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2009年12月30日 (水)

さてとさてと。

L1040268_2 この一年は、団塊堂とても楽しい一年で、その充実ぶりは、ブログにお立ち寄り戴いていた皆様には、よくお分かりいただけたと思います。

この歳になると、失うものは二度と戻る事はなく、得られたものは宝物のようで、二度と得られるものでは無いとも感じられる。

さてと、いろいろあったけれど、ようやく「アラ還」なのだ。

もう責任なんて言葉からは開放されていいハズ。来年は肩の荷を勝手におろして楽しくやろうと思う。来年は、土俗にマミレテ、土俗のなかで狂って見ようとおもう。

今年一年のお立ち寄り有難うございました。皆様のアクセスが、団塊堂の元気の源でした。とりあえず来年早々には、面白いアンティークカップをアップ出来そうです。不景気に抗して、キンキラキンのカップのスターマインです。

来る年が、皆様にとって良い年でありますように。

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2009年12月27日 (日)

さてと。

L1040317_2 公務員なら明日が御用納めだけれど、30日まで仕事の団塊堂にとっては、昨日今日の連休は重要で、徹底的に大掃除をと張り切っていたけれど、体調不良で昨日はダウン。一年の疲れがドット出たみたいで、ここで無理をしたら年末はダウンしそうな気がしたから大事をとって風邪薬を飲んで一日ベッドの中だった。

体調が回復して、今日は朝から家の外回りと一階の大掃除。かなり頑張ったけれど頑張り過ぎて午後はベッド。でもこのまま寝たらそのまま病気になりそうな気がして、デパートへ注連飾りでも買いに行こうかと家を出たけれど、途中でUターンしてエクセルシオールでお茶して帰った今日この頃、団塊の世代の皆様いかがお過ごしでしょうか。

オリンパスペンは魅力的で、しかしライカが新型を発表して価格が二十万と魅力的だけれど、ペンでレンズを選んで思う存分の構図で写真が撮れたらフォトショップで横長に切り取ってるだけのセコイ写真から脱する事が出来るし、ライカの新型で背景をボカシタ芸術性溢れる写真というのも魅力的で、しかし何かと入用が重なって、家内にそれが言い出せないけれど、まあしょうがないや当分コンパクトカメラで、たいした写真撮ってるわけでもないし。

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2009年12月24日 (木)

エインズレイのティファニーブルーのデミタス。

L1040309 メリークリスマス。

といってマア、アラ還の団塊堂など、目出度さもデミタスくらいで、ネタもないから、ちょうど先日届いた、AINSLEYの、ティファニーブルーのデミカップがあったから、アップした次第で恐縮。

アシッドゴールドのボーダーが、上質でエインズレイとしてはナカナカではなかろうか。

ティファニーといえば、30年も前にデパートにショップがオープンした頃は、団塊堂も三十歳、仕事盛りで、デパートもまた面白いくらい売り上げを増やしていた時期で、クリスマスの時期のティファニーのショップは、バーゲン会場の様な混みようで、ケースの周りには二重三重にアベックが取り囲み、ショップは入場制限をして、外に行列をする有様だった。

「ティファニーで朝食を」なんて映画による知名度と、オープンハートやらティアドロップといったデザインの素晴らしさ、なによりシルバーなら一万円という、程よい価格が、爆発的人気の源だったわけで、男性にとっても、ティファニーは、とても有効で、有難いクリスマスアイテムだったのです。

 ティファニーも 想い出となり クリスマス。  団塊堂L1040307_2

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2009年12月20日 (日)

手続き。

L1040259_2 ここの所の不景気、とりわけアメリカの不景気は、かなりな様子で、団塊堂、ボーナスを当てにしてオークションで落札した、アンティークカップがアメリカから届き始めているけれど、ワタクシ的には凄い物が幾つか手に入った。不景気・円高は、わたくし的には有難いけれどゾットする。大変な事になっていて、まもなくもっと大変な事になる予感がする。

さて昨日今日と、手続きの書類つくりと、パソコンの設定でフラフラの団塊堂で、おまけに昨日は何年振りかの20センチもの積雪で、コマメに雪かきなんかしたから、この週末はブログも書けない始末。久々の大雪なのに写真も撮らずじまい。

今月は車検に始まって、保険の書き換え、401Kの手続き、厚生年金の申請、年賀状つくり、パソコンのプリンター設定、無線ランの設定ともうフラフラ。

明日は、仕事が終わったらすぐ年金相談へ。いよいよ年金の申請です。

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2009年12月17日 (木)

