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2008年2月27日 (水)

何度でも、オールドノリタケ考。

On_j_001 古美術に親しむようになったきっかけは思い出せない。そんなにはっきりしたきっかけはなかったであろう。ただここで私の得たものは陶酔ではなく鎮静であり、興奮ではなく反省であった。

私の中には、陶酔や興奮を何よりも求めた時期にも、静かに落ち着きたい気持ちはあった。むしろ静かに落ち着きたい要求がたえずありながら、、その要求が充たされないままに、私は陶酔や興奮を求めていたのである。          谷川徹三

On_j_003 たとえばこのオールドノリタケのトリオのカップ&ソーサー。古美術などと思っている訳ではないけれど、ジュール(フランス語でビジュー 宝石を模した装飾)について語ろうか、金盛りについて語ろうか、いやアイボリーウェア(象牙色の肌)について語ろうか?

冒頭の引用が高尚過ぎて、この祭りの様な賑やかさのカップを語るには恥ずかしい気もするが、陶酔や興奮を至福へと繋げたら成金趣味だろうか。太閤秀吉を君は笑う人だろうか?

On_j_004 金盛りだって、アシッドゴールドだって、ジュールだって勿論ノリタケ独自の技法という訳では無い、アイボリーウェアときたらマサニ豪華さを出すには白よりも柔らかな象牙色なのだというマーチャンダイジング優先の思考だろう。だがしかし、それを君は笑えるのか?

誰もが素直にこれは豪華であると思えるテクニックを、素直に揃えて当たり前のように並べて見たらそれを下品だと君は笑うのか?

もちろん私だって少し恥ずかしいから他のオールドノリタケは何度も既にアップしたけれどコレはようやく二回めで、アップでお見せするのは初めてなのです。

アイボリーウェア。ホワイトハウス御用達のレノックスといえばアイボリーウェアの代表的なメーカーで極めてオーセンテックなスタイルで好感の持てる物だけれど、世界の警察官と勘違いしたナラズモノのガンマンのアメリカ大統領のイメージとは程遠いけれど。

兎に角アイボリーウェアのレノックスはアイビーティストのテーブルウェアでトラッディショナルボストニアンのIWANAとしては憧れのグッドティストの物で、近頃は見かけないけれど20年程前にはデパートで売られていた。これを甥の結婚祝いにしたけれど当時のIWANAとしてはかなりな出費だった覚えがある。

Ondecofh_006 このオールドノリタケのアイボリーウェアの微妙な色合いをバカチョンカメラで伝えられるかどうかわからないけれど、先日アップしたフラワーハンドルのC&Sのソーサーの中心部・井戸の色と花弁のエンボスの白色を比較していただくとアイボリーの色が判って戴けるだろう。

On_j_006 以前これをアップした際、裏印を明治41年頃としたが、良く見てみると、この裏印はマルキ印(日本)明治43年頃(1910)の物でした。

On_j_007_2  IWANA OLD NORITAKE  COLLECTION

金盛りジュール アイボリーウェア

カップ&ソーサートリオ

裏印 マルキ印 グリーン 明治43年頃(1910)英国輸出向け

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2008年2月24日 (日)

さてと。

080224_001 今日は確定申告期間のうち二日しかない日曜開催の日。凍りついた白い道を恐る恐るドライブしながら確定申告の会場へ。20分も早く会場へ着いたけれど既に長蛇の列。今年は少しヤヤコシイ内容を二つほど抱えていてパソコン入力はタメラワレタけれど、アマリの人数に、パソコン入力しかラチガ明かないとパソコン入力を選択。お蔭で一時間足らずて終了。パソコン入力は最高。

たいした事をするのでは無いけれど、ユーツな事が片付いて、今日は晴れやかな気分。

さてと。

これで来週あたりは、渓流釣りに出かけようと、釣具屋へ寄って、釣り糸・釣り針・錘を一年分買い込んで、とても充実した気分。

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2008年2月22日 (金)

