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2009年1月31日 (土)

オーストリア ビクトリア窯の世紀末風カップ&ソーサーと、久しぶりのオールドノリタケ考。

Victoria_003 オーストリアのビクトリア窯のカップ&ソーサーであります。1883年創業の、ボヘミア、現在のStara Roleのとても大きな工場で、最盛期には1,800人もの労働者が働き、日常陶器やらファンシーウェアを大量生産していたといいます。

大げさに語る程の物か?と本格的なアンティークカップ収集家の皆様には笑われるかもしれないが、なかなか美しいのであります。遠慮なく酷使されたソーサーの摩れなど、味わい深くて美しいのであります。メッキの様なペカペカと剥がれる金彩も、例えばハンドルなど殆んど金彩は剥がれていますが、その磨れたハンドルの風情、残った金彩が時間を感じさせてタマラナイのであります。主役の女性のポートレートの転写も日常食器としては緻密で出来の良いものであります。すべてに世紀末の退廃を感じさせてタマラナイのであります。Victoria_002 ちなみに団塊堂のキュリオケースのダウンライトの下に置くと極めて存在感があり他のカップを圧倒しています。ヒトヤマいくらといった程度の価格で落とした物ですが、素晴らしい物が手に入ったと思います。黒ずくめのゴスロリのお嬢さんなら涙を流すタグイのアイテムです。一部に黒ポツがあり年代は1910年前後か。

Victoria_004 さて、この女性のポートレートどこかで見たような気がするのです。団塊堂が見たとすれば、たぶんオールドノリタケであります。オールドノリタケの人気アイテムのポートレートシリーズに違いないと調べていますが特定できてはいません。

しかし面白い事に気が付きました。これが、かってノリタケが産業スパイもどきの方法で白磁の製法と大量生産の方法を学んだオーストリアのビクトリア製陶工場の物なのです。

オールドノリタケ・コレクターズガイドによれば、ノリタケは“ロンドンのローゼンフェルド社社長の厚意でオーストリアのビクトリア製陶工場を訪問し”白色生地の製法を学んだとあります。近頃出版されたオールドノリタケの本によれば、明治45年にノリタケの技術者二人が三週間、ビクトリア製陶工場で学んだとあります。しかし、この著者の以前の本には、二人の技術者は、ビクトリアの工場の進んだ製造方法に驚き、見学を許された数日ではノウハウを学びきれず、一人が仮病を使い寝込んで滞在を引き伸ばし、その間に、もう一人が必死でノウハウを盗んだという苦労話が書かれていた様に覚えています。

Victoria_007 さてさて、オールドノリタケのポートレートシリーズに話を戻します。左の写真はコレクター垂涎のオールドノリタケのポートレートの花瓶です。とても高価なものです。さて、肝心の女性像は転写です。Victoria ノリタケは明治の末までは外国産の転写紙を輸入して使用していました。この花瓶、裏印はメープルリーフ印とありますから、右にその写真を貼ってみました。ハンドペイント・ニッポンの文字とメープルの葉・これが明治の森村組・オールドノリタケの裏印です。転写をハンドペイントとして売っていたニッポン。しかし、今夜の団塊堂は鷹揚にもそんな事を告発するつもりはありません。

この転写にしかすぎない、しかも輸入の、ありふれた贋物の、オット出ました“贋物”の!ポートレートに、あたかもノリタケオリジナルの様に意味を持たせて“オールドノリタケに見る女性像”といった講演を聴いた事があります。パクリのバクリにしか過ぎないものを学問的?に論じたら殆んど○○です。学問的と言うならソレラノ転写紙のルーツを解明して系譜を示す事の方が本当の姿です。

さて、オールドノリタケの零細コレクターでもある団塊堂がオールドノリタケに厳しいのは、“イエスキリストは韓国人だった”式の贔屓の引き倒しがありすぎるからです。輸入した転写にしか過ぎないポートレートシリーズが人気で、最も高価であるなんて、オールドノリタケファンが他のアンティークコレクターから“ど素人”と馬鹿にされても仕方ありません。

