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2009年11月17日 (火)

明治の華・横浜SATSUMA千顔のデミタス。その壱

091118_004 描き出だすや一筆(いっすい)の筆さきに、五百羅漢十六善神、空に楼閣をかまへ、思いを廻廊にめぐらし、三寸の香炉五寸の花瓶に、大和人物漢人物(からじんぶつ)、元禄風の雅なるもあれば、神代様(じんだいやう)うづたかく、武者に鎧(よろひ)のおどしを工夫し、殿上人(でんじやうびと)に装束の模様を選らみ、或は帯書きに華麗をつくす花鳥風月、さては楚(そ)を極むる高山流水、意の趣く処景色とゝのひて、濃淡よそほひなす彩色の妙、砂子打ち(ぼつうち)を樂と見る素人目に、あつと驚嘆さるゝほど、我自身おもしろからず、筆さしおきて屡々(しばしば)なげく斯道(しだう)の衰頽(すいたい)、あはれ薩摩といへば鰹節(かつをぶし)さへ幅のきく世に、さりとは地に落ちたり我が錦襴陶器。

樋口一葉(ひぐちいちよう)は、その著「うもれ木」の中で、明治20年代の東京SATSUMAの状況をこう書いている。一葉の次兄・虎之助は東京SATSUMAの東京絵付けの名人といわれた「奇山」で一時高輪に住んでいた。

さらに、一葉は、

美術奨励の今日うまれ合はせながら、此処東京の地にばかり二百に剰る画工のうち、天晴道(あつぱれみち)の奥を極めて、萬里海外の青眼玉に日本固有の技芸の妙、見せつけくれん腸(はらわた)もつものなく、手に筆は取り習らへど、心は小利小欲のかたまり、美とは何ぞ儲け口か。

と嘆いて、

さればこそ売国の奸商(かんしやう)どもに左右されて、又も値下げ又も値下げと、さらでもの、痩せ腕ねぢられながら、無明の夢まだ覚めもせず、是では合わぬの割仕事に、時間を厭ひ(いとい)費用を減じて、十を以って一に更ふる租画濫筆(そぐわらんぴつ)、

と、このままでは。

091118_001 今十年と指をらぬ間に、今戸焼の隣に座をしめて、荒もの屋の店先に、砂まみれ成らんも知れた物でなし。

と指摘しているが、まさに東京SATSUMAは明治の三十年代には急速に衰退していく。

さて、今回は、明治の輸出陶磁器の、SATSUMAについてであります。

今回の物は、銘は・大日本 中村造とあり、明治半ばの横浜の中村屋の物ではないかと考えられます。

さてさて話は長くなりますが、まず何故、薩摩焼ではなく〔SATSUMA〕と書いたのか?

やはり、長くなり過ぎます。次回をお楽しみに。                     つづく

引用 岩波文庫 闇櫻・うもれ木 樋口一葉 昭和十四年

091118_003

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コメント

またまたビックリ!です。しかもデミタスです。
私は「SATUMA」の存在は、IWANAさんのコレクションで始めて知りました。ソーサーの拡大写真はとても迫力です。この次はもっと凄いの?

投稿: annie | 2009年11月18日 (水) 23時37分

annie様
ちいさなデミタスなのに、カップの中側にまでビッシリと人物が描かれています。趣味は兎も角として凄いです。
先ほど、また、凄いカップが届きました。1882年のマリテイムのカップ?来年アップ致します。このところオークションは大豊作で御座います。

投稿: 団塊堂主人 IWANA | 2009年11月19日 (木) 20時05分

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