還暦二日目の朝に、団塊堂むせび泣く。

L1040302 今朝起きて居間へ行ったらオイラの椅子に何やら金文字の豪華な箱が置かれているではないか。エッ!これって還暦祝い?なんて、箱を開けてみたら、なんとサイドゴアのウィングチップのブーツではないか!オイオイどうよ、還暦のオイラへのプレゼントかよって、家内は私より早く寝て、まだベッドだからどう考えても息子なわけで、英国製のトリッカーズなんて一流ブランドだから家内がそんなものを呉れるわけも無く息子なわけで、オイラ思わず涙目になってしまったのよ。

それにしてもサイドゴアってどうよ。オイラだってガチガチのアイビーリーガーだった訳で、若い頃サイドゴアのブーツなんて履いた事もあるけれど、サイズは大丈夫かよって。サイドゴアって紐が無いからジャストサイズってのが難しくて、おまけにブーツだから重くってサイズが合わなければ悲劇で、履いてみないで買うなんて無謀だよって。嬉しいけどマズ悲劇だろうなって、だから音がしないように早速履いてみたのよ。そうしたらジャストフィットで申し分なし。考えてみれば息子の足とオイラの足は同じサイズで、彼が履いて合わせていれば大丈夫なわけで、もうオイラ、ウルウルしてしまって胸の奥から熱いものがこみ上げてしまって、今日まで生きてきて、息子が大学に合格したときの次ぎくらいの感動だったわけです。

ファッション批評のブログなんか書いていて、グラフィックデザイナーのムスコだけれど、サイドゴアのブーツなんてファッション的には、上級アイテムなわけで、これなんてつまりカナリ上級者でなければコナセナイものであって、オイラにこれをプレゼントしてくれたって事は、オイラはこれを履きこなす事が出来ると観てくれた訳で、脚の長さで言えば、オイラ「舘ひろし」というより「猫ひろし」なわけで、歩き方だって近頃はオシッコと一緒で切れが悪くてジジくさいから反省して、思わず背筋をピーンと張ってしまったのだ。今日からは歩き方だって「舘ひろし」しなければイケナイナって思ったのだ。

ありがとうよ! うれしかったよ。

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2009年12月16日 (水)

たどりついたら、そこはドシャ降り。

団塊堂の還暦初日は、今年一番の寒さで、お天気までもがオイラに冷たくあたるのかなんて、少し思ったけれど、何やら身体が軽く感じられて、元気一杯今日も働いてしまったのだ。

解散!と宣言して、今日まで「この家は、オトーサンが居て君達がいた」けれど、今日から「この家は君達がいてオトーサンが居る」のだ。全て君達の好きなようにしていいから、オトーサンが今夜帰らないとしても探さないで欲しい。帰らなかったらオトーサンは“幸せの青い鳥”を探しにいったと思って欲しい。なんて事を、言ってみたいと少し思っているけれど、言ってはいない。

L1040270 さて、いつもアグレッシブに生きてきたオイラ、若いころから、死ぬとしたら定年の翌日に、柿の木がカパッと折れるように!と願ってきたけれど、今夜も未だ生きている訳で意気地なしの口だけ野郎とソシラレてもそうだと思う。

リストラでサラリーマン生活を途中下車したせいで、定年をマットウ出来なかった引け目が何時も心の片隅にあったけれど、今日からはハレテ、「アラ還」。遊んでいたってオカシクないのに敢えて働いている立派な老人な訳でもう怖いものナシで胸張って生きていこうと思う。そう思ったら、今日は身体が軽くて、壮快で、クダラナイ仕事も楽しく働けたのだ。

さて、いよいよ年金が戴ける訳で、先日届いた“ねんきん定期便”にはオイラのサラリーマン生活の総決算というべき一覧表があって面白かった。

厚生年金保険の標準報酬月額と保険料納付額が月別に一覧表になっている。団塊堂、昭和47年にサラリーマンとなり初任給は四万五千円、二年目には六万円になり三年目には七万八千円になり、この年デパートに転職して九万八千円、次の年には十二万六千円になり次の年には十五万円とスサマジイ高度成長だったわけで、つくづくもの凄い時代だったのだと思う。四十代のバブルの時期は管理職の階段を毎年駆け上がった時でもあり、毎年四万円程度給料が上がっていて、今思うと凄いと思うけれど、団塊堂決して給料が高い業界だったという訳でもなく、世の中の人たちはモット凄かったのだろうと思うと、団塊の世代は、お蔭様で本当に良い時代に仕事をさせて頂いたと思う。

といいつつ、老人の悪い癖で、昔話と自慢話に呆けている間に、団塊の世代がたどり着いた定年後の世界は、ドシャ降りで、大変な事になってしまっていて。年明けの二月三月には不景気の二番底、とてつもない恐慌になるとの予測もあって、株が三分の一なってしまったなんて騒いでいたけれど、株というのはゼロにだってなるのだという資本主義の真実を、この眼で見られる来年は、刺激にあふれた年になりそうだけれど、貧しくとも資本主義が嫌いな還暦のオイラは、傷つく事も失う物もなく、高みの見物なのだ。

来月からは給料に年金が上積みされるんだもの、生きていりゃこそだよね。死んだ奴も沢山いるからね。団塊の皆様! これからですよ!!