写真左 KPMベルリン 絵付けwagner 贋物    写真右 KPMベルリン 「マリー・ルイーズ」贋物

Victoria_005 Victoria_006

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2009年1月25日 (日)

ベイヤー&ボックのアヴァンギャルドなカップ&ソーサー。

Bauhaus_001 さて先日来、訂正あるいは修正しようと思っていたのが、このベイヤー&ボックのカップ&ソーサー

以前のブログで“バウハウスの”と書いたけれど、勿論間違いではないけれど、むしろアバンギャルドとすべきだったかなと思うのです。

バウハウスは学校であり運動体であったわけで、それ故に対立もあり分裂もあり、社会派から唯美主義者まで活発な議論がありました。

意外なことですが、バウハウスの陶器といわれる物は、日本の民芸運動の影響を強く受けており、バウハウスの指導者は何度も日本を訪れ柳宗悦などと交流し、日本民藝館の所蔵品に感銘を受けたという日本民藝館の記事を読んだ事があります。

バウハウスには、モダニズムの先駆けとしての側面と、理想主義・社会主義の影響を受けた農民風の日常食器のフォルムこそ新たなるデザインのあるべき姿だとする流れが存在していたようです。

Bauhaus バウハウスの陶芸を担ったテオドール・ボークラーのティーポツトの写真はこれです。釉薬のみならずフォルムも日本の影響を強く受けています。民芸陶器そのものであります。

とすれば、このベイヤー&ボックのカップ&ソーサーこそは,その唯美主義故に社会主義に裏切られた20世紀初頭の前衛たちの記念すべきアバンギャルドあるいはアヴァンガルドのカップ&ソーサーなのではないか?と、空想する今日この頃です。

今夜も、ブログを訪れて戴いたホトンドの皆様にはドウでもイイ話題で恐縮です。

0812_004 今夜も、団塊堂は、そこそこシアワセであります。

明日も、それなりにシアワセであります様に。

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2009年1月22日 (木)

ほとんど全てのカポディモンテは贋物である。

As the soft-paste true Capodimonte pocelains were only produced from c.1743 to 1759 examples are extremely rare and costly and are all but non-existent in the British Isles apart from speciment in museum collections.

軟質陶器の、本物のカポディモンテは、1743年頃から1759年の間にだけ生産され、極めて稀であり、なお高価で、美術館のコレクションは別としてイギリス諸島には殆んど存在しない。  Godden's Guide to European Porcelain

Capodimonte_001 さて、今日は、カポディモンテの贋物カップの事であります。

「ヨーロッパ アンティークカップ銘鑑」実業之日本社刊、そして「アンティーク・カップ&ソーサー」講談社刊の著者。つまり当ブログでオナジミの和田泰志氏は、カポディモンテのカップを、

「はい。偽物しかないです。カポ・ディ・モンテはボヘミア~ハンガリー、南ドイツ地方で作られる焼き物の名称と思った方がいいです。
イタリアとかはもはや関係ありません。王冠とNの窯印が濃い色でくっきりしているのはまずダメ。色が薄いのでもジノリ社が作っているコピーが関の山。
もし本物なら大変なことに!」

と、何時も通り激しく断じておられます。

このゴージャスなカップ、およそ団塊堂の生活観とは関係ないタグイの物であります。ここの所はシッカリと押さえておかなければなりません。そうしないと団塊堂は成金オヤジと一緒にされて迷惑ですから。

さて、ebayでは常に幾つかアップされているカポディモンテ、いかにもイタリア的でなんとなくルネッサンスと乾杯の貴族的で、しかしレリーフが甘くて絵はイイカゲンな気がするがこれがイタリアだと言われると、このユルイところがイタリアだという気がしないではない。若い頃、仕事で一緒だったピアチンチーニも約束にはルーズだったから。この胡散臭さを馬鹿にして眺めていて、先日も友人と骨董市を見ていて一万三千円のカポディモンテを幾つか並べているブースがあって、タダでも欲しくない物だねと笑って帰ってきたのだけれど、しかし、この馬鹿馬鹿しさも我がコレクションに一つくらいは在っても面白いかなとも思ったのです。