反俗。

080222 反俗者は反俗を標榜することによって反俗の俗性を帯びる。人はその憎むところのものの姿になる。

なんて事を何処かからパクッテみつつ、確定申告の準備に忙しい俗物の私です。今夜はこれにて失礼。

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2008年2月20日 (水)

銅版転写 印判鯉絵大皿

080216_001_2 十数年前に買ったダンガリーのカバーオールを、このところ部屋着にしていたら、ようやく体に馴染んで来て、味が出てきたから、この春からは外へ着ていこうと思う。

ラングラーのブルーベルのイエローラベルで、かなり拘って選んだ物で、オーセンティックなデザインが良くって、定年後に着ようと準備していた物。十数年かかってようやく育つ服というのも良いし、十数年たって古さを微塵も感じさせないのが良い。

つまり、このダンガリーのカバーオールの様な定年後の暮らしを思い描いていた訳で、少し早めにその時が来てしまったけれど、まあそれはそれで良い事もあって、これ以上を望む訳でもないから、春が来るのが楽しみな今日この頃です。皆さんお元気ですか。

さて、今夜は印判手の大皿。昔、IWANAが15分に一羽くらい飛ぶ鳥を撃ち落としていた頃、ゴルフの帰りに寄った岐阜県陶磁資料館の玄関横のウインドウの正面に、この絵皿がドーンと展示されていたのよね。

これってどうよ。我が家の物置に埃まみれなって捨て置かれている、あの皿じゃないかと。以来この皿は出世して床の間に飾られる様になったのだよね。

岐阜県の東部は、濃尾平野の東部、つまり東濃地方といって、多治見・土岐・瑞浪といった美濃焼の一大産地なのだけれど、近頃はゴルフ場の密集しているゴルフ場銀座と言った方がいい。

080216_002 呉須と型紙を使って文様を施した印判手は18世紀の美濃焼で盛んに作られた物だけれど、明治に入ってベロ藍と呼ばれる酸化コバルトがドイツから輸入され、銅板転写の技法が取り入れられると大量生産が可能になり、美濃焼は国内のみならず海外へも盛んに輸出されるようになる。この絵皿は、その代表的な物だったと。

だから、この絵皿、我が家の誇るべき遺産で、さぞかし高価な物だろうと・・・・。

ある日、雑誌の骨董市の特集を見ていたら、どこかの骨董市の店先の写真にこれが出ているのよね。値札まで写っているから拡大鏡で見てみると、お値段は2,500円と読めるのよね。トホホ。

その後、他の骨董市て同じ物を見つけたけれど、やはり2,500円なのよ。よほど沢山作られたのだろうね。これって、つまり、普通の中古品扱いじゃないのか?

でもね、結構いいものなんだぜ。時代の標準を知らないから「貧」の美などと軽々しく言い切ってしまうけれど、印判イコールけっして「貧」のカテゴリーの物では無いのだよ。我が家の普段使いの陶器ときたら、これより遥かに「貧」だもの、どうよって。

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2008年2月16日 (土)

お前ら 怒れよ!

080216_004_2  アルカイダの友達の友達の、弟の鳩山君が志布志事件を冤罪では無いなんてノタマウから、出来の良いお兄ちゃんに比べて少しばかりお目出度い弟君なんか、軽井沢の別荘で料理かなんかしていれば良いものを、自民党の人材枯渇で柄にも無く法務大臣になったりするから次から次へと、面白い冗談を真面目に言ったりするから、これって自民党の策略で、出来の良いお兄ちゃんのイメージダウンを狙った謀略キャンペーンでは無いのか?なんて思ったりするけれど、単なる自民党の人材不足らしいから、この国の寒さがひときわ身に染みる今日この頃、皆様いかがお過ごしですか。

http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/

メタミドホス餃子の中国ってドウよ? 中国語のヒステリックな語感からだろうか、言い切れば良いのか?言い切ってしまえば良いのか?中国共産党ってソウイウ党なんだな?

まるで日本の強欲な老舗料亭の欲張りババアみたいじゃないか、いやアノババアですら謝ってはみせたぜ、おまいら無かった無かった何も無いのだとイイキレバ終わると思っているのか?

