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2008年5月31日 (土)

ヴィクトリア朝の羊歯狂い。

Coalport_005_2 イギリスのヴィクトリア女王の時代(1837-1901)は英国経済が世界の工場として未曾有の発展を遂げた時代である。しかし一方「飢餓の40年代」ともいわれる労働者の窮乏の時代であり、階級社会の英国は、ごく僅かの支配階級を除き、悲惨極まりない奴隷的労働者で溢れていたのです。この悲惨な状況からマルクス・エンゲルスは共産主義を生み出し、また或る者はアナキズムに陥った。なんて事を思いつつ、前回ブログアップした、コールポートの華麗なアンティークカップを眺めているのだけれど、この華麗なカップもまた同時代なのだと思うと、いささか思考が分裂気味のIWANAの今日この頃だけれど、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さてと、皆様は、庭に羊歯(シダ)が生えたら如何なさいますか?

日陰の薔薇仲間の皆様など、日陰では薔薇は咲かずに、羊歯ばかりが生えてくるとお嘆きで、羊歯などコケの様に嫌われたりしている今日この頃なのですが。

だがしかし、御婦人方が愛するイングリッシュガーデンのイングランドでは、羊歯がご婦人方に殊の外もてはやされて“羊歯狂い・Pteridomania”と呼ばれる程の熱狂を見せた時代があったのだという。

まさに、ヴィクトリア朝の時代こそ、テリドマニア・羊歯狂いの時代なのだ。1851年の万博に展示されたウォーディアン・ケース(密封されたガラスケース)が、その中で栽培された羊歯を含め大流行した事によるのだそうだけれど、イギリスの装飾パターンには、その後のウイリアムモリスの壁紙やら、カーテンやら陶器などフラクタルな羊歯の葉が多く使われている。

とてもマワリクドイ話になったけれど、今日のご自慢は。花の咲かない日陰の我が家の中庭には、自生を含め八種類もの羊歯がハビコッテ、今、梅雨のキザハシに 勢いを増していて、羊歯がハビコル様な爺臭い陰気な庭だと大方の人は言うかも知れないけれど、これこそがヴイクトリアンなイングリッシュガーデンなのだと、言ってみたかったのです。

「羊歯は、時代の新たな、地味で厳めしいムードにぴったり合っていた。男たちの服装が黒ずくめになるのと軌を同じくして、羊歯の人気は高まっていった」  D・E・アレン

Pteridomania

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2008年5月29日 (木)

コールポートのアンティーク・カップ&ソーサー その①

Coalport_005  コールポート

ジュール仕上げのカップ&ソーサー

Coalport(英)

1891~1919

・・・・・・・・・・・・・

Coalport この所、IWANAは毎晩、アンティークカップの魔界に嵌り込んでいました。

あの、「アンティーク・カップ&ソーサー」 講談社刊 和田泰志著の157ページのコールポートのカップが手に入ったのです。勿論、写真掲載の実物をです。つまり、著者の和田さんの厚意でお譲り戴いたのですが、実物を手にしてみて、素晴らしいのです。感動的であります。

IWANAは、和田さんの「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」を98年に手に入れて以来、バーチャルコレクターを貫いていて、あれがいい・コレがいいと、夜毎、妄想のコレクションを楽しんで来ました。勿論すべては経済的な諸問題によるのですが、しかしながら先日来、オールドノリタケの世界を外れて少しヨーロッパのアンティークカップの世界に遊んでみると、美のコストパフォーマンスなどと謂う言葉があるとしたら、割高なオールドノリタケに比べて、たくさん美しい物が手に入るという事に気が付いたのです。

そりゃあ、マイセンの18世紀の物やら、セーブルの初期の物が欲しいけれど、まあそれは、「ジャンボ宝くじの当り」の楽しみとして。ささやかながらヨーロッパアンティークカップコレクションの第一歩を踏み出したのです。

まず、コレクションを構成する核として、手描きの極致と思われるロイヤル・ウースターの絵画表現の物、ジュール仕上げ・工芸の極致と思われるコールポートのジュール、この2つのアイテムを持って来たいと妄想していたのだよね。いずれも19世紀末から20世紀上旬の物だから目が飛び出るほど高価という訳では無いから。そして、ゆっくりその周辺を時間を掛けて小遣いで埋めていくなんて事を。しかし、この構想の一つが、いきなり実現してしまったのです。ブログのお蔭です。和田さんのお蔭です。

