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2009年10月31日 (土)

「川喜田半泥子のすべて」展を。

091025_001_2 さて、人間は、才能とお金と時間があったらナニが出来るだろう。

大方の人は、お金があってもナニも出来ないし、時間があってもナニもできない。そして才能があってもナニも出来ずに終わってしまう人も多いのが世の中だと思う。

しかし、才能も、お金も、時間も有り余るほど持ち合わせて、存分に生きた男がいた。川喜田半泥子(かわきたはんでいし)である。

091025_004 まあ、半泥子さんの詳しい事は、ネットで検索していただくとして。

団塊堂ちかごろは週末ごとに美術館巡りなどしていて、ナカナカ楽しいのであります。とりわけ、あの“バブルの時代”のお陰でご当地では美術館が充実していて、いや中身はともかくとして、バブル期の建物だけでも面白くて、トイレなんて最高に面白かったりするのだ。功罪いろいろあるけれど美術に関してはバブルは最高で、これを楽しまない手はないのであって、お金もかからないし、少し文化人気取りしたりして、妙齢の美しい御婦人を同伴したりしたら最高だと思う。いや最高です。

091025_003 さてさて、またまたM百貨店を辞めるS氏からメールが来て、遊ぼうというから、平日は仕事で駄目だと言ったら“よく仕事なんかしてる暇がありますね”ときた。シンチャンたら!、先月のメールでは、「あと二年、会社にしがみつきます。」なんて言ってたくせに。

団塊堂の上を行く数寄者のハズのS氏が「しがみつく」なんて“らしくない”よななんて思っていたけど、やっぱり辞表をだして、そうよ!シンチャン「泥舟の腐った蜜柑」の人生なんて棄ててしまえよ!!なんて、他人の不幸は“A Taste of Honey”だけれど、俺たちもっと違う人生があるのじゃないか?

091025_005 さて、シンチャン! 時間は死ぬくらい出来たし、お金は少し入るし、才能は・・・あるかどうかこれからジックリ見せて戴こうじゃないの。いや、オイラはこれで良いのだと、レコードと本に埋もれて死んでいくのも、かなり暗いぞ。

きっこぱぱさん・マッキーバーさん・熊さん、あなた方がお住まいの、岐阜県多治見市岐阜県現代陶芸美術館で12月23日まで開催の「川喜田半泥子のすべて」、素晴らしい催しだぜ。

こんなオシャレな人生があるのか。芸術というやつは遊びからしか生まれてこないな。才能もお金も時間も全て揃った男のすべて。オトコっていいよな!って団塊堂絶賛なのだ。オマエラ絶対みてこいよ!

冒頭の写真の額、波・和・遊 ハウ アー ユウ なんて、半泥子さんオヤジギャグかましたりして。

岐阜県現代陶芸美術館

091025_007_2 写真は、多治見市 虎渓山 永保寺。

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2009年10月27日 (火)

ねばならぬ。

091027_002 すべてのコレクターの到達点は完集にあって、つまりこれと決めたものの完全なる蒐集であって、総ての種類の完全なる蒐集であったり、総ての時代の完全なる蒐集であったり、そのうち欠けている物があれば、それはあらゆる困難を排して手に入れねばならないのであって、そのミッシング・リンクになっている種類の物が何処かに有ると知ったら千里の馬に乗ってでも行って手に入れるのだ。そして手に入れたら、ヘナヘナとその場で倒れこむ程の快感を得るものだけれど、手に入れたとたんに次のミッシング・リンクに向かって走りはじめるわけで際限がないけれど、際限の見えるような物ならばコレクションの対象としてはくだらない物なわけで、その人の器の大きさや人生の大きさが際限を決めるところもあってほとんどのコレクターはそのストレスにクタクターなのだ。・・・・なんてくだらないオチで御免。

団塊堂、“器の小さなお人”ですから、この程度で、そこそこシアワセを感じる今日この頃ですが、みなさん如何お過ごしですか。

新型インフルエンザのワクチンが来る前に大流行で、ワクチンって予防薬なわけで、我われ庶民は来年三月だなんて、マスゾエの仕事が如何に口先だけだったか思い知らされる今年の秋であります。でもね、6000円の予防注射なんて打つのかよ庶民は?6000円あったらロイヤルウースターの19世紀の手描きのアンティークカップが買えてしまうもの。

