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2008年1月29日 (火)

オールドノリタケ フラワーハンドル カップ&ソーサー

Ondecofh_006

Ondecofh_001 IWANA  OLD NORITAKE COLLECTION ⑯

フラワーハンドル デミタスカップアンドソーサー

裏印 No.47 1933年頃(昭和8年頃) 米国輸出向け

「それって昭和」と言われる「昭和」は“三丁目の夕日”の昭和30年代なのだろうか、いや平成生まれの若者にとっての昭和は平成のすぐ前の昭和の事かもしれない。

“懐かしの昭和史”などというと殆んどが団塊の世代の文法通りの“戦後史”で昭和20年の敗戦から始まるのがお決まりのようです。しかし、昭和史というなら昭和の元年から始まるべきと思うのだけれど「年号」なとどという形式で世の中が変化しているわけではなく、例えば戦争・大震災といったものでしか明確に時代は括れないところがある。明治・大正・昭和という括りよりも、第一次大戦・第二次世界大戦あるいは関東大震災以前・以後といった括りの方が時代の括りとしては明確だと思う。

Ondecofh_008 このカップ&ソーサーは裏印から1933年頃(昭和8年頃)の米国向けの物です。

昭和ヒトケタ時代、暗い暗い不安な時代なのです。社会的文化的な括りとしてこの時代の始まりは、大正12年の関東大震災にカーソルを持っていくべきだろう。

大正という晴れやかな時代の終焉、白樺派の人道主義も、ヨーロッパ直輸入の教養主義も、関東大震災という未曾有の大災害に崩れ去り、ラディカルな社会主義やアナーキーな思想の駘蕩、いや何より軍部の暴走・資本の暴走、天皇制と私有財産制度を絶対視する有産階級の暴力支配、加えて金融恐慌。

1929年(昭和4年)のニューヨーク株式大暴落に始まる世界恐慌は我が国にも及び、失業者が街に溢れ、農村では娘の身売りが広まり「大学は出たけれど」と映画にまでなった“有識青年層”の大量失業時代をもたらした。ちなみに昭和7年の大学卒の就職率は僅か39.6%であったという、大卒が極めて少数で希少だった時代である。

Fh_001 パニック・金融恐慌で始まった昭和の初めは労働争議の時代でもあり、明治の作り物の滑稽な天皇制の仕上げの時代であり、軍人の大暴走の時代であり、侵略の時代であり、日本の狂気の時代であったのです。

Fh_002 Fh_003 昭和8年、戦中派に懐かしい「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」の本格的な色刷りの小学国語教科書が登場した年です。昭和生まれが始めて小学校へ入学した年であり、シンデ モ ラッパ オ ハナシマセンデシタのキグチコヘイの物語にキグチコヘイは「イサマシク イクサ ニ デマシタ」と書き加えられ、この昭和ヒトケタ世代が、やがて来る太平洋戦争に巻き込まれる事になるのです。

団塊の世代のIWANAは、先に述べたように昭和とは戦後しか知らないけれど、こうしてこの昭和8年製のオールドノリタケのカップ&ソーサーの入手を期に昭和初期を考えてみると、父親や母親の文法が何故そうだったのかが見えてくる様な気がするのです。

Ondecofh_005 このオールドノリタケの「フラワーハンドル カップアンドソーサー」 そんな時代にアメリカに輸出された物なのです。たかだか大量生産のコーヒーカップではないか、けっしてそんな時代を背負ってデザインされた訳では無いだろうけれど、たかだかコーヒー茶碗でもその向こうを見てみたりすると沢山の物が見えて来る。

75年前に作られたものだけれど何の違和感もなく今の生活に受け入れられる姿をしている。完璧なデザインというのはこうゆう物なのだろう。

宮廷貴族に育てられたヨーロッパのアンティークカップは工芸の極致の美しさを誇るけれど社会も市民も見えてこない。アメリカやイギリスのマーケットで育ったオールドノリタケは市場であるその時代のアメリカやイギリスそのものであり、市場とのフィットネスを読む楽しみがある。

Ondecofh_002  話がとてもながくなりました。続きは、また後ほど。

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2008年1月26日 (土)

たまらなくオールドノリタケな一日。

Gchikusa_001 オールドノリタケの研究者やコレクターの集まり「日本ポーセリン協会」が発足して、記念すべき第一回の記念講演会が、今日、メルパルク名古屋で行われた。日本中から熱心なオールドノリタケファンが集まって、いまさらながらオールドノリタケブームの盛り上がりに驚く。参加者の名札に書かれた住所を見て更に驚く、東京・横浜・大阪と各地から参加があり、むしろ地元名古屋は少数派、これも驚き。