美しいです。素晴らしいです。

何が美しいか、何が素晴らしいか。は、ゆっくり語ってまいります。

                                     つづく

Coalport_001

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2008年5月26日 (月)

テンカラ。

Tenkara_001 食べ物を求め

貪欲なる魚を欺かんと

虫餌のつきし鉤を

銀色の川に投げ入れる君。

忘れずにおきなさい。時の車が回れば、

君がそのとがめを受けるのを。

策略をもって君はあの生き物たちを

騙したのだから、その欺瞞のゆえに

今度は、君が捕らえられ、

君自身が餌にした虫たちの食物にされることを。

 「釣り師N・B君へ」  マイルド・フェイン

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まるで脅しではないか? 釣り師への脅迫ではないか?どこかの国の環境ゴロの似非反捕鯨団体のようではないか?これでは紳士のスポーツと謂われた釣りも、まるで犯罪扱いではないか!

しかし「ハムレット」の第四幕第三場で、ハムレットも「人は、王を食ったウジで魚を釣り、そのウジを食べた魚を食べる。」と言い、釣り師の行く末を、あるいは人生の有為転変を語っている。

魚の前に「餌」を垂らすのが欺瞞の様に言われたから、久しぶりに「毛鉤」を巻いてみた。

昔、毛鉤に騙される魚を馬鹿とした馬鹿な自民党の田舎代議士がいたけれど、彼の人生観では、直接的な[食物である餌]に食いつく魚は利口で、贋物の「毛鉤」に食いつく魚(有権者)は馬鹿である、としたのだけれど。彼らの日常では「金という政治家の食物」に喰らい付く代議士は利口で、「理念」などという「毛鉤」に喰らい付く代議士は馬鹿なのだというのだろう。

Tenkara_002 と、ついつい、そちらへ行ってしまうIWANAだけれど、まあそんな事はさておいて、三余年ぶりに「毛鉤」を巻いてみた。「毛鉤」といってもIWANAのそれは、フライなどというオシャレで釣れないものではなく、「テンカラ」という日本の毛鉤。しかも極めて土俗的で実戦的な毛鉤。

竿先に15センチ程度の短い仕掛けで毛鉤を垂らし谷の落ち込みやら淵尻をピンポイントで狙うというもの。昆虫と間違えた魚がガバーッと出てきたところでガッーンと合わせる。まるで昆虫採集の様な釣りである。時々掛った魚が外れて空高く飛んでいく事がある。そんな時、天から魚が降ってくるからテンカラというのである。

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2008年5月24日 (土)

コレクトする。

Ons_2 蒐集家にとって一番の魅力は、個々の事物を支配圏内に封じ込めることで、封じ込められた蒐集品はそこで、最後の戦慄・・・・獲得するという戦慄・・・・が退いてゆく間に、硬直するのです。想い出されたこと、考えられたこと、意識されたことがすべて蒐集家の所有物の土台となり、枠組みとなり、台座、収納庫となるのです。時代、風土、仕上具合、それを手放した前所有者・・・・これらすべてが、真の蒐集家にとっては、彼の個々の所有物の中でひとつに圧縮されて魔法の百科全書となる。そしてこの百科全書の総和が彼の対象の運命なのであります。       ベンヤミン 

  「パサージュ論 熟読玩味」 鹿島茂 青土社刊より

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IWANA OLD NORITAKE  COLLECTION ⑭ 

フライングスワンズ デミタスカップ&ソーサー

裏印 ブルー メープルリーフ印 米国輸出向け 

明治35年頃(1902)~明治43年頃(1910)

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2008年5月21日 (水)

上向きか下向きか?