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2009年10月24日 (土)

ROYAL WORCESTER CUP & SAUCER HAND PAINTED 1890

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 ・・・・ ロイヤル・ウースター(英)のボタニカルアートのカップ。ロイヤルウースターは、そのDATING TABLEによって一年単位で製造年を特定できるから気持ちが良い。 裏印のマークの下の小文字のaからこのカップは1890年(明治23年)製。

091024_006_2  1851年、第一回万国博がロンドンで開かれ、その後、パリ万博、ウイーン万博とヨーロッパは熱い万博の興奮に沸くことになります。時あたかも日本は、幕末・明治の大変革の時、これらの万博で、日本の工芸品は驚きを持って迎えられヨーロッパに日本ブームを巻き起こします。

シーボルトが持ち帰った日本の植物画は博物的興味のみならずヨーロッパの絵画表現に大きな影響を与えましたが、たとえば、世紀末のヨーロッパを席捲したアールヌーボーの流行を語るにはナンシー派のエミール・ガレなどに大きな影響を与えた日本の高島得三(北海)の植物画を見逃す事はできない。

091024_007 農務省留学生・高島得三がナンシー森林水利学校に入学したのが1885年、翌1886年にはガレと交友、ガレに日本の植物図鑑を贈ったりしている。この後1889年のパリ万博でガレは大成功を収めアールヌーボーは大きな潮流となります。

この時期のロイヤル・ウースター(英)には、日本の植物画に影響を受けた作品が多くみられます。フランスのアールヌーボーの流れが大きく影響を与えていた事は明白です。

このデミタス、清楚な野の花に金彩の縁取りを与えて華やかさを増しています。ソーサーの2つの花束はカップの花と連続しています。カップの正面と裏面で異なる二つの絵柄が楽しめる。ペインターのサインはカップとソーサー共に同一です。デミというよりキャビネットサイズのカップ。ミントコンディション。

091024_003 というわけで予告してからアップするのに時間をかけて恐縮。このところ素晴らしい物が続いているでしよう。団塊堂のアンティークカップ蒐集熱はマスマス上がっています。

さて、オールドノリタケに始まった団塊堂のアンティークカップコレクション、ここらで原点の日本の物にUターン致します。近代から現代の狭間の日本をアンティークカップを通して見てみたいと思います。

次は、明治期のニッポン物の、凄い物をアップ致します。これは団塊堂コレクションとしては正に快挙というべき物です。オールドノリタケファンの皆様にも、是非その節は、お立寄りいただきたいな。 なん茶って。091024_005_2

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2009年10月21日 (水)

M君が辞表を出した。

091021_002_2 さて、今夜の団塊堂、大いにシアワセな気分で、いやM君の辞表の事ではなく、松茸のお陰なのだ。

今夜は団塊堂、戴き物の松茸を丸ごと一本食べてシアワセ気分なのだ。たかが一本でもホグシテみると結構な量で、十年も前に、釣り仲間のスケベのスーさんの退職記念で、岐阜の東濃の鬼岩温泉で食べた一万円の松茸コースよりも遥かに松茸三昧で今も鼻の中に松茸の香りが漂っていて秋満喫なのだ。

さてさて、後輩のM君が、「セカンドライフ特別支援制度」などと聞こえはいいけれど、リストラに手を挙げた。彼の名誉の為に言っておくが、降参して手を挙げたという事ではなく、自らの人生を選択しなおしたという事で、M社のリストラなど遣り過す気になればナンという事もない。

091021_001 さて、団塊堂の場合、55歳過ぎであった訳で、しかし今回、M君は50歳手前。大変な事だよとオイラが呟いてもなんの意味もないけれど。沈みいく難破船の腐った蜜柑になるよりも、小金を持った失業者なんて自分の方が美しい、とM君が思ったかどうかは分からないけれど、オイラはそう思って、そうして今日に至ったけれど。

勿論その頃の日々は、眠られない夜も幾日もあったけれど、眠られない日は起きていればいいわけで、美しい朝焼けを発見したりして、今日この頃は、朝方の南東の空には流星が流れるそうで、シアワセも見つかるかもしれない。頑張れM君、これからが人生だぜ!