講演は、オールドノリタケ研究の第一人者・井谷善恵氏の 「東洋と西洋の輸出磁器の異文化交流」。

Gchikusa_005 しかし、何よりIWANAが期待したのは、あのジュールで有名な(ジュールは既に閉店)“横山コレクション”が展示された「ギャラリー千種」(非公開)の見学会。

Gchikusa_003 ジュールも凄かったけれど、今度はオールドノリタケの個人美術館が完成した様なもので、総数2,000点というから、もの凄いのです。収蔵品は勿論、完品の「美術館クラス」のコンディションのものばかり、解説のしようがないのです。とにかくオールドノリタケの全てを三階建ての美術館にビッシリ詰め込んであるのです。たまらないのです。これだけのコレクションを7年間で集めたというのですから、市場からオールドノリタケが消えてしまうはずです。全てはココに集まっていたのです。

Gchikusa_002_3 もう、これは壮大な、名古屋の、いやニッポンの、いや世界の文化遺産です。横山さん、これはもう貴方の物ではありません皆の物です、社会の物です、是非一般公開してください。公開の為ならボランティアだって便所掃除だってなんだってしますIWANAは!!って感じです。

Gchikusa_004 今日お気に入りのデコのスナックセットです。

みなさん!お幸せですか?今夜のIWANAは幸せです。

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2008年1月23日 (水)

ガソリン税率・暫定税率撤廃

間もなく岐阜県の山奥も渓流釣の解禁となり、長い禁漁期間から解放されて釣り人は、釣り糸にビーズの様に氷が付く様ななかでも、アマゴやらイワナつりに興じるわけだけれど、山奥の山奥の、この時期タヌキやらキツネすら通らない様な山奥まで入っても道路は立派に舗装されていて立派なトンネルまであったりする。田んぼの畦道でしかない様なところまで立派に舗装されていて、田舎の役場に勤める友人はそこまでやらないと道路予算を使い切れないのだという。全ては自民党の皆さんとその熱心な支持者の皆さんのお蔭です。タヌキもキツネも、都会並みの道路で車なんて三日に二台も通れば良いくらいだからスケボーでもあれば遊び放題だから豊かな国の狸やら狐である事を喜んでいるかも知れない。

Oil ガソリン税を下げるのか上げるのか?

突然、民主党という近頃すこしおかしくなって大事な法案の決議を放り出して大阪へ行ったりする党首がいる迷走気味の党が、政権から程遠い共産党やら、ビンボー人たぶらかしの宗教政党が得意のバラマキみたいな、「ガソリン税・暫定税率の廃止」という美味しい話を始めたからオトーサンは今夜も少し怒っていてクダクダとまた書き始めてしまったのだけれど、お暇でしたら少しお付き合い下さい。

暫定税率を廃止すればガソリンは約25円下がる。確かに有難い話ではある。我が家ではガソリン代は、IWANAの僅かなオコズカイから出す事になっているから、おまけにガソリンタンクの大きなアメ車と来ているから満タンとなると福沢諭吉なのです。これはいささか痛い。勿論カラになってから入れる訳ではないのでメーターが水平より少し下がったら入れる事にしていて、だいたい樋口一葉で済んでいたものが近頃は諭吉が居ないと恥をかく事になる、月末に最後まで諭吉が残っている事などないから実は、近頃のガソリン価格高騰はIWANAはかなり堪えているのです。釣のシーズンとなれば一回の釣行で20リッターは必ず使う訳で。チャイナマネーの投機による原油価格の暴騰やら石油ガブノミのアメリカ帝国主義には頭にきているのだけれど今夜は、とりあえず暫定税率のお話。

暫定税率を全廃すれば、国と地方で合計2.6兆円の税収減となるのだという。道路工事はもう要らない。道路工事の出鱈目は嫌とイウホド見ている。この道路工事とやらの出鱈目とこれに群がる利権政党の自民党と公明党にはこの際、干物になっていただく事は大賛成ではあります。

しかし、この国は2.6兆もの財源を減税する程の贅沢な環境に有るのだろうか?日本の財政事情は先進国の中でも最悪の事情にあるのだよ。社会保障だって年金だってどうよ!!年金だって払えないから60歳の受給がドンドン先延ばしになってるのジャマイカ?

