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2008年3月31日 (月)

値上げの春。満開の桜。

Gifusakura_004 我が家のバャイ、貧乏ながら、お父さんがセカンドライフに少し早く入り込んだ危機感で、お母さんも働いているし、息子も娘もナントカ働いていて、お父さんだって社会の最底辺で文句も言わずに、酒に逃げるわけでもなく、ギャンブルに走るわけでもなく、色に狂うこともなく、まして宗教に狂う事もなくて、こつこつと新しい仕事に励んでいるから。

Gifusakura_001 もう上を見たらキリが無いし、下を向いたら崖っぷちだから、ただ真正面を向いて、なんとか生延びているけれど、自転車と一緒でペタルを漕いでいるうちはなんとか倒れないけれど、止まった瞬間にバランスが崩れそうなのだけれど、いまのところなんとか自転車は走っているけれど、インカムがストップしてしまった退職者やら年金生活者には、ひときわ厳しい値上げの春の今日この頃、みなさんドゥヤッテ生きていらっしゃいますか?

Gifusakura_003 生きていくのがこんなに大変なのに、明日の事やら来年の事、まして再来年の事など考えることなど及びも付かないくらい人間の世界は大変なのに、しかし去年から今年にかけて大して努力したとも頑張ったという話も聞かない「桜」が今年は例年より一週間も早くIWANAが住む、イヤ棲むと言うべきか?岐阜市では桜が方々で満開で、先週の薄墨桜に始まって、今週は、写真上から、伊奈波神社・清水川緑地公園・東別院・岐阜公園と、小一時間、愛車ブロンプトンを漕いだだけで何本の桜を見たことだろうか、まだまだ来週あたり満開になりそうな水道山などという桜の名所もあって、わが町、岐阜は桜の里で極楽の様ではないかと思いながら、自転車を走らせながら、しばし暮らしの大変さなど忘れている自分を知るのです。

Gifusakura_007 桜のように・働きもせず・頑張らず・努力することもなく、しかし、こんなに華やかに自己表現して自己主張して他人に誉められて、繰り返し毎年生きられるなんて素晴らしい事で、人間の世界では考えられない事ではないか?なんて思うのです。出来る事なら桜の様に働かず、タダ一年、生きていたというだけで春には満開の花を咲かせたいなと思う老人はイケマセンか?

今週末は、わが町岐阜の「岐阜まつり」、岐阜に限らず、桜の季節は、どこでも祭りだらけでブログのネタには事欠かないけれど去年と今年をどう変えるのかなんてのは悩ましいところだ。

参議院選挙の自民党惨敗の成果でガソリンが25円も値下がりするという。おかげで我が家のPTクルーザーは先週からガソリンタンクはメーターの一メモリ分しか残っておらず、だがしかし意地でも値下がりするまで入れまいぞと、釣行も控えて頑張っているのです。「年間で消費税1%に相当する、2.6兆円の税収不足」が生じるけれど、言い換えれば、値上げの春に「年間で消費税1%に相当する、2.6兆円の減税」と読んだら、素晴らしい事では無いのか。道路はもう要らないし、この際、自民党と公明党の道路族の利権の元を断ってしまうのは良い事だ。我が団塊老人党としては、友達の友達のアルカイダと共闘して暫定税率分を団塊の世代の60歳からの年金支給の原資とするという主張もあるけれど。

Gifusakura_005 まあしかし、みんなオリコウサンのニッポンだから、年金が貰えないといってフランシーヌの場合の様に国会議事堂の前で焼身自殺する人も居ないし。チベットの様に圧制に立ち向かう坊さんがいるわけでもないし。

福田さんなんか、ぜーんぶ妥協して相手に合わしているのに、小沢さんは言う事聞かないし、党内からは無能呼ばわりされるし、だから最初から「僕でいいの?」って「僕いってたでしょ」ってスネチャッテ。小沢さんなんかも、本当は自民党そのものみたいな男だから、強固に反対してみるけど時々自分が分からなくなって目が泳いでしまって、何で自民党と喧嘩しているのか分からなくなるから、ときどき自分を元気付ける為に強行策にでるけれどヤッパシ途中でなにやっているのか分からなくなるのよね。