Capodimonte_002 このカップ、まずハンドルのトリトンにヤラレタのだよね、タツノオトシゴとは向きが違うし頭はイルカの様でもあって、立派なオッパイまであって叶姉妹の様でもあります。ゴージャスといい、立派なバストといい、インチキ臭さといい、叶姉妹そのものであります。趣味から言えば団塊堂は大きなバストは余り好きではありません。叶姉妹は頭の悪そうなオネーチャンより、妹の美香さんの方が好きです。カップの話に戻ります、叶姉妹のカップは?サイズの事ではありませんカポディモンテのカップなのですが、何より見込みの金彩の感乳、いや貫入模様の金彩に、少し心が惹かれただけです。もちろん冗談で済ます事が出来るていどの金額で。

Capodimonte_004 さてさて今回も、買う前に調べるのではなく、買ってから調べるという団塊堂の悪いパターン。調べてみるとナンチャッテもナンチャッテ。和田先生言うところの「カスリモしない真っ赤な贋物」だというではありませんか。しかも、ボヘミアだのハンガリーだの南ドイツ製だと言うではありませんか。飛騨牛よりヒドイ「たけ乃子屋」の中国産たけのこ並み、いや、それ以下です。

カポディモンテ Capodimonteは、イタリアのナポリ近くでスペイン王カルロス三世(ナポリ王でもあった)により、1743年に設立された窯です。マイセン出身の妃を持つカルロス三世は、マイセンの協力も得て、しかし対抗しながら豊富な資金援助で質の高い陶器を作りだします。しかしながら、1759年には、工場は職人も含めてヒトマトメにして、スペインのBuen Retiro (1808年まで生産が続けられた。)に譲渡されました。

さて、これからが問題なのです。

その後、カポディモンテスタイルあるいはカポディモンテと言われるレリーフの、モールディングの人物像や花のモチーフの、大量のニセモノが生まれてきます。これらはカポディモンテの製品とも、カポディモンテと交流のあった窯ともなんら関係の無い製品だったようです。

Henry G. Bohnは1856年の彼の陶磁器コレクションに関する講演で「カポディモンテは、疑うことなくイタリア陶磁器のなかで最も美しい。しかし高い価格である。ナポリ近辺から入った贋物が大量に氾濫している。」と警告している。

そして、Joseph Marryatが1857年に著した「中世現代の陶磁史」によれば、「La Docciaの繁栄はDoccia自らの素材の進歩によるものではなく、カポディモンテやマジョリカそしてその他の贋物の生産によるものなのである。」という。

ドッチア窯(ジノリ)は、海水浴客相手に道端で土産物を売る業者のオーダーで、カポディモンテ風の陶器をつくります。そのうち、ドッチアの窯印を入れないカポディモンテ風陶器の注文を渋々ながら引き受けます。つまりカポディモンテと言って売るための贋物作りです。しかし、これは、かなりな収益源となっていきます。

道端の寅さんたちは、ドッチア窯が作ったマークなしのエンボスのナンチャッテカポディモンテのカップを、一つに付き2ドルで仕入れて、12ドルで売ってたなんて事であります。(ドル?  本文通りであります。)

Capodimonte_006 さて、王冠にNのカポディモンテのバックスタンプ。

我が家にも在りました。戴き物のフラワーベースの底に。

偶然の発見ですが、応接にあったフラワーベースを、何気なしにナンテャッテカポディモンテってこんな感じだよねって取り上げてみたら、これが噂の、烏賊にも蛸にも、王冠にNのマークではありませんか!そしてその他の文字が読めるようで読めないところにサモシイ心が読み取る事ができます。

Capodimonte_005 こんな陶器を見た事があるでしょう?輸入家具のお店であったり、輸入雑貨のブティックで。30年前はデパートの特選売場に鎮座していたりしました。あれが、それなんですね。

さてさて、ここまでナンチャッテカポディモンテを馬鹿にしたのですが、まだ判らない事だらけであります。ネット上で売られているナンチャッテは、安物の陶花を堂々とカポディモンテと売っているものもあれば、カポディモンテ地方産?の陶器と売っている面白いものもあります。

