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2008年6月28日 (土)

偽装飛騨牛。

000 先週は、テレビで、本当に下品な、いや下品というより知的レベルが最低の岐阜弁がニュースで繰り返し放送されて「岐阜人」岐阜弁では、これは“ぎふのじん”つまり、あの人この人を“あのじんこのじん”と言ったりするのだけれど、岐阜人である事が誠に恥ずかしい今日この頃です。

偽装牛肉の「マルアキ」がある養老は孝子伝説の養老の滝がある養老山脈の麓、滋賀県との境にある、肉屋さんが沢山ある地域なのだけれど、飛騨とは全く縁もユカリも無い地域で高速道路を乗り継いでも飛騨高山とは二時間くらいの時間距離がある世界なのです。

ことの顛末は、すでにご承知の通りだから省くけれど、既に今年の春頃から、内部告発によって鳴動していた事件で、しかし告発にもかかわらず行政は動かない、マスコミはかなり動いていて、希望の星「朝日新聞」によってようやく表に出たという事で、ど田舎の小役人の、根性をみせつけられた事件なのです。

モチロン、ど田舎の小役人とて、命は惜しい訳で、ヤヤコシイ団体もあって、県議会は自民の王国では、動くとすれば、全ては自滅覚悟という事になる。先生方が走り回って揉消しを謀るあいだは知らん振りして、マスコミの後で、今始めて知りましたという顔をして表に出てくるというという状況は、悲しいけれど理解できないわけではない。IWANAとて企業のなかで生きていたから。

飛騨牛の偽装も、一色産ウナギも、役人が安心して闘える体制が無ければ問題の解決にはならないのです。

それにしても、高脂血症の猿の様な、猿でも出来る反省すら出来ない猿以下の社長、謝罪の記者会見で机に頬杖を付きながら、質問する記者を「アイツ誰だ!」とノタマウ弁護士、まるで安物の西部劇を見るような、ドイナカの猿どものお話です。

写真は、何の関係もない今日の昼下がりの我が家近くのドトールです。

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2008年6月25日 (水)

我が師、和田泰志が偽マイセンを叩き割るの記。

Meissen_026 今日はじめてお立ち寄り戴いた方には、我が師「和田泰志」についてご説明をしなければならないが、しかし、我が師といっても勝手に私が言っているだけでご本人には迷惑至極かもしれない。

Meissen_025 当ブログでは何回もアップしている「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑 実業之日本社刊」 「アンティーク・カップ&ソーサー 講談社刊」の著者でアンティークカップ界の大阿闇梨(おおあじゃり)であり不動明王みたいな存在なのだ。

というのも、師は、かって毎日一個、千日アンティークカップを買い続けた、そして既に二千個、いや近頃は四千個のアンティークカップを手にしたという桁外れな方なのだ。なによりあらゆるアンティークカップを購入した、そして手にしたという実体験は、誰をも沈黙させるにふさわしい貴重なものだからだ。

「一期は夢よ、ただ狂へ」。戦国時代の流行歌だけれど、好きなんだなIWANAはこの言葉が。狂気の末にしか掴めないものが在るはずで、比叡山延暦寺の修行僧が七年に渡り千回、峰々を巡る千日回峰行の末、大阿闇梨として崇められるのにも似て、四千個のカップを買い続けるというのはマサニ修行であり苦行であり、そして快楽なのだから。 と、少し持ち上げ過ぎたかも知れない。

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さてと、過日のマイセンの絵皿、真っ赤な贋物なのである。いや、「である。」などと威張れた話ではないのだけれど。これじゃあまるで、「なんでも鑑定団」に出てくる、誰がみても「マッカナ贋物」の掛け軸を持ち込んで、トウトウト講釈をタレル田舎の守銭奴の馬鹿隠居そのものではないか!と。

いや、少し言い訳をさせていただけば、わたくしとて、マイセンのヘロルト期の絵皿なんぞが出れば数百万の話で、ベンツのコンプレッサーなんぞでは届かない値段だというくらいは承知之助で、E-bayで18世紀のマイセンでヘロルトとあるから「馬鹿野郎!ソンナワケネーダロー!!」なんて見ていたのですよ。しかし、見ているうちにスケベ根性が湧いてきて「面白いのジャマイカ・これで面白いブログが書ける」なんて思ったりして、すべてブログのせいなのです。

