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2009年9月27日 (日)

八ツ場ダム「水没しないと困る住民」の不思議。

090926_002 釣り師というのは不思議なもので、実は他人が釣りをしているのを見ているのも楽しみで、面倒な竿は他人に持たせて、アイツは下手だの、そのポイントじゃ釣れないよなんて、口も育ちも悪い野村監督みたいに、ああだこうだと、ひとりゴチながらひねもす河原で過ごすなんて楽しみもあるのだ。

今年も落ち鮎のシーズンで、鮎というのは「年魚」で一年の命で(;湖などでは例外もある。)この時期に産卵の為に川を下る。この習性をいかして川に簗場をつくり川を下る鮎を一網打尽にするわけだけれど、さて、天下の銘川・鮎つりのメッカ長良川で今年も鮎を戴きながら考えた。

さて民主党の公約である、無駄な公共工事のさいたるものであるダム工事の、中止すべき案件の第一弾となる群馬の八ツ場ダム。その報道で不思議なのは、「ダム」を中止しては困るというの住民の一部があたかも総ての住民の声の様に報道されているけれど、水没しないと困るなんて「不思議な住民」というものの実態がナンなのかを「さるさる日記 きっこの日記」が詳しく書いているから9月24日の「きっこの日記 八ツ場ダム報道でヤラセ発覚」を検索してご覧いただきたい。

さるさる日記 - きっこの日記

環境問題をとりあえず除外すれば、ダム建設の合理性の判断は、水没住民の問題ではなく、その下流の住民にとって合理的であるかどうかなのであって、水没しないと困るなどという地元ジミントウインの主張などトンデモナイものなのだ。勿論建設に協力させられてハシゴを外された代償は支払われるべきなのだが。

さてさて、ダム工事には昔から暴力団はつき物で、補償金めあてにダム予定地に移り住んで大きな家を建てて、補償金を得たらそれを元手に次のダム予定地に移り住むなんてヤカラもいたりして、深くて暗い利権の世界だけれど、八ツ場ダムも、ここで中止しなければ更に永遠に無駄に税金が垂れ流される今後の問題でもあるのだと、民主党には一歩も後退することなく無駄な工事の中止を断行していただきたい。

近頃やたらヤカマシイ、超台風による「8メートルの高潮」が大都市を襲うなんて話題も、調べてみると「21世紀の後半に一度起こるかもしれない」という予測によるものだという。090926_001 これは公共工事の削減に往き場を失ったゼネコンの新しいキャンペーンではないのか!

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2009年9月24日 (木)

ブログ開設三周年記念・パラゴンのカンカップ。

090924_002 私の好きなものを一言でいえば、甘ずっぱさのあるものということになろうか。なつかしいもの、やさしいもの。しかし、ただそれだけででなく、その中心に悲しみのようなもの、生きることの悲しみのようなものが混じっている、そういうものが好きだ。  金子国義

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さて、あれから三年になります。二度目の人生のスタートをしたはずの会社を辞めて、休業宣言をして、当分は求職活動もせずブログを始めるなんて宣言をして、家族だって内心オダヤカでは無かったはずだけど、とりあえず落ち着いて見過ごしてくれて。さすがに失業保険の給付期間を過ぎたあたりでは、自分でもオイオイこのまま失業者かよと慌てたけれど、ナントカ助けられて。090924_006

人の情けの横糸を得て、時の流れの縦糸に絡めて、ナントカ、「物」がたりを紡ぐ事が出来ました。ありがとうございました。

数字に追われるのは嫌だけれど、日ごとブログへのアクセスも増え、近頃では毎日150程のアクセスを戴いて、なによりこのアクセス数が持続のための大きな声援となりました。本当に、ありがとうございました。感慨ひとしおだけれど、マア、そんな事はさておいて、今日もアンティークカップうんぬんナノダ。

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090924_004090924_005  パラゴン(英)のキャン・シェイプのカップ。年代は1919-1934年頃だろうか、パラゴンについては去年の夏、詳しくアップしたからマイカップのカテゴリーをクリックしてご覧下さい。淡いミントグリーンのボディに金彩の転写、見込みとソーサーの中心には花柄。花柄は筆が入れられハンドペイントもどきの演出。パラゴンの安物臭さはなく、団塊堂的にはグッドテイストで、素晴らしい物が手に入ったとご機嫌の今日この頃なのだ。

090924_007 大げさなシェイプのカップが多いパラゴンのなかにあって珍しいキャンシェイプ、何の変哲も無いシェイプが控えめで、派手な金彩の転写を淡いミントの色彩が抑えて、ライトの下ではソーサーの金彩がカップに写りこんでラスター彩のようでもあり美しい。見込みの小花など清楚なはずの貴婦人の太ももに見つけたタトウの様でドキッとするほど艶めかしい。サイズはデミタス。コレクションにはこの大きさがいい、普通の大きさのカップは生活臭があって良くない。19ドル95セント、人生は「お金」だけでもないと思う。

PARAGON  CUP AND SAUCER can BLUE CUP GOLD GILT

090924_003

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2009年9月22日 (火)

