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2008年7月16日 (水)

オールドノリタケとコールポートのジュール比較論

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さて、「論」という程の事でもないけれど、オールドノリタケいや、正しくはアーリーノリタケと呼ぶべきだけれど、オールドノリタケとコールポートジュール(エナメルを盛上げて宝石のような装飾を作る技法)を比較してみる。

冒頭の写真二点はオールドノリタケの物です。写真右が1908年頃(明治41年頃)のマルキ印(英国への輸出品)、写真左が1891年頃(明治24年頃)のメイプルリーフ印(アメリカへの輸出品)ですそれぞれの詳しい事はカテゴリーのオールドノリタケをクリックしてご覧下さい。

Coalport_009 さてさて、あの日、パリの朝に燃えたフランシーヌの場合も、「本当の事を言ったらオリコウニなれない」と判っていたけれど、フランシーヌはヤッパリ本当の事を言ってパリの朝に抗議の焼身自殺を図ったわけで、団塊堂も本当の事を言ってブログ炎上あるいは検索で訪れて戴いているオールドノリタケファンの皆様から仲間はずれにされないか心配であります。

Coalport_016 今までの長い人生のなかでの僅かばかりの幸せに比べ、数え切れない程の沢山な不幸の原因は「本当の事を言ってしまった」事にあるのは痛いほど判っていて、いや思い知らされているけれど、本当の事を言って、本当の仕事をして、本当の生き方をしてきたのだとも思っているのよね今は。

しかし、愛しているからこそ、本当の事を知りたいと思うし、愛しているからこそ、それらを含めて本当に愛したいとも思うのです。ナンノコッチャってか?

というわけで、前置きが道草となって自分でも方向が分からなくなる前に本題を確認するけれど、コールポートとノリタケのジュールを比較しながら、オールドノリタケを語ってみたい今夜なのです。

On_j_005 さてトヨタにレクサスもあればクラウンもカローラもあるように。ノリタケだってコールポートだって松・竹・梅もあり上・中・下もあるけれど、この作は松であり上のラインの物だろう。ノリタケのこの二点も同じラインの物だろう。

このコールポートの年代は1891(明治24年)から1919(大正8年)であると考えられるからオールドノリタケのジュールの方が少し時代があると考えられる。

さて、和田泰志先生のコメントを復習してみる。

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Coalport_004
コールポート社製のはジュールの形が揃っていること、
焼きムラがなく発色が一定であること、
艶があること、でしょうか、
このあたりが大きく品格の差を生んでいるように思います。
もちろんジュールの用い方、つまり意匠の中でジュールが占めるデザイン上の役割の違いでしょうかね。
ただ単に鋲を並べたような線飾りでないところが魅力です。

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さて、冒頭の写真左のノリタケのジュールなどイボの様な盛り上がりである。コールポートの控えめで品のいい盛り上がり方に比べて武骨である。

写真にはないがジュールの表面に泡が出来ているものがある。On_j_004 オールドノリタケにはジュールの外れたものが多く見られる。つまりジュールのエナメル質が良くないのである。

ガラス質とカップ本体の収縮率の違いにより温度変化によってジュールが取れてしまうものが多い。少なくとも今まで見た数点のコールポートにはジュールの外れたものはなかった。当コレクションの“コールポートのど派手なカップ”などかなり使用感のあるものだけれど外れは無い。

さて、オールドノリタケファンの団塊堂が興ざめな事を書いたけれど、愛するという事は、コレクションの上では、冷静に正しく知るという事であり、無知のまま絶賛するという事ではイケナイと思うのです。例えばジュールという技法を琳派に結びつけたり蒔絵に結び付けて日本の伝統美などと論じるのは間違いなのです。

ノリタケのフライングスワンズがロイヤルウースターのパクリであり、薔薇絵が完全コピーであるのを知るのはショックですが、それらを含めて愛して欲しいのです。そして、そんな時代に生きたのが「オールドノリタケの時代」の日本だったのです。しかし、根拠の無い賞賛は見苦しいものです。

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コメント

IWANA様
リクエストに応えての比較論、有り難うございました。
もともとジュールは、熱く溶かした色ガラス液を金箔の上にたらして粒を作り、
それらを一つひとつ磁器の上に貼り、周囲に金彩で土手を作って留める技法でした。
後年になり、霰仕上げのような細かい物は、ステンシル・フィルムを貼って均一に盛り、焼くとフィルムは燃えてなくなる、というやり方もしました。
しかし基本的には、熟練の職人が手仕事で、機械のように正確に仕上げてゆくのが高級品です。
このときには「スリップ・エナメル」といって、ケーキの生クリーム絞りのようにエナメル顔料を盛りつけてゆく方法や、
穂先が硬い特殊な丸い筆で盛り上げる方法があります。
写真のノリタケを見ると、ジュールがいびつで丸くなく、大きさが揃っていないので、
特殊な筆などの道具のことがわからず、普通の筆でグルグルと塗ったのではないでしょうか。

「ゲームバード(雉)」はロイヤル・ウースターのジェイムズ・スティントンが得意とした作品で、ノリタケが模造していますが、
ウースター作品の顔料には、スティントン一族だけに伝わる「丁字油の技法」が使われているので、色絵の質感が全く違います。
ノリタケではこのようなテクニックがわからなかったため、
モティーフや構図はウースターのパクリですが、
スティントン作とは絵付けの品質に天と地ほどの差があり、ノリタケの完敗です。

それに比べると、ボールドウィン作の「フライング・スワン(ズ)」には
「丁字油」のような特殊な秘術は使われていませんので、
ノリタケの模造品は比較的ウースターの品質に近いと評価できます。
しかし、白鳥の首の伸び具合や角度、背景の水色や植物の種類まで、
臆面もなくパクッてしまう姿勢は、さすがにどうなのかなあ、と思います。
「恥を知れ!」とまでは申しませんけれど。

投稿: 和田 | 2008年7月18日 (金) 00時10分

和田先生の、詳しい解説、勿体ないので後日コピーしてブログをアップさせて戴きます。

ノリタケのジュールはイッチン盛り上げの様な気がします。とても筆では出来ない玉の様なジュールです。一生懸命のあまりやり過ぎてしまった様な。

投稿: 団塊堂主人 IWANA | 2008年7月20日 (日) 16時02分

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