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2009年5月31日 (日)

岐阜・加納ほたる祭り。

Hotaru_003  県庁所在地の都市の真ん中でホタルが乱舞なんて、オイオイ岐阜って田舎だよね!って笑われそうで、近頃、東京なんぞでは、お天気やら台風の情報なんかでは、飛騨高山の赤い橋なんかが中継されて、岐阜といえば山の中の高山なんてイメージで、すっかり岐阜人は“サルぼぼ”にされちまって、違うんだよ岐阜市ってのは濃尾平野に位置する人口40数万の都市で、周辺人口も併せれば100万近い商圏なんだよって事を、まずもって押さえておきたい。

Hotaru_009 というわけで、田舎なれどもソコソコ都会の岐阜市の43階建ての超高層ビルを見上げるJR岐阜駅のすぐ近くの、加納・清水川緑地公園の「加納ホタルまつり」が昨夜あったわけで、もう十数年つづく催しなんだけれど、団塊堂、はじめて出かけたのであります。出かけたと言ったって、我が家から数分の距離で、清水公園といえば団塊堂が子供のころから縄張りで、石ころだらけの公園で三角ベースにいそしみ、チョッとやそっとのヒットでは球が外へいかない広い公園で、自転車の練習もここでしたし、ザリガニ釣りなんかも、したけれど、ホタル?なんて居たのかな?って感じで岐阜市が岐阜駅周辺の再開発で公園をズイブンお金をかけて綺麗にした際に、清水川というキレイな川があり、公園をホタルが生息する公園になんて事を言い出した人がいて、オイオイ無理いうなよ、街の真ん中でホタルが生息出来る“真っ暗な公園”なんぞ造られたら治安もなにもあったものではないだろうと疑問を感じていたのだ、だからビオトープのある辺りは不自然に真っ暗で普段は変で、そして当然ビオトープはロマンで終わっているみたいだけれど地区の小学生が小学校で一生懸命ホタルの養殖をしていて、そのホタルが祭りに合わせて放たれるようなのだ、偉いのは、この小学生で、当日偉そうに東京から選挙区に駆けつけた東京生まれの東京育ちで、アゴを突き出して偉そうに挨拶する主婦感覚からは程遠い野田聖子消費者庁長官ではないのだ。

さて、興ざめな大臣挨拶は失笑ものだけれど、まあ、乱舞とは言えないまでも数十匹のホタルが舞い“ほたる祭り”は成功であります。なにより駅の近くで凄い人出ではあります。祭りは終りましたが、当分は楽しめそうです。団塊堂のコンパクトデジカメでは、美しいホタルが写りませんが、今夜も団塊堂カメラ片手に楽しむつもりです。暗い公園でカメラ片手のオジサンがいても怪しい者ではありません。どうぞご理解を願います。

街の真ん中の公園でホタルがみえる。岐阜って悪くないぜ。

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ホタルは、今夜も沢山見られました。

尚、ホタルは公園東側の“ホタルの杜”あたりで見られます。清水川沿いでは見られません。

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2009年5月28日 (木)

MITTERTEICH BAVARIA GERMANY TEAL GOLD TEA CUP

090527_003 ドイツの思想家といえば、カント、ヘーゲル、マルクス、ニーチェ。文学者といえば、ゲーテ、シラー、トーマス・マン。音楽家といえば、バッハ、ブラームス、ベートーヴェン、ワグナー。そして歴史的に見ても宗教改革のルターにはじまって宰相ピスマルクやらヒットラー。ドイツ精神文化は際立って特徴的である。

090527_001 さて、今日のお題はドイツ・ババリアの日常的な陶器メーカー・ミッタータイヒのカップであります。

生活というのは美しくありたいと思う。コガモのシッポの様なハンドル、スッと開いた器形、中国の物まねでもなく、ウイーンの貴族文化の写しでもなく、素朴なドイツがあり、しかし常に改革的であり革新的であったアバンギャルドなドイツがあり、見込みに描かれたドイツの蔓バラもいかにもドイツ的であり美しい。

この特徴的なフォルム、以前紹介したベィヤー&ボックのアバンギャルドなカップと同じ物。さて、こんなスタイルが結構一般的なドイツって面白いと思う、オークションにも時々登場する。ブルーノ・タウトの建築やらドイツの“近代”は興味の宝庫だ。

