唯一の自慢だった。昭和四十三年の入学金と年間授業料が合計十二万円。だから入学式が行われた大学講堂は、平屋の元陸軍の連隊宿舎で、窓ガラスは破れ室内を鳩が飛んでいた。素晴らしい事だと思った。貧乏は自慢すべき事だった。

そんな大学も、今は高層ビルが自慢だったり、駅前の再開発地域に高層ビルの校舎を建てたり、株で失敗して計画を縮小したりして、どこか腐ってきていると思う。

団塊堂の卒業した昭和四十七年は、すでに大学紛争は終焉を迎えていたが、孤立しつつセクトは健在で、大学は無気力で、ただ無用の対立を避けるため、卒業式を中止した。そして大学になんの幻想も持たなくなっていた団塊堂は卒業式なんかどうでも良くて、社会に一日も早く飛び出したかった。

授業はホトンド出なかったけれど、テストの度に繰り返されるバリケードストのお陰でテストはレポート提出に替わり、お陰でほとんど優を戴いたし、ゼミも二三度出席しただけで、教授の指導も全く受けずに、電話帳一冊程の嵩になる卒論を書いて、これも優を戴いた。まったくいい加減だったとも言えるし、学生運動は何よりも真剣に自分で学ぶキッカケを与えてくれたとも言える。大学から学んだ物は何もないけれど、大学生活の中で学んだ物は大きい。

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さて、そんなこんなだけれど、最近大学から卒業式の案内が届いた。挙行されなかった卒業式を三十八年ぶりに行うという。もちろん全員が還暦に達した訳で。

出来る事なら、卒業式より、もう一度入学式をやって頂きたい。今ならアノ頃よりもっと一生懸命勉強が出来るとおもう。

さてさて、あれから、運が良かったとか悪かったとか、出世したとかしなかったとか、そんなこんなは全てチャラにして集まろうよ。

校歌・学生歌・寮歌・逍遥歌、オイラの得意な春歌など久しぶりに歌おうか。

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2010年1月23日 (土)

A.E ウイリアムズ、 ピューターの拡大鏡。

L1040458 一日パソコンを見ていたりすると夜になると全く本が読めなくなったりする、なさけない。

ことし仕事始めの朝礼で団塊堂、社長表彰を戴いた。有難い事に商品券も戴いた。

そんな時は、昔から、そのお金で何かを残す事にしている。といいつつ、今回の買い物は必要に迫られての買い物だったけれど。

L1040460 久しぶりに、団塊堂セレクションのカテゴリーのブログをアップしてみようと、メーカーのA.E Williamsを検索してみたら、トップに出てきたは自分のブログ。

検索で自分のブログを読み返してなるほどとガッテンするなんて、つまり忘れてしまっているって事で、痴呆の兆候みたいで情けない。まあ、そんな調子の今日この頃であります。

http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/223479/190484/17978211

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2010年1月18日 (月)

おいらが恋した港町のアバズレ女・浅川マキ。

L1040454 夜が明けたら一番早い電車で行くからといったけれど、とてもそんな早く起きるタイプではなさそうだったし、ドアを開けたマンマで着替えする浮気女で、でもオイラがその気になったりしたら、さよならアバヨって行ってしまいそうで。パタパタと音がしそうな付けまつげと触ればヒビが入りそうな白塗りで、でも松岡きっこみたいに前髪を下ろしたスタイルは震えがくるほどセクシーで、でも近くで見たら化け物みたいだったけれど。やっぱり浅川マキは70年代のマリア様で観音様だったのだ。煙たそうに煙草を吸い、ガラガラのシワガレ声で、場末のホステスの様だけれどオイラには美しいマリア様のようでもあり思想的にオイラの母親であったのだ。マリちゃんも京チャンもいたけれどオイラはやっぱり浅川マキに男にして欲しかったのだ。

さよなら浅川マキ・70年の観音菩薩

 さよなら ア・バ・ヨ!

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2010年1月16日 (土)

民主党 小沢切るべし叩くべし!