Exc_004 さてと、今日のお題も、関係ない人には全く関係なくて、どうでも良い人には全くドウでも良い事だという事を始めにお断りしておかなければいけない。

上向きか下向きか?といっても決して日銀の短観やら景況について語ろうというのではありません。

軽く無責任な立場からヨーロッパのカップの比較文化論を展開してみようと思うのです。

07.7.13日のブログ、「オールドノリタケコレクション12-1」の中でIWANAは、

Onj_003_4 「ノリタケがコーヒーカップの焼成に成功するのは明治16年を数年経過してからの事。ニューヨークのモリムラブラザースから送られたフランス製のカップを研究するが薄手の手付き磁器カップなど作った事の無い日本の窯元では初め作る事が出来なかった。そのうち、フランスのカップの縁先・カップの一番上の端に釉薬が付いていない事を発見した。日本の茶碗は仰向けに焼くので底・畳付けに釉薬が付いていない。伏せて焼く事で薄手のカップの形状の物を焼く事に成功したという。」と、どこかに書いてあった事を書いたのだけれど。

Exc_003_2 さて、近ごろ読んだ、洋食器について語った本に、イギリスと大陸(フランス・ドイツなど)を対比して、カップの焼き方に大きな違いがある。

つまり、イギリスのカップは上向きに焼かれ高台の畳付きに釉薬がついていない、大陸の窯の物は伏せて焼かれていて畳付きに釉薬が掛っているとし。口縁部の感触を大切にするイギリスと、ソーサーの傷つきを防止する為、畳付きに釉薬を掛けた大陸系のカップの文化的相違を論じておられた。

さてさて、IWANAのオールドノリタケの金彩カップ&ソーサー、メイプルリーフ印のオールドノリタケの極めて初期の物で、非常に手の込んだ装飾が施されて物だけれど、形としては未完成で、歪みもあり、ノリタケの黎明期を感じさせる物だけれど、伏せて焼かれた事は明白である。詳しくは過去ログを。

つまり、ノリタケが゛初期において、フランスのカップにヒントを得て伏せて焼く事でカップの焼成に成功したという。つまり正立して焼く事が不可能だから伏せて焼く、これは一つのノウハウだろう。

そして、正立して焼く事が出来るならばワザワザ伏せて焼く事は無いだろう。そしてカップと使い手の、重要な接点である口縁部の釉薬を犠牲にしてまで、ソーサーの傷防止を優先させて畳付けに釉薬を施すために「伏せて焼く」だろうか?

イギリスのカップは、正立したまま焼かれている。イギリスの物は、比較的厚手の物が多くハンドルの重みにも耐え正立したまま焼く事が出来た。薄手で繊細な物が多い大陸の窯の物は伏せて焼く事でしか実現できなかった。のでは?とグダグダと考えて楽しんでいるのです。

冒頭の写真は、とりあえず、手持ちのカップをイギリスと大陸に分けて焼かれた方法で上向きあるいは伏せて並べてみたのです。

写真左から、スポード(英)、ロイヤルクラウンダービー(英)、エインズレイ(英)、マイセン(独)、ヘレンド(ハ)、リモージュ(仏)、ロイヤルコペンハーゲン(デ)、ハインリヒ(独)リチャードジノリ(伊)、

Exc 大陸系の柱となるマイセンが上を向いている、伝統のヘレンドも上を向いている。間違いなく高台に釉薬は掛っていない。これは、現在の物だからか? 勿論、ノリタケだって現在は正立して焼かれているのだから。

Hc_003 とりあえず、間違いなく「伏せてや焼かれた物」が大陸の物に多い事は明白ではある。古いリモージュとハインリヒそして、現在のコペンハーゲンもジノリも伏せて焼かれているのである。

などと、関係ない人には、どうでもいい事を考えながら、とりとめもなく、結論も出ないまま、今夜も過ぎていきます。

最後までお付き合い戴き有難うございました。

明日という日が、どなた様にも明るい日でありますように。

Exc_004_2

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2008年5月17日 (土)

玄関のドアについての考察。

Do リンボウ(林望)先生の考察によれば、「日本の玄関ドアは外に向かって開く、これはほとんどの家でも例外がない。しかるに、イギリスの家屋では玄関のドアは決まって内側に向かって開くのである。これが、どっち向きに開くかということは、じっさい客人を迎え入れる上では極めて重要な意味を持っている。」という。     「リンボウ先生イギリスへ帰る 文藝春秋刊」

確かに我が家も玄関ドアは、外に向かって開き、客人を迎えるにあたってドアを開く際には、客人はドアにぶつからないように一歩退くハメになりスコブル失礼な歓迎ではある。映画の主人公の様に、右手でドアノブを引き左手を差し出して室内へ案内するというスマートさが無い。

この事をリンボウ先生は、日本のドアの「向こうに押しやる」という動きは「心理的ベクトルとしては向こうへ放つ」という傾きがあって「迎え入れる」という形にならないと考察し、日本と西欧の文化的相違について論じておられる。