まあしかし、桜はいいです。桜めぐりのポタリングの途中で、黒の板塀に貼られた宵祭りのポスター。クリックすると大きくなります。是非お出かけ下さい。といってもわざわざ県外からお越しいただくほどのものではありません。

当方のパソコンの不調によりコメントにお返事が出来ません。悪しからず。

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2008年3月28日 (金)

白猫黒猫論

China_02 1962年6月15日、人民公社の行き詰まりを議論するなかで鄧小平「白い猫でも黒い猫でも鼠を捕るのは良い猫」だと発言します。現実主義者の鄧小平を表わす最も彼らしい発言ですが、当然のこととして、この発言は、その後、文化大革命の時期に毛沢東によって「主義と方針を持たない実用主義的観点」として厳しく批判され、鄧小平二度目の失脚を引き起こします。毛沢東の死去、四人組の逮捕。更に復活、三度目の失脚を経て鄧小平は実質的な最高権力者に登りつめます。

先富論として知られる鄧小平の「富める条件の地域から先に富むべし」との改革開放政策から30年。「社会主義市場経済」という非論理的なご都合主義は、表面的な成長と裏腹にすさまじい腐敗と矛盾をもたらし中国国内を一触即発の不穏な空気に包んでいる。

China_00 江沢民をはじめ、ここ二十年、中国共産党首脳は、自己矛盾の隠蔽と共産党独裁の正当化のため、抗日戦争の学習・中国共産党の美化・反日教育によって民衆の不満をそらしていきます。

「憤青」 憤怒する青年。例えば、単細胞小泉「靖国詣で」によって反日デモの中心となったのは、この中国の「怒れる若者」であった訳で、80年代の開放政策により流入した物質文明の荒波による価値観の崩壊のなかで方向を見失った若者に、小泉の「靖国詣で」は格好の餌を与え、繰り返しの配慮を欠いた単細胞・小泉発言は、怒れる青年に火と油を注ぎ、結果的に中国共産党首脳を助け、中国の矛盾隠しと、不満のスリカエ・方向転換を助けます。そして○華大学の親米一派と、IBMを買収したコンピュータ企業の○○による仕組まれた日本商品ボイコットへと,まんまと嵌って行く訳で・・・。とにかく中国のナショナリズムの沸騰はすでにコントロール不可能なレベルにあり、識者が北京オリンピックの前後には中国はナショナリズムの暴走により台湾侵攻を行うなんて書いていてマサカそこまではと思っていたら、最近、南京の人民解放軍のなかでクーデターが起こった、もちろん台湾侵攻を唱える憤青の暴走だったようだ・・・・というニュースもあり・・・。なんて事を書いていると、オイオイ何時ものIWANAらしさが無いのでは?って思うけれど、もう少しだけ、小難しい事を書かせていただく。

China_02_2 「憤青」つまり、日本に憤怒をぶつける事によって自我を確認し連帯感を求めようとする中国青年。

あの小泉氏が刺激しまくったアノ時期は、中国青年にインタビューすると、ほとんどの青年から、いつかは日本と戦争をしなければならないという答えが返って来たと言う。嫉妬・コンプレックス・無知、かれらを笑う言葉を見つけるのは簡単だけれど、しかしまあ、我々団塊の世代が若い頃だって、「憤青」そのものであった訳で。日米安保反対で、反米で、しかしIVYGパンでしかし反米を叫んでいたわけで。しかし、決定的な違いは我々の国には報道の自由と言論の自由があったけれど中国にはそれが無いという事。彼らの自我とは操作された情報の元で導き出された盲目の自我なのだという事。