そのうえ敵はアメリカだからキャプションはフーテンの寅さんの口上並だし、届くまで時間が掛って、こちらも段々盛り上がって、ひょっとして本物?なんて思ったり、届いた物が少しばかり時代が有って、雰囲気アルジャンって感じだから・・・・・。とはいえ、まあ贋物だから、いきなりブログにアップすれば、ブログはそこで終わってしまうから、引っ張ってひっぱって、とりあえず全体の写真は出すのは止めた訳だけれど。

Meissen_015_2 わが師、和田泰志氏がコメントで「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」Meissen_009 の200ページの「伝ヘレナ・ヴォルフゾン工房」の贋作マイセンの中国人と同じでは!と控えめにご指摘戴いたから、しかし、IWANAの勘違いのシアワセが震度8強で激しく音をたてて壊れていったのです。まさにそれだけれど、それよりは少し良くって、しかし、贋物が有るという事はオリジナルが有るわけで・・・・・。などとツブヤイタリして・・・・。

和田泰志氏の、IWANAの贋マイセンに対する見解です。

Meissen_012 ブログのはヘロルト様式で描かれたものですが、
1860~1880年頃、明治前半に作られたものでしょう。
ヘロルト、ヘロルトの弟子、ヘロルトの工房、
アルブレヒツブルク城内、18世紀」といった
キーワードに該当する可能性は、残念ながら0%です。
Meissen_008 ブログのは中国人をみた段階で、絵付けが粗雑もしくは稚拙で、
18世紀はもちろん、19、20世紀のマイセン製である可能性すらもありません。
風景画を見ると、空の青色の顔料が
19世紀後半のパリで用いられたものに見えますので、
エドメ・サンソンあたりが作ったフランス産18世紀マイセンではないでしょうか。

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というわけで、師は、これを見て学べ!!!とヘロルトの素晴らしい写真集を送付して下さったのです。ドイツ語の原書で、書いてある事はわからないけれど写真を見れば馬鹿なIWANAでもその違いはハッキリとわかる。恐るべしマイセン・ヘロルト、物凄い世界なのですね。素晴らしい絵画性、格段の様式美。宮廷美術が陶器に結晶して見事な世界を作り上げているのです。

いや、IWANAの中には、西洋の陶器を馬鹿にしている部分が昔からあって、かって若い頃、百貨店で担当していた国際陶芸展に出品される海外の物などクラフト並の物ばかりで、陶器はやはり日本だと国粋主義的盲徒だったわけですが和田氏の「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑 実業之日本社刊」が、その傲慢を正し、今回、お送り戴いたヘロルトの素晴らしい写真集が木っ端微塵にその勘違いを打ち砕いたのです。

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何がドウ違うのだとご報告。

Meissen_011 先ずは、この飾り、ドウ見てもオレンジ色のアカンサス模様が可笑しいではないか?渦巻き模様すら可笑しい。というわけでブログ①の冒頭に貼り付けたのですが既にこの時点てお分かりの方にはお分かり戴いていたのですが。勿論、宮廷美術師のヘロルトのレベルではない。

雲の描き方が可笑しい。ヘロルトの工房では、ヘロルトは工房の絵師に一切勝手な描写は許さなかったヘロルトの描写方法を徹底させた。ヘロルトは才能有る絵師が自分を乗り越える事を恐れ絵のパーツ毎に担当を固定し決して全体を一人で描かせなかった。ゆえに雲とか空の描写は常に同じ描き方がされている。

今回の贋作を先頭に、以下ヘロルトの写真集から真作の「雲」を並べてみた。

Meissen_021 Meissen_019 Meissen_022 Meissen_024

という訳で、ご存知の方には言わずもがなの事を今日も沢山書いてしまったけれど、これが楽しいのです。そして、この贋作マイセンとて100年以上前の物であれば、立派なIWANAのコレクションであるのです。勿論マイセンと名乗らなければ、それなりのアンティークという事ではありますが。

そして贋物でも良いから近づいてみたい気もする古マイセンの世界です。

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2008年6月22日 (日)

Rare Meissen 18世紀のシノワズリーの皿 その②

Meissen_004_2 さて、貴重な初期マイセンのプレートである。ヘロルト期のシノワズリの有名な港湾風景である。あるいは、マイセンが生んだ最良の絵付けの典型といわれるクリスティアン・フリードリヒの物だろうか、この時期の港湾風景の絵付けは七人しか許されていなかったというから七分の一の確率である。と偉そうに書いたけれど何の根拠も無い。

