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2008年12月 4日 (木)

ウィローパターン(柳模様)について考える。

Worcester_003 Willow_001 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・                               さて、ウースターのアンティークカップの入手を機にウィローパターン(柳模様)について考えてみた。

といって、団塊堂オリジナルな見解など一つもなくて、ただ、東田雅博(とうだまさひろ)著の「柳模様の世界史 大英帝国と中国の幻影」大修館書店刊をベースというより、ほとんどパクリながらウィローパターンについてまとめてみた。

まず、冒頭の写真ピンクの物、今回の団塊堂のウースターについて和田先生に解説を戴いた。

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Worcester_009_2 骨董屋は十把一絡げに「ウィロー・パターン」と言って済ませますが、
より細かい名称がそれぞれあって、この作品は
「フェンスト・ガーデン・パターン」Fenced Garden といいます。

太鼓橋を渡る三人がいないことや、上方に二羽の飛ぶ鳥がいないことなどが特徴。
丸い実を付けた木が宙に浮かんでおり、そのすぐ下に松の枝というか、
細長いタワシの集合のような、シダ植物のような木が描かれていますが、
これが本来は柳=ウィローだったのです。
各部の図柄が変形されているということで、名称は別になっています。

もともとカーフレイ窯でデザインされたものを
ウースターがコピーした可能性があります。
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Willow_006 キタ キターっ! 和田先生は、言外に、我がウースターについて、これを正統なウィローパターンとは言いがたいと断じておられる訳で、正統なるウィローパターンについて学べと叱咤しておられるのだ。ペンギンのプールにイワシが投げ込まれたのだ!

右側のブルーの物。本物のウィローパターンの絵皿である。本物?いや、正統な、と言うべきかもしれない、あるいは、柳模様物語模様と言うべきだろうか。

さて、いきなり、細かな部分まで語ってしまったけれどウィローパターン・柳模様とは何か?をコピーして引用してみる。

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Willow_005 柳模様willow patternと呼ばれる、中央に柳を置き、愛をささやきあうかのごとく空を飛ぶつがいのキジ鳩やマンダリン(中国の高級官吏)の館、その館を取り巻くジグザグのフェンス、さらに中国風の橋の上を歩く、もしくは走るように見える三人の人物などを周辺に配した陶磁器の文様。この文様はマンダリンの美しい娘とマンダリンに仕えた若い書記との許されざる悲恋の物語を表わしているともいわれている。この模様は、18世紀末にイギリスで案出されたもので、17-18世紀の中国ブーム=シノワズリーchinoiserieの産物である。 引用

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さて、この18世紀末にイギリスで案出されたものでという部分こそが今日の重要なテーマなのだ。

Willow_002 シロートのど自慢の団塊堂としては、この絵の何処がイギリスで案出なのよ?これってどうみても唯の楼閣山水文、英語に訳しても、ただのDesign of Pavilion and Landscapeってところじゃないのか?なんて思うけれど、違うのです。

もちろんパーツは何れも中国でありナンキンなのだけれど、この絵はイギリスのオリジナルなのだそうだ。

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柳模様の案出者 引用

「古陶器鑑定法」の著者は柳模様の案出者をトーマス・ミントンとしている。スポード社の創始者、ジョサイア・スポードが1790年頃案出したとされることもある。トーマス・ターナーが1779年にイギリスの窯業の中心地スタフォードシャーに隣接する県、シュロップシャーのコーリーで作り出したとされる事もある。

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こうした中で、著者の東田雅博先生はバーナード・ウォトニーの次のような考え方を支持している。

柳模様は、実際にはオリジナルなコーリーのシノワズリーではなく、1760年頃からイングランドの磁器工場で使用されていた多くの似たような転写デザインの結晶に過ぎない。

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多くの似たような転写デザインの結晶に過ぎない。のに、正統なる柳模様について永年議論がされてきた。しかるにこれは「悲恋の柳模様物語」が大いに影響している事は間違いない。柳模様物語を紹介するにはブログが長くなりすぎるので、下記のブログをご紹介いたします。是非クリックしてお読み下さい。

柳模様に描かれた純愛物語

http://allabout.co.jp/gourmet/tea/closeup/CU20050321A/

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さて、それだけでは、余りにナニなので、イギリスの家庭の中で語り継がれた「柳模様」のカワイイ詩くらいは紹介しておこう。

Willow_008 二羽の鳩が天空を飛び

中国の小船が浮かび

しだれ柳があたりを覆い

橋の上には、四人ではなく三人の男たちがいる

中国の寺院がすべての大地を支配するかのようにある

リンゴの実をつけたリンゴの木

かわいいフェンス

これで私の話はおしまい

・・・・・・・・・つまりこれは、イギリスの、どの家庭にも溶け込んだ比較的庶民的な「柳模様」の皿の絵の物語をオバアチャンが夜毎に孫に聴かせた詩なのです。

という訳で、これらの要素が含まれていない「柳模様」は“正統”では無いとするのが正統派なのです。

さて、柳模様は、イギリス発祥の物なのか、案出者は誰なのか、柳模様物語は柳模様の皿が生まれる以前からあった物なのか?

