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2009年11月28日 (土)

あと、二日。

091128_005 さて、しんちゃん。あと二日だよ、君が失業者になるのも。権威やら出世なんてものはコバカバーナにして生きてきた君だけれど、名刺と定期券の無い人生って奴の本当の意味が間もなくわかるよ。オイラだって、権威やら出世なんてものを馬鹿にはしていたけれど結構それで生きていたところもあって、会社を辞めて人と会うと名刺を出されたりして、おいらはタダのオイラでオイラはオイラなんだって事が説明が出来ないところがあって、オイラに名刺を差し出す奴の失礼にムッとしたりしたけれど、とりあえず相手に悪気は無いのであってしょうがない。

091128 さて、今日明日と週末を挟んで銀行は休みだから昨日あたりに退職金は振り込まれたのかな?なんて他人の財布を詮索したりして下品極まりないけれど失礼。しんちゃんの退職金あたり、プレゲのクラシックグランドコンプリゲーション7637を買ってもかなりお釣が来るな。共働きのA君なんてパルミジャーニ・フルリエ「トリックウェストミンスター トゥールビヨン」あたりが買えるななんて羨ましいかぎりです。人生最初で最後の大金をパァーツと時計に使ってあとは生活保護という生き方だって美しいと思うけど如何よ。

かくいうオイラも実は、退職金の残りの「401K」を来月には受け取る資格が出来るけれど、堅実で小市民でケツの穴の小さなオイラは401Kを定期預金で運用したから手数料分のマイナスで済んだけれど、投資信託で運用した某君なんぞ大切な退職金が三分の一になってしまったワケデ身近にいっぱいある本当の怖~い話なんだ。人生最後の大金を小利を追ってアジャパーなんて事にならぬよう平安を祈る。でもね、株が下がっている今がチャンスだぜって天使が囁くのを聞いた様な気がするけれど空耳かな。でも天使のはずが悪魔だって話も良くある話だし。091128_006  

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2009年11月26日 (木)

世界一じゃなきゃいけないんですか?

二番ではダメなんでしょうか!!って、まさに今年の流行語大賞になりそうな蓮舫女史の発言は、全くその通りなのだけれど、その通りだから虎の尾を踏んでしまったようなきはするけれど、大方の国民は事業仕分けのレンホー女史に喝采だと思う今日この頃、我が家にスーパーコンピュータが届いた。

091128_004 といっても我が家の場合、スーパーとはあの主婦の店みたいに安いという意味で、あの何千億円もの税金を使うものではなく、八万円足らずのデルの通販のパソコンなわけで、我が家の蓮ホーも“それじゃなきゃいけないの、もっと安いのじゃダメなんでしょうか!!”って鋭い追及があったけれど、八万円のコンピュータなんて馬鹿みたいな物で、今使っているものなんぞ七年前に二十万円もしたのだ!なんて反論してオイラの要求なんていかにツツマシヤカでササヤカなものなのかを必死に訴えて我が家の蓮ホーの裁定を得たのだ。

さて、世界一のスーパーコンピュータについては、好き嫌いで言えば団塊堂は好きな方で、今後、政治による復活があったら良いとは思う。

だがしかし、ノーベル賞のオジイサンたちが、並んで記者会見なんかすると、おいおい、あんた達のコンピュータである頭だって、東大が一番手だったら京大の更にアトだったわけで(しんちゃんゴメン。)三番手・四番手が一番手を抜いてノーベル賞を取ったりしたわけで、蓮ホーの「二番手ではダメなんでしょうか?」という問いの答えみたいな実例ではないのか?と思う、だから山田くん、蓮ホー議員に座布団を三枚上げてくれ。

まあとにかく。

科学というのは宗教と一緒で、大げさにしようと思えばどこまでも大げさになるもので、しまいには手段が目的になってしまって、手段だけが自己爆発してしまったりする。

スーパーコンピュータの世界だって撤退したメーカーも、撤退した国もあるから日本が世界一を目指している訳で、でなければならぬものでもない。といいつつ、日本の科学は、月は目指さないもののスーパーコンピュータは復活して欲しい。それが政治だと思う。

そしてガンバレ蓮舫その調子!!!

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2009年11月23日 (月)

世の中全部がユニクロで良いのか!