090527_002 ドイツといえばビールと言われるけれど、ドイツで最も多く飲まれている飲み物はコーヒーなのだそうです。ドイツ人は朝食のみならず午前十時、午後三時ごろにコーヒータイム(Kaffeepause)があってコーヒーを良く飲む。17世紀頃までドイツでは朝からビールを飲むといった習慣があったけれど、宗教改革の結果ピューリタンはアルコール浸りの風習を排し、ビールにかわる物として当時流行しつつあったコーヒーの導入を勧めたという。

こうしてみると、中世から近代現代に至る社会の変化の種は総てドイツから飛んできたような感がある。しかもドイツは第一次世界大戦も敗戦国でありご存知の様に第二次世界大戦でも敗戦国であり、いずれの大戦でも驚く程の賠償金を払わされ徹底的に国土は破壊された、しかしドイツは不死鳥の様に甦り、そしてベルリンの壁の崩壊は総ての共産主義者に最後通牒を渡した。

Mitterteich_002_2 いまから、約90年前、第一次世界大戦時、四国巡礼の一番札所の鳴門の坂東に、青島の戦いで俘虜となったドイツ軍俘虜千人を収容する俘虜収容所が作られた。ドイツ人俘虜と地元徳島の人々の間に生まれた深い交流の様子は「ドイツさん」原田一美著 発行所 未知谷 に詳しく書かれ、素晴らしく感動的だけれど是非お読みいただきたい。

と、そんなこんなで支離滅裂だけれど、まあそんなこんなを含めて、そんな時代のドイツのアンティークカップを眺めながら坂東の土となった「フッペ」の事やら「栄蔵とお琴」の事なんか想いながら今夜も更けていきます。Mitterteich そういえばドイツに美しい医者の友人が居る友人が「ベルリンの壁の破片」をくれて、これをブログに一緒に取り上げろというけれどマスマス支離滅裂ではないか?写真だけでお許しを。

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2009年5月24日 (日)

前韓国大統領の死。

090524_002 家の近くに、とても小さな碑をひとつだけ残してほしい。ずっと考えてきたことだ。

ノ・ムヒョン韓国前大統領の遺書の言葉です。

さて、むなしい。ひとつのロマンではあった。いささか甘すぎる太陽政策ではあったし、反米・反日の政策も行き着くところは理性を欠いた偏狭なナショナリズムを煽っただけだと思う。

激しい国なのだと思う。政権交代の度に前大統領は塀の中にはいり、周辺の官僚は国外に移住する。しかし、汚職と蓄財を問われてもしっかりと財を抱えたまま畳の上で往生できる我が国に比べたら、正義が生きている国だと言えるかもしれない。

あの、のどかな李朝芸術の美しさと韓国の今をどうつなげたら理解できるのだろうか。

しかし、未曾有の不況を盾にグスグズと生延びる阿呆の麻生やら、豚インフルエンザを延命キャンペーンに使う騒動師のマスゾエが大きな面をしてノサバル、この国よりは、引き際を知る、かの国の政治家の方が少しレベルが上だと感じるのは、少しロマンチック過ぎるだろうか。

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2009年5月19日 (火)

ANTIQUE NAPOLEON PAINTED FRENCH PORCELAIN CUP & SAUCER

Napoleon_005_2 イタリア半島の西側に浮かぶコルシカ島は、ナポレオンの生地。ナポレオンはイタリア人なのであります。

ナポレオンは、アレキサンダー大王、ハンニバル、シーザーより数多く戦闘し、勝利した。ナポレオンの戦略は、「偽騙」と「迅速な機動」が総てであり、偽騙によって敵に相対的に勝る戦闘力を集中し、迅速な機動により効果的な戦力の配置と物資の徴発を容易にした。

簡潔に言えば、定型的で形式化し様式を整える中世的な騎士の戦争から、ナポレオンは、知略による機動的で戦略的な近代的な戦争を展開する事により、ロシアとイギリスを除き中東からほぼ全ヨーロッパをフランスの支配下に置いた希代の戦争家であり、世界史的には19世紀前半を「ナポレオンの時代」と区分する、目覚しいフランスの時代を築いたわけであります。

さて、ナポレオンは、フランスの支配下のイタリアの小地主の小倅であります。フランスの市民革命の革命戦争の混乱のなかで、皇帝を打倒するはずの市民革命を乗っ取ってわずか三十年の歳月で権力の階段を駆け上がり、皇帝に成り代わってしまった謂わば「国盗物語」の斉藤道三なのであります。

Napoleon_002_2  とはいえ、ナポレオン法典やら政治制度、経済システム、大学制度など彼の強い意志によって短期間に確立されたシステムは、ナポレオンをただの野心家の軍事独裁者として葬り去る事を許さない。 