ブログが余りに長くなりすぎた。東田先生の本からビクトリア・アンド・アルバート博物館の柳模様の解説文を貼り付けて結論としよう。

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柳模様は、もっとも有名なイギリスの陶磁器デザインの一つである。橋のそばの寺院、小船と柳の木の景観は、中国の陶磁器に見られたイメージによって影響されたものだが、イギリス窯業業者の創出したものであった。その文様が描くとされる恋物語は、のちに賢明な市場戦略として捏造されたものである。

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博物館は、物語を後の捏造とし、更に、案出者を特定する事を避けている。

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さて、チベット弾圧と、ウイグル、内モンゴルなどの侵略と少数民族抑圧で、その非民主的体質を問われ、低賃金と不公正な通貨管理で世界経済に混乱を起こさせ、世界中の製造業を破壊し、労働者から職を奪った現代中国は、北京オリンピックの聖火リレーで世界中の人民から罵声を浴びせられた。鄧小平以降の「醜い中国像」が世界中に存在することは間違いない。

Willow_003 シノワズリーとは、17世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパの中上流階級を席捲した一大文化現象である。東洋陶磁の流入が大きな要因であるが、質の高い磁器は東洋への憧れを生むのは当然であるし、ギリシャ的な均整に厭きた人々に中国の変則性は新鮮であった。

マルコポーロにはじまり、イエズス会の宣教師などを通じて、老荘思想・曲がりくねった寺院の装飾・シャクヤク・閃光を発する鳥、伝えられる中国像は、まさに優美なシャングリラであった。

これらがシノワズリー(中国趣味)をもたらすが、18世紀から19世紀にかけて中国の実像が知られるにいたり「哲学者の王国という古い夢は、堕落した帝国の現実に道を譲った」といわれる中国感の大転換をもたらす事となり、シノワズリーは終焉を迎える。

しかし、イギリスに既に土着した理想郷としての「柳模様」は転写という庶民的な陶器のカテゴリーの中で今も生きている。

Worcester_002

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今夜も、団塊のアアダコウダに最後までお付き合いいただき有難うございます。

最後までお読み戴いたなんて感激です。きっと貴方は、とても良い人です。普通の良い人なら柳模様物語あたりで終わってしまったはずです。

貴方と出逢って、団塊堂は今夜も、シ・ア・ワ・セです。どうぞ、暖かくしてオヤスミ下さい。

Willow_009_2 

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コメント

このブログ中の最大のキーワード、そして東田氏の著作引用中の最も「大文字」で書くべきは、バーナード・ウォトニー博士の名前です。
博士畢生の名著「18世紀の英国製染め付け磁器(English Blue & White Porcelain of the 18th Century)」をネットで購入すればそれでオシマイ、全て解決(?)。
より個性的で新しく刺激的な意見を読みたければ、ジェフリー・ゴッデン氏の「Godden's Guide to English Blue and White Porcelain」をドウゾ。
まずはたたき台・ネタを仕入れ、それを俎上にあげてゴチャゴチャ言い合うのもたまには面白いでしょう。

ちなみに東田氏が「オリジナルのコーリーのシノワズリ」と訳したのは誤読で、
「コーリー」=×、「カーフレイ」=○が正しい読み方です。
カーフレイがオリジナル、と言われているけど、ウォトニー博士は否定方向、ということなんですねえ。さてゴッデン氏の見解は?

悲恋の末、小舟に乗って、斜め左上にある小島の東屋に駆け落ちした若い二人が、
困窮の果てに亡くなり、昇華した魂が上空を飛ぶ二羽の鳥になったのだ、というストーリー展開ですが、
この二羽の鳥、第一次世界大戦時のウィロー・パターンでは
二機の複葉戦闘機(「紅の豚」風)にアレンジされたりして、興味は尽きません。
橋の上の三人も全員男ではなく、前の二人が恋する男女、後ろから追うのが娘のオトッツァン、という見立てもあります。
二人目が持っている細長い物は嫁入り道具の琴だとも(大国主命もそうでした)、
また紡錘形の糸巻きを持つ場合もあり、
これはグリム童話の「眠り姫」が糸巻きで指を突いて血を出したのと同様に、
処女性の喪失を表す、なんて、なんでもこじつけたがって学者とは困ったモノです。
オトッツァンが持っている物をよく見ると、ムチですね。
駆け落ちでなくムチで逐われたのでは?
いえいえ、このムチも、原題では「払子(ほっす)」ですよね。
ヨーロッパ人には払子が何たるか解らなかったんでしょう。
こういうのは英国人のウォトニーやゴッデンより、我々の方が経験と勘が鋭く働くハズなので、
ガイジンの著述をうのみに引用して自論とすり替えてしまうのは危険で、
研究者らしくないなあ、H田氏。
「参考文献=他人の自己主張」という認識が大切です。
ところが日本人はやたらに「参考文献、参考文献!」と言う。
同調しやすく領地の線引きがしたくてしょうがない農耕民族、
ロマン派の果てしない自己拡大を経験していないから、
主張の仕方はもちろんガイジンへの対処法も知らない。
この状態で「勝手な都合で持論を展開する欧米の学者」が書著した書物をありがたがって参考にすれば、
本質を見失うばかりでなく、日本人のアイデンティティーも失ってしまいます。
参考文献至上主義はコワい。