今月の初めE-bayで落札した物である。出品者によれば

You are bidding on a rare Meissen 18th Century (circa 1725-50) hand painted scenic plate in the manner of J. G. Heroldt. The saucer features a vignette of two european merchants on shore with a tender nearby. Beyond are a number of sailing ships in a expansive harbour. The remainder of the plate is decorated with elaborate scroll work and floral decorations . Special notice should be given to the two Chinoiserie figures that flank the landscape.  とあります。
さてさて、真贋の事である。ネットでの書き込みを調べてみても、オークションに出品されるマイセンのものなど殆んどが贋物と書いてあったりするから悩ましいところであるけれど、そう書いたご本人もオークション出品のリンクを貼って居られたりするから何がナンダカ素人には判らない。
Meissen_017 だから、状況証拠を固めてみた。まずオークションには、カップとソーサーが別立てでオークションに掛けられていた。蓋付きのカップの絵柄もソーサーと同じ港湾風景であり、かなり手の込んだ物であり、セットの形状は本にも出ている物である。カップの蓋のツマミは取れ、ハンドルも取れているという悲惨な状況だけれど経年の使用感もあり未だセットで存在するなどカナリな物である事が感じられる、これこそ本物の証ではないのかと。だがしかし初期マイセンなど博物館物のハズなのだよ。
セットとしてみればカップのダメージの減点は大きいけれどソーサーは表面の経年劣化を除けば完品である。この時期のソーサーのデザインは中心の井戸がなく、皿のみで絵皿として鑑賞に堪える。まあトニカク、真偽はさておき近寄ってみたい世界ではあるのよね。
さて、オークションへの参加である。カップとソーサーのオークションの締め切り時間の差は三分しかない。しかも本命のソーサーが後である。絶対落札を命題としてソーサー一本で行く事とした、勿論、予算もあるわけで。
なにより、実は、前の週にコールポートのジュールのカップ&ソーサーを最後の数秒でセリ負けているのです。勿論、お金を幾らでも出すのなら落とせるのですが、いかに安く落とすかが勝負なのです。締め切り数分前からの激しいセリの結果、たった二ドルの差で落とす事が出来ました。しかも考えられないような価格で、つまりIWANAにも何とかなる価格で、ツマリこれってニセモノ???? 
スリリングで、いやエドハルミ風にいえばスリリングウ~!です。
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と、そこそこ幸せなIWANAなのでありましたが・・・・・・・・。しあわせは不幸に比べれば長くは続かないもの。事の顛末は、後日ゆっくり冷静に、ご報告させていただきます。トホホ。
という訳で、一年で一番短い夏至の夜の今夜は、とても長い夜になりそうなのだといいつつ、書いたブログのアップは後一時間後に設定して、眠いから寝ます。オヤスミなさい。

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2008年6月21日 (土)

Rare Meissen 18世紀のシノワズリーの皿 その①

Meissen_011 東インド会社によってヨーロッパにもたらされた中国や日本の磁器は、その透明感と光沢でヨーロッパの王侯貴族を虜にします。

それらの磁器の良品は金の価格よりも高かったと言いますから、金を作り出すといって出来なかった錬金術師ベドガーが、強欲で絶倫のアウグスト強王に、金にかわる物として磁器の製造を命がけで命令されたのも、理解できます。

ほとんど囚われの身の環境のなかで、八年の歳月の後、ベドガーは磁器の焼成に成功します。磁器焼成の秘法は極めて厳格に国王の武力の下で管理されます。

しかし、職人の置かれた劣悪な環境と賃金不払いといった裏切りにより、其の秘密は周辺諸国へと次第に洩れていきます。1718年 ベドガー、ドレスデンで没。

Meissen_001 1719年、ウイーン窯は、マイセンから来たシュテルツェルのノウハウにより磁器の焼成に成功します。ウイーン窯は、マイセンより遥かに優れた色絵具を開発します。そしてその色絵具を生かす腕のある画工として23歳のヨハン・グレゴリウス・ヘロルトが加わります。 写真=ヘロルト