・・・・・・なんて事を、いろいろとパクリながら書いてみると、このナポレオンの紋章を戴くカップが光り輝いてくる。

今夜の団塊堂のコレクションルームは栄光に満ちて、ひととき暮らしの貧しさを忘れさせてくれる。なんて事を書くと、なんという嫌な奴だと、また友達をなくしそうだけれど、そうではないのだ中島さん。今の俺は貴兄とそんなには違わないないのだよ、たまにはメールなんぞ寄こせよと、ひとりごちつつ今夜もロマンの旅のIWANAであります。

この王冠にNのマーク、ナポレオンの紋章であります。セーブルの様でセーブルと書かないところがミソであります。そしてナポレオン第一帝政期の鷲の紋章。皇帝時代のナポレオンが好んで着た、王家の青の近衛連隊長の制服姿。この絵なかなかに美しく、男の色気があります。この肖像画の美しさに惚れて購入した物であります。使い込まれたハンドルの金彩のスレも時代があります。欲をいえば、金彩は更に緻密な金盛りであるべきでありますが、それならばセーブル美術館へ行けといわなければなりません。

Napoleon_001 さて、ナポレオンコンプレックスなどという不名誉な言葉があります。ナポレオンは、身長160センチにも届かなかったということですから、そのコンプレックスが無かったとは言えません。しかしヒットラーもまた小男だったようで、世の中には「ウドの大木」などという言葉もあってドッチモどっちであります。

ちなみに左の絵は、晩年、大西洋の孤島セントヘレナ島へ流されたナポレオンが、回想録をグールゴ将軍に口述筆記させる姿を描いたものです。ナポレオンが゛、どこかの街の駅裏のフィリピンパブの店長さんのようでもあります。

人生なにから何までそんなにカッコよくいかないものであります。ナポレオンの死因は胃癌という説もありますが、この下腹の突き出たあたり、やはり部下による砒素による毒殺という説を信じるのは、団塊堂が小説かぶれだからかもしれない。Napoleon_003

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2009年5月16日 (土)

民主党代表選挙。鳩山代表選出。

0905016_006 11日の小沢辞任から5日後の代表選挙と慌しい事となったけれど、麻生の阿呆の奇襲解散が予想されていて、代表未定のまま選挙戦突入という自民党の謀略をかわす為、キャンペーンとしては勿体無いけれど、やむなく短期決戦となった民主党代表選挙。

0905016_001_2 さて、民主党もズイブンと重厚な党になったものだと思う。あの自民党党首選挙の、イシバの軍事オタクやら、チャラチャラしたスシと呼んで女やら、顔色の悪い病人のキミシヌタモウコトナカレの与謝野やら、最悪がヤクザ口調の麻生だったあの自民党党首選挙に比べたらナント重厚で落ち着いて実質的な政策が深く語られた代表選挙だっただろう。

0905016_004 鳩山・岡田両氏とも、冷静で自信にあふれ、しかし危機感に溢れた演説であった。なにより会場を見渡すと、いずれも信頼にたる議員ばかり、あの自民党のピンクのスーツを着たオカマかレスビアンか判らないようなゲテ物代議士などが居ないのもさすがだ。

両候補とも、小泉改革を「弱者切捨て」と断罪し、そして緊急の課題はセーフティネットの充実。無能の自民党長期政権によってもたらされた官僚支配の打破だとした。けっしてポピュリズムに陥ることなく冷静に現実的に討論された。これなら、勝てる、どちらでも勝てると思ったのは団塊堂だけだろうか。

結果、鳩山氏 124票。  岡田氏  95票。

0905016_002_2 さて、勝った鳩山氏は「おおきな日本の大掃除」だと呼びかけた。

豚インフルエンザが麻生を救うとばかり民主党代表選挙の中継に合わせて記者会見をぶつけてくるマス添えやら、財閥のオボッチャマのくせに愛人と議員パスで旅行するような、ウラヤマシイやらセコイ奴を、日本から追い出す「日本の大掃除」がはじまる。

それにしても偏向NHKは、BSに追いやった民主党代表選挙の中継を更に中断してマス添のハゲアタマを映すあたり、その意図するところが余りにもミエミエでご立派でした。でもマス添のお粗末をタダタダ感じただけですと申し上げておきます。

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2009年5月12日 (火)