090423 さて、検察の動きが決して公平なものでもなく、カナリ意図的なものである事は間違いない。国策捜査ということを言う人がいるが、国策とは政権党の意図という事であり、今回の場合は国策というより、自民党政権下で形作られた闇の権力である反動勢力の攻撃が本格化したと考えるのが普通だと思う。

さてさて、だがしかし、小沢が正しいなどと思っている国民は唯の一人もこの国には居ないと思う。小沢が綺麗などと思っている国民は一人も居ないと思う。

だから検察には思いっきり小沢を叩いて欲しい。

田中・金丸・小沢と続いたダム利権・コンクリート利権こそ徹底的に叩かれるべきなのだ。ダムをなくせという民主党の中心に小沢が鎮座するなど、泥棒が警察署長をやっているみたいなものなのだから。

鳩山の政治資金問題は、自分の金なのだ。手続き問題はあるにしても、有り余る資産を政治に生かすなら誉められていい。小沢のコンクリート利権とは全く異質なものだ。

政治に金は必要で、小沢の集金力が頼りだった貧乏民主党だった事は否定できないが、もう小沢頼りで在ってはいけない。小沢切るべし、叩くべし。

といいつつ自民党に正義はないのは明白で、叩くべき小沢こそ自民党そのものなのだから、公明党など連立時代にタップリと国交省に食い込んだわけで攻めるなら足元を確認した方がいい。

Koryomuseum_003 そんなこんなで、小沢と小沢一派を切ることで、ようやく、心から国民は民主党を支持することが出来るのだ。小沢こそ、国民が民主党に持っていた違和感そのものなのだから。

もう一度言う。 小沢こそ、国民が民主党に持っていた違和感そのものなのだ。

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2010年1月13日 (水)

魔界ドレスデンのCMフッチェンロイター製ブルースティール・イリデッセントのアイスクリームカップ。

L1040418 なんとも美しいブルーのラスター彩のカップではありませんか。ティファニーのイリデッセントガラスを彷彿とさせる見事な青であります。世紀末あるいは20世紀初頭のテイストを色濃く感じさせます。

ブルースティール、あの高級時計の針の青色であります。時計の針のブルースティールは、鉄の針を熱して焼きいれをして色をだします。このラスター彩も、釉薬の表面に薄い金属の膜をつくり、酸化によって微妙な光の反射を得ます。

ティファニーのガラスというより、貧乏で昭和な団塊堂は、ビー玉やオハジキを思い出してしまいますが、しばし貧しかったあの時代の事は忘れて、美しくて華麗な、そして魑魅魍魎のヨーロッパ・アンティークカップの世界でお遊び下さい。

L1040432 このカップの窯印であります。先日のローゼンタールの素磁を使った金彩アクアジュールのカップと同じように金で薔薇が描かれています。

この金の薔薇はドナート工房(Donath & Co. Dresden 1872-1916)のようです。その横のWのマークはリヒャルト・ヴェーズナー(リティラー 小売 1895-1956)のマークであります。さて、大胆にも団塊堂、この金の薔薇に隠されたマークこそ、このカップの謎を解く鍵であると、金の薔薇を少し削って見ました、しかし完全に金の薔薇を削ってしまうと、この金彩がドナート工房であるという証拠も消えてしまいます。中途半端な状態でマークがはっきり見えないのが残念ですが、この写真をクリックすると大きなサイズになります是非ご覧下さい。

L1040439 非常に不鮮明ですが、わが師・和田泰志先生は「マークは、ほとんど見えませんが、リモージュのシャルル・アーレンフェル(アーレンフェルド)だと思います。このメーカーは贋作用白磁提供者で、「アンティーク・カップ&ソーサー」講談社刊、の217ページの白磁を製造していたことがわかっています。」と。

L1040417 さて、 「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」実業之日本社刊の28ページを開くと。L1040409_3

14, Aラム工房A.Lamm(絵付け)の田園人物図の脚付きのカップが脚部の装飾といい、カップ内側口縁部の金盛の装飾が同じデザイン。

29ページのカール・リヒャルト・クレム工房Karl Richard Klemm クレム工房は、このカップのテーマである幼児像を多く残している。

混迷の陶磁林に迷い込んだ私に、和田師は結論として次の五つを示してくれました。

○ 金の薔薇は ドナート工房 金彩

○ Wのマークは ヴェーズナー(リテイラー 小売)

○ 絵付けは カール・リヒャルト・クレム工房

○ 白磁は リモージュのシャルル・アーレンフェル

○ その総元締めはCMフッチェンロイターである。と!