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2009年10月18日 (日)

悲しくて

091014_2 悲しくて

とても

やりきれない。

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2009年10月14日 (水)

秋の日に。

090623_001 バンブの蚤の市へゆくには、たとえば地下鉄のサン・ジェルマン・デ・プレ駅からなら、四番線ポルト・ドルレアン行きにのり、モンパルナスで十三番線シャティヨン・モンルージュ行きにのりかえ、ポルト・ド・バンブ駅でおりる。三十分くらいだった。

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気に入った写真が撮れたので、ブログを書いてみようと思ったけれど、ちょつと手にしたパリのガイドブックの文章があまりに雰囲気がよくて。

写真と併せると、ひとつの詩のようではないか。なんの意味もないけれど。

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2009年10月11日 (日)

肉まんの季節。

091011 アイスコーヒーのオーダーをホットコーヒーにしたのは、もう一ヶ月ほど前。今年、肉まんを始めて食べたのは昨日。今朝も買い忘れたパンの代りに肉まんが朝食。

パン屋の店先に、湯気がたつガラスケースが置かれて、肉まんが街に登場したのは、団塊の世代が中学生の頃。

通学路の、パン屋や駄菓子屋の店先には、必ずこの肉まんの湯気が立つガラスケースがあって、買い食いの禁止が生徒手帳にかかれていても、その湯気の誘惑に中学生が克てる訳がないではないか。

生徒会では、生活安全委員と文化委員を歴任の真面目で面白かった団塊堂も、この肉まんの誘惑には完全に降参で、通学路のヤマザキパンで肉まんを買い、城址の公園で、女の子の事やらエッチな話で大騒ぎしながら、アツアツの肉まんを食べるのが青春前期の大きな楽しみだったのだ。

肉まんといえば、近頃は圧倒的に「井村屋」なわけで、ピザまんやらカレーまん、近頃ではショコラまんやら“くまさんの肉まん”なんてものがあって肉まんは国民的補助食品といっていい。

肉まんの、市場での成長は、団塊の世代の成長とともにあった。なんて大げさなものでもないけれど、生活安全委員のヤマグチレイコちゃん愛称オリーブは元気だろうか。レイコちゃんは、ポパイのオリーブのように細くて背が高い女の子だったのです。

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2009年10月 8日 (木)

長良川救済DAY

Toyoda_004 さて、肩透かしという表現が適当かどうか問題があるけれど、なんだか大騒ぎの割りに、大した事は無かった、台風18号だけれど、どういうわけか当地ではJRも名鉄も止まってしまい。今日は臨時のお休みを戴いてネットしていた団塊堂でありますが、なんだかアナウンサーが大変だ大変だと叫ぶけれど背景の樹木なんかは揺れていなかったりして、そんな報道を続けていたら本当に大変な時は「狼が来た」になるぞと、若い頃、田舎放送のアナウンサーだったりした団塊堂は、見え透いた中継に、若き日の自分を見るようで少し嫌悪の一日でありました。

さて、このデタラメな国も、民主党政権の誕生で、ようやく普通の議論が出来るようになったと思うのは甘すぎるかしら、しかし、そう思って今こそ解決しなくてはならない問題があると思います。

長良川河口堰・徳山ダム・木曽川導水路計画です。自民党利権政治の遺産であり全く馬鹿げた公共工事の典型です。とりわけ木曽川導水路計画は、いま中止することで巨額の税金の無駄使いを防ぐ事が出来ます。

団塊堂は、これは環境問題のみならず、経済問題であり社会悪だと思っていますが、まもなく「長良川救済DAY」というイベントが開かれます。参加しないまでも、是非下記のアドレスをクリックしてご覧戴きたいと思います。

長良川救済DAY

http://www.nagarask.com/090912day.htm

天野礼子の「環境と公共工事」

http://www.the-journal.jp/contents/amano/2009/09/post_86.html

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2009年10月 4日 (日)

ぎふ信長まつり。

091004_004 「秋の信長まつり」、春の「道三まつり」、岐阜は歴史の街なのです。091004_008 あの「国取り物語」の斉藤道三が京から来て土岐氏から下克上で国を盗み金華山に岐阜城を築き、天下を目指した織田信長が岐阜城を拠点に天下布武を宣言して楽市楽座を開いた。