ところでリチャードジノリジャパンは、

「このシリーズは、リチャード ジノリのドッチァ窯創設期である1700年代半ばに製作されており、ルネッサンス芸術の系譜にあるものです。ナポリの王室窯「カポディモンテ窯」から、その名を受け継ぎ、生き生きとした表情をもつ磁器像などの類いまれなる芸術作品を残してきました。レリーフとその陰影が際立つホワイト。光と影がつくり出す美の世界。カポディモンテ ホワイトはリチャード ジノリ白磁の最高傑作です。」とジノリのカポディモンテを紹介しています。

http://www.ginori.co.jp/collection/tableware_heritage.html

1735年 ドッチア窯(ジノリ)創設

1743年 カポディモンテ窯創設(ナポリ王家)

1771年 ナポリ窯創設(ナポリ王家) 

ということで、カポディモンテとナポリ窯は、同じナポリ王家の所有でしたから技術交流がありエッセンスは引き継がれたという事ですが、ジノリは「どっち や!」って判らないことばかりの団塊堂の今日この頃であります。

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2009年1月19日 (月)

還暦なまジュリーに感激。

090118 さて、昨日は、沢田研二の「正月コンサート2009 奇跡元年」に出かけたのです。おかげで今日は脱力症状の団塊堂なのです。

実のところ、近頃BSで見る、太めのジュリーには時の隔たりの大きさを感じていて、あの金髪といい、汗みどろのシャツといい、まるで蜘蛛の糸を手繰り寄せるようなダンスには、あの美しかったジュリーは何処へ往ってしまったのだと嘆きつつ、さて団塊堂も玄関の鏡に写るメタボな己を厳しく諌めつつ、しかしジュリーよ、貴方は我々の夢であったのだから芸能人なのだから、体重の管理くらい出来ないでどうするのだと愛するがゆえに怒っていたのです。

さて、ジュリーは「なま」が最高です。怖い物見たさ、「ブログねた」探しで出かけたジュリーのニューイヤーコンサートでしたか、感激いたしました。

言うまでもなく、団塊の星・ジュリーは還暦なのだ。つまりオジーサンなのであって、ほんの40年前なら赤いチャンチャンコを着てお祝いをして、縁側で日向ボッコしてお茶を飲んでいてもあたり前で、働かなくてあたり前だったのです。

さて、ジュリーは、いきなり白のサテンの、ウエストをキュッと絞った、アイドルそのもののスーツで登場致しました。しかし、メタボなジュリーは、まるで熊さんの縫いぐるみの様であります。しかし、歌と動きには妥協なく、パワフルに攻め続けます。ジュリーの歌唱はアイドル時代そのもので真正面から攻めて行きます。休む事無く唄い続け、踊りつづけ、走り回ります。無駄だと思うくらい走り続けます。そして、いつの間にかジュリーの糸に絡め取られている団塊堂がありました。

橋幸夫は上手に常識的に、時代と共に変化していきました。舟木一夫は、変わる事に苦しんで、苦しみぬいてようやく自分を取り戻しました。

いまジュリーは、アノ頃のアイドルのままで目の前にいます。アイドルで何が悪いのだと、アイドルのままで歌い続けています。還暦がアイドルで何が悪いのだと舞台を走り回ります。そのころ団塊堂の中に在った違和感が総て消え去っていました。それでイイのだジュリー!走り回れ跳びあがれジュリー!「ロッケンロール!」と小さな声で叫ぶ三階席の団塊堂がありました。

さてさて、「なまジュリー」に、変わらずに頑張ったジュリーの凄さを見ました。そして変わらずに続けた、スーパースター・ジュリーの演者、沢田研二の重い時間を感じました。

発売直後に完売となるジュリーのコンサート。東京ドームも京セラドームも満杯にする還暦ジュリーの魅力。BSでは伝わりません。祭りです、参加しないとわかりませんジュリーは。