投稿: 和田 | 2008年12月 4日 (木) 20時36分

さてさて、和田先生。
激しく燃え上がって来ましたね。先生の参戦で当ブログも「怒りの掲示板」のみならず「アンティーク」のカテゴリーまで白熱してまいりました。新年一月の先生のホームページ「マンダリンダルジャン」でのプリントウースターのアップが楽しみです。
出来れば、他の窯も含めて柳模様の色々なパターンなど見たいものです。

投稿: 団塊堂主人 IWANA | 2008年12月 5日 (金) 18時31分

故・ウォトニー博士と東田教授が意見を出されているので、私の略式見解を。
ウィロー正パターンの起原は、俗にいう「ナンキン」です。
輸出港は「カントン」ですけど。1834年まで対中国貿易は英国東インド会社広東商館と広東十三行の独占です。
ただしロンドンの銅版彫刻師達によって図柄が洗練されたのは事実です。
その中の一人トーマス・ミントンは「ロンドンの」銅版彫刻師です。
ストーク・オン・トレントには結婚を機に引っ越したのです。
また、別個に発生した図柄の部分を多様に組み合わせたという説には納得できません。
統一柄全体で中国なり(生まれ)と考えています。
その中でも「ブローズレイ」「フェンス」「パゴダ」「テンプル」「ガーデン」「マン・イン・ザ・パヴィリオン」はカーフレイ窯のトーマス・ターナー・オリジナルでしょう。
ちょっと違いますが「フィッシャーマン」、色絵の「トーキング・メン」もカーフレイでしょう。
牡丹のような巨大な花が咲いているのもありますよ。
ロイヤル・ウースターのプリント絵付けは、
団塊堂邸の壁紙=ウィリアム・モリスの「アーツ・アンド・クラフツ」運動を下敷きにしています。
シノワズリの銅版転写が下敷きではないのです。
「アーツ・アンド・クラフツ=プリント布地」というところから、プリントは廉価な量産品ではなく、工芸芸術の一種だ、という新しい認識に基づいてデザインされたものです。
そのあたりを新年1月に明らかにします。
ご期待下さい。
ついでに「バット・プリント」ですが、
粘性の高い油質の材料で転写を行い、
その後上から蒔絵のように顔料を振りかけ、
余分を払い落とす、という技法もあり、
やがてこちらの手法がメインとなってゆきます。
参考まで。


投稿: 和田 | 2008年12月 6日 (土) 20時31分

和田先生
確かに、東洋人の私には、素人ながら「柳模様」がイギリスの案出などという説は「アングロサクソンの身勝手な妄想」としか考えられないのです。是非バシーッとキメテいただきますよう期待致しております。

投稿: 団塊堂主人 IWANA | 2008年12月 6日 (土) 21時50分

攻撃するわけではないが、乗りかかった船で。
まずウォトニー博士が例の文献を著したのが1963年初出、
カーフレイ窯が発掘されたのはそれから四年後の1967年です。
発掘前にこれを書いたウォトニーは、事実に基づいていたのか?
次に東田教授は「コーリー」と読んでしまうような方です。
英国磁器の最も初心入門者が読むガイドの中で、
ゴッデン氏が「カーフ・レイと発音するのだ」と書いています。
試しに「カーフレイ」でネット検索してみてください。
日本人でも市井の素人が、みなさん「カーフレイ」と書いてます。
そもそも1770年代に英国で磁器を供給していたのは、ダービー、ウースター、カーフレイ、ブリストルの四つぐらいしかないのに、
その一つの名称を読めないなんて、東田先生は英国磁器窯業のイロハもご存じないと言い切れます。
ついでに国策博物館であるヴィクトリア&アルバートは、1852年と最近の開館、
しかも収蔵物の鑑定への疑義は今日も尽きません。
磁器をよく知りもしない人物が、ガイジン達の勝手な自己主張を歴史的事実と盲信して迎合してしまう。
こんないい加減な内容をまとめても、「本」になると権威がつく。
ウィロー・パターンをイギリス人が洗練されたバランスの柄にした、ならいいですが、
V&A博物館の言う「発案」なる妄想はナンセンスです。

投稿: 和田 | 2008年12月 6日 (土) 23時14分

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