だいたい、これくらいは日本人の常識だと思うが、この度、団塊堂のお散歩コースの091004_003 岐阜駅周辺の整備事業が完成して壮大すぎるぺディストリアンデッキも完成して、「森」やらバスターミナルやらもベラボウに豪華に完成したのだ、なかでも圧巻はこの金の信長像いかにも派手ごのみの信長ではないか、信長像だけは市民の募金によるものだけれど、税金の投下額など名古屋駅前以上ではないか?と思うが、悲しいかな地方都市など税金以外では解決の方法はないのだ。

この壮大な駅前広場を団塊堂のコンパクトカメラでは写しきれないわけで、なかでも091004_010 今日は「第53回ぎふ信長まつり」という訳で写真を撮ろうにも人でいっぱいで撮れないのだ。駅から五分のところに住む団塊堂、こんなに岐阜駅が人で溢れているのを見るのは初めてというくら今日は人で溢れていたけれど、これは今回の信長役が、091004_007 岐阜市出身の俳優「伊藤英明」氏がという事が原因のようで凄かったのだ。

お陰でヒロインの「お濃の方」も敵役の「斉藤道三」もすっかり無視されてしまってサンザンだったのだ。

行列が柳ケ瀬に差し掛かるあたりでは、沿道警備の稚拙さもあって、「ヒデクン」目当ての御婦人の携帯カメラに包囲されてしまい、御婦人どもも一緒に行列に参加の有様。岐阜の目抜き通り神田町筋では、行列の隊列が崩れてしまい、フランスデモとなりカルチェラタンとなったのだなんて、懐かしいなフランスデモ・カルチェラタン。

まあ、そんなこんなの祭りの今日だったけれどお陰で良い写真が撮れなかったので、急いで家に帰ってF-1の中継を観たのだ。091004_009

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2009年10月 2日 (金)

デルフト?コペンハーゲン?BOAT-FLOW Blue&White Cup & Saucer

091004_002 さて、ロイヤルコペンハーゲン風の裏印のデミタスだけれどロイヤルコペンハーゲンと言うにはマークにドットが足りない。デルフトあるいはデルフト風。と簡単に言うけれどデルフトはオランダでコペンハーゲンはデンマークで、平気で混同するあたりは韓国と日本を混同するくらい失礼な話かもしれない。そんな事で税金を湯水の様に使ってコペンハーゲンまで少し老人性のボケと頑固が混在し時々言葉が出てこなくなった知事が出かけてもオリンピックの招致は無理だし。日本では東京オリンピックへの賛成は80%だなどとデタラメを言う辺り招致委員会は北朝鮮並みだと思う。 なんて、品良くカップの事だけ語れば良い物を、091004_005_2 人生の終わりを汚しつつある慎タローの事なんか書くから下品になるけれどゴメンこれが団塊の世代の悪癖であり限界なのだ。団塊の星・世界のハトポッポだって「バカヤローなにがイマサラオリンピックだよ!」って思ってるはずで、東京なんて落選するに決まっているわけで、だから安心してコペンハーゲンへ出かけたわけで、開催が決まってしまったら党内からはブーイングな訳で、しかし慎タローって 奴は汚い奴で失敗は確実になったから、ハトポッポがコペンハーゲンに来なかったら皇太子のセイにしたいけどチョッとナニだからハトポッポが来なかったからだなんて言いかねないから、ハトポッポは行くだけ行ったわけで、これで慎タローのボケはもう、誰のセイニモ出来ないわけで、涙目なんだと思う。ハトポッポなかなかリオデジャネイロ!なんてあんまり意味は無いから適当に読み流していただきマドリード。

091004_003_2 17世紀中頃、スペイン・ポルトガル・イギリスと並んで東洋との交易に乗り出していたオランダ商船隊は他を圧しいち早く中国・日本と貿易利権を獲得し本格的な磁器をヨーロッパへ輸入する事に成功した。

16世紀はじめ錫エナメル釉陶器がイタリアからフランドル地方にもたらされ、やがてデルフト陶器と呼ばれるようになる。

オランダ商船隊によってもたらされた中国や日本の陶器はデルフト陶器に一大転機をもたらします。

さて、このカップ、そこはかとなく有田・伊万里の染付けを感じ、ソーサーの線描きなど極めて日本的である。とはいいつつ時代はセイゼイ戦前だと思う。手描きの帆船、ソーサーにはマルに十の字のエンボス。東洋の様で東洋で無く西洋の様で西洋では無い。

団塊堂、今夜も小さなカップを手にして、シ・ア・ワ・セであります。

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