例えば団塊の世代なんて10歳上の世代に比べたら遥かに掛け金は多いのだよ。団塊の世代の大卒の初任給は4万円~5万円。10歳上の世代といえば1万円ソコソコだったんだろ?つまり団塊の世代というのは、それ以前の世代に比べたら遥かに多い年金を掛けてきたんだよ。それが消えた年金記録どころか「もらえなくなってしまった年金」なのだよ。だけどこれって団塊の世代だけでは無いのだよ。つまり団塊の世代以降は全てそうなるのだよ。定年退職後の「無年金の五年」これってマサニ政治によって消されてしまった年金なんだよ。例えば生活保護並みに一ヶ月の生活費を20万円として一年で240万円、五年で1,200万円。殆んどのサラリーマンは年金受給前に退職金を使い果たす事になるのだよ。2.6兆円の税源を放棄するような豊かな財政事情ならば元々の約束通りの年金支給に戻すべきなのだよ。民主党さんよ。団塊党党首の菅さんはどうしてるのよ団塊の世代はボランティアで地域参加をなんてなんてボケた事言ってんじゃないよ菅よ、団塊はそれどころじゃないのだよ!!

ところで同じ様なものに煙草税があったよね、煙草税は破綻した旧国鉄職員の年金に当てられているのジャマイカ。馬鹿にするなよ自民党さん社会党さん。ならばガソリン税をナゼ破綻した年金財政に繰り入れないのだよ。民主党さん煙草税の見直しはドウよ俺たちの年金は破綻したのにナゼ旧国鉄職員の年金を俺たちが払い続けるのよ。

ガソリン税撤廃なんてポピュリズム・大衆迎合のバラマキ。こんな話に乗るほど理性の無い国民では無いのだよ民主党さん。バラマキは「インチキ宗教政党」と利権政党だけにまかせとけよ。このごろ実に変だぜ民主党さんよ。

なんて行き場の無い団塊のオジーさんの怒りに今夜も最後までお付き合いいただき有難うございました。貴方様が少しばかり団塊の世代よりお若い世代だとしても明日は我が身ですよ。少年老い易く学成りがたいのです。

今夜は、少し飲んでから寝ます、オヤスミなさい。

明日は今日より良い日でありますように。

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2008年1月20日 (日)

株価暴落。

IWANAは株は一切やらない、もちろんギャンブルも。ケチなのです。勿論、株をやるような金が無いのが理由の全てなのだけれど、金で金をモテアソブ様な事はするべきでないというのが我が家の行き方なのです。まるで二ノ宮キンジローなのです。

とはいえ、経済変動をどう先読みするかが仕事上きわめて重要だと思われる仕事をしてきたから株価もさることながら金価格とドルにはとても感心があり、感覚を磨くために、金の現物とドルをモテアソンダリしていた事があるのよね。「金」はしっかり儲かったけれどドルでは小銭を稼いで喜んでいたけれど結局は少し損をして手仕舞い。

Hana_002_3 少し前に手にした退職金は、全て愚直に定期預金。アノ頃は株価が安かったから半年でアレヨアレヨという間に株価は上昇。二度目に勤めた会社の同じビルに大手証券会社があって、毎日ボードがいやでも目に入るからシマッタナ株にしておけばなんて思いながら投資信託くらいはと思っていたら「ホリエモンの暴落」、青ざめた老夫婦が証券会社に押し寄せて、証券会社は店頭ではかっこ悪いから二階に客を誘導してナダメスカシテ両手に持ちきれないくらいの粗品を持たせてエレベーターに乗せる姿を何組か見て、胸をなでおろしていたのよね。インターネットのなんたるかも知らない老人がライブドアに賭けるなんて欲ボケなんだよなんて他人の不幸でカタルシスを感じていたりしたのよね。

こんどの仕事も銀行で隣が証券会社ときてるから年明けの暴落にもかかわらず証券マンが非常階段で、彼らは都合悪い事は非常階段で電話するのです、「今日は祝儀相場で値上がりするから大丈夫です」なんて言ってるからオイオイなんて無責任なヤツラなのだと思っていたのだけれどアレヨアレヨとこの有様。

週末には少し戻したけれどIWANAはもう一段下がると見ていて、今回は結構深刻な事なのだと他人事だけれど思っているのよね。

Kannon_002 ところでアメリカ経済の破綻でドルは益々下がり円高が進むという事は、コイズミと竹中がアメリカに差し出した郵貯や簡保、日本人の汗と涙の金融資産は 大幅に目減するって事なんだね。とんでもない事をしてくれたんだね自民党は。

