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2010年1月28日 (木)

38年ぶりの卒業式。

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卒業証書は手元にあるのだけれど卒業式は無かったから卒業証書はどうやって戴いたのか思い出せない。

大学の卒業式にガウンやら房の付いた帽子などで記念写真を撮ったりする映像を見たことはあるけれど、本当に馬鹿馬鹿しい事だと今も思っている。

赤レンガの立派なキャンパスよりも入学金や授業料が安い事が絶対的に大事な事だと思っていた。だから授業料値上げ反対闘争はほとんど全ての学生が賛成した。親が入学金を工面する姿、それを用意出来るかどうかが旺文社の模擬テストの結果より重大な事だったから。だから後輩の為に授業料の値上げに反対する事は絶対的な事だった。

団塊堂が通った地方の二流大学は、授業料が安い事が唯一の自慢だった。昭和四十三年の入学金と年間授業料が合計十二万円。だから入学式が行われた大学講堂は、平屋の元陸軍の連隊宿舎で、窓ガラスは破れ室内を鳩が飛んでいた。素晴らしい事だと思った。貧乏は自慢すべき事だった。

そんな大学も、今は高層ビルが自慢だったり、駅前の再開発地域に高層ビルの校舎を建てたり、株で失敗して計画を縮小したりして、どこか腐ってきていると思う。

団塊堂の卒業した昭和四十七年は、すでに大学紛争は終焉を迎えていたが、孤立しつつセクトは健在で、大学は無気力で、ただ無用の対立を避けるため、卒業式を中止した。そして大学になんの幻想も持たなくなっていた団塊堂は卒業式なんかどうでも良くて、社会に一日も早く飛び出したかった。

授業はホトンド出なかったけれど、テストの度に繰り返されるバリケードストのお陰でテストはレポート提出に替わり、お陰でほとんど優を戴いたし、ゼミも二三度出席しただけで、教授の指導も全く受けずに、電話帳一冊程の嵩になる卒論を書いて、これも優を戴いた。まったくいい加減だったとも言えるし、学生運動は何よりも真剣に自分で学ぶキッカケを与えてくれたとも言える。大学から学んだ物は何もないけれど、大学生活の中で学んだ物は大きい。

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さて、そんなこんなだけれど、最近大学から卒業式の案内が届いた。挙行されなかった卒業式を三十八年ぶりに行うという。もちろん全員が還暦に達した訳で。

出来る事なら、卒業式より、もう一度入学式をやって頂きたい。今ならアノ頃よりもっと一生懸命勉強が出来るとおもう。

さてさて、あれから、運が良かったとか悪かったとか、出世したとかしなかったとか、そんなこんなは全てチャラにして集まろうよ。

校歌・学生歌・寮歌・逍遥歌、オイラの得意な春歌など久しぶりに歌おうか。

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