080216_003 と、報道の自由の無い、中世のような、強欲で悪辣な商人の国と化した中国共産党支配のカノ国の有り様に、「右も左も真っ暗闇じゃござんせんか」と、わざとらしくマイクを白いハンカチで包んで小指を立てながら、今夜あたり柳ケ瀬の中国人ママのスナックで歌ってみたいけれど、今月は物入りで給料日まで今しばらくは我慢のIWANAです。

悪意で混入されたとすれば、いかにシステムを整備しても、中国でも、いわんや「先進国の日本?」でも防ぎ得ない訳で、大切なのは原因追求の姿勢と問題処理の姿勢なのだよ。

080216_005 共産主義から目覚めたばかりの中国が、お金儲けとは「悪い事をする事だ」と勘違いしていても、それを笑えない耐震偽装とミートホープと不二家と赤福と吉兆の我々だけれど、資本主義は何時も、そして何度も、ジャブジャブと洗濯しないとすぐ汚れてしまうものなんだな。

洗濯するって事は、残念ながら、誰かが声を上げて怒るという事なんだな。洗練された資本主義なんて当分実現しそうに無いのだから。   お前ら 怒れよ!thunder

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2008年2月13日 (水)

またまた オールドノリタケ考。

陶芸家 故 加藤卓男氏は、その著「砂漠が誘う」の中で、「しかし、ここで大切なことがある。技術が特別に優れているからといって必ず美しい作品が出来るとは限らないのである。縄文式土器と弥生式土器との比較がいい例である。弥生式土器が始まるころには、技術的にははるかに進歩し形も整ってきたにもかかわらず、縄文のあのたくましい空間的なダイナミズムは影を潜め、静的で平板になってしまった。」と語っている。

先日の朝日新聞に○右衛門展によせて当代○右衛門氏が、白くなりすぎた○右衛門として、純粋になりすぎた磁胎を、どう汚していくかが課題だと書かれていた。たしかにIWANAも、窯物だけれど○右衛門のコーヒー碗皿を手に入れた時、これでは、まるで衛生陶器ではないか、まるで電信柱の碍子ではないか、と白すぎる磁胎に違和感を感じ、まるで機械作りの大量生産品の様に完成されすぎた形に興ざめしたものです。もちろん価格的にも、このランクならヨーロッパのアンティークカップの、そこそこ満足のいくものが手に入るのだから。

陶器に、少し詳しい人なら、日本の陶器は素晴らしくて、勿論、過去の中国は最高で、韓国の李朝もすばらしく、ヨーロッパ陶磁器の最高峰マイセンは景徳鎮やら柿右衛門を必死でコピーした訳で、とにかく日本の陶器はマイセンが必死でマネをしようとしてマネが出来なかったという歴史が頭にあって日本は素晴らしいと思っているわけだけれど。それは思い上がりに過ぎなくてヨーロッパのアンティークカップなどには見事な物があって何度みても心が揺さぶられる物がある。

On1 オールドノリタケに限らずアンテイークの陶磁器のコレクションを始めようという事なら、まず、和田泰志さんの「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑 実業之日本社刊」か「アンティーク・カップ&ソーサー 講談社刊」を読むべしと・・・とりわけ後者は写真が実物大でとても楽しいし価格も3,800円とお値打ち。まず此処から始めたら道に迷う事は無い・・・けれど人生を間違える可能性は大いにあって素晴らしい。

と、今日も前置きばかり長くなってしまったけれど、このオールドノリタケの花瓶の違和感はどうよ。凄いだろ? これを美しいとは言えないだろう? なんだコリャだろ?これがオールドノリタケの一つの側面でもあるのです。

ミスリード・ミスマッチ、勘違い。明治の日本そのものなのです。エジプトにしては椰子の木の辺りが妙に瑞々しい長閑な風景であったり、アールヌーボーがオレンジ色の空であったり、山がピラミッド風であったり、帆掛け舟がなんとなく和風だったりして、間違い探しを始めたらきりが無いようなものだけれど、ささやかな我がコレクションのキュリオケースのなかでは結構存在感があるのよね。これがオールドノリタケなんだぞ!って。