昨日は一日、オールドノリタケの新しい展開を考えていて、昭和初期の事など調べていて日付が変わるまでブログの下書きなどしていたら、現在の状況はニューヨークの株価暴落に始まった世界恐慌のアノ時代ととてもよく似ているのだよね。オールドノリタケのデコレディやらピエロを眺めながら胸をなでおろしている今日この頃です。やはり日本人はニノミヤキンジローであるべきです。

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2008年1月16日 (水)

モンゴルへお帰りなさい。

Asa_002 昨日の週刊朝日の広告の、週刊朝日の本「お帰りなさい朝青龍」には、笑った。久々に笑った。

Asa_001 勿論、稀勢の里に朝青龍が見事に無残な姿で土俵から追い出された翌日だから相乗効果もあって週刊朝日に座布団50枚くらいあげたい気持ちだけれど。

およそスポーツで誰某が勝ったといってハシャグのはいいとして、ダレソレが負けたといってハシャグのは大人げなくて見苦しいけれど、いささかチンピラ横綱・朝青龍の横暴ぶりと下品さには堪らなくてオトーサンは今夜はシラフでブログにこの問題をアップしているのです。

といって近頃見なくなっていた大相撲をいち早く家に帰ってテレビを見ているのだから、結果的に、無能経営陣の相撲協会がこれで視聴率がアップしたなんて、この事態を肯定されても困るけれど、いやこんな事でカッカとしているなんてオトーサンもミーハーなんだけれど、このところ土俵際の砂被りに有名人の姿も多く、今日はペギー葉山と林家ぺーが、いやペギー葉山と林家ペーを並べて書くのもナンダケレド。昨日だってアノ奇妙な発明家のナントカさん、いや昨日の砂被りに芸者を連れて来て居た男って如何よなんて、結構クソショウリュウのお蔭で国民的関心事になっているのよね。

Asa_001_2 といいつつ相撲上位はモンゴルばかりでガチンコなんて無いだろうけれど、あと二三度土俵の土を舐めていただいて人生について考え直して戴きたい。

まあ勿論、相撲の世界だってそんなに立派な世界でも無いし、もともとはナラズモノの世界でもあった訳で、朝青龍が「強きゃいいだろー。何か文句あるのか!!」って世界はあった訳で、しかしタテマエもあってこれが結構幅をきかしていて、アノ相撲しか知らないお坊ちゃん兄弟が、強いから横綱になったけれど、人格的にはドウモで色々あって、今でも「元横綱・人格者」と勘違いして、ガキが上から目線で話したりするから弟は痛々しかったりするけれど。とにかく横綱は人格者でなければならないのよね。

Asa_001_3 まあ、本を買って読む程の事は無いけれど内館牧子様冴えてます。いや週刊朝日が冴えているのかな?

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2008年1月11日 (金)

蹲る。

安宅コレクションという名を聞いて、何かを感じるというのは団塊の世代が下限かも知れない。安宅産業の崩壊が昭和52年(1977)の事だから。

東洋陶磁やら速水御舟のコレクション、とりわけ東洋陶磁のコレクションは、不滅のそして巨大な一つの芸術作品とも言うべきコレクションであり、安宅英一氏こそは狂気の、そしてコレクターの最高峰であろう。

コレクションの簿価75億円、評価額120億円?。まあ金額はさておいて、しかし、彼の日常はおよそ飾るという事は縁が無かったという。コレクションは安宅産業の地下金庫奥深くに仕舞われ、自らの生活空間には美術品は置かなかったという。

安宅氏のコレクションに於ける執事とも言うべき伊藤郁太郎氏によれば、「生活を飾ると、それで目線が低くなっていって、民芸につながる。青山二郎だとか白洲正子さん的なああいう世界へ繋がって行くわけです。それは、目を下に向ける俯角視線。安宅さんはほとんど仰角なんです。だから、日常の世界なんて全く関係ない。“もの”とダイレクトにしゃべってると、日常の中にそういうものが出てくるとか出てこないという次元の問題ではないのです。」

いずれにしても、我々の日常とも“全く関係の無い”話ではありますが、だから面白いのであります。

青山二郎の「蹲る・うずくまる」とも、安宅英一の「青磁陽刻 牡丹蓮花文 鶴首瓶」とも次元が違うけれど、伊藤郁太郎著「安宅コレクション余聞 美の猟犬」を読んだら、妙に粘土が弄りたくなって、このところ毎晩自宅で粘土を捏ねてます。