蒐集。

090922_2 そういう雑然たる、その大半がバカバカしく愚かしいものを部屋一杯あつめてみたとしてそれが一体なんになるのか、と生真面目に問い正されることは、私にとってはまことに困惑するほかないことで、事実それは別になんの役にも立ちはしないからなのである。

それでは何故そうしたガラクタを思い切って棄ててしまわないのかと言われれば、それは私にはきわめて答えやすいのである。なぜならそれらのすべてのものは、、この私の心に日々たまるストレスをカタルシスしてくれるものだからなのである。そういうものにかこまれて生きているということが、、私には心の和むことであるからで、他の人にとってそれがどういう意味を持つかは私のしったことではないのである。                                                                             

                                    梅田晴夫

なんて事をコピーしてみつつ、秋のシルバーウィーク、団塊の皆様いかがお過ごしでしょうか。今日はこれにて失礼。

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2009年9月19日 (土)

黒猫待ち。

090919_002 さて、国交省の副大臣に辻元清美氏・馬渕澄夫氏が就任するなんて最高に傑作で爽快で政権交代とは、こういう事なんだと。

まあ国防では少し異論もあるけれど前原が徹底的に公共工事のデタラメにハンマーを振り下ろすなら大いに期待できるし、亀井郵政担当相も古いタイプながら、警察時代に徹底的に頑固に汚職摘発に頑張っていた青春が甦ったみたいで、亀井氏の主張は「古い」と言えなくもないけれどしかし政治とは血が通ったもので無くてはならないわけで、ここで「古い智慧」を存分に生かして欲しいとも思う。

なにより鳩山氏が中途半端な妥協を排して長妻氏を厚生労働相に据えたなど、大変だけれど国民は絶対に支持すると思う。090919_001

とりわけ今回は衆議院で絶対多数を得ているわけで来年の参議院で勝利すれば、もうマニフェスト実現の障害は官僚の抵抗だけで、官僚の反撃はカナリなものがあるけれど、これは世論で押さえ込むしかないわけで、しかし官僚とて自民党の利権政治にウンザリしていた良識派もいるわけで世の中は棄てたものではないなとおもう。

さて五連休、しかもオイラの給料日は昨日の18日、といいつつ、今月はアンティークカップのオークションで暴走して六個のカップを落札、カードの支払いは引き落とし日を跨いだはずだけれど、冷や汗。今日か明日にもパラゴンのカンカップが届くはずで、「黒猫待ち」の連休なのだ。

noteクロネコヤマトノタッキュウビンnote

写真のココロは、偽物の方が少しイイ男。

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2009年9月13日 (日)

Antique Richard Ginori Rust and Gold Rooster Cup &Saucer

090913_004 リチャード・ジノリの赤い鶏のカップ。

どなたかのアンティークの本に、骨董屋の店先に飾られたジノリの赤い鶏のカップが気に入って、何度もタメライながらも我慢できずに手に入れた、それがアンティークカップ蒐集の始まりだったという事が書かれていて、なかなか趣味が良い人の本だったから、いつかオイラもと気にかけていたのです。そしてこの夏、26ドル27セント(米国内送料込み)で手に入れた。裏印から年代は1850-1903年の物。

090913_005 ジノリの赤い鶏は、現在も作られているデザインだけれど、お馴染みの和田泰志先生の「アンティーク・カップ&ソーサー」の28ページには、1745-65年の物が掲載されている。それによれば、二羽の鶏はジノリ窯より以前にシャンティーイで描かれていたもので、中国磁器由来のものとある。

さて、オイラの赤い鶏、ジノリのヤリカタは転写に少し筆を入れてハンドペイントを演出するワケだけれど、ペッタンコの転写に、鶏の鶏冠に濃い赤が加筆されている。磁胎は極めて薄く流石ジノリで高級感がある。

サテさて、ようやく残暑もおさまり、物思う秋。民主党政権の誕生と、一人孤高の戦いを続ける社民党のミズホタンの大人の判断に、すっかり怒りも納まって、満足の今日この頃、このままでは、満足したタダの豚となりそうで、豚になったら豚インフルエンザに罹患する可能性も増えるわけで、貧しい暮らしの日々でも美しいものを求める、痩せても涸れても暮らしのなかで美を実現すべき、いや、する事こそオイラの生きる意味ではないか?なんて、またユックリとアンティークカップの事なんか語っていこうと思うのです。

090913_003

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2009年9月10日 (木)

首都圏大地震は九月中旬以降。

090913_001 さて、ご当地は、すっかり秋空で、今日も朝から雲だけ見ていて、うろこ雲が筋雲にかわり、また、うろこ雲になり、一面に雲が広がり、そうそう、この季節は夕焼けも綺麗なのだ。

運がいいとか悪いとか 人は時々口にするけど そういうことって確かにあると あなたを見ててそう思う。 

無縁坂だったっけ? あると思うなそういうこと。でもオイラはどうか?って、まあ、そんな事は考えたってしかたない事で、そこそこシアワセだから、これでいいのだせいこの選挙区落選なんちゃって。

まもなく三年を迎えるオイラのブログも、今日めでたくアクセス数10万回を越え(携帯からのアクセスを含む・画面のカウンターの表示はPCのみ)感慨無量の今日この頃、みなさま、東海大地震への備えは大丈夫でしょうか?