「沢田研二」こそは、間違いなく団塊の星であります。

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2009年1月15日 (木)

annieさんのカップ2点について考える。

7 さて、年明けから、このブログは本文よりコメントの方が盛り上がっていて、IWANAがブログ開設時よりやりたかった、ああだこうだと「物」語る理想の形がannieさんと和田先生のアクセスによって出来上がっているのです。そこで今回はannieさんのカップをもとに語ってみたいと思うのですよね和田先生。

8a annieさんのコメント

最近Caughleyのfishermanのカップ&ソーサーを買いました。手描きだと言うのに絵柄が「ボケてる」んですよね。写真で言えばピントがずれている。これって、おかしいのでしょうか?

和田先生のコメント
カーフレイのフィッシャーマンは手描きではなく、
銅板転写染付によるプリント印刷が基本のはずです。
大概は描線がくっきりしていますので、お手持ちの作品がカーフレイのステアタイト磁器製なのか、あるいは別の窯によるコピー品なのか、検討されると楽しいと思います。

9a annieさんのコメント

フィッシャーマンはやはりそうなんですね。「手描き」と説明が書いてあったので購入したのです。手描きだと信じて買ったフィッシャーマンは6万円もしたのですよ......(泣)。それから言い忘れましたが、フィッシャーマンもC&Sなのです。でもカップだけがデミタスサイズなので、 お皿とのバランスがとっても良くありませんでした。

和田先生のコメント

HPにちょっとだけ記述がありますので、以下をご参照ください。
http://antiquecup.com/museum/caughley/caughley.html

ボられましたねcrying
以下に貼ったサイトのカーフレイは値が高すぎますので買うことは全くオススメしませんが、
総じてアンティークカップは海外からサイトなどを通じて直接買うのが利口でしょう。
骨董市をひやかす楽しみは別として、日本のアンティーク商とはこの際手切れしたほうがいいかもしれませんね。
「強盗・窃盗・骨董」という云いがあり、人を騙す以上に「奪い取る」業者もありますので。
↓フィッシャーマンってこんな感じかな?
http://cgi.ebay.com/CAUGHLEY-FISHERMAN-CORMORANT-COFFEE-CUP-C1780-90_W0QQitemZ250354716458QQcmdZViewItemQQptZUK_PotteryPorcelain_Glass_PotteryPorcelain_China_SM?hash=item250354716458&_trksid=p3286.c0.m14&_trkparms=66%3A2%7C65%3A10%7C39%3A1%7C240%3A1318

11a_2IWANAの発言

これを、手描きだと言って売る骨董屋さんの常識を疑います。偽装というより、知っていたら付けない嘘で、何も知らないトンデモ骨董屋さんでしたね。しかし「釣り人」の団塊堂としては欲しいアイテムです。和田さんも、そういえば「釣り好き」です。

さてさて、annieさん、アンティークカップを購入したら、何がナンデモ、その年代をビシッっと特定したいものです。団塊堂は、和田先生に教えて頂いた「Directory  of European Porcelain  LUDWIG DANCKERT」という裏印事典を使って年代を調べています。アマゾンで調べると新本でも一万円くらいで買えるはずです。でも団塊堂の英語力は麻生総理の漢字力程度ですから、念力で読んでいます。ほとんど私設秘書の歩く自動翻訳機の助けを借りています。年代については、和田先生にビシッとコメントしていただくとして、ちなみに事典の中味はこんな感じです。

annieさんが心配するカップとソーサーのバランスは、この時代の物で、こんな感じではないでしょうか和田先生。090115_002_2 090115_001_2

Derby ダービーのC&S

annieさんのコメント

実はフィッシャーマンと一緒に、ダービーのC&Sを31,000円で買いました。素朴な花の絵柄が真正面から見た時に、時計の四時の場所に描いてありました。つまり取っ手の近くにあるのです。わざとなのか、描いた人が下手なのか良くわかりません。とにかくバランスが悪いのです。6 マークはピンク色の王冠で、下に129と番号が掻いてりますが、これはパターンナンバーでしょうね?

