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2009年7月10日 (金)

騙されたい人々。幸福を科学する人々。

090710 さて、創価学会が学会と称したように、あたかも宗教が科学であるかのように幸福を科学するという不思議な論理で、幸福になりたいと思う少し不幸な人たちに心地よい言葉を売る講演屋さんが何時のまにか総裁と称して、「であ~る。」なんて神がかりした様な語尾を特徴にしてほんの少数の人々をトリコニしているようで、近頃は幸福実現党などと名乗って朝の駅前でヤカマシイ。

創価学会が公明党で、オウム真理教が真理党で、幸福の科学が幸福実現党であっても、この国は信教の自由は保障されている訳で、この国ではサリンを撒いたカルトがイマダニ生延びていても、大理石の壷をトンデモナイ価格で老人に売りつけるカルトの団体に安倍元総理が祝電を送っていても普通の事だからまあとくに青筋をたてたりしない方が良い人と謂われる。

さて、オウムの事など思い起こしてみると、素晴らしく高学歴の皆さんが参加していて、こんな高学歴の医者やら科学者がなんでこんなと思ったけれど、それを彼らに言ってもなんら解決にはならない。

宗教がインチキでショーコーなんて詐欺師だって事は他人から説教されなくたって、とっくに彼らはわかっているのであって、つまり彼らは、カルトに参加する事で、社会的に自殺を志願しているのであって、騙されたい人々なのであって、学問とか真理とか科学と最も遠い世界で、本当を嘘として、嘘を本当として生きていたい人達なのだ。

しかし、騙されたい人達が勝手に集団で社会的死を楽しんでいるのはいいけれど、そこに何らかの作為が加わると、騙されたい人々が「騙す人々」に変異したりする。不幸の道連れでも沢山いると楽しいと勘違いできるし、自分だけが騙されているとそれはタダ騙されているという事だけれど、自分の後ろにモット騙されている人が続いていると、自分は騙されているとは思わなくなるのかもしれない。

さて、きのうまで、少し変だけれど訳のわからぬ美しい言葉を連ねた本を読むだけだったオトーサンやら、照明やら演出タップリの手品のような講演会に出かけていただけの主婦が、突然、親から貰った遺産を選挙事務所に寄付してしまったり、駅前で演説を始めたらどうだろう? 家族一同・親戚一同大騒ぎだろうね。そんなとき往々にして、悪いのは本当は一同の方だったりするのだけれど・・・。しかし、そして、その人達に、幸福は実現するのだろうか。

でも、団塊堂だって誰も遊んでくれなかったら、そうならない自信は無いかもしれない。夏になったら鳴きながら必ず帰ってくる、あのツバクロだって、何かを境にパッタリと帰って来なくなる事がある様に、オトーさんだって何かを境にパッタリと家に帰らなくなる事だってあるのだよ。

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