China_00_3 鄧小平は、経済は開放しつつ言論は厳しく統制し天安門事件にみられるように民主化に対しては武力弾圧という暴挙にでる。

中国には、共産主義と資本主義の悪いところのみが並存している。共産主義を放棄した時点で中国共産党こそ解体し改革開放すべきだったのだ。

鄧小平よ中国よ、白い猫は白い猫であり、黒い猫は黒い猫であり、泥棒猫は泥棒猫なのだよ。鄧小平 死して10年。鄧小平の負の遺産が今中国を覆っている。

チベット弾圧と、ダライラマへの謂われ無き攻撃は。かって日本が満州で、そして朝鮮でした事と何ら変わりが無い暴挙なのだよ。21世紀の世界で稚拙な中国の捏造広報が通用するなどと思わないほうが良い。中国共産党はチベットから手を引け。全ての仏教者は中国非難声明を!

China_02 などと今夜も、IWANAこそ、憤怒をぶつけることによってしか自我を確認で゛きない“憤老”ではないかなどと反省しつつ、ウダウダと私憤を述べて見たのだけれど、ナンダカ「ネット右翼」ミタイナ論調で、もう少し洒落を利かせなければイケナイナと思いつつ、我が家の仏壇に手を合わせたらIWANAの心はダライラマに通じる事が出来るのか?なんてことは信じない性質なので、せめて皆様にはダライラマのホームページにアクセスして戴いてチベットの自立と平和について考えて戴きたいと思う今日このごろです。

ダライラマ法王日本代表部

http://www.tibethouse.jp/home.html

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2008年3月23日 (日)

桜情報 薄墨桜満開

Usuzumi_004 今夜は、極めてローカルな話題で恐縮。

Usuzumi_005 おっと、薄墨桜が満開だといって、アノ、宇野千代女の「根尾の薄墨桜」が満開という訳では無く、我が家近くの、岐阜市・加納天満宮に植えられた薄墨桜のお話。

勿論、この「薄墨桜」は、その「根尾の薄墨桜」の子供を移植したもので、由緒正しい天然記念物。

咲き始めは薄いピンク、満開に至っては白、散り際には薄墨と、なにやら女の一生の様で、はかない桜だけれど。

Usuzumi_006 薄墨桜は、少し早咲きの桜で、一般的な染井吉野の一週間くらい前に咲くもののようです。という事は、ソメイヨシノの満開は一週間後あたり。ならば、日本の桜の三大巨木の一つ、樹齢1,500年の「根尾谷の薄墨桜」も一週間後あたりが見ごろだろうか。根尾谷は山の奥だから、未だ先だと思っていると見過ごしてしまう事があるのは、開花が少しばかり早い事に原因があるようだ。

Usuzumi_002 去年の桜は、このブログのカテゴリーの「野に咲く花のように」をクリックしていただくと去年の四月あたりにアップしてありますが、桜には未だ早いだろうと、ライカをポケットにブロンプトンで何時ものようにポタリングしていたら、すでに満開の桜も幾つかみつけたのです。

JR岐阜駅すぐ近くの清水川緑地公園の220本の桜も、今日開花宣言が出たけれど、未だ大半は「蕾ふくらむ」だけれど、数本は見事な満開状態。

これで、当分は、IWANAは、桜追い人で、魚追い人で。しかし梅と違って、一人で観る桜ほど寂しいものは無くて。

花咲く日さへ わがひとり

花ちる日さへ わがひとり

ふたりの人やいかにして

いかなる花を見るやらむ  佐藤春夫

などと、しばし桜の写る水面を眺めつつ、都会のユウツに浸った詩人のIWANAの午後でした。木の芽時ですから。

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2008年3月22日 (土)

春のビンヴォーノ。

Latino_001 “チョイワル”を流行させたレオンの岸田編集長が新しく立ち上げた雑誌「ZINO」で近頃ピカピカの言葉が“リッチーノ・洒落金男”