これが、露天の骨董市で戸板に載せられて、諭吉五枚で売られていたら、IWANAの様にカナリな馬鹿しか買わないだろうけど、我が家の美しい(笑)1930年代のニューヨークのダウンタウンの安宿をイメージした?コレクションルームには合うのよね、このクササが。

IWANA  OLDNORITAKE COLLECTION

ランドスケープ花瓶(エジプト)

裏印 グリーン M-NIPPON印

明治43年頃(1910)

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2008年2月10日 (日)

そんなの関係ない記念日。

080210 いまさら、日の丸がどうの、建国記念日がどうのとヒステリックに叫んで見る気もないけれど、つい先頃も、いまさら、また東京でオリンピックなどと時代錯誤な公約を掲げて再選された、口だけヤクザの、小心者で、マスコミあいてに時々ヒステリーを起こしたりする都知事が、日の丸掲揚やら君が代斉唱を強制し、それに従わない教員を処分したけれど見事裁判で敗訴したりしたから、石原君このごろ元気かな?なんて思っていたりして。

石原は結構面白いけれど都知事としてやった事はほとんど血迷っているとしか思えないけれど、IWANAは石原が書いた物などは結構好きで石原の愛読者だったりするのです。

お坊ちゃんで傲慢で繊細で小心者で傷つきやすくて攻撃的で自分に甘くて他人に厳しい石原君。なんて書くと家内なんかに「ソレッテ アンタ ダロウ」って突っ込まれそうだけれど「男はみんな石原シンタロー」だったりするのです。

さて、今日の御題は、建国記念の日。そして「建国」の根拠の馬鹿馬鹿しさについて。

学問の常識として、高句麗の開国伝説のパクリにしか過ぎない日本書紀やら古事記の記述を根拠とする「建国ばなし」。

建国記念の日http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%AD%A6%E5%A4%A9%E7%9A%87

悲しいかなこの国の建国記念日は、食品偽装の中国やら生ゴミキムチの朝鮮半島の神話のパクリだなんて、この国はパクリのパクリなのかと日本中の右翼の害宣車の協力を戴いて自民党本部と国会へ抗議に乗り付けたい今日この頃です、みなさん今日も心穏やかにお過ごしですか。

それにしても、教育の現場に、ヒステリックに君が代を持ち込み、日の丸を強制し、従わない教師を処分した石原が、田園調布のご自宅では祝日にも「日の丸」をお立てになっていなかったなんて、ドウよ。オシャレだね石原さん。とってもいいよ、そういういいかげんさがオシャレ。だってイマドキ祝日に「日の丸」なんてカッコ悪いものね。少なくとも「文学者」の自宅に「日の丸」なんてオシャレじゃないものね。

おまけに君が代の「さざれ石」なんて岐阜の伊吹山の麓でとれる石なんだけど我が家の御用達の石屋に言わせると「あんなのコンクリートなんだよ下らない石だよって。」つまり石ころが集まって石灰岩で固まった様な天然のコンクリートみたいな物なんだよね。この石屋が実は元ヤクザで今右翼というのが笑えるけれど。

「さるさる日記 きっこの日記」http://www3.diary.ne.jp/user/338790/のパクリだけれど、石原ウォッチヤーの面白いブログがあったから是非ご紹介したいと思って。

喜八ログ http://kihachin.net/klog/archives/2007/02/noishihara.html

そういえば、我が家では、未だにお正月の「旭日」の掛け軸がそのままでした。俺って石原よりずっと日本人だろっ!