IWANAの発言

さて、年代は和田っちにお願いするとして、とりあえず事典のダービーの裏印の一部をアップしておきます。さてさて、このカップの価格はどうだったのか、ゆっくりとオークションサイトを散歩しながら一緒に勉強させてください。

090115_2

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2009年1月11日 (日)

アンティークカップの愉しみ。ビクトリアンレデイのカップ&ソーサー。

さて、年末の同窓会では、ブログを読んでくれている友人から、団塊堂は「どこに、そんな、お金があるのだ」と誤解を受けている事がわかって、第二の人生でも、プロレタリアートの友達の友達のつもりでいる団塊堂としては、心が痛んだのだけれど、団塊堂のコレクションが決して金に物言わせた力任せの下品なものでは無いことを今日はわかって戴きたいと思う。090106_002

さて、このヴィクトリアンレデイのポートレートの美しいカップ&ソーサーの事であります。

ブルーのボカシがトテモお洒落で、安物臭い金彩もレトロでとてもイイ感じであります。転写のヴィクトリアンレデイも、山ちゃんが好きだった金城大学の“マリちゃん”の在りし日の姿のようで涙が流れます。マリちゃんといえば、ご主人も定年のはずで自由が丘から名古屋へ帰ってきているはずで、街で出会ったら、団塊堂はお茶に誘うべきかどうかと取り越し愚老の今日この頃であります。

さてさて、本題に戻ります。このカップ、オークションの出品者の説明では、1850-1899年の物とあったけれど、マアそんなに古くはないだろう、090106_004 バックスタンプは金彩で「13」とも「Es1」とも読めるけれど、まあノープランドという事でデザインは何処かのバクリかも知れないけれど偽物本物を議論するタグイの物ではないだろう。産地はフランスかオーストリアあたりとふんだけれど和田先生によればボヘミアではないかという。このあたりの事は後日またブログで語れるはずです。

ところで、今日のポイントでありますが、このヴィクトリアンレデイのポートレートの美しいカップ&ソーサー“9ドル99セント”つまり日本円で902円で落札した物であります。送付にあたっては出品者が保険付きでしか送らないという業者でしたから送料が以外に高くつきましたが、送料・手数料すべて合計して、5,914円。さてどうでしょう、贅沢すぎますか?

“9ドル99セント”で、金城大学の“マリちゃん”に毎日逢える。

アンティークカップの愉しみは無限であります。

090106_005

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2009年1月 6日 (火)

ウェッジウッドの破綻。

090106_001 暗い話ばかりで、何だから、少しでも団塊のブログはパアーっと明るく行きたいけれど、マイカップコレクションのカテゴリーまで不景気な話題で恐縮。

5日、英国高級陶磁器のウェッジウッドを傘下に持つアイルランドの「ウォーターフォード・ウェッジウッド」が破綻して法的管理下に入ったという。さて、ウェッジウッドといえば日本人の大好きなイギリス陶磁器で、近頃は日本の大手百貨店の家庭用品売場でも大きなショップを持ってティールームを併設していたりして、商品開発もナカナカ良くって、確か当代ウェッジウッドの奥様は日本人のハズで、きめ細やかMDに感心していたりしたのだけれど、昨秋以降の不況で経営が行き詰まったという。

イギリスでは、昨年11月にも、ロイヤル・ウースター&スポードが倒産して傘下のスポード美術館など屋根は穴があき展示棚は雨ざらしで、銅板転写用の銅板の原版などゴミと間違われて溶解されてしまったという。

さて、ノリタケも昨年は800人のリストラを行い加賀工場を三月に閉鎖し、九月末にはフィリピン工場を閉鎖した。

さてさて、バレスチナではテロリスト国家イスラエルのパレスチナ人民虐殺が始まりアメリカの軍需産業による次のプログラムが見えてきた今日この頃、相変わらず団塊堂は「茶碗」の話で呆けていて恐縮。

しかしまあ、そんなこんなで、あまり面白いブログの展開にもならないので今夜はこの辺りで退却です。

そういえば、アノ悪辣な99%偽装の「たけ乃子屋」が破産するそうな。当然といえば当然。

次は塀の向こうか、たけ乃子屋。

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2009年1月 2日 (金)