まあ、しかし何時までバブルよ?って、近頃“ニキータ”とも縁が無くなったIWANAとしては、少し距離を置きながらも、その気も失うことなく、社会の最底辺でチロチロと赤い火を燃やし続けていたりするのだけれど。

Latino_007 それでも無い物は無い(お金)のであって、“リッチーノ”など遠い世界だから、むしろ“ビンヴォーノ”としての男前やら粋という奴をこの春は追いかけてみようと思っているのよね。

ビンヴォーノ・IWANAとしては、近頃ハヤリのヴィンテージ風のクラシコイタリアなんてテイストは最高なのであって、アンコンの柔らかなフォルムなどというのは、今までの人生で三度目くらいの流行体験で近頃の若造の浮ついたファッションとは違って、筋金入りなわけで。

Latino_004_3 オイオイ、アンコンに筋金が入ったらお終いだろう?って、このオチが分かって戴けたら嬉しいのだけれどショカクヤチトセ風に謂えば“ワカンネーダロウナ”って思う今日この頃です。団塊の皆さん如何お過ごしですか。

肩パットなどという下品な物が流行った時代は、それなりに肩パットを入れたりしたけれど、やはりアイビーを起点とした世代としては、ナチュラルショルダーの品の良さ、上質な素材を使ったアンコンの快適さ贅沢さの方に軍配を挙げるわけで。とりわけセカンドライフのIWANAとしては、“威張った風”に着るファッションなどという物は不粋以外の何ものでもない。

という訳で、今日も前置きばかりがながくなってしまったけれど、トヨさんなんかが、近頃退屈だなんてメールをよこすから、すこし散財でもして人生楽しもうよってメールの代わりにブログでお返事してみたのよね。この春のIWANAのワードローブを写真で紹介するなんて、匿名だから出来るけれど、普通は、馬鹿オヤジって馬鹿にされるんだろうな。

まずは、このジャケット。綿のペラペラなもので、短丈ピタッとしてクタッとして、若干光沢もあり貧乏臭さを感じさせない貧乏感がオシャレジャマイカ。アスペジやらスティレ ラティーノなどと書けないところが寂しいけれど。

Latino_005 Latino_006 インナーのTシャツなんか今ブレーク中の和柄で、“鶴と亀”なんてデザインだけれどドウよ?昔の布団柄みたいだけれど右袖には「亀」左袖には「鶴」が、そしてそれぞれに鶴は千年・亀は万年と英文字で書かれているなんてタマンナイだろう?

Latino_002 ボトムは一昨年からの使いまわしのシュガーケーンのヴィンテージ仕上げ、砂糖黍で作った厚手のデニムに、日本古来の「藍」を使った藍染。とりわけ江戸藍と謂われる少し緑がかった微妙な色合いがインテリジェンスをクスグルのよね。Latino_003 勿論ポケットの裏なんかにもピンクの市松模様なんかが使われていたりして、裏地に凝るなんて日本人だね、男だね、「粋」ダロウ?、タグの旭日を背景にした宝船なんてデザインはチョイワルな男心をチクチク刺激するのよね。なにより砂糖黍の厚手のデニムの“粒オチ感”と砂糖黍の繊維の生成りの色合いが微妙な古さを出してタマンナイのよね。俺って“違いのワカル男だろうって”。シルエットが少しばかり古いのが泣き所だけれどメタボなIWANAとしてはスキニーではメタボを際立たせるだけだもの。

あとは、小道具で“リッチーノ”を演出して、“ビンヴォーノ”が“唯の貧乏ではない感”を出すって所がミソで、オイオイ、ミソ・味噌ってところが“唯のビンヴォーノ”ジャマイカなんてオチがついたところで夜も更けてまいりました今夜はこの辺で失礼致します。

どなたさまも、明日は今日よりオシャレな一日でありますように。

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2008年3月17日 (月)