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2009年12月13日 (日)

同窓会。

L1040287 今年も恒例の大学のクラブの同窓会。バカヤローと言って誰も傷つかず、名前は呼び捨てで、今更喧嘩する元気はないけれど口の悪さは昔のまま、この仲間、数えてみれば四十年以上の昔からなのだ。

今年は我々の学年が還暦、とても厳しい年の瀬で、我々の次世代はホボ全滅で今年の参加は残念ながら九人。

L1040286 久しぶりに聞いたベケットだのサルトルだのイヨネスコだのアラバールだの。そう団塊堂、70年安保で燃え上がるA大名古屋校舎のとりわけ過激だった演劇研究会のOBなのです。

千数百人の学生のうち女子学生は十数人の砂漠の様なキャンパスだったけれど我が演劇研究会の周りだけは何時も他の女子大の生徒がタムロしていて、もちろん我々のクラブは男しかいないし、女子大には男がいないわけで、うちからは常時三つくらいの女子大に役者を貸し出して、女子大からは女優を借りているわけで、そのL1040285 女子大は勿論だれもがあこがれるミッション系なわけで、しかも彼女らは女優を夢見てるわけで人並み以上の美人揃いで、ハーフのボタンフロントのジーンズを履いてロングヘアーの京ちゃんやら、お嬢様を絵に描いたようなマリチャンなんかが大学間違えたのってくらい毎日通ってくるから、知らない間にクラブの周りには関係者と名乗る学生も増えて居ついてしまい、本当は美術部だったりジャズコンボだったり、新聞会のY君までもが知らない間に部員然として今日にいたるわけなのだ。

L1040288 四十年の時間を経てなおベタベタと濃い付き合いの仲間だけれど、演劇研究会なんてのは叛乱分子ばかりで、芝居の度に喧嘩して離合集散を繰り返していて、ワタクシ団塊堂など典型的で実はクラブに所属していたのは一年足らずで、ほとんど部の外で「演劇集団NON」やら「変化紙人形上演委員会」なんてデッチ挙げて暴れていたわけで、それがなぜ同窓会の幹事なのだと自分でも不思議だけれど考えてL1040282 みれば同窓会に出てくる仲間はソンナ奴ばかりなのだ。

さて、昨日初めて知ったけれどK君もH君も団塊堂も12月生まれ、まさかこの三人で年金の話をする日が来ようとは。

還暦に、「たどりついたら、そこはドシャ降り」で「傘がない」だったりするけれど「金がない」から、未だしばし働く事にはなるわけで、しかし皆なんとかたどり着いたわけで、演劇などというものに歌舞いて親からは馬鹿扱い・社会からは異端扱いだった我々の、この平安は何なのだと自問しつつ、いつか演劇を捨てた自分に少しウシロメタクもあったのだ。

 BS 2でジェームス・ブラウンを聴きながら。

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2009年12月 8日 (火)

HUTSCHENREUTHER PORC. DEMITASSE CABINET CUP & SAUCER

L1040240 上品で美しいフッチェンロイターのキャビネットカップであります。濃いコバルトの藍の上に、抑えた色合いの金彩、さらに黒真珠を思わせるジュールがとてもシックです。ソーサーは中央が台状にふくらんだスタンドというスタイル。

「いかなるものよりも品質の優れたものをつくる」というのがフッチェンロイターが1822年バイエルン王に誓った開窯の条件でした。

フッチェンロイターは、ウイーン会議が開かれた1814年、ドイツ南東部のホーエンベルグカルル・マグヌス・フッチェンロイターによって開かれた窯。L1040241 さらに1822年には前述のバイエルンにて開窯許可を得た。当時、陶磁器は王立窯が全てであり民間人による開窯は始めての事だった。2000年にはローゼンタール社と合併。

L1040262 さて、ジュールという手法であります。当ブログに何度も登場する手法で、下手するとトテモ下品になる手法でニッポン物やオールドノリタケのジュール・金点盛りなど悪趣味な物が多い。ところが同じ手法でもヨーロッパの物には、卑しさが感じられない。文化の本質的な違いだと思う。この後つづく二点のカップにもジュールがあしらわれている。結構オイラの趣味もチャラチャラしているのかも知れないが、まずはこのカップの渋さを評価してほしい。さあ、まもなく始まるオイラのアラ還ライフも、このように渋く美しくありたいと思う。