というわけで、昨夜ベットに入ってマドロミながら、考えてみた。物置やらクローゼットを除き、我が家の17箇所のドアの内、外へ開くもの6箇所、内へ引き込むもの9箇所、引き戸が2箇所である。我が家の中で内と外のドアの使い分けがあったのを始めて認識したけれど、外国では、ドアは総て内開きなのだろうか。

とりあえず問題なのは、リンボウ先生が指摘する、ワールドスタンダードから外れた、外へ開くタイプの物である。外へ開く物6箇所の内、玄関・裏口・ガレージの外に面したドアは、リンボウ先生指摘の通りである。残りの三箇所は、いずれもトイレである。

ところで、トイレのドアのことである。我が家のトイレは外に向かって開くドアである。ところがツラツラ考えてみると、駅やらホテルのトイレのドアは内に向かって引く物が多い。狭いブースの中に向かって引くというのは、至極不便である。もちろん病人などの発生によりトイレのドアは「蹴破る」必要があり、外へ開くタイプでは蹴破るには不都合であるが、近頃のトイレの鍵は非常時には簡単に外から開錠できる構造になっている。ならばトイレのドアも外に開く方が便利なハズであろう。

イヤ、ここで論ずべくは、文化的相違であり、玄関での儀礼上の洗練であろうから、玄関のドアは、リンボウ先生ご指摘の通り、玄関のドアは内に引き入れるべきだと思う今日この頃なのだ。ユメユメ玄関を、引き戸の時代の、上がり框までのリーチが無いから戸は外へ開くなどという貧しい考えで決めてはならないのです。などと「どうでもよい事」を考えてみたのです。今日も最後まで「どうでもよい事」にお付き合い戴き有難うございました。

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2008年5月15日 (木)

道楽。

Rose

道楽とは。

 「を解して自らしむ。」

               という事だそうです。

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2008年5月12日 (月)

リモージュの古いカップ&ソーサー その2

Limoges_021 リモージュ フランス

マヴァレー&グランジェル社 Mavaleix & Granger

小花と金彩のキャビネットカップ

1920~38年

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秘密の核心にせまろう。カップはじつは人の体を写しこんでいる。たとえば高台のことをフット(足)とかスカートと呼ぶ。ティーカップがくびれている場合、そのくびれをウエスト、下にふくらんでいる部分をヒップと呼ぶ。生地のことをきめが細かいとか透けるようなとか、肌に対するのと同じ形容詞で表現する。 (中略) 誰でもカップや茶碗を手にとるとき、深層心理のうちで、人の体の温かみを写しこんでいるのだ。これが器の楽しみの究極である。

                   「洋食器を楽しむ本 今井秀紀著 晶文社」

あまりに見事にこのカップの事を言い表している文章なので、思わず無断引用してしまったのだけれど、IWANAがこのカップを、そんな不埒な視点で買い求めたのでは無い事を、まず、コトワッテおかなければならない。

しかし、深層心理にそれが無かったか?と言われると自信がない。

リモージュのこのカップの裏側に貴方は何を観ますか?

Limoges_012 繊細・優雅・洗練・小ぶり・粋・典雅、ロココ様式(宮廷趣味)のキーワードの総てをこのカップから読み取って、今月の窮乏も省みないで購入してしまったのです。「美」の世界は魔界であります。

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2008年5月 9日 (金)

リモージュの古いカップ&ソーサー その1

Limoges_012_2 すでにお気付きの方もお見えだと思いますか、実はIWANAは、このごろ、カップの写真撮り・ブツ撮りに嵌っているのです。

このブログの初めの頃のオールドノリタケの写真と比べても最近のIWANAの写真は、カナリ進歩したのジャマイカ。同じコンパクトカメラで撮っているのだけれど、そして三脚以外何もソレらしい道具は使って使っていないのだけれど。

道具と言えば、スーパーのレジ袋を被せた電気スタンドと、アンティークの真鍮の電気スタンドを使い。部屋の壁紙が細かいエンボス入りのブルーグレイだから丁度ホリゾントにピッタリでパソコンのプリンターの上にワープロ用紙を一枚載せてその上で撮っているのです。