沙塵暴 シャチェンバウ

China 空は見る見るうちに黄色くなって、青信号が見えなくなり、次の交差点では黄色の信号も模糊として弱々しい点と化してしまいました。黄沙がびしびしとフロントガラスを叩いて、赤信号もおぼつかない。北京は陰鬱な沙塵暴の底へ沈んでいました。   「憤青」  沙柚

すでに北京の郊外7~80キロに迫った砂漠は、「沙塵暴」という新しい言葉を生み出した、黄砂は更に砂と塵埃の暴風と化して中国の中心を覆い風下の朝鮮半島も、更に海を渡って日本をも悩まし続けている。

黄砂は、朧だの花霞だのという、春の風情を通り越して、近頃の毒入り餃子事件やらチャイナマネーの暴力的跳梁と相まってカノ国の無軌道ぶりをより印象付けるものとなっていると思うのは、中国を愛しすぎて嫌いになりつつあるIWANAの今日この頃の考えすぎのせいだろうか?

「デモクラシーはすべての国民が、自分自身の心理を語る自由を持たなければ、永続する事は出来ない」

「デモクラシーとデモクラシーの意味する全てのものは、“真実”の普遍的な発表によってのみ得られる公明なる知識の上に依存する。これは日本において特に強調されねばならない。日本の過去の間違った方向に導いた誤れる理念を打破することこそ、何よりの喫緊事である」

これは、あのマッカーサーの言葉です。日本を暗黒の軍国主義から開放したマッカーサーの占領政策の全てがこの言葉にあります。第二次世界大戦において日本は三百万もの犠牲を払ったけれど未だ目覚めず、戦犯合祀の重大さも判らぬ小泉のような単細胞な馬鹿が時々現れては消えるニホンだけれど、中国だってどうよ?ってのが今日のお題なのよね。

毒入り餃子事件の、まるで「日本の言いがかり」あるいは、日本の報道を規制せよと言わんばかりの中国当局ってどうよ。しかもアイツラ北京オリンピック前だから遠慮してるけれど、そうでなかったらマタ反日キャンペーンで官製デモってパターンになるのだろ?これって小泉並みに馬鹿な遣り方だと思うのよね。

共産主義を既に放棄したにも関わらず、共産党独裁のみは堅持しつつ、上から下まで走資派と化し、汚職と賄賂に満ちた、理念も理性も喪失して暴走を続け、時々ガス抜きに反日キャンペーンを展開しつつ、小泉は総括出来ても毛沢東の大きな過ちと共産主義の過ちは総括できない不甲斐なさの国で、小日本に経済的には遥かに及ばず、捻じれた大中華思想を叫ぶあたりは、まるで戦時の日本の様でもあり、世界史は知らず、中国共産党の抗日戦争史のみヒステリックに繰り返し、五十余年の共産党の治世にもかかわらず識字率は正に後進国そのもので、労働者の賃金未払いは日常茶飯事で、農民の困窮は中世の封建時代そのもの。どこが労働者の国なのよって中国共産党にはドンドン怒りが湧いてくるのよね。

少なくとも第二次世界大戦後の40数年は、共産主義を理想とした国の、現在の有様をみていると本当に人間という奴は情け無い動物だと思うのよね。

たとえば、もし中国人民が、本当に「共産主義的人間の素養」を身に付けて、すべては「人民に奉仕する」という毛沢東の言葉通りに生きて、共産主義の誤りは正しく批判しつつ、しかし人間共通の弱さと、資本主義の大きな罪も認識しつつ、共産主義から脱皮することが出来たら中国は凄い国に成る事が出来たと思うのよね。

たとえば、共産主義的農民が「人民に奉仕する」という精神で誠実に育てた、誠実な「中国野菜」という物があったとしたら、それは自由経済の市場ではとても価値があるもので、それがたとえ日本産の野菜の数倍の価格であっても充分な競争力を持つと思うのだよね。たとえばヤマギシズムの野菜の様に日本には良い見本があるのだけれど。