参考 「王侯・貴族の愛したうつわ」 編集 岐阜県現代陶芸美術館

L1040244

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2009年12月 5日 (土)

吾が生 既に蹉跎(さだ)たり。諸縁を放下(ほうげ)すべき時なり。

L1040130 人間、何かを捨てないと、新しいものを拾うことはできない。好きな人間とわずかな本があればいい。私の場合捨てることで、大きな自由と、さっぱりした気分を手に入れた。                       高峰秀子

高峰秀子さんは、五十一になったとき、これで夫婦そろって五十の大台に乗ってめでたいが、あとはいかに美しく老いるか、死をどうするかが問題だと考えたという。そして五十五歳になったとき、人に惜しまれて女優業を引退。六十二の年に、女優時代の大きな家を圧縮して三間の家にし、家財道具を売ったり人にやったりして、皿もコップも夫婦の分だけ、椅子も四脚という極限の簡素さにしてしまった。

                                                             引用 老年の良識 中野孝次

高峰秀子さんといえば骨董蒐集でも有名だけれど、その骨董をどうされたかは中野老師は触れていない。

さて、団塊堂、いまだに現役時代の資料が捨てられずに書斎に山積みになっている。経済やら未来予測などというカテゴリーの書籍など十年たつと何の意味も持たなくなる。自分が作った書類だってアノ会社にとって画期的なものだったと思うが今はクソッタレなものだ。これらが結構な量で秘密事項もあって捨てるにすてられない。でももう捨てようと思う。

書籍は美術と「釣りの随筆」以外は全て処分するつもりだ。ここ数年、もっぱら図書館を利用し週に五冊のペースで読書を楽しんでいるけれど、書籍は脳に所有されるべき物で本棚に所有されるべき物ではないと近頃思う。だから書斎なんて前時代の遺物だと思う。だってそうしないとコレクションのカップが並ばないのだよ。

吾が生 既に蹉跎(さだ)たり。諸縁を放下(ほうげ)すべき時なり。信をも守らじ。礼儀をも思はじ。 

                                                                         徒然草 第百十二段

自分の人生はもうけりがついた。これからはもう、義理はすべて欠くことにしょう。社会の決まりや礼儀さえ思うまい

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2009年12月 1日 (火)

1羽の白鳥を盗む者、2羽も3羽も白鳥を得る。ニッポン物アールデコのカップ&ソーサー。

091117_003 アールデコ期のアメリカへの輸出陶磁器であります。さて、誰の目にも明らかにアールデコなのですが、アールデコは、こうだからアールデコなのだと一言でいうのは、アールヌーボーに比べて難しい。

あの、クネクネとした曲線のヌーボーに比べて直線的という特徴があるが、例えばこの絵付けなどどう説明しようか。

末續尭氏は「日本のアールデコ」のなかで、この絵のパターンを「分解再合成の手法」Reorganizingと定義している。日本独特の展開で、絵柄を平面的な幾つかのパーツに分け、再び合成したもの、としている。

ナイーブなこの絵のテーマ、白鳥を盗んだ盗人を、仲間の白鳥が必至に追いかけるホノボノとした白鳥の友情物語だが、さてこの盗人、一羽の白鳥を盗んだら仲間の白鳥まで付いて来て、さらに(皿に)カップの一羽も含めれば合計三羽の白鳥を手に入れる事が出来るわけで、まさに“濡れ手で粟”なのである。友情もホドホドにという教訓を含んでいる。なんて解釈がヒネクレ過ぎか。

091111 裏印は、オールドノリタケと類似しておりハンドペインテッドジャパンとあり、ノリタケと同じ下がり藤を逆転させた物、中にIEとあるのが企業名であろうか。大正あるいは昭和初期の名古屋絵付け、オールドノリタケのウッドランドパターンと同類。と思う。

091117_002_2  さてさて、たとえば昭和10年頃、日本の珈琲碗皿の66%は岐阜県の滝呂(現在の多治見市滝呂町)で作られていたという。ちなみに昭和9年(1934)のアメリカの陶磁器輸入高の68%が日本からであり、ドイツから18%、イギリス5%、チェコスロバキア4%、フランスその他が5%だったという。岐阜県の東濃地方・愛知県の瀬戸・名古屋の陶磁器商社の輝かしい時代だったのです。やがて日米戦争に突入する前夜の事である。

ひと足早く里帰りしていたオールドノリタケのデコと一緒に記念撮影。今夜も我がコレクションルームでは、陶器たちが、アメリカでの暮らしを振り返りながら、なにやら同窓会。つらかったとか楽しかったとか。

Nippon Demi Cup & Saucer Man Stealing Geese Art Deco

091117_004

参考 日本輸出陶磁器史 (財)名古屋陶磁器会館

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