当時、ウイーンは、ウイーン以上に贅沢な暮らしをしている都市は無いといわれるくらい華やかな都市であった。その流行に敏感なウイーンでヘロルトは、流行のシノワズリ・中国趣味の壁画を描く画家として既に知られた存在でした。しかしヘロルトは唯の芸術家ではありませんでした。才能に溢れ、そして野心に溢れ、商才に長けた只ならぬ男だったのです。ウイーン窯は財政難によりあっけなく立ち往生します。

ヘロルトはウイーン窯の新色絵具を持参しマイセンに移ります。磁器の焼成に成功したものの美術的な面で立ち遅れていたマイセンでヘロルトは破格の扱いで迎えられます。世界の陶磁器の歴史に燦然と輝くマイセンの絵師ヘロルトの誕生です。そしてヘロルトのマイセン蹂躙の野望の始まりです。

Meissen_009 以下引用

Meissen_005ヘロルトの絵付けは次第に独特の様式を確立しつつあった。彼は奇抜で精彩な中国趣味の絵柄を、手の込んだ渦形模様の枠組みの中に描くことに熟達していった。塔や奇妙な草木が点在する一風変わった風景。そこには苦力のかぶる麦藁帽子をかぶり、口髭を生やした中国人がいて、錦模様の服をまとい、煙草を吸い、茶を飲み、踊ったり稲を植えたりしている。       マイセン  ジャネット・グリーンソン 南條竹則訳

さてなんだカンダと、今日も前置きばかりが長く、肝心の“ヘロルトのシノワズリの皿”なる物が登場しないではないか?!と皆様の野次が聞こえてきそうだけれど、つまりマイセンを語るにはベドガーを語ると同じくヘロルトを語らねばならないのであってヘロルトを知る事で、この度、IWANAのコレクションに加わった“ヘロルトのシノワズリの皿”なる物についてのご理解をイタダキタイと思う昨日今日この頃なのだ。

引っ張って、ひっぱって安物のテレビドラマのようだけれど“皿”の全体像については次回のブログでアップ致します。直径11センチの小宇宙です。     つづく 

Meissen_007

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2008年6月19日 (木)

18世紀の極めて貴重なマイセンを手に入れるの記。

Meissen_002 ヨーロッパで、磁器がまだ黄金より貴重だった時代。

今から三世紀前のドイツ。

強欲で絶倫で容赦ない道楽者の王・アウグスト強王と、その王に幽閉された錬金術師ヨハン・フリードリヒ・ベトガーによって1708年ヨーロッパ最初の磁器が焼成される。

今日に至るも無双の磁器メーカーとして世界に君臨するマイセンの始まりです。

マイセンを語る時、ベドガーを筆頭に、ウイーンから来た比類なき才能と野心に溢れた装飾絵師ヨハン・グレゴリウス・ヘロルトと、名彫刻家でマイセン磁器に彫刻としての素晴らしい表現の世界を開いたヨハン・ヨアヒム・ケンドラーの三人の男の欲望と陰謀の闘いの歴史を語る事になる。

さてと、今回は、その絵師ヘロルトのシノワズリ(中国趣味)の絵皿。1725-50年頃の作と考えられる物。

とはいえ、7日にアメリカのオークションで落札し、今日、我が家に届いたばかりの品。極めて満足している今日この頃だけれど、ゆっくりと吟味しつつ語ってまいります。

Meissen_005 Meissen_009 今日のところは、絵皿のほんの一部、一センチ程度の大きさで、細密画とも謂うべき緻密さで描かれた中国人をご紹介。

冒頭の写真はアウグスト強王とベドガー。

参考文献 マイセン ジャネット・グリーンソン著 南條竹則訳 集英社刊

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2008年6月15日 (日)

さてと。

Pritt_001_2 あまりに酷い事件やら、悲惨な災害が続いて、軽く無責任な発言が売りの団塊堂も言葉を失っております。

さりとて、沈黙こそ卑怯との生き方も変えられず、今日も怒りのパソコンを開いたのであります。

まずは、岩手・宮城の地震の被災者の皆さんには心からお見舞いを申し上げて、しかし何より、死亡者や不明の方の多くが釣り人であった事など他人事ではなく心からお悔やみ申し上げる次第です。

来る来ると言われている東海大地震が来ないで、周辺ばかりで起こるのも、どうよと思うけれど、これはこれで、東海大地震が愈々迫りつつあると理解したほうが良いようで、実は、団塊堂も四川大地震を受けて、先週、地震対策を施したばかりなのです。