たとえば、共産主義的労働者が正当な賃金を受け取って、しかも極めて誠実に造られて丈夫に作られた工業製品があったら、それは資本主義国家の労働者にとっても魅力的で理想の製品であって共感をもって受け入れられる物だと思うのだよね。

共産主義は限界があったし間違いでもあったけれど、しかし資本主義が正しかったわけでは無いのだから、そして資本主義は相変わらず大きな間違いを抱えたままなのだから。

中国は、最後の共産主義国家として、チベット人民への帝国主義的支配は即刻止めるべきだし、共産主義は放棄したのだから中国のチベット支配は唯の漢民族による侵略としか言えないのだよ。台湾の独立も認めるべきだし、内モンゴルもシルクロードの異民族支配も止めるべきだろう。

あなた達がチベットから手を引く事が「人民解放」という共産主義的理想なのだよ。すくなくとも20世紀的な武力行使は止めるべきなのだよ。

世界で最も農民が抑圧された国。世界で最も労働者が抑圧された国。世界で最も少数民族が抑圧された国。世界で最も報道の自由が抑圧された国。世界で最もデモクラシーと程遠い国、中国。

背伸びしたオリンピックが全ての矛盾を暴きだしてくれるだろう。

立ち上がったチベット人民に連帯して、あえて毛沢東の「造反有理」の言葉を贈る。

打倒 中華侵略主義!  打倒 中国共産帝国主義!

China_001

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2008年3月15日 (土)

08 荘川釣行。

Syoukawa_003 あるいは、愛犬ブライアンを連れ、本を携えて

ひねもす、ショーフォードの岸辺を散策し、

わが犬の傍らに座し、弁当を食べん。

そこで、太陽が昇り、沈むのを見、

次の日におはようの挨拶をせん。

そして、瞑想して、時を過ごさん。

  このようにして、釣を続け、願わくば

  われを迎える墓への静かな道を辿りたし。

                    ワットン作  「釣魚大全」より

Syoukawa_005 いきなり、こんな引用から始まるのですから、釣果は聞かないで下さい。川から見上げる月は、こんなに綺麗でした。

それでも、荘川あるいは庄川、08年・渓流釣・解禁・釣況といった言葉の検索でお立ち寄りいただいたアングラーの為に、解禁後15日を経過した岐阜県高山市荘川町の荘川の今日の状況をご報告致します。

昨日の大雨のお蔭で水況も申し分なく、今日は厚手のセーターでは汗ばむほどの素晴らしい気候だったけれど、結論から言えば二週間早すぎました。いずこも路肩には50センチを越える雪。IWANAの貯金箱と称する秘密の釣り場は雪が深くてアクセス不可能。次善の策として庄川支流の一色川へ向かうが此処も路肩は一メートル近い雪。なんとか車を置く場所を見つけ15分も腰まで埋まる様な雪をラッセルしなが゛ら川へ下りるけれど、対岸の崖がこの暖かさで岩を支える氷が解けて大きな岩がドドーッと崩れ落ちて、その度に川は茶色に染まる始末。一色川と本流の合流地点にも下りて竿を出すけれどコッリとも当りなし。言い訳ばかりで恐縮だから、何より今日の荘川の環境を写真でご紹介致します。

Syoukawa_006 Syoukawa_004 Syoukawa_007

道路の雪は完全に消えたけれど未だ路肩には沢山の雪があり、遠くの山々が銀色に輝くこの季節の山岳ドライブは最高です。とりわけ車のサンルーフを開放して、愛煙家のIWANAは、機関車トーマスの様に屋根から煙をはきながら、雪の高原を走るのが好きです。車の中は半そでのシャツで充分なくらいです。素晴らしい季節です。

ボウズでした。

詩人バイロンの言う、残酷で冷淡そして最も愚かな行為である釣。無邪気な魚を、餌で隠した針で釣り上げる欺瞞的な行為。しかし、少なくとも今日一日、IWANAはバイロンの言う、小さな生き物への苦痛を回避し、のんきで身勝手な無邪気の罪を犯す事はありませんでした。