L1040414 さて、最後のフッチェンロイターつながりであります。

前回のブログでは、ローゼンタールがウイーンの贋作用の白磁を提供していた事を書きましたが、後に合併するフッチェンロイターもまた、マイセン風だったりした物をプロデュースしていた様です。

もちろんこのカップは、ドレスデンと銘打っているわけで、贋物というわけではありません。ヴェズナーという店のマークとドレスデンと銘打っているわけで、前回の金彩のカップとは志が少し違います。そして、評価出来るレベルの物です。

このカップを構成する、ドナート・クレム・ヴェーズナーの三社は1918年合併してCMフッチェンロイターのドレスデン・スタジオとなります。この三社は、もともとがフッチェンロイターの影響下にあったとも言える。また、つまりこの作品は合併する1918年以前の作と考えられます。

このカップに凝縮された、ドレスデンの諸工房の技術力。前回のローゼンタール素磁のウィーンとコールポートのハイブリッドな贋物。ローゼンタールとフッチェンロイターの合併。

魔界です魔界、ドレスデンは魔界だったのです。

ドレスデン・パリ、ヨーロッパを覆う魔界・ユダヤコミュニティーとアンティーク陶磁なんて面白いテーマですね。L1040427_2

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2010年1月 9日 (土)

ローゼンタール素磁の金彩アクアジュール霰仕上げのアンティークカップ。号外。

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さて、先日アップした、金彩にアクアジュールのカップ。ウィーンの窯印が入れられたローゼンタールの素磁の物でドレスデン辺りで造られた物と書いた。

このカップの出自について、和田先生に資料を戴いたから紹介します。

まず左上の白黒写真、ウィーン窯のパターン帳にあるイーグルハンドル。L1040365_2 1811年ウィーン窯のヨーゼフ・ラメスベルガーによってデザインされた物。まず、カップの形はウィーンのコピーであります。

右上の白黒写真は、コールポートの物。特徴的なカップの口縁部のイミテーションルビーの帯はまさしく今回のドレスデンの本歌でありコピー元であります。L1040385 このボーダーのデザインは1899年にコールポートがデザインした物で、1900年のパリ万博で発表し、一躍世界に知られるようになったものだという事です。

L1040367 今回のカップの年代であります。過日のブログでも、さりげなくデイラーのラベルを写しこんで、1890年を匂わせたけれど、つまりこれも間違いで、本歌のコールポートの1899年以降という事になる。

さて、和田泰志先生の「アンティーク・カップ&ソーサー」講談社刊の210ページの“フッチェンロイターとローゼンタールの歩み”にあるローゼンタールの白磁を使ったウィーン窯の贋物のサンプルみたいなカップだけれど、模様はコールポートのコピー、スタイルはウィーンというハイブリッドなコピーなのだ。

さてさて、前回も書いたけれど、是ほど手のかかる高度な仕事をして、なおかつ贋物として売るメリットは何処にあるのか。

L1040349 ローゼンタールは、ドレスデンの絵付け工房に、ウィーンの贋物つくりの為の、ウィーンの形をコピーした白磁を供給していたが、コールポートのコピーに関して和田先生は、これをイギリスで売りに出せばコールポートに訴訟を起こされる。すでに廃窯して、原告となり得ないウィーン窯なら安心してマークを利用できた、と説明されています。

ドレスデン。贋物産地で片付けるには余りに惜しいドレスデンについて、もう少し追いかけてみます。

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2010年1月 7日 (木)

初詣。

L1040376 久しぶりに、昨日マミとお茶を飲んだ。マミは半年前に還暦、会社の帰りに偶然会って三十分程ドトールしただけだけれど、久しぶりにジックリみるとマミも本当にババアになったと思う。