絶妙の民主・小沢辞任。アホの麻生・唖然。

「僕ちゃん辞めた」といって政権を放り出した安倍還元水やら絆創膏福田ちゃんなど良い奴だったけれど、こんなのやってられないよって政権放棄のやはりオボッチャマで、麻生ときたら本当にバカで、漢字が読めないから漫画を読んで、右翼漫画を真に受けて歴史を語ったりするから噴飯もので、ともあれ生まれは良いけど決定的に育ち方が悪いので、爺様の吉田茂まで恥を掻かせてしまって、オット!あの北海道のバカ右翼の中川のアル中会見は自民党の今日この頃を世界に知らしめてくれて、日本人は大恥かいたのたけれど。

未曾有の世界不況のお陰で、バカの麻生は、バカの一つ覚えで、未曾有未曾有と繰返す度に、どんなバカな自民党支持者だって、こいつ「未曾有の世界不況」を良い事に不景気をクイモノにしやがって、こいつが癌だって誰もが思い始めたとおもう。口だけ野郎の舛添なんぞ、まるで豚インフルエンザが麻生を救うとばかりに、厚生省の課長あたりでいいような記者会見までシシャリデテ不愉快極まりない、オマエ年金問題すっかり逃げていないのか!ってハゲアタマに一発かましてやりたい今日この頃だけれど。

団塊堂が素直には支持できなかった民主党・小沢党首が辞任表明して、これで心から民主党を支持出来ると、目出度しメデタシなのであります。

090509_002 さすが小沢一郎であります。百戦練磨の小沢一郎であります、衆議院議員の任期満了の九月十日までアト四ヶ月、絶妙のタイミングであります。キャンペーンやらプロパガンダは、団塊堂はプロであります。人生六十年少し足らずでありますが、私の専門分野であります。四ヶ月というのは、キャンペーンの期間としては最高なのです。

さて、昨日今日とテレビで見る麻生の表情は、目が泳いでいます、とんでもない状態になってしまった、民主党の党首交代で、自分の居場所を失ったのは、麻生なのであります。国策捜査で小沢を追い落としたけれど、ならばドウよと、民主党が「企業・団体献金の禁止・世襲の禁止」を持ち出した、これが実現したら自民党なんてお風呂のカビにカビハイターかける様なもので、三分待たずに消えてしまいそうで、その政治改革の取りまとめ役が民主党・次期党首候補の岡田克也ときたから、さて、もう自民党の崩壊は見えてきた。アホの麻生も喧嘩は上手で、形勢は読めるほうだから、目が泳ぎ心はウツロ。さて、ココ当分マスコミは、民主の代表選一色、その後は嫌でも選挙一色、選挙の事前キャンペーンの重要な時期は、総て民主に取られてしまうわけで。ザマーミロ麻生って事なのです。

さて、この間、民主の顔を続けた、鳩山兄の信頼度は極めて高いし、政治改革を纏めて万全の態勢を整えた岡田克也には大きな期待が出来る。いっそ年金問題の長妻昭というウルトラCなら議席の八割確保だって難しく無いだろう。

さあ反撃だよ民主党。

腐りきった利権の自民党、バラマキのカルト宗教、世襲のバカ議員ばかりの自民、宗教で脳ミソ遣られた政教一体の公迷。日本の癌を切取るチャンスなのです団塊の皆さん。

         今夜の団塊堂、ひさびさのマッカランの水割りで戦闘モード。

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2009年5月 9日 (土)

クールビズのダサ~ィ、ボタンダウン。

090509_001 微妙な襟先のラウンド。ブラケット・フロント(表前立て)、カラーの後ろ正面もボタンでで留める。ボタンホールは必ず横に切る。背中のプリーツはセンター・ボックス・プリーツ、その上端にはハンガーループを付ける。ボタンは四つ穴で糸はクロスがけ、洗濯後は糊は使用しない。そして生地はザックリとしたオックスフォード。アイロンだって軽めに。

これこそが神・石津謙介が提唱したVANのボンダウンであり、日本の服飾文化に偉大な革命を起こしたVANジャケットのボタンダウンなのであり、最近知ったのだが、これはブルックスブラザースのボタンダウンともJプレスの物とも明確に違い、VANがその後提携するGANTのパターンだったと知って、高校時代は学生服以外は下着からコートまで総てVANだったIVY小僧の団塊堂としては、感慨ひとしおだけれど、ほとんどの皆様にはなにも関係ない話だけれど、近頃のクールビズの襟の高い黒やら青の下品なボタンに、ステッチまで色糸で入れた、田舎者風のクールビズのシャツについて皆様はどう、お思いでありましょうか訊いてみたい今日この頃です。