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2008年1月 6日 (日)

オールドノリタケな一日。

Noritakeg_010 それは、博物館や寺院が所有しているような大きな美ではないだろうけれど、ぼくたち骨董者という奇妙な鑑賞家にとっては、そんなに大きな美よりは、ぼくたちの掌に載るくらいの小さな美の方が、よっぽど生きていて、ぼくたちの心臓をドキドキさせるのだ。

といったところで、ぼくたちは大きな美を見て見ぬふりをしているわけではなく、この自分の掌に入った小さな美によって、大きな美の一部分が少しずつ分かってくるのである。           青柳瑞穂

Noritakeg_012_3 Noritakeg_002_2 我が家からJRと徒歩で一時間足らずの所に、オールドノリタケファンにとって聖地とも言えるオールドノリタケミュージアムがあって、少し足を延ばせば更に圧倒的なコレクション量を誇るカフェコレクション「ジュール」があるというのは、オールドノリタケファンにとっては夢の様な話なのです。今日はオールドノリタケミュージアムへ初詣。

ところで、ブログで美術館やら美術展を取り上げるとなると、どうしても展示の写真が必要なのです。しかし、この「写真撮影」がほとんど「禁止」されているのです。

Noritakeg_017 Noritakeg_011

この「撮影禁止」の根拠は一体何なのだろうと考えて見たのです。偉そうに言うけれど、海外の博物館や美術館では、ほとんど撮影はOKなのであって不粋な「撮影禁止」などという張り紙は見たことがないし美術館の中で観光客が記念撮影する姿を見かける。もちろん許可を受ければ模写だって可能なことは皆さん良くご存知の事。模写が可能なのだから撮影が禁止される理由が無いのは当然なのですが。

IWANAも長いこと百貨店で「文化展」を担当してきたのだけれど実のところ「撮影禁止」は、前例にならってやって来ただけでその根拠を知らない。先輩に訊ねたら「図録が売れないから」という唖然とする答えが返ってきたけれど、そんな「おしりのあなのちいさな」了見の問題では無いだろう。

Noritakeg_014 たとえばノリタケミュージアムでは、確かに入り口には撮影禁止の表示があって、しかしこれはノリタケの制作工程を実際に見せる企業秘密も有るといえばありそうな場面だから撮影禁止かな?しかし三階四階の「ミュージアム」では、特に表示が無いので“さすが世界のノリタケ”スタンダードがインターナショナルで良く判っていらっしゃると感心しつつ、少し遠慮しながら、ストロボは切って撮影を強行してみたのです。

例えばオールドノリタケの様に、既に「商品」として世に出した商品であり、勿論、著作権などとうに消えた100年も前の品物であれば「撮影禁止」という理由はないのではないかな。

もちろん偏狭なコレクターが「僕ちゃんの物だから写真に撮っちゃダメ!」って言うのは許すとして、たとえば美術館やらデパートで「展示・公開」して図録やら写真を販売しながら「撮影禁止」というのは根拠の無い「ただ前例に従っただけの・オシリノアナノチイサナ」文化を愛する心の無い規制だと思うのよね。

Noritakeg_016 文化というのはね、みんなで共有しながら感動しあう物なのだと思うのよね。

話は少しそれるけど、骨董の世界では「目垢が付く」といって自分のコレクションを人目に晒すのを嫌がるのだけれど、沢山の人に見てもらって「品物が育つ」って事もあるのだよね。

久しぶりのノリタケミュージアムは、若干入れ替えもあって、嬉しい事にIWANAのコレクションと同じアイテムの物ががいくつか展示されていて嬉しくてついつい撮影してしまったのです。ノリタケさん寛大な心で無視願います。

                掲載写真は全てノリタケミュージアム展示品

ブログ画面の左、カテゴリー別のオールドノリタケの項目をクリックするとマトメテご覧いただけます。IWANAのコレクションと比べてご覧下さい(少し自慢)。

Noritakeg_001

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2008年1月 2日 (水)