しかし、聞くところによると、キリストは漁師であったし、キリストの12人の使徒のうち、ペテロもアンデレもヤコブもヨハネも漁師であったという。

今年も沢山、イワナやアマゴが釣れますように。アーメン。

最後に、「ひるがの高原」から望む今日の「大日岳」の景色です。

Syoukawa_001

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2008年3月12日 (水)

the blue rose

Sbr 青い薔薇の花言葉は「叶わぬ望み」というのだそうだ。

バラには、青色色素「デルフィニジン」を作るのに必要な酵素の遺伝子が機能していない事から、バラ自体が青色色素を作り出せないのだという。

テネシーウィリアムズの「ガラスの動物園」で、トムは姉のローラを、叶わぬ願いの中に閉じこもる「ブルーロージス」と呼んだけれど、IWANAは、このガラスの動物園のトムの台詞が好きで、40年も前に見た劇団「行動座」の堀先輩のトムの名演技が今でも鮮明に頭の中にあって、「ローラ消してしまいなさい、そんな灯りなんて。あれから僕は遠い世界に行きました。遠いといっても月の世界までは行きませんでした。何が遠いかって?時の隔たり程遠いものは無いでしょう。」なんて、40年前に一度聞いただけの台詞が今でも酔っ払った夜には出てくるのだけれど。

「ブルーロージス」に含まれた、青いバラ・叶わぬ願いという韻を意識した事は無かったのだから、「若い青二才の頃」は何か見えているようで何も見ていなかったのだと思う。もちろんアノ頃なんて、性欲に理屈のキナコをまぶした欲望のアンコロ餅の様なケダモノだった訳で、青いバラといわれても二十歳前の若造にはナンノコッチャだったとしてもごく自然の事だったとお許しを頂きたい。

ブルーヘブンだのブルームーンだのスターリングシルバーだのと、「青いバラ」は、ここ数年いくつか発表されてきたのだけれど、どれもが「青みがかったバラ」でピンクが青みがかったバラだったり、青というより灰色だったりしたのだけれど。

今回、サントリーから発表になった「青いバラ」は、今までにない青さを持つ「真の青バラ」で、パンジーの青色色素を造る遺伝子をバラに組み込む事に成功したのだという。そして来年には一般に販売されるのだという。

遺伝子組み換えという事で種の拡散を防ぐ為に切花のみの販売なのが残念。「遺伝子組み換えの青バラ」少し引っかかるものがあるけれど見てみたい物ではある。

だがしかし、我が家の中庭は、年中日陰の庭なのです。

サントリーさん、日陰のロザリアン・IWANAが欲しいのは、

「日陰でも咲く青いバラ」なのです。ヨロシク。

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2008年3月 8日 (土)

岐阜 瑞龍寺の緋紅梅。

Zuiryuji_004_2 昨夜の飲み会は、今日の釣行の為にお酒はカナリ控えていたのだけれど、何のことは無い今朝は寝すぎてしまい、釣は来週に延期。

いや来週はカナリ温かくなるという予報だから、今週バタバタするよりも、来週は思い切って一気に荘川あたりへ出かけようとの深い読みがあっての事だけれど、今日も暖かくなりました。まったくの春の日差し、けれど頬に当る風は未だ冷たくて、いやこれくらいがポタリングには丁度良いのです。今日は久しぶりに愛車ブロンプトンでポタリング。

間もなく春の彼岸だというのに、去年の夏に頼んだ墓の改修が未だ着手されていなくて、無責任な石屋に腹をたてながら、墓参りするけれどやはり工事の気配もない。そんなこんなで墓参りをスタートに、この時期の定番、岐阜・梅林公園の梅祭りへお出かけ。

Zuiryuji_001 岐阜の中心街 柳ケ瀬から歩いても20分足らず、JR岐阜駅からでも徒歩でアクセス可能な梅林公園は、お年寄りのハイキングには格好の場所。1300本の梅が満開で今が見ごろ。