さて、アノ手の下品なシャツは、我々、団塊の世代以前の「田舎の洒落者」の世界に有った物で、俗にハイカラーといわれた、ハリウッド映画のパーツをチャランポランに取り入れた田舎伊達であり、我々団塊の石津教徒の打倒すべき悪趣味な物でありました。

ことしもまた、クールビズでアノ手のシャツが街に溢れるのでありましょうか。あれはいったいなんなのでありましょう。アノ手のシャツは昔は田舎のスーパーか、商店街の洋品屋さんでしか売られていない物でした。

アタマは悪いけれど、センスだけは血を引いたデザイナーの愚息は、アノ手のシャツは一枚も持っていないようです。さすがです。

と・・・、言いつつ、我々団塊の世代のIVYファッションは、この様な教条主義ゆえに、後継者も無く途絶えたのでありますが。我が家のアイビーは昨日の雨で新緑が美しく育ってまいりました。相変わらず石津謙介は私の「神」であります。

「メンズ・クラブ」に始まり 「チェックメイト」 「Made in U.S.A」 「ポパイ」 「アメリカ西海岸の本」 「ホットドッグ・プレス」と続いた団塊の潮流は「レオン」「ブリオ」「ウォモ」と今に続いています。これらはいずれも「カタログ雑誌」と言われるものですが、物へのこだわりこそ、団塊のシティ・ボーイの本領であります。

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2009年5月 5日 (火)

English Softpaste Landscape Painted Cup & Saucer

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小豆色のペイントに大きめのメダリオン、金彩のボーダー、マイセン風の、あるいはウイーン風のデザイン。ランドスケープはピクチャレスク・イギリス式風景庭園を思わせる風景画が手描きされている。デザインの着想はマイセンやらウイーンでも、全体は間違いなくイギリス的である。

さて、豚インフルエンザの今日この頃、しかしゴールデンウィークど真ん中で、今年も海外海外とヤカマシイけれど、海外海外と海外に出かける学生を見て、海外旅行をしたところで、「ロバが馬になって帰ってくるわけではない。」と言い放った評論家がいたが、18世紀のヨーロッパでは貴族階級の子弟教育見聞のためヨーロッパ諸国への旅行が流行した。

090420_003 GT 、つまりグランド・ツアーと呼ばれる大旅行の事で、多くはイタリア・ギリシャをめざした。ロバは馬にはならないけれど、金にあかせてギリシャの遺跡を持って帰ったり、ローマの神殿を国に帰って再現したりはできる。ギリシャ神話やローマの美術は、ヨーロッパ貴族のグランドツアーを経た者のアイデンティテーでもあるかのように、貴族的教養の中心とな.る。ロバが馬となったかのように。

18世紀のイギリスに於ける、ゴシック風の廃墟趣味庭園の流行です。カントリーハウスの広大な庭園の遠景にローマの神殿風の廃墟を配し、ガセボの周辺にギリシアの彫刻を配す。美の民族フランスを、イギリスが庭園で上回った瞬間です。

090420_004 18世紀から19世紀半ばまでのイギリスのカップは七割がた裏印がありません。このカップも裏印はありません。その時代の物でしょうか。放蕩し放題の王様の生活を支える重税から逃れる為、各窯元は売上を捕捉される事を避ける為マークを付けずに売ったという説があります。大陸のマイセンやセーブルが官立の窯で、王侯貴族を客としていたのに対し、イギリスの窯は産業革命によって豊かになった市民階級を対象としていた為、ブランドに捉われる事無く、実質重視だったとの見方もあります。

090420_005 このカップ、ソーサーの裏には4438という番号が入っています。絵師の番号でしょうか、あるいは44か38が年号であるかも知れません。いずれにしても19世紀のスタッフォードシャー地方で焼かれた物の様であります。

セーブルやウイーンのように洗練しきれず、どこか武骨なイギリスの物。この赤に、ロンドンのナショナルギャラリーの何処かの部屋の壁紙を思い起こしたのだけれど、遠い日の事で不確か。

と、ここまでは、既に一週間以上前に用意していた原稿だけれど、心情的には少し変化があって、というのも先日の京都行きの高麗美術館の印象があまりにも強烈で。このブログの軌道修正、いやコレクションのあり方、暮らし方など夜通し考えていて、朝になってしまいました。

このカップなど、団塊堂的には、最もテイストに合っているわけで、お気に入りの物なのですが。

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