映画 「実録・連合赤軍」

Shkhole_002 正月早々、若松孝二なのかと、団塊の世代からは顰蹙? もちろんIWANAだって69年の大学のバリケードストライキの中で開いた「バリ祭」で見た「処女ゲバゲバ」やら「犯された白衣」以来の若松作品なのであって、ピンク映画を堂々と見に行く感性も度胸も持ち合わせていないわけです。しかし若松孝二イコール・ピンク映画という構図は古いのであって、若松孝二は、ここ名古屋で極めて良心的で美しいマイナーな映画を細々と上映しつづける映画館・シネマスコーレのオーナーでもあるのです。
Shkhole_001 「実録・連合赤軍 あさま山荘への道」 団塊の世代の皆さんに是非みて戴きたい映画です。ほんの少しでもアノ頃の決着が付かずに心の隅に滓の様なものが溜まっているのならその決着の為にも観てみてください。
彼らを愚かだったというのは簡単です。全ては永田と森という愚劣な指導者によると言うのもその通りだけれどそれだけで済まないものがあります。そして彼らが「本当に普通の優しい青年だった」というのもその通りです。IWANAは登場人物の内の二人を学生時代見ています。いかにも都会のインテリの家庭に育った様な線の細いひ弱な政治少年でした。しかしだからといってそれで決着も付きません。
三時間10分という長い映画があっという間に終りました。しかし重い映画です。年の初めの書き込み、少しはオシャレな事も書こうと思ったのですが映画が重過ぎました。当分「総括」と「共産主義」という言葉は使いたくありません。
城山三郎が愚劣な暴力支配の軍隊から帰って書いた「旗」という詩を著作権を冒しつつ載せてみます。これがIWANAの今の気分です。
Shkhole_005 「旗」

旗振るな
旗振らすな
旗伏せよ
旗たため

社旗も 校旗も
国々の旗も
国策なる旗も
運動という名の旗も

ひとみなひとり
ひとりには
ひとつの命

走る雲
冴える月
こぼれる星
奏でる虫
みなひとり
ひとつの輝き

花の白さ
杉の青さ
肚の黒さ
愛の軽さ
みなひとり
ひとつの光

狂い
狂え
狂わん
狂わず
みなひとり
ひとつの世界
さまざまに
果てなき世界

山ねぼけ
湖しらけ
森かげり
人は老いゆ

生きるには
旗要らず

旗振るな
旗振らすな
旗伏せよ
旗たため

限りある命のためにShkhole_004

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2008年1月 1日 (火)

あけましておめでとうございます。

Nenga朝はどこから 来るかしら

あの空越えて 雲越えて

光の国から 来るかしら

いえいえ そうではありませぬ

それは希望の 家庭から

朝が来る来る 朝が来る

「お早よう」「お早よう」

昼はどこから 来るかしら

あの山越えて 野を越えて

ねんねの里から 来るかしら

いえいえ そうではありませぬ

それは働く 家庭から

昼が来る来る 昼が来る

「今日は」「今日は」

「朝はどこから」 森まさる作詞 橋本国彦作曲

戦後の混乱が尾を引く昭和20年代の終わりから30年代の初め、ラジオから、とりわけ朝のラジオ体操の前にNHKラジオから何時も流れたこの曲は、IWANAを始め団塊の世代にとって、その精神構造の土台を造った歌だと思うのです。

戦後の混乱といっても、団塊の世代は、戦争というモノを知らない世代ではあるのですが、団塊の世代の子供の頃には、其処かしこに戦争の傷跡があり、庭には空襲で焼けたガラス瓶がころがり、焼けたトタン板の掘っ立て小屋から抜け出せない家庭が町内に何軒かはありました。我が家もまた、その内の一軒であったのですが。

「貧しかった」とはいえ、我々の世代は貧しさしか知らなかったのですから、貧しさは普通の事で、貧しさには希望が同居していました。勿論、貧しさゆえの悲しい事も沢山ありました。しかし、男の子は夏はいつもランニングシャツ一枚、女の子はシュミーズ一枚で朝のラジオ体操に精勤し希望に満ちていました。貧しかったけれど、誰もが今より一生懸命で、誰もが真面目に働き、希望を持っていました。

朝が「希望の家庭」から

昼が「働く家庭」から  来るといったら笑いますか?

およそ「偽」という字が、その年を表わす字となったり、

総理大臣が「公約違反と言うほどのことなのか?」と平気でノタマウこの国も、

今年あたりは人々の怒りが国をかえ、少しは真面目に本当の事をキチンと考える国になるはずと希望を持ちながら、今年もダラダラと団塊のブログを続けてまいります。

今年も宜しくお付き合いの程よろしくお願い申し上げます。

この年が、どなた様にも良い年でありますように。

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