レフ板の代わりにワープロ用紙を手に持ってハレーションを押さえたり、家内の手鏡を使って下から煽ったり、面白いくらい使いまわしの道具で撮っているのだけれど、結構簡単に撮れて面白いのです。デジカメって凄いよね、つまりバカチョンと言われるコンパクトカメラでここまで撮れるのだから、重い一眼レフなんて邪道では無いのか?と思う今日この頃です。皆さんいかがお過ごしですか。

さてと、今日のお題は、IWANAが連休中に手に入れた、フランスのリモージュの古いキャビネットカップの御自慢であります。

Limoges_003 とても薄い、紙の様に薄い磁胎に、まるで着物の模様の様な小花を散らした、小さなカップ、淡い緑と浅黄の暈かし、極めて精密に入れられた、金盛りのアカンサス模様がレリーフされた金彩のハンドル、まるで金属細工の様ではないか。これは「絵になる!」って思わずお小遣いを叩いて買ってしまったのよね。

この「絵になる・写真になる」ってのが、今のIWANAのアンティークカップを購入する基準なのです。もちろん今のところヨーロッパのアンティークカップについての知識は無いに等しいから、つまり予算の範囲内で、絵になる・写真になる・・・・ひいてはブログになる物を選んでしまっているのだけど、オレって馬鹿?

Limoges_013 リモージュ Limoges。 フランスでカオリンが発見されたサン・イヨー近郊の磁器製造の中心地。なんとか、これくらいの知識はあるけれど。

さて、IWANAの中では、ヨーロッパにおける磁器製造の先駆けとなったマイセン・ドイツに比べて、セーブルのように何時までも軟陶・ソフトペーストにこだわり続けたフランスは、つまりセーブルなどは遅れた陶磁器産地だと馬鹿にしていて、マイセンばかり持ち上げていたのだけれど、どうやらこれは間違いだったようで。

セーブルは「美」に拘って「絵」の発色を重視した結果、高温で焼成し発色のままなら無い磁器を敢えて無視し続けたのだという。その結果、美しいセーブルは大いに売れ、焼き物として高品質だけれど美しさで劣るマイセンは、当初、売れ無かったのだという。何を美しいとするかは、いろいろだけれどフランスはやはりフランスなのであってやはりフランスなのだな!

Limoges_007 さてさて、ブログを書くとなると、オールドノリタケに比べて、たいへん大変。とりあえず裏印を調べるため図書館に走るけれど、それらしき物は見つからず。ならば自力で調べるしかないのかと冷や汗を掻きながらアレコレと調べてみる。窯印が2つという事は磁胎を焼いた窯元と絵付けをした工房のスタンプだろうくらいは想像できるが。

リモージュはフランスで磁器を最初に焼いた窯だけれど長く王立のセーブル窯の白生地を焼かされた窯であり、リモージュには最盛期には百を越すメーカーがあったという。であれば、裏印集が無ければお手上げ。とりわけ、グリーンの窯印の意味がわからない上段にFRANCE、中段がCかGが魚の様な形にデザインされ中にMの文字が見える。下段にはDEPOSEとある「デポゼ」で検索してみると「デポゼ」が人形メーカーの如く書かれたブログがある。デポゼをジュモーと対比してかかれているけどドウよ?

というわけで、勇んでヨーロッパアンティークカップ戦線に参加したものの、お手上げのIWANAは、勝手に師と仰ぐ、「ヨーロッパ アンティークカップ銘鑑」の著者 和田泰志先生にご指導を仰いだのであります。

Limoges_018

以下、和田先生のコメント。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まず基本的なことから書きます。

リモージュの磁器には焼成印と加飾印との二つが入っています。
焼成印は低温で素焼きした後、素磁に捺されます。
その上から釉薬をかけて高温で本焼成します。
焼成印は白磁を焼いたメーカーを示すもので、
青や緑色で釉薬下に見えます。
添付の写真では、Limoges France という丸い窯印がこれにあたります。

Limoges_008 次に白磁のストックに、後から絵を描いたり金を施して仕上げるときに
加飾印を捺します。
従って加飾印は釉薬の上にあります。
添付写真ではMGのモノグラムがこれに当たります。

Depose はフランス語で、「商標登録した」という意味です。
MGのデザインがトレードマークであることを示します。

このマークは1899年創業のグランジェル社と1900年初頭創業のマヴァレー社が、
1920年に合併して「マヴァレー&グランジェル Mavaleix & Granger」となった
時の窯印で、
同社は1938年までこのマークの使用を続け、同年会社は倒産しました。
添付写真の製造年代は1920~38年ということになります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

