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2008年11月30日 (日)

ウースターのシノワズリー・ウィローパターンのアンティークカップ。

Worcester_001 Worcester chinoiserie pink willow pattern cup & saucer  (英)

1881 (明治14年)

さて、アンティークカップのコレクションを構成するのに欠かせないのが、このウィローパターン、つまり柳模様のカップ。

このウィローパターンだけを集めてもナカナカのコレクションになりそうで、面白いくらい物語とバリエーションに富んだ模様。

柳模様willow pattern とは、マンダリン(中国の高級官吏)の美しい娘とマンダリンに仕えた若い書記との許されざる悲恋の物語が隠されていると言う説もあって、一冊の本が書けるくらいのオハナシがあるので、次回ゆっくりとご紹介するとして、取りあえずウースターの銅版転写に注目してみたい。

転写となると日本の明治期の瀬戸あたりの粗雑な雑器を思わせるけれど、130年も前のイギリスの物である本品は、しかし、緻密で美しい、精密なリトグラフといった感じで高級感すら漂う。

銅板転写は、イギリスのスポード・SPODEが1784年に発明した画期的な技法で、当ブログのカテゴリー・マイカップコレクションの中では、スポードのブルーイタリアンを紹介しています。

ウースター社は、1751年に15人の出資者によって設立された、イギリスに現存する陶磁器メーカーとしては最も古い窯です。ウースター磁器と呼ばれるソープストーンを混ぜた堅牢な器を作りボーンチャイナ以前の人気商品で高い評価を得たメーカーです。

1751年、ウースター社は、バーミンガムの彫工ロバート・ハンコックを得て銅板による転写絵付けを開発して大きく生産性を向上させます。18世紀終りには、ジョージ3世からロイヤル・ウォラント(王室御用達勅許状)を得て、ロイヤルの名を冠される名誉ある窯として今日にいたる事となります。

Worcester_007 さてさて、年代であります。裏印集によれば、このスタンプ、およそ1850年から1899年とあるけれど、ソーサーには紫のスタンプの他にも、陰刻で同じマークも彫られ更にB12あるいはR1?らしき文字が彫られている。紫のマークの下には裏印集には無いSの文字もある。ああだこうだと、この裏印をネタに友人と昨日はお茶したりしたのだけれど、困ったときの神頼みで、アンティークカップ界の「神」である、ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑(実業之日本社刊)の著者・和田泰志先生に、「お歳暮」も贈らずにメールを送ってお聞きしたのであります。

和田先生の回答。・・・・・・・・・・・・・・・・

商標登録のプリント・マークのみ、アルファベットなし=1862~66年
マーク下にA=1867、B=1868、以降順に数えると、
S=1881(明治十四年)。これが結論。
Z=1888、O=1889、a=1890、でおしまい。
1891年から関税法の関係で、表記を新しくしました。
F、J、Qはなし。Oは1889年。
ということでSは4つアルファベットが飛んでいますから、1881年に該当します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Worcester_004_2 Worcester_005_2 Worcester_006_2

写真の背景の壁紙はアーツアンドクラフト運動のウイリアム・モリスのウィローパターンちなみに我が家の居間でございます。

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コメント

「130年も前のイギリスの物である本品は、しかし、緻密で美しい、精密なリトグラフといった感じで高級感すら漂う。」
こうしたモノの捉え方は私の中にはありませんでした。
「美しい」「高級感」
なるほど、見方はいろいろできるのだ、と。
新しい刺激になりましたので、私もHPに予定を変更して
プリント・ウースターを臨時緊急更新します。
緊急といっても新年1月です。
ズラっと比較展示して、どこがどう美しいのか、検証します。

ブログの続きに期待しております。

投稿: 和田 | 2008年12月 1日 (月) 01時28分

ブルーウィローの悲恋物語、余りにも有名ですが1冊の本になる位のストーリーでしたか、知らぬ事が多すぎますので勉強になります。

この図案いいですね♪
ところで知らぬついでにお聞きしますが、この当時の銅版印刷ってどういう風に印刷していたのでしょうか?
平面への印刷は想像付くのですが、こんな局面にどのように印刷したのか?転写紙に写して貼り付けて?でも当時はそんな技術がもう有ったのでしょうか?
ちょっと気になったので質問でした>自分で調べろ凸(`、´X)ってね、すんませ~ん・汗。

投稿: boss | 2008年12月 1日 (月) 10時59分

boss様、IWANA様
磁器の銅板(銅版)転写プリントは1750年前後にジョン・ブルックスによって発明され、
最初に実用化したのはロンドンのボウ窯とされています。
ロバート・ハンコックはこれとは別に、独自に銅版転写方式を思いついたことになっています。
これは1747年頃とされ、もし本当なら英国銅版転写の生みの親は、年代からしてハンコックかもしれません。
しかしハンコックの転写版は画風も構図も転写した具合も独特なので、
みなさんがイメージする「銅版転写」とはやや異なる趣を持っています。
ハンコックは後に弟子の銅版転写彫刻師、トーマス・ターナーが1775年に興したカーフレイ窯に移り、ウースター窯を凌ぐ水準の作品を作って、ウースターの脅威となりました。
「スポードが発明した」の云いは、またまたご都合主義の現代のスポード社・日本代理店の牽強付会です。
そもそも当時のジョサイア・スポード一世は、窯業よりも音楽家として、演奏会のギャラで家族を養っていたのですから。
ところでboss様のご指摘通り、銅版転写は紙で行います。
顔料を保持する混ぜ物の油分に各社の秘法がありました。
この「紙」の壁を打ち破った画期的発明が「バット・プリント」です。
「バット」とは、膠(ニカワ)などで作る湿った寒天ゼリー状の転写媒介物と思ってください。
これを特別に極細密に彫刻した銅の板(グラビア印刷のドットほどのクオリティーを手で刻みます)に顔料を着けて余分を拭き取り、
「バット」を2~3秒銅版に乗せて写し取り、磁器に転写します。
紙のように硬く乾いた素材だと、グラビアのようなドット印刷は転写し切れません。
オフセット印刷のゴム版と同様の着想が、18世紀末~19世紀初頭にすでにあったということになります。
ぜひネット・オークションで「bat printing」を探してみてください。

投稿: | 2008年12月 1日 (月) 15時26分

名前入れ忘れました。
文章でおわかりかとは思いますが、
和田でございます。

投稿: 和田です | 2008年12月 1日 (月) 15時27分

和田先生 boss様
「スポードが発明した」の云いは、またまたご都合主義の現代のスポード社・日本代理店の牽強付会です。
 そうですか、確かに私の資料は吹田貿易さんの物ですね。

画期的発明が「バット・プリント」
ノリタケミュージアムの工場で転写の実演が見られます。「寒天ゼリー状の転写媒介」なのですね、ゴムの様な転写シートで濡らした状態で、昔の謄写版の鉄筆の潰し用のヘラみたいな物で擦って定着させていました。

柳模様・・・。諸説入り乱れて大変です。とてもブログで纏められるものでは無いなと思案中です。

投稿: 団塊堂主人 IWANA | 2008年12月 1日 (月) 18時28分

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