 では、「建国記念の日」を前にさっそく春のものに取り替えます。

皆様の明日の、「ただの三連休最後の日」が穏やかで心安らかな日でありますように。

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2008年2月 6日 (水)

庭。

080203_005 いわば、哲学者モンテーニュの言う「自分だけの三畳間」というのだろうか。あらゆる重力から解放される空間。

IWANAの年齢になると、あいかわらず「夢見る夢子ちゃん」というのは痛々しい。美と言うものは、この年齢では、既に実現されてあるべきものだから。

たった一個の河原で拾った石ころでいい、赤錆びた農具でもいい。美を見つけて楽しむ人は語っても楽しい。

もう美術館へ出かけて、大家の作品に判ったような顔をして大げさに頷いてみせて、周りに同意を求めたりする年齢でもない。ましてブログに書いて、これこれを見た私は、だからこれこれの様に大きいのだと語ってみたりするほど勘違いでもないつもり。

庭。あらゆる重力から解放されて、自然に服従する空間。

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2008年2月 3日 (日)

節分。

080203_001 暖かな冬が続いて、ありがたかったけれど、冬のどん底の節分の朝、私の住む街に今年初めての積雪がありました。

080203_002 東京の雪景色をテレビのニュースで見ながら、ジョージタウンで働くロコは元気だろうか、玉川のトヨサンは元気だろうか、「きっこ」はあいかわらず暖房を入れず息が白くなるアパートの部屋でブログを書いているのだろうかなんてことを、虚ろに思ってみながら今日も始まりました。みなさんお元気ですか。

季節の分かれ目で、明日は春立つ日。ならば今日と言う日は、もっとも冬という日なのだろうか。

昨日は、久々に庭の手入れをして、枯葉を除き、痛んだ去年の葉も刈り取り、寒肥を施して、消毒も済ませて。

しかし、既に庭では、春が蠢いていて、ホトトギスもエビネも新しい芽を出し、薔薇も小さな芽を真っ赤ににしてスタンバイ。既に庭には春が来ているのですね。

寒いけれど、もう少しの辛抱です、春は既に来ています。

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2008年2月 2日 (土)

オールドノリタケ フラワーハンドル カップ&ソーサー その2

Ondecofh_004 IWANA  OLD NORITAKE COLLECTION ⑯

フラワーハンドル デミタスカップアンドソーサー

裏印 No.47 1933年頃(昭和8年頃) 米国輸出向け

Ondecofh_003 先日のブログに続きオールドノリタケのアールデコ期のデミタスカップのご紹介。

このカップアンドソーサー、オールドノリタケ コレクターズガイトのNo.47の裏印で、1933年頃(昭和8年頃)の物。アメリカとの関係が怪しくなりつつあり、日米を結ぶ「友情の人形・青い目の人形」といった人形の交換が行われたのが昭和二年の事だから、つまり、その必要があったほど日米はギクシャクしていた時代だったのです。

Ondecofh_015 コレクターには、堪らない魅力なのだろうけれどオールドノリタケのアールデコには独特の趣味の悪さがあって、その違和感がまたコレクターを熱くするところがあって、あの悪趣味な色使いがコレクターには魅力で、確かにシンプルで徹底的にデザインされた美しい空間にお住いならオレンジやらイエローのポップな色使いのデコのノリタケを少々アレンジすると、とてもオシャレではあろうけれど、日本の貧しい住空間ではタダの下手物かも知れないなどと思いつつIWANAはあのラスター彩のデコのカップ&ソーサーに手が出ないのだけれど、このフラーワーハンドルのカップ&ソーサーは極めて上質なデザインで、ノリタケのデコの到達点として最高の物ではないだろうかと思う。

Ondecofh_007 フラワーハンドルと言えばバラゴンだろうという声が聞こえてきそうだけれどバラゴンのフラワーハンドルと同時代の物。

菊の花弁を思わせるソーサーのエンボスと、桜の花びらのハンドル、誇るべき日本の美をこなした美しいアールデコのスタイルなのです。黒と白の絶妙の締まり具合で地味派手は江戸以来の日本の特徴的な美意識です。金彩のあしらいも上品で良い。

Ondecofh_013 裏印から冒頭述べたように昭和8年頃のものだけど、戦争に突き進む日本は昭和12年には「金・白金使用制限規定」を制定し「食器への金使用を中止」する。華やかな金彩の歴史も戦争のまえに幕を閉じる事になります。陶器が宝石の様であった、陶器が工芸品であった時代の終わりです。オールドノリタケの時代の最後の時期の品物として大切にしたいIWANAのコレクション。

Ondecofh_011

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