というわけで、先達は、あらまほしき事であります。Deposeを工房印などと書いたらトンだ恥を掻くところでした。早速IWANAは、和田さんの「ヨーロッパ アンティーク・カップ名鑑」 229ページに紹介されたマークブック Directory of European Porcelain   Ludwig Danckert著 をアマゾンに申し込んだのであります。

Limoges_019 今回のコレクションは

リモージュ フランス

マヴァレー&グランジェル社 Mavaleix & Granger

小花と金彩のキャビネットカップ

1920~38年

つまりアンティークカップというには少しばかり時代が足りなかったけれど、まあIWANAがこの世を去る頃にはアンティークと呼べるだろうと言うもの。

                                  つづく

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2008年5月 6日 (火)

ゴールデンウィークの薔薇はどうだったのよ。

Bara_009 ゴールデンウィークを飛ばし過ぎたIWANAは、とりわけ骨董市でヨーロッパのカップ&ソーサーを2つも買ってしまったので金欠の病に罹り、山ノ神様にオスガリシテ緊急援助をお願いしなければならず、ひたすらゴールデンウィーク最終日は御奉仕に励んだのであります。

さりながら、薔薇行脚は、まるで極楽巡りのようでありました。

Bara_2 岐阜の東濃地方には「世界一のバラ園」を誇る可児の「花フェスタ記念公園」があるけれど、ここのバラの見頃には少し早いので、今日は西濃地方、岐阜市の北西、揖斐川沿いの大野町・神戸町(ごうどちょう)のバラ巡り。このあたりは、富有柿の産地でありバラの大産地。

Bara_001 まずは、大野町のパラ公園へ。公園のバラは未だ二三割しか咲いてはいないけれどバラの産地のど真ん中の公園、近くにはバラ栽培農家の温室もありブロフェッショナルな雰囲気。公園のBara_004 売店では、近くの農家の腰が曲がった婆さんがバラの即売。素晴らしいバラの苗が一鉢400円。わが「山の神様」も早速三鉢おかいあげ。素晴らしい。

Bara_006 再来週は、この公園一帯で“大野町バラまつり”も開かれる。バラ栽培農家のお店も出て活きのいいバラ苗が格安に買える。なにより栽培農家のオバサンやらオバアサンからプロの栽培情報が聞けるのが有難いのです。

さて次は、揖斐川沿いに少し下って、神戸町の“ローズガーデンG”(冒頭の写真)へ、天皇陛下をはじめ皇族の皆様方にもお出ましいただいた、隠れたバラの名所。巨大な温室のバラ庭園。とはいえ、栽培用の温室を繋いだ極めてチープな造りだけれど、シーズンに一度は必ず訪れたくなる薔薇園。

それでは、本日購入の薔薇。

写真左から、ショッキングブルー・グリーンスリーブス・ブラックティー。

Bara_012

最後の写真は、ローズガーデンGの外観。

Bara_007

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2008年5月 5日 (月)

近江八幡ってどうよ。

Oumi_003売り手よし

買手よし

世間よし

「三方よし」の精神ってご存知だろうか。

前の二つくらいは常識だけれど、最後の「世間よし」についてはどうよ?

Oumi_001 企業の社会貢献だとか文化貢献だとかいう言葉がバブルの時代には流行語になったけれど、景気の後退とともに、そんな事を会社で言おうものなら変人扱いの今日この頃、サラリーマンの皆様いかがお過ごしでしょうか。

伊勢商人だの近江商人だのと江戸を凌駕して明治に至る日本経済の曙をもたらした商人のうち、今日は近江商人の故郷・近江八幡へお出かけ。

「他国へ行商するもの総て我事のみと思はず、其の国一切の人を大切にして、私利を貪ること勿れ・・・」という「三方よし」の精神こそ近江商人の原点なのだという。

Oumi_002 丸紅・伊藤忠・トーメン・高島屋・大丸・東洋紡・日本生命・西武・ワコール。いずれも近江商人がルーツの企業。もちろん「三方よし」どころか「自分だけよし」の企業もあって潰れた企業もあるけれど。