花見といえばその昔は桜ではなく梅だったのだよと平安貴族みたいな事をツブヤイテみつつ。しかし梅というものは桜と違って人ごみで見るものではなくて、薄ら寒い早春に一人で、イヤ文学の判る妙齢の御婦人と二人くらいで見るものだよと、幸せそうな家族連れに背を向けて、こんな日は、菜めし田楽に梅昆布茶、そして菜の花の胡麻和えナンカが良いななんて思ってみつつ、屋台のタイヤキもタコヤキにも目も呉れず、梅林公園を後にしたのだけれど、オット今日のお題は岐阜・瑞龍寺の「緋紅梅」。

Zuiryuji_003 「瑞龍寺」素晴らしい寺だけれど、決して有名というわけではなく、生まれてこの方岐阜育ちで物知りのIWANAですら今日始めて知った寺なのです。梅林公園から柳ケ瀬方面へ数分の場所にあって人の流れが少しそちらを向いているので興味本位で曲がってみたのだけれど、由緒正しいこんな寺が此処にあったなんて始めて知ったのです。

Zuiryuji_010 室町時代の「応仁の乱」のあと、斉藤妙椿が室町幕府八代美濃守護・土岐成頼の菩提を弔う為、開山したというから随分と歴史のある寺なのです。

Zuiryuji_008_2

勿論、信長・家康の岐阜攻めで焼かれたり、岐阜空襲で全山焼失といった事で、その歴史が見えなかったという事に原因があるのだけれど、昭和の大改修、平成五年の本堂完成で素晴らしい全容を見せてくれています。ただ残念な事に本堂の公開は、この梅林公園の「梅まつり」の二日間のみ。1300本もの梅だけれど梅だけで少し物足りなかった向きには、この「瑞龍寺」の参拝をお勧めします。   小さな写真はクリックすると大きくなります。 

境内には見事な一本梅「緋紅梅」もあります。

本堂では土屋禮一画伯の見事な障壁画 蒼竜 瑞竜が見られます。

Zuiryuji_005

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2008年3月 4日 (火)

亡国のイージス・平和ボケの自衛艦

835 とても不思議だと思う。1400億円の巨費を投じたイージス艦なのだ。北朝鮮のミサイルを撃ち落すべくキムジョンイル恐怖症に駆られて、アメリカの不良在庫を買わされたと解説する人もいるけど、トニカク現在ではノドンだのテポドンだのを撃ち落す為のベターな選択だと教えられてきた。

全てその主張を鵜呑みにするとして。しかし1400億円のイージス艦は、うっかりすると小さな漁船と衝突する程度の能力なのだ。700億円ものイージスシステムは空に向かってミサイルも戦闘機も探し出し攻撃できるのだけれど、海上の小さな漁船はブツカルまで判らないのだ。

北朝鮮との核戦争を想定したある小説の終章は、北のオンボロの漁船に載せられた核弾頭が幾つも日本海側に打ち寄せられるというものだった。今回の事故を知ってこの小説を思い出した。

1400億円のイージス艦は、小さな親子船の漁船で攻撃可能なのだ。戦争など無いことを前提とした自衛隊、敵など居ない事を前提とした平和ボケした自衛艦の航行。

ゾッとする話です。まさに亡国のイージス艦なのです。キムジョンイルの高笑いが聴こえてきそうな今日この頃です。

キムジョンイル様 ミサイルなんて必要ありません、某国のイージス艦の攻撃には、漁船で充分ですよ。そんなお金があったら石炭でも敬愛する人民にお配りなさい。

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2008年3月 2日 (日)

春。

32_002 先日来の寒波で風邪をひいてしまいました。

昨日は一日ベットの中でした。

ほんの少し良くなったから、今日は春を探しに外へ。

喫茶店の人工の春です。

でも、この心遣いがコーヒーを美味しくします。

煙草 コーヒー 春の花。

極楽です。

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