091122 着るものはユニクロで“しまむら”で、くすりはマツキヨで、コーヒーはドトールだったらどうなんだろう。いずれも今日この頃は、団塊堂御用達のお店だけれど、そんな世の中になったら、そこに働く人はみんなアルバイトだったりパートさんで低賃金労働者なわけで、安上がりな社会は有り難いけれど、結局はみんな貧乏になってユニクロが晴れ着なんて悲しい世の中になってしまうと思う。

といいつつ、近頃は団塊堂きわめて節約モードなわけで、ここ数年はマツキヨのビニール傘をもっぱら愛用していて、それも尚且つ自分で買った物ではなく、雨が降るたびに駅で息子が買ってきて、ガレージにいっぱいぶら下がっているビニール傘を愛用していて、すっかりマツキヨのビニール傘が似合うようになった自分に感心したり、少し反省したりしているのだ。

さて、団塊堂、昔から、傘は丸善と決めており、三十年来、傘はマルゼンオリジナルの愛用者で、忘れたら必死に戻って探すくらいの高価な傘を持っていると、ほとんど傘を置き忘れるなんて事はなくなり、7~8年は絶対使える。

だからずっと傘は丸善だったわけで、オイラはケチだから丸善の傘なのだと思っている。だから、なんでそんな高価な傘を買うのだといってオイラを馬鹿にするくせに、安物の傘をいっぱいガレージにぶら提げている家内は馬鹿で贅沢だと思っている。だから昨日、久しぶりに丸善で傘を買った。誰も誉めてくれない還暦の自分を誉めてやりたいから。

これだけ書いたら絶対、丸善からお歳暮に早矢仕(ハヤシ)ライスのレトルトパックなんが届くと思う。オイラ、丸善のハヤシライスが好きなんだ。

写真はクリックしないで下さい、値札が読めてしまいます。

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2009年11月21日 (土)

明治の華・横浜SATSUMA千顔のデミタス。その弐

091118_005 明治維新といわれる混迷の時代に、日本各地の諸窯では華麗な陶磁器が盛んに製造され、諸外国に輸出された。主な消費地であった欧州では、それらを「SATSUMA」と総称して嗜好されている。

本薩摩と呼称される薩摩焼の窯地は、主に鹿児島市内多賀山近辺の堅野系といわれる諸窯と、苗代川系といわれる諸窯であった。

「SATSUMA」の前提は、いわゆる「薩摩焼」とイコールではなく、それらは最初にも触れたが、幕末から明治時代にかけて製造された日本各地の輸出陶磁であった。したがって輸出されなかったり、輸出できなかった遺品を「SATSUMA」と呼称するわけにはいかない。

「SATSUMA」の産地は主流の鹿児島、京都を筆頭に東京・横浜・大阪・神戸と諸外国に開港された都市にあり、後には金沢、美濃も加わった。

           引用 幕末明治の薩摩(SATSUMA)焼 大森一夫著

091118_004_2 本品の横浜「SATSUMA」の発祥は、明治3年ころ京都の宮川香山が横浜南大田の富士見台下に窯を開設した事によるが、明治8年ころ本町通りに店を構え相生通りに工房を開設した井村商店は明治10年代には職工200余名を擁し外国人の好みの意匠を取り入れた陶磁器で大いに繁盛したという。ほかにも中村屋や鎮導商店などが店を構え明治18年ころにはおよそ400名だった製陶関係者は明治25年ころには600名に増加した。

さて、小さなデミタスの内にも外にもソーサーにも、狂おしいほどビッシリと人物が描かれている。ポーダーは櫻の花のようである。人物の華やかな衣装といいまるで元禄花見模様ではないか。茶溜りには金彩で龍が描かれている。千顔というが果たして何人の人物が描かれているのやら、薩摩焼ならさしずめ「人物風俗文洋茶碗」と呼ぶべきか。

樋口一葉の「うもれ木」の書く、SATSUMA絵付け画工の心意気、「天晴道(あつぱれみち)の奥を極めて、萬里海外の青眼玉に日本固有の技芸の妙、見せつけくれん。」職人の心意気が、デミタスの小さな面にびっしりと巡ってナカナカであります。091117

Satsuma 1000 faces Demitasse cup and saucer

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2009年11月17日 (火)

明治の華・横浜SATSUMA千顔のデミタス。その壱

091118_004 描き出だすや一筆(いっすい)の筆さきに、五百羅漢十六善神、空に楼閣をかまへ、思いを廻廊にめぐらし、三寸の香炉五寸の花瓶に、大和人物漢人物(からじんぶつ)、元禄風の雅なるもあれば、神代様(じんだいやう)うづたかく、武者に鎧(よろひ)のおどしを工夫し、殿上人(でんじやうびと)に装束の模様を選らみ、或は帯書きに華麗をつくす花鳥風月、さては楚(そ)を極むる高山流水、意の趣く処景色とゝのひて、濃淡よそほひなす彩色の妙、砂子打ち(ぼつうち)を樂と見る素人目に、あつと驚嘆さるゝほど、我自身おもしろからず、筆さしおきて屡々(しばしば)なげく斯道(しだう)の衰頽(すいたい)、あはれ薩摩といへば鰹節(かつをぶし)さへ幅のきく世に、さりとは地に落ちたり我が錦襴陶器。