Oumi_005 愛車には、暫定税率が含まれないガソリンが満タンだけれど、今回のゴールデンウィークは、絶対暫定税など払うものかと、JRの在来線を乗り継いでのお出かけ。

岐阜から近江八幡へはJRで一時間と10分。滋賀県は関西の文化圏だから一時間少々で違う文化圏へ旅が出来るというのは素晴らしい。

近江八幡は豪商の町であり、琵琶湖湖畔の水運の拠点であり水郷の町、時折り降る小雨がゴールデイウィークの喧騒をおさえてベストの日和。

団塊の二人旅、疲れることもなく、丁度いいかげんのユルイ旅でした。

Oumi_004_2 

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2008年5月 3日 (土)

クレマチス・フェアロザモンド

Limoges_001 C.Jackmanii Fair Rosamond

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「生き残れる者だけが生き残れ」という小泉・自民党流の改革をガーデニングに応用したお蔭で、沢山の園芸植物がゴミとして捨てられたけれど、我が庭は、今年は既にバラが今まで最高の数の蕾を付けて、咲き始めたし、クレマチスも去年までのブルーベルがハダニが付いて汚かったから、今年はフェアロザモンドを前面に出したらステキな花を咲かせてくれて、銀色の花弁が微妙に輝いて紫の蘂が栄えて、とても美しいのです。

さて、今日は憲法記念日。

最近あまり赤くない“アカイアカイ・朝日新聞”の世論調査によれば、憲法9条改正に反対する人が66%と、改正に賛成の23%を大きく引き離しているのだという。前回調査の「自民党安倍極右政権」下での調査の時の反対49%よりも、憲法改正に反対する人が増えているという。

馬鹿に限って憲法改正などといって国士面をする、とりわけアベチャンの様に汚れた家系のなかで純粋培養されたりすると、美しい物が汚かったり汚いものが美しいと感じるようになってしまうから恐ろしい。

Saru_002 それに比べれば福田さんなんかは、クダラナイとう事や、ツマラナイという事は多少わかっていて、オヤジが中曽根なんかと戦争するのを見てて、本当はクダラナイと思っていたりしたから、政治家なんて本当はヤリタクナイと思っていたりするから可笑しくて、そんなところがサラリーマン生活で苦労したIWANAなんかも共感して同情したりするけれど、フクダサンって何かに似ていると思っていたけれど、フクダサンってオランウータンに似ているのジャマイカって思うのは、私だけでしょうか。

オランウータンと言えば猿の仲間では高等な猿だけれど、今日のお題は“猿でも出来る反省”がナゼ自民党には出来ないか!って事なんだね。

山口二区の自民党惨敗については、今更説明は要らないけれど、老人切捨ての後期高齢者保険制度もサルことながら、連休前に石油暫定税率復活を強行採決するというお見事な采配には、選挙惨敗に反省どころか、見ざる言わざる聞かざるの三猿を決め込んで、内閣支持率は最悪。ガソリン税は一般財源化するといいつつ、向こう十年は道路財源とする法律を出すという支離滅裂だけれど、今更ながら利権政党自民党の病根の大きさを思い知らされるのです。

Saru_002_2 連休に、道路は立派だけれどガソリンが高くて道路を走れないなんて、九州のハゲの風俗好き知事が、まだまだ道路が必要だガソリンを値上げしろ!なんてゼネコンと自民党の方を見ながらワメイテイタけれど、宮崎県民はドウよ。

ガソリンが安いのが便利か、要らない道路を更に造るのが良いのか?

団塊老人党としては、一般財源化というより明確に、年金の60歳完全支給開始の財源にという主張なのだけれど、とにかく、マダ道路だ!なんて言ってる利権政党・自民党と公明党にはガッーンと一発やってやらないとイケナイナとマスマス思う今日この頃なのだ。

とはいえ、団塊のオジイサンは、ゴールデンウィークに怒ってばかりいるなんて思われたらオシャレでは無いから・・・。

今日は、朝早くから、金魚に餌を遣り、水を入れ替え、庭の手入れにいそしみ、これでもかコレデモカと手入れして、創り上げて、指を緑に染めて。さらに名古屋の骨董祭に出かけ、美しいリモージュのカップ&ソーサーを手に入れてきたのよね。おかげで今月は床屋さんへ行く金も無くなったけどドウシヨウ。

Saru_001_2 悩み多い毎日です。

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