団塊堂コレクションもガラスやら陶器といった割れ物ばかり、すでにキュリオケースは粘着マットで固定したり、天井の梁から針金で固定してあったし、オールドノリタケのコレクションなどは粘着マットで固定してあったけれど、近頃さらに数が増えたので、先週、ホームセンターで「プリットひっつき虫」を買って来て大切なカップ&ソーサーなどを固定したのであります。

Pritt_2 この先は、貴重な物はアルミのトランクを買って仕舞う事も考えてはいるのですが、それでは、飾る楽しみが消えてしまう訳で悩ましいところではあります。

いや、お前の問題意識は、そんな小さな事なのかと、石つぶてが飛んできそうだけど、真に其の通りで。

参議院で首相が問責を決議されるという異常事態にも関わらず、知らん振りが通るニッポンであるわけで、四川大地震で何百万の被災者が充分な援助も与えられず嘆き悲しむカノ国は虚栄のオリンピックを押し通すつもりの様で、チベット侵略・新疆ウイグル弾圧を押し隠し、なにより共産党の独裁の下で、悲惨な農民の貧困・労働者の悲惨、資本の暴走といった世界一矛盾に満ちた中国であるわけで。黙っていたらデタラメが世界の大通りを堂々とノシ歩いているわけで。

フリーチベット! 中国共産党の独裁反対! 自民・公明の居座り政権打倒を叫ばねばならないと思う今日この頃です。

それにしても、使用済みのリトマス試験紙・民主党の過去の代表、前原という、使い物にならなかったので代表を辞めた男は、気持ち悪い目付きで、民主党内では相手にされなくなったから自民党に行きたくてしかたがない奴だなと思うのは、私だけでは無いハズです。

Ajisai_001_2

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2008年6月12日 (木)

コールポートのアンティーク・カップ&ソーサー その②

Coalport_002 あたり前の女なら今更好きになったかどうかは判らない。

あたり前の愛なら今更踏み出したかどうかは判らない。

だから、・・・・・・・・・・・

あたり前の物はコレクションの対象となりにくい。

あたり前の物があたり前でなくなった時、ようやくコレクションの対象となる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今夜も、先ほどまで、座敷に倒れこんで寝ていました。今頃パソコンを開いてしまいました。そして、まだ虚ろで、少し論理はラリッテいるかも知れません。

つまり、この、コールポートのカップ、IWANAの現在と対極に在るわけで、けっしてIWANAの暮らしがジュールの用であったり、ピンクであったり金のハンドルという訳ではないのです。この写真を見て大方の人は、成金め!何をチャラチャラとお思いでしょうが。まあそれが普通の事で。たがしかし、くだらない先入観やら道徳観、つまらない刷り込みを取り去ってみると、楽しいものは楽しいのであって、金は灰色よりは美しくて、ピンクは茶色よりは心を元気にしてくれる事は間違いないのだ。

階級社会のイギリスでは、この時代の市民の暮らしは悲惨を極めていたけれど、産業革命の果実がホンの一握りブルジョワジーを生み、インドなどの植民地からの悪辣な搾取で少しばかり富が市民までコボレテ来た時代なのです。18世紀の陶磁器など市民の暮らしとは無縁であったけれど、それゆえに宝石のようでもあり極めて工芸的であったけれど、19世紀に漸く新興ブルジョワジーに手が届く物になったのです。勿論どの国でも、無能な貴族よりも経済を握る商人には力があったわけで、と、今夜も、IWANAの今の暮らしとは、程遠い世界を彷徨いながら、さて、寝ます。明日も仕事だから。

Coalport_006_3 コールポート

ジュール仕上げのカップ&ソーサー

Coalport(英)

1891~1919

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2008年6月 8日 (日)

北京オリンピック。

Ajisai さてと、こんな夜中にドウよって感じだけれど、先ほどまで座敷に倒れこんでいて、今頃目が覚めてしまって、パソコンを開いてしまった訳で、もしや眠られぬ夜をお過ごしのお方があれば、少しお付き合い戴こうと思うのです。

ここ数日、IWANAは完全にヨーロッパのアンティークカップに呆けていて、一昨日も朝早くからオークションに参加し、昨日も夕方オークションで周到な戦略により18世紀のマイセンのヘロルト期の絵皿を競り落としたのです。イヤ、本物ならば我が家にとって画期的な事なのだ。とはいえ、そんな事は私一人が思っているだけ・・・ですが。