樋口一葉(ひぐちいちよう)は、その著「うもれ木」の中で、明治20年代の東京SATSUMAの状況をこう書いている。一葉の次兄・虎之助は東京SATSUMAの東京絵付けの名人といわれた「奇山」で一時高輪に住んでいた。

さらに、一葉は、

美術奨励の今日うまれ合はせながら、此処東京の地にばかり二百に剰る画工のうち、天晴道(あつぱれみち)の奥を極めて、萬里海外の青眼玉に日本固有の技芸の妙、見せつけくれん腸(はらわた)もつものなく、手に筆は取り習らへど、心は小利小欲のかたまり、美とは何ぞ儲け口か。

と嘆いて、

さればこそ売国の奸商(かんしやう)どもに左右されて、又も値下げ又も値下げと、さらでもの、痩せ腕ねぢられながら、無明の夢まだ覚めもせず、是では合わぬの割仕事に、時間を厭ひ(いとい)費用を減じて、十を以って一に更ふる租画濫筆(そぐわらんぴつ)、

と、このままでは。

091118_001 今十年と指をらぬ間に、今戸焼の隣に座をしめて、荒もの屋の店先に、砂まみれ成らんも知れた物でなし。

と指摘しているが、まさに東京SATSUMAは明治の三十年代には急速に衰退していく。

さて、今回は、明治の輸出陶磁器の、SATSUMAについてであります。

今回の物は、銘は・大日本 中村造とあり、明治半ばの横浜の中村屋の物ではないかと考えられます。

さてさて話は長くなりますが、まず何故、薩摩焼ではなく〔SATSUMA〕と書いたのか?

やはり、長くなり過ぎます。次回をお楽しみに。                     つづく

引用 岩波文庫 闇櫻・うもれ木 樋口一葉 昭和十四年

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2009年11月14日 (土)

山椒魚な日々。

091114 さて、団塊堂など既にセカンドライフな訳で、穴に入って出られなくなった山椒魚の様に小さな穴から世間など見ていると、近頃にぎやかな、民主党の事業仕分けなど痛快で、政権交代はやはり無血革命だった訳で、革命には裁判が付き物で、事業仕分けなど、まさに人民裁判で、レンホー女史などマニフェストという毛語録を掲げた紅衛兵の様で美しい。何時の日かレンホー女史がコウセイ女史と呼ばれる日が来ても団塊堂はレンホー女史をやさしく愛で守ってやりたいと思う。事業仕分けに掛る事業は既に財務省の官僚によって抽出された物で、官僚主導だなどと言えなくもないが官僚の智慧を使わない手は無いのだとも言える、かって「かたやまさつき」なんて生意気な官僚が大蔵省の密室の中でエラソウニやっていた事なのだ、さてこの、公開の席で与党議員と民間の有識者によって仕訳が行われたあたり、民主党のヤリカタは痛快で政治主導が嫌でもワカル、小泉あたりもこんな事がしたかったのではと、これをやられると、もう谷垣自民党など全く見る影も無く、町村など亀井静香静かにしろって喧嘩しているしかないと可哀想だ。といいつつ、この程度では全くラチガあかないわけで、更に過激に仕分けする必要があるけれど、つまり子供手当てなんてのは、それくらい過激な策なわけで、日本はコンクリート政治から“友愛社会”を選択したわけで、社会主義で文句があるかsign01と思う今日この頃、091114_001 団塊の世代の皆様いかがお過ごしでしょうか。

数年前にはサカイヤタイチさんなど団塊の世代のリタイヤで「団塊の黄金の時代」が来るなんて言ったけれど、団塊の世代は、今は右も左もアップアップで誰も声を上げないから「団塊の世代の取り上げられてしまった年金」を取り戻して国民年金の六十歳支給なんて話は、何処からも聞こえてこないけれど、オイラの主張は自分勝手だろうかエゴだろうか。でもね、本当に大変なのは団塊より少し若い世代なのだよ其処のお若いの。アンタだって黄色くなり始めた銀杏の葉だぜ。嗚呼それにしても還暦まで約一ヶ月、来年二月からは、厚生年金の報酬比例部分が支払われる。これで少し楽になるとアンティークカップを見つめるオイラはアンティークカップ依存症という心の病かも知れない。

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2009年11月10日 (火)

Antique Porcelain Nippon Moriage Leaf Gilt Teacup Cup & saucer

091107_001 明治期のイッチン・モリアゲという技法の豪華絢爛なカップ&ソーサーです。

幕末・明治の金工や七宝などの工芸品には素晴らしい物が多く、骨董市場に名品が出ればすぐに海外の業者が買い付け海外の美術館やコレクターの手に渡るそうです。

日本の工芸品は、19世紀末のヨーロッパの万国博覧会に出品され、絶賛されます。それらは、圧倒的に高度な技術によってもたらされたものであり、文句無く美しく、日本の武家社会によって醸成された品格を備えていました。