マミが紳士用品の部長席でバリバリ働いていたあれは何だったのよって心の中で思った。私の部下だった頃は、既に昔の元気は無かったけれど、それでも少し老け過ぎだと思う。化粧くらいシッカリしろよ、土台は悪くないんだから。

定年満期まで働いたマミは、定年後の再雇用で催し会場のレジを叩いているけれど、労働条件は昔のままで収入はその半分だと嘆いていた。あいかわらずのボヤキだけれど、その年で働くことができるだけありがたい事なんだ、自分で仕事を探してごらん掃除婦くらいしかないぜって言ったけれどきつかったかしら。最近は昔の仲間と、ママさんバレーをやっているという、「ババさんバレー」じゃないのかって思ったけれど、そこまでは言わなかった、元気で安心した。

マミの口から、懐かしい後輩の名前が次々挙げられて、アイツもアイツも今回の事で辞めたという。住宅ローンがあるヤツが、残ればボーナス払いが出来なくなってしまうから、割り増しの退職金できまりを付けるのだという。

さて、願い事ばかり、初詣しても言葉にならず、ただ願うばかり。

何とか、あいつらが、うまくいきますように。

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2010年1月 3日 (日)

ローゼンタール素磁の金彩アクアジュール霰仕上げのアンティークカップ。

L1040349 恥ずかしながら団塊堂をアンティークカップを集めてみようかなとという気にさせたのが、このアクアジュールの霰(あられ)仕上げの金彩のカップなのです。

ある骨董フェアで見た、コールポートのカップが素晴らしい物で、その時のお値段が18万円。さすがに手がだせず家に帰ったのだけれど、家に帰ったら家内が「どうして、アレ買わなかったの?」ってポッリと、オイオイ買ってよかったのかよ!って、アノ頃は、少し我が家もバブリーだったのよ、つくづく。

L1040353_2 半年に一回開かれるその骨董フェア、その後、そのお店には、三回並べられていたけれど、堅実な母親の教育が、売れない屋台のオデンの様に身体に沁み込んだ、田舎者の団塊堂、ついぞ手を出せずに終わった。天国の母さん、今も私は貴女の忠実な子供です。

L1040354  さて、昨今の不景気のお陰で、あこがれのジュールの霰仕上げのアンティークカップが、オークションの最低価格のままで手に入れる事ができた。

造りとしては、ソーサーの、中心に向けて小さくなっていくジュールのグラデーションが最高ではないか!更に繊細な金盛り・金点盛りが加えられて工芸の極致ではないか。カップ内側の金盛りもドレスデンのカップで良く見るパターンなのだ。

L1040366 さて、このカップの出自なのだ。まず目に付くのがウィーン窯の蜂の巣マーク、その横に金でバラの様なものが描かれている。金彩のスレのお陰で、光の当て方で下からローゼンタールの窯印が浮かんで来る。

このあたりは、和田泰志先生の「アンティーク・カップ&ソーサー」講談社刊に詳しく書かれているが、ローゼンタールが発売した白磁を使ったウィーン窯の贋物なのである。

さてさて、このジュールという技法、確実に高度な技術を要し、なおかつ大変に手間が掛かるものなのです。それに比べればローゼンタールのマークを金彩の薔薇で隠してウィーンの窯印を入れる手口など余りにも幼稚で、しかも角度によってローゼンタールのマークは浮かび上がって来るのだから。

だから、本気でローゼンタールを隠して、ウィーン窯を名乗ろうとしたとは思えないのだ。其れほどにウィーン窯は凄いという事は言えるが。ウィーンの贋物でかたずけるには余りにもったいない。

さてさて、ローゼンタールやフッチェンロイター周辺のドレスデン(独)の窯の状況、また後日、なやましいこの「金の薔薇」のもうひとつのカップをお見せしつつ勉強してみます。

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2010年1月 2日 (土)

アレキサンダー大王のヘルメット・海の上のカップ&ソーサー。

L1040311 SAMPSON BRIDGEWOOD AND SON COMPANY

1882 July 31製

イギリス、ロントン スタフォードシャーのサンプソン・ブリッジウッド&サン社製。

映画では、屋根の上はヴァイオリン弾きで、海の上がピアニストだったけれど、このカップMaritime cup 海の上のカップ&ソーサー、極めて稀なデザインのカップ。

