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2008年1月29日 (火)

オールドノリタケ フラワーハンドル カップ&ソーサー

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Ondecofh_001 IWANA  OLD NORITAKE COLLECTION ⑯

フラワーハンドル デミタスカップアンドソーサー

裏印 No.47 1933年頃(昭和8年頃) 米国輸出向け

「それって昭和」と言われる「昭和」は“三丁目の夕日”の昭和30年代なのだろうか、いや平成生まれの若者にとっての昭和は平成のすぐ前の昭和の事かもしれない。

“懐かしの昭和史”などというと殆んどが団塊の世代の文法通りの“戦後史”で昭和20年の敗戦から始まるのがお決まりのようです。しかし、昭和史というなら昭和の元年から始まるべきと思うのだけれど「年号」なとどという形式で世の中が変化しているわけではなく、例えば戦争・大震災といったものでしか明確に時代は括れないところがある。明治・大正・昭和という括りよりも、第一次大戦・第二次世界大戦あるいは関東大震災以前・以後といった括りの方が時代の括りとしては明確だと思う。

Ondecofh_008 このカップ&ソーサーは裏印から1933年頃(昭和8年頃)の米国向けの物です。

昭和ヒトケタ時代、暗い暗い不安な時代なのです。社会的文化的な括りとしてこの時代の始まりは、大正12年の関東大震災にカーソルを持っていくべきだろう。

大正という晴れやかな時代の終焉、白樺派の人道主義も、ヨーロッパ直輸入の教養主義も、関東大震災という未曾有の大災害に崩れ去り、ラディカルな社会主義やアナーキーな思想の駘蕩、いや何より軍部の暴走・資本の暴走、天皇制と私有財産制度を絶対視する有産階級の暴力支配、加えて金融恐慌。

1929年(昭和4年)のニューヨーク株式大暴落に始まる世界恐慌は我が国にも及び、失業者が街に溢れ、農村では娘の身売りが広まり「大学は出たけれど」と映画にまでなった“有識青年層”の大量失業時代をもたらした。ちなみに昭和7年の大学卒の就職率は僅か39.6%であったという、大卒が極めて少数で希少だった時代である。

Fh_001 パニック・金融恐慌で始まった昭和の初めは労働争議の時代でもあり、明治の作り物の滑稽な天皇制の仕上げの時代であり、軍人の大暴走の時代であり、侵略の時代であり、日本の狂気の時代であったのです。

Fh_002 Fh_003 昭和8年、戦中派に懐かしい「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」の本格的な色刷りの小学国語教科書が登場した年です。昭和生まれが始めて小学校へ入学した年であり、シンデ モ ラッパ オ ハナシマセンデシタのキグチコヘイの物語にキグチコヘイは「イサマシク イクサ ニ デマシタ」と書き加えられ、この昭和ヒトケタ世代が、やがて来る太平洋戦争に巻き込まれる事になるのです。

団塊の世代のIWANAは、先に述べたように昭和とは戦後しか知らないけれど、こうしてこの昭和8年製のオールドノリタケのカップ&ソーサーの入手を期に昭和初期を考えてみると、父親や母親の文法が何故そうだったのかが見えてくる様な気がするのです。

Ondecofh_005 このオールドノリタケの「フラワーハンドル カップアンドソーサー」 そんな時代にアメリカに輸出された物なのです。たかだか大量生産のコーヒーカップではないか、けっしてそんな時代を背負ってデザインされた訳では無いだろうけれど、たかだかコーヒー茶碗でもその向こうを見てみたりすると沢山の物が見えて来る。

75年前に作られたものだけれど何の違和感もなく今の生活に受け入れられる姿をしている。完璧なデザインというのはこうゆう物なのだろう。

宮廷貴族に育てられたヨーロッパのアンティークカップは工芸の極致の美しさを誇るけれど社会も市民も見えてこない。アメリカやイギリスのマーケットで育ったオールドノリタケは市場であるその時代のアメリカやイギリスそのものであり、市場とのフィットネスを読む楽しみがある。

Ondecofh_002  話がとてもながくなりました。続きは、また後ほど。

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