にもかわらず、我々日本人は、それらの幕末・明治期の工芸品の事は殆んど無知といっても良いでしょう。もちろん、それらは輸出品であったわけで、我々の目に触れる事は少なく、名品の多くは海外に存在するわけで、仕方の無い事ではありますが、団塊堂もオールドノリタケのコレクションを進めるなかで、幕末・明治の輸出陶器の事を少し知ることができました。

幕末・明治の輸出陶器の代表は、なんといっても“SATSUMA”です。そしてもう一つが、日本の技法が世界のアンティーク蒐集家の共通語になってしまった“MORIAGE”です。

今回は、およそ120年の時を経てアメリカから里帰りしたモリアゲと金彩のカップ&ソーサーです。こまかな点盛りも施され大変手の込んだ物です。

091107_002 カップは大ぶりでけっして洗練されたサイズではありませんし、ソーサーの裏側などは和皿そのものです。カップは石膏型成型で作られていますが、未だこなしきれていない感じがあります。石膏型成型は慶応三年(1867年)にはパリ万博から帰国した瑞穂屋卯三郎によって日本に紹介されていますが、本格的に取り入れられるのは明治のなかばからのようです。

091107_004_2 このカップも“伏せ焼き”で焼かれています。以前、当ブログのオールドノリタケの金彩とジュールのカップやヨーロッパのカップとの比較で紹介した、カップを正立ではなく、伏せて裏向きにして焼いた物です。まだ技術的には不十分で口縁部はザラついています。磁土は酸化鉄の薄青みを帯びており瀬戸の千倉石を含んだ物であり。愛知県の瀬戸で焼かれた物と考えられます。瀬戸の生地に名古屋絵付け、名古屋絵付けに付いてはまた後日書きたいと思いますがイッチンは名古屋絵付けの得意分野でありました。

ノリタケの前身・森村組の本拠地名古屋、美濃・瀬戸・名古屋に拡がる一大産地は日本の輸出陶器の中心でありました。団塊堂が大学時代を過ごした名古屋の東区・北区こそ、このイッチン・モリアゲの産地でありました。

さて、趣味の良し悪しは別として(笑)、団塊堂的には貴重なコレクションです。明治の日本の輸出陶磁器の息吹を強烈に感じさせてくれます。コレクターとしては必ず手に入れねばならぬ物であります。盛り上げのロスも少なく、盛り上げとしてはミントコンディションと言って良いでしょう。勿論こんなカップ、生活には使えないタグイの物ですから。

最後に、オールドノリタケの盛り上げの花瓶と、ドラゴンのカップ&ソーサーを一緒に記念撮影です。

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次回のカップは“SATSUMA”のデミタスのご紹介です。趣味の良し悪しは別にして。(W)

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2009年11月 7日 (土)

冬たちぬ、きみ生きめやも。

091107_003_2 おいおい、それって、「風たちぬ、いざ生きめやも」じゃないのか?って。それにアレって夏ではなかったのか?なんて、そんな事はどうでもいいから語感で言っただけで、今日は立冬だもの。

今日は朝から、おいおい、ときどき思うけれど、「きょうは」を変換しても「こんにちは」を変換しても「今日は」となるけれど、とりあえず今日は「きょうは」なわけで、今日は朝からアンティークカップの写真撮りを済ませて少し充実した気分で、カメラをフィールドコートのポケットにしのばせて愛車・ブロンプトンで公園にボタリングしたのだ。途中でお腹が痛くなったりしないようにウォッカをヒッカケテ出かけたのだけれどポカポカ陽気で飲酒運転気味だったのだ。

091107_005 秋といえば菊なんだけれど、オイラの目指すのは茶屋の「とうふ田楽」。今朝はなんとなく味噌がのった「とうふ田楽」が食べたかったのだ。

さて、10月の百貨店の売上が発表されて、たまらない程の前年対比マイナスだけれど、状況はマスマス悪くなりそうで、だからこんな時に少々の脅しに負けて会社を辞めたりしたら大変だぞって。まあしかし、オイラ、外野席ながら「百貨店ファッションの終焉」は抗う事でできない事実で「昨日の最適」は「今日の不適合」でファッションに走りすぎた百貨店は、もう取り返しが付かないところまで来てしまったと思う。

さてさて、紅葉も落ち葉へとかわり、森も冬のきざし。

冬たちぬ、きみ生きめやも。

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2009年11月 3日 (火)

文化の日。

091103 文化包丁

文化鍋

文化住宅。

そして今日は「文化の日」。

どこか昭和で、貧しさと隣り合わせの文化という言葉。

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