ところで、アメリカのオークションだからドルの価格は重要で、一昨日から昨日にかけてドルがドンドン安くなっていったのよね。これって非常に都合が良い事なんだけれど、ここ数日オークションの事で頭がイッパイで世の中の事なんかドウでも良かったから、新聞もロクニ読んでなかったけれど、6日のニューヨークは、米景気の先行き不安が再燃しドルと株が急落して原油は更に値上がりしたって。これじゃあ折角持ち直した日本の株価も週明けには暴落って事になりそうで、他人事ながらお金持ちの皆さんはドウよって思う今日この頃なのです。

Oomi_005 翻って我が身をみても、食料品からガソリンの値上げ、オイオイ今度は煙草が千円なんて話もあって、そんな事なら煙草をイッパイ吸って死んでしまおうとも思うのです。しかも近頃は長期金利が上がりつつあって住宅ローンの返済額が上がるとローン地獄になる人も多くあるなんてニュースを見たから、我が家も築後10年で金利見直しでは?と冷や汗を掻いたけれど金利見直しで数年前に借り換えと繰り上げ返済をしたお蔭で近々の金利上昇は難を逃れたようなのだ、長い間、長期固定で高い金利を払ってきて、見直しの時期に高金利にブツカルなんて悲劇だものね。

さてと、「中国四川の震源地で大量のコンクリートが噴出し地下核施設爆発かと警戒されている」つまり、中国の四川省は、中国の核施設やら軍事施設が集中している、中国の僻地で、ダムの決壊の危険もさることながら、トンデモナイ事が起きてしまっているようで。

つまり震源地近くで、地下の核施設が破壊され「現地の村民によると、5月12日地震発生当時、多くの村民は農作業をやっていた。突然地面と山が激しく揺れ始め、同時に凄まじい爆発音に伴い、付近の山頂に穴が開き、そこから歯磨き粉を絞り出すかのようにコンクリートの破片が噴出した。この様子は、約3分間続いたという。」そんな中国の今日この頃ですが、皆さんは北京オリンピックがこのまま開催出来ると思われますか?

今日で、北京オリンピックまでチョウド二ヶ月。

Ajisai_001 オイオイ、これってどうよ。四川省じゃ黒部ダムに匹敵するような地震によるダム湖の崩壊の危険もあるというのに、オリンピックが出来るのか?中国共産党さんよ!!!驚くほど硬直した、ほとんど思考能力を失った中国指導部、まさに崩壊間近だと思うね。

大地震を目にして、「チベット解放」も何処かへいってしまいそうだけれど、今こそチベットを注視する必要があるわけで、震災に際して中国がまず取った行動は武装人民軍の大量派遣でチベット人民救出などは二の次だったわけで、なにより「核」の被災を隠蔽する事が一大事だったのだろう。関東大震災の甘粕の大杉栄虐殺のようにチベット解放指導者の安否が気遣われるコンニチだけれど。

まあそんなこんなだけれど、我が家の近くの公園では紫陽花の花もキレイで。しかし梅雨の晴れ間は嬉しいけれど、アジサイには雨が無いとイケナイナと思うのです。

サテト。今日すでに何度目のサテトだろうか。

さてと、寝るか。

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2008年6月 5日 (木)

梅雨。

Oomi_005 冷たい雨が降るなか仕事に出掛け、冷たい雨にズボンの裾を濡らしながら帰ってまいりました。

今日も今日とて、昨日と何ほど変わりがあるはずも無く、このところブログの更新も遅れぎみで、とはいえ、このところ楽しい事も、少し心躍る事もあり、決してナメクジの様なツマラナイ生活に終始していたのでは有りません。昨日は織田有楽斎について考え、今日は18世紀から19世紀の建築とファッションについて学んだのであります。こんな暮らしが一年以上続いています。

おっと!!!ブログのアクセスも、間もなく40,000を越えそうであります。有難うございます。全ては皆様の励ましのお蔭であります。

いや、ブログの更新が出来なかった理由は、近ごろネット生活の中で新境地を開拓し、海外のオークションサイトに嵌っておるのであります。IWANAは、明日は明日とて朝の5時半には起きて海外のオークションで一勝負いたすつもりです。ですからこれをアップしたら、IWANAは寝ます。このところ身体は少し疲れ気味なのです。

オヤスミなさい、明日は今日より良い日でありますように。

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