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2008年3月31日 (月)

値上げの春。満開の桜。

Gifusakura_004 我が家のバャイ、貧乏ながら、お父さんがセカンドライフに少し早く入り込んだ危機感で、お母さんも働いているし、息子も娘もナントカ働いていて、お父さんだって社会の最底辺で文句も言わずに、酒に逃げるわけでもなく、ギャンブルに走るわけでもなく、色に狂うこともなく、まして宗教に狂う事もなくて、こつこつと新しい仕事に励んでいるから。

Gifusakura_001 もう上を見たらキリが無いし、下を向いたら崖っぷちだから、ただ真正面を向いて、なんとか生延びているけれど、自転車と一緒でペタルを漕いでいるうちはなんとか倒れないけれど、止まった瞬間にバランスが崩れそうなのだけれど、いまのところなんとか自転車は走っているけれど、インカムがストップしてしまった退職者やら年金生活者には、ひときわ厳しい値上げの春の今日この頃、みなさんドゥヤッテ生きていらっしゃいますか?

Gifusakura_003 生きていくのがこんなに大変なのに、明日の事やら来年の事、まして再来年の事など考えることなど及びも付かないくらい人間の世界は大変なのに、しかし去年から今年にかけて大して努力したとも頑張ったという話も聞かない「桜」が今年は例年より一週間も早くIWANAが住む、イヤ棲むと言うべきか?岐阜市では桜が方々で満開で、先週の薄墨桜に始まって、今週は、写真上から、伊奈波神社・清水川緑地公園・東別院・岐阜公園と、小一時間、愛車ブロンプトンを漕いだだけで何本の桜を見たことだろうか、まだまだ来週あたり満開になりそうな水道山などという桜の名所もあって、わが町、岐阜は桜の里で極楽の様ではないかと思いながら、自転車を走らせながら、しばし暮らしの大変さなど忘れている自分を知るのです。

Gifusakura_007 桜のように・働きもせず・頑張らず・努力することもなく、しかし、こんなに華やかに自己表現して自己主張して他人に誉められて、繰り返し毎年生きられるなんて素晴らしい事で、人間の世界では考えられない事ではないか?なんて思うのです。出来る事なら桜の様に働かず、タダ一年、生きていたというだけで春には満開の花を咲かせたいなと思う老人はイケマセンか?

今週末は、わが町岐阜の「岐阜まつり」、岐阜に限らず、桜の季節は、どこでも祭りだらけでブログのネタには事欠かないけれど去年と今年をどう変えるのかなんてのは悩ましいところだ。

参議院選挙の自民党惨敗の成果でガソリンが25円も値下がりするという。おかげで我が家のPTクルーザーは先週からガソリンタンクはメーターの一メモリ分しか残っておらず、だがしかし意地でも値下がりするまで入れまいぞと、釣行も控えて頑張っているのです。「年間で消費税1%に相当する、2.6兆円の税収不足」が生じるけれど、言い換えれば、値上げの春に「年間で消費税1%に相当する、2.6兆円の減税」と読んだら、素晴らしい事では無いのか。道路はもう要らないし、この際、自民党と公明党の道路族の利権の元を断ってしまうのは良い事だ。我が団塊老人党としては、友達の友達のアルカイダと共闘して暫定税率分を団塊の世代の60歳からの年金支給の原資とするという主張もあるけれど。

Gifusakura_005 まあしかし、みんなオリコウサンのニッポンだから、年金が貰えないといってフランシーヌの場合の様に国会議事堂の前で焼身自殺する人も居ないし。チベットの様に圧制に立ち向かう坊さんがいるわけでもないし。

福田さんなんか、ぜーんぶ妥協して相手に合わしているのに、小沢さんは言う事聞かないし、党内からは無能呼ばわりされるし、だから最初から「僕でいいの?」って「僕いってたでしょ」ってスネチャッテ。小沢さんなんかも、本当は自民党そのものみたいな男だから、強固に反対してみるけど時々自分が分からなくなって目が泳いでしまって、何で自民党と喧嘩しているのか分からなくなるから、ときどき自分を元気付ける為に強行策にでるけれどヤッパシ途中でなにやっているのか分からなくなるのよね。

まあしかし、桜はいいです。桜めぐりのポタリングの途中で、黒の板塀に貼られた宵祭りのポスター。クリックすると大きくなります。是非お出かけ下さい。といってもわざわざ県外からお越しいただくほどのものではありません。

当方のパソコンの不調によりコメントにお返事が出来ません。悪しからず。

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