思えば去年の今頃はジュセリーノ様の大予言でモチキリで、オイラもブログへのアクセスの急上昇をいい事に、少し東スポ的に意図してイヤラシイ魂胆でジュセリーノの話題をアップしたりして反省しきりだけれど、今日は今日とて、またまた「首都圏大地震は九月中旬以降」なんて情報を内緒でお届けしたいと思う。先日の静岡の地震といい近頃のテレビの地震速報などみていると、“いよいよだな”と思うのはオイラだけでは無いはずだから。

下記をクリックすると情報にアクセスできます。

NPO法人大気イオン地震予測研究会e-PISCO

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2009年9月 6日 (日)

FRANZ Collection パンジーのカップ&ソーサー。

Franz_co_001 前回のブログにアップした写真は名古屋周辺で作られた戦前戦後の輸出陶器、ニッポン物、戦後アメリカ占領期のオキュパイドジャパン物の中でも最高の出来の物だと思う。

オールドノリタケのみならず名古屋・瀬戸・多治見などの陶磁器の産地を控える東海地方には面白い洋陶器の文化があった。あったと過去形なのが淋しいが研究テーマとして面白いと思うが、Franz_co_003 敗戦後の貧しい暮らしと、今の中国と変らないような卑しい粗末な物つくりの実態を知っている世代としては、自らの貧しい生い立ちを見るようで、嫌悪感が先にたつ。

さて、今回は面白い物を見ていただこうとおもう。あのオールドノリタケやニッポン物を思わせるカップです。アンティークカップではなくイマエモンでフランツコレクションなどと洒落ているが中国製なのだ。会社はサンフランシスコにあるけれど「フランシス陳」さんの会社で裏印のMADE IN CHINAはシールで剥がす事が出来るあたりは、相変わらずの奴等なのだなと思うけれど、質的にはナカナカでケッシテ安物臭さは無く上質感もあるのだ。Franz_co_004

一緒に送られてきたパンフレット等見てみると、アールヌーボー風でもあり、好みは分かれるが洗練も感じ、陶器の質もさすがチャイナの本家なのだ。オールドノリタケの、ニッポンモノの“いつか来た道”でもあり、馬鹿に出来ないなと思う。

今回も、本当にチャラチャラしたカップで恐縮。アラ還手前の男がこんなのを喜んでいたら、変態なんてソシリを受けそうで、そういえば、アンティーク趣味なんていうと、世間はホモっ気のある俳優か、コンプレックスの固まりの野球監督婦人みたいにしか思わないけれど、団塊堂、キワメテ普通の、少しヤンチャなだけのジイ様だということを念を押しておきたい。チャラチャラしたカップが、アンタを不愉快にしたのなら謝る、ゴメン。

FRANZ COZIES PANSY FLOWER DESIGN SCULPTED PORCELAIN CUP, SAUCER & SPOON SETFranz_co_002

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2009年9月 4日 (金)

アーシュラマ・四住期。

Toyoda_011 仏教では、人の人生には理想とすべき四つの段階があり、人は四つの段階を順に経るべきとされている。この四つの段階を四住期(しじゅうき)と呼んでいる。

第一の住期が、「学生期」がくしょうき、インドの言葉ではプラフマチャーリン、字の通り学ぶ時期であり禁欲生活の厳守の時期である。

第二の住期は、「家住期」かじゅうき・グリハスタ、すなわち家庭に留まる時期であり、祖霊に対する祭りを行い子孫を得る、つまりカーマ・愛欲が追求されるべき時期であり、かの「カーマ・ストーラ」はその指南書である。

第三の住期は、「林住期」りんじゅうき・バーナプラスタ。森林に行きそこで生活する。家長としての責任をはたしたら、家庭を離れて悠々自適の暮らしをする。

第四の住期、人生最後の住期が「遊行期」ゆうぎょうき・サンシャーニン(遊行者)、人生の最後は遍歴の旅にでるものなのだ、そうだ。

さて、団塊堂まもなく還暦というに、家住期で、カーマはカーマホームセンターへ金魚の餌を買いにいくけれど、林にも住めず、すでに本来はサンシャーニンで在るべきなのに、世俗の暮らしにアップアップで解脱(モークシャ)に程遠いけれど、総てはナカナカ結婚しない息子と娘の所為なのだ。

なんて、このところ豚インフルエンザ気味で、夜は朦朧としていて、しかしなんとか酷くは成らずに脱したようで、この軽く罹るというのが、かなり副作用が心配される新型インフルエンザのワクチンよりは有効なようなのだ。という支離滅裂な今夜の書き込みだけれど、苦し紛れのコピーネタで恐縮。とにかく眠いのだ。

写真はオキュパイドジャパン物のフィギュア。

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