深い海を想わせるコバルトの濃い青、船の装備の磨かれた真鍮を連想させる金彩。ソーサーの縁の金彩にはアクアジュールが打たれてハッチのようである。

カップの形状は、デイラーによれば、船の揺れからコーヒーのこぼれを防ぐ形状とあったがこれは間違いだ。

このカップの形状こそが、このカップの重要なテーマなのだ。カップの内側とソーサーの井戸にはピンクがあしらわれている。艶めかしくて暖かい。男性的なデザインに異質なピンクが船という男所帯に安らぎを与えるだろう。

カップの形の秘密を解き明かすのは、ソーサーの井戸に書き込まれた英文です。

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"From out his helmヘルメット once Alexander poured Water水を注いだ in self denial 自己犠牲o'er the ground. Now quaffがぶがぶと飲む we gather at the social board-From out a helm.the fragrant tea sent round回し飲み"

この英文を理解する為、アレキサンダー大王のエピソードを紹介します。

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紀元前325年、インド遠征の帰り、大王の一行はマクラン砂漠に迷い込んでしまいます。皆、水に飢えた死の行軍となります。

ある兵士が、貴重な水をヘルメットに汲んで大王に捧げます。しかし、全ての兵に水が渡らないと知った大王は、大地に水を棄ててしまいます。

大王は、「私ひとりが、この水を飲んだならば、他の者たちは、どんな想いするだろうか」と。

この一言に兵士達は泣き、そして一斉に立ち上がり「いざ前進を!」と叫び「この王ある限り、疲れも渇きも、ものの数ではない」と彼らは勇気凛々快活に行軍を始めたという事です。

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L1040312_2  さて、カップをひっくり返してみます。このカップ、アレキサンダーのヘルメット・兜の形なのです。

このカップの形、船という閉鎖社会での、高貴なるものの責務を、アレキサンダーの古事に譬えて説いているのです。

アレキサンダーのヘルメットのカップで薫り高いコーヒーを皆で廻し飲む。社員を何千人もリストラしながら「経営は何も悪くありません、社員と景気が悪いのです。」なんて経営がまかり通る今日この頃、男ってのはね!と、このカップは言っている様な気がするのです。美しいのは、このカップが持つ海の男のプリンシプルです。

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ところで海つながりで、蛇足だけれど、パソコン用語のログインだとかブログのログって海から来た言葉だって知ってますか?

船舶には、ログブック(航海日誌)が必ず備えられています。ログというのは、「丸太」のことで、昔、航海計器が未発達だった時代に、舳先から海面に木片(ログ)を投げ入れ船尾を通過する時間で船の速さを計測した事によります。船の速度が分かれば航行時間と掛ければ距離が出ます。航海日誌に現在位置を記録することは最も重要な事です。ログブックにログインする。パソコンにログインする、なんとなく分かって戴けるですよね。

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さて、そんなこんなで、新しい年が始まりました。

L1040314 今年もダラダラと、こんな調子でアンティークカップの事など語ってまいります。

アラウンド還暦の団塊堂に、更なる同情と、できれば愛情も、お願いいたします。

今年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

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2010年1月 1日 (金)

元旦迎新。

L1040319 あけましておめでとうございます。

IWANAが棲む岐阜市は大雪の元旦となりました。

L1040348 大晦日の昼ごろから降り始めた雪は、紅白が始まる頃は本降りとなり、紅白が終わる頃には十五センチ近い積雪。何もかも真っ白な雪に隠して、新しい年の始まりとなりました。

60周年記念の紅白は、YAZAWAの特別出演など、団塊の還暦歌手の活躍が目立って嬉しい限りで、L1040336 還暦云々はリタイアを指す言葉ではなく、最も円熟した現役なんだと、少し元気を戴きました。

さてさて、今年も一年、どうぞ宜しくお立ち寄り戴きます様、お願い申し上げます。

真っ白な雪に残す、今年の第一歩が、どなた様にも、幸せの第一歩でありますように。

皆様の初詣は、とりあえず我が家の恵比寿。大黒天へ。

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