今年最初の、さてと。

0901_006 完璧に寝正月を決め込んだ今年の正月だけれど、このまま寝ていたら永遠に寝付いてしまいそうで、ダレパンダと化した家族は残して一人近くの神社へ初詣に出掛けた。

二日というのに人通りもマバラデ不景気な事このうえない。クリアランスのショップに並ぶ若者もサクラだけの様な少なさでオマエラ並んでまで買うものが有るのか?と羨ましいような馬鹿馬鹿しい様な。

西の山がアット息を呑むような美しさで、アノ山の向こうの向こうには、大阪の熊さんが住み、板谷も住み、もっと向こうには林君も住み、もっともっと向こうのパレスチナでは、テロリスト国家と化したイスラエルによる暴力と虐殺が繰返されていると思うと、この美しさが悲しくもある。

さてと、ユダヤ民族の悲劇には同情するしユダヤ民族に国を与える事に異議を唱えるつもりはない。しかし近頃のイスラエルの遣り方は、これをテロリスト国家と言わずしてナニを暴力と言えるのか。ナチス・ヒットラーの過ちを堂々と繰返すイスラエルこそ現代のナチスだと思うのは過激派だろうか。「アンネの日記」などドブに棄てたのかユダヤは。我が身に受けた暴力を暴力で返すユダヤ民族に、もう同情など無用で、さてヒットラーもアナガチ間違いでは無かったのではないのかという疑問すら湧いてくる。

さてさて、真に残虐な迫害を受けたユダヤ民族の結論が暴力で他民族を排除する事ならば悲劇は無限連鎖に陥るだけだろう。そしてホロコーストの悲劇は、だからどうなんだ?という程度の問題でしかなくなるだろう。

年末には、中国が航空母艦を建造するというニュースも流れた。軍事国家中国がイマサラ、日本の満州侵略を非難できまい。あのときはヤラレタだけなんだから。

さてテレビでは、オノヨーコさんがパワーツーザピーポーと歌っているけれど・・・・。アイラブーユーで世界は平和になるのかジョンよ?ちなみにジョンは我が家の愛犬です。

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2009年1月 1日 (木)

新年あけましておめでとうございます。

0901 沢田研二は、ジュリー祭りのエンディンクで、ずっと夢の中に居たから夢が見られない人生だったと語った。さて、夢ばかりで、夢しかなかった団塊堂は、夢は夢でしかなかったけれど夢が見られたシアワセを思った。

新しい年を迎えて掃除が行き届いた部屋は嬉しい。新年を迎える意義は、むしろ歳末の大掃除にあると思う。一年に一度、生活を根本から立て直す、とりわけダラシナイ我が家など、お正月がなかったら永遠にゴミの増殖が続いてゴミ屋敷となるのは必定でお正月は絶対必要だと思う。

さてさて、新年といって夢があるわけでも、抱負があるわけでもない。出来れば去年並に今年も暮らせればと思う。しかしこれとて大変な事で、坂道で踏ん張る事は登り坂を登る事より力を必要とする事なのだ。

とはいえ、団塊堂は近頃、結構チャレンジングーで「お元気」なのだ。楽しい事ばかりというわけでは無いけれど、楽しいのだ。

去年は一年間で200冊を上回る読書が出来た。母親が「勉強勉強」といったアノ時代は勉強など放り出していたくせに、社会の生産構造から外れてようやく学習することの楽しさを得たのだから、役立たずで本当に申し訳ないと思うが。知る事はとても楽しい事なのです。

さて、世の中は暗い事ばかりだし、筋の通らない事ばかりだけれど、今年も団塊堂は、筋を通して、男を磨いて、闘ってまいります。

そして、幸せは皆で分かち合い、不幸せは皆で支え合って、誰もが穏かにいられる様にと願います。今年も宜しくお付き合いの程お願い申し上げます。

0901_001

それにしても、今年の紅白は、勝った負けたばかり言い、下品で粗野なワダアキコの応援が抑えられていて良かったと思うのは私だけだろうか。

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