« 赤城農水相・疑惑の事務所経費 | トップページ | オールドノリタケコレクション12-2 »

2007年7月13日 (金)

オールドノリタケコレクション 12-1

Noritake_no_bara_009 ⑮ 金点盛りアクアジュール薔薇絵ぺディスタル カップ&ソーサー

裏印 グリーン メイプルリーフ印

1891年頃(明治24年頃)

Noritake_no_bara_008 これこそオールドノリタケの真髄なのだといえる物が欲しい。大賀コレクションに刺激されて、アーリーノリタケの、これでもかこれでもかという手の込んだ作が欲しい、これこそ明治の日本なのだと語れる物が欲しい。なんて事を、京都行き以来考えていて、殆んど病気になるくらい思い続けていて、ネットオークション等もクルクル検索しつつ、毎日アッラーの神様にもイエス様にも神棚のエビス大黒天にも祈りつづけていたら、カナダで見つけてしまったのです。しかもカップ&ソーサーだから経済的にもナントカ範囲内、すでにキュリオケースは飽和状態だけれど大きさもナントカ納まる範囲。

今夜もIWANAの幸せの報告です。

Noritake_no_bara_003 見込みに描き込まれたノリタケの薔薇、緑の葉とピンクと茶の暈かし、ふんだんに使われた金彩、これでもかこれでもかと続く金点盛り、厚みのあるアクアジュールが更に重厚さを増す。ペディスタル(脚付き)のカップ正面の赤とピンクのオールドローズ、裏面の薔薇の蕾とグリーンの暈かし。ソーサーは赤とグリーンの暈かしのベースに金彩金点盛りアクアジュール。

メイプルリーフ期の極めて初期の作。こなしきれていない洋陶器のスタイル、カップの底部の少しの歪み、当時としては極限と思われる磁胎の薄さは非実用的領域で痛々しい程。焼成後摺り合わせて整えた様な畳付け。完璧な白とは言いがたい灰色生地、石灰釉のピンホール。欠点と思われる全てが、ノリタケの歴史の証人であり、貴重な資料でもある。

ノリタケがコーヒーカップの焼成に成功するのは明治16年を数年経過してからの事。ニューヨークのモリムラブラザースから送られたフランス製のカップを研究するが薄手の手付き磁器カップなど作った事の無い日本の窯元では初め作る事が出来なかった。そのうち、フランスのカップの縁先・カップの一番上の端に釉薬が付いていない事を発見した。日本の茶碗は仰向けに焼くので底・畳付けに釉薬が付いていない。伏せて焼く事で薄手のカップの形状の物を焼く事に成功したという。

Noritake_no_bara_018 このカップの畳み付けが摺り合わせて調整されているのも釉薬の掛った部分を削り垂直を調整したものだろう。

ノリタケ黎明期の意気込みと職人の情熱を雄弁に語ってくれる生々しい作。困難への果敢なる挑戦と、卓越した伝統技術。明治のダイナミズムに溢れた作。陶器が未だ宝石であり美術品であった良き時代の作。皮肉にもこれ以降、窯業の近代化によりこれらの熟練の技が薄れていく。

日本の従来の技術の延長で作る事が出来る花瓶などに比べカップ&ソーサーなどは遥かに難しいものなのです。ネットで購入したからここまで読めていなかったけれど、これは凄い物を手に入れたんだよ。確かにカップ&ソーサーとしては少し値段が高かったけれど、これはこの数倍お支払いしても良かったかなとニンマリ。Noritake_no_bara_017

                                            

                                  つづく

|

« 赤城農水相・疑惑の事務所経費 | トップページ | オールドノリタケコレクション12-2 »

オールドノリタケコレクション」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: オールドノリタケコレクション 12-1:

« 赤城農水相・疑惑の事務所経費 | トップページ | オールドノリタケコレクション12-2 »