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2009年12月 5日 (土)

吾が生 既に蹉跎(さだ)たり。諸縁を放下(ほうげ)すべき時なり。

L1040130 人間、何かを捨てないと、新しいものを拾うことはできない。好きな人間とわずかな本があればいい。私の場合捨てることで、大きな自由と、さっぱりした気分を手に入れた。                       高峰秀子

高峰秀子さんは、五十一になったとき、これで夫婦そろって五十の大台に乗ってめでたいが、あとはいかに美しく老いるか、死をどうするかが問題だと考えたという。そして五十五歳になったとき、人に惜しまれて女優業を引退。六十二の年に、女優時代の大きな家を圧縮して三間の家にし、家財道具を売ったり人にやったりして、皿もコップも夫婦の分だけ、椅子も四脚という極限の簡素さにしてしまった。

                                                             引用 老年の良識 中野孝次

高峰秀子さんといえば骨董蒐集でも有名だけれど、その骨董をどうされたかは中野老師は触れていない。

さて、団塊堂、いまだに現役時代の資料が捨てられずに書斎に山積みになっている。経済やら未来予測などというカテゴリーの書籍など十年たつと何の意味も持たなくなる。自分が作った書類だってアノ会社にとって画期的なものだったと思うが今はクソッタレなものだ。これらが結構な量で秘密事項もあって捨てるにすてられない。でももう捨てようと思う。

書籍は美術と「釣りの随筆」以外は全て処分するつもりだ。ここ数年、もっぱら図書館を利用し週に五冊のペースで読書を楽しんでいるけれど、書籍は脳に所有されるべき物で本棚に所有されるべき物ではないと近頃思う。だから書斎なんて前時代の遺物だと思う。だってそうしないとコレクションのカップが並ばないのだよ。

吾が生 既に蹉跎(さだ)たり。諸縁を放下(ほうげ)すべき時なり。信をも守らじ。礼儀をも思はじ。 

                                                                         徒然草 第百十二段

自分の人生はもうけりがついた。これからはもう、義理はすべて欠くことにしょう。社会の決まりや礼儀さえ思うまい

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