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2007年7月 8日 (日)

オールドノリタケコレクション 11

Swans_006 ⑭ フライングスワンズ デミタスカップ&ソーサー

裏印 ブルー メープルリーフ印 米国輸出向けSwans_010

明治35年頃(1902)~明治43年頃(1910)

Swans_001

このところ、オールドノリタケが結構な盛り上がりで、美術館の催しやらデパートの催事が続いて、雑誌で取り上げられる事も多い。

なかでも、このフライングスワンズの図柄の人気はとても高く、雑誌などに掲載された写真を良く見る。

この図柄が実はイギリスのロイヤル・ウースターのボールドウインのフライングスワンズの写しであることは過日のブログで書いたから省略するとして、IWANAはメイプルリーフ期のノリタケこそオールドノリタケの醍醐味であると、先日の細見美術館の大賀・若林コレクションによって確信したから、当分、メイプルリーフ期の物にこだわって見ようと思う。

Swans_003 このフライングスワンズは、日本のオールドノリタケファンにとって最も納得がいくオールドノリタケなのだろうと思う。メイプルリーフ期のオールドノリタケの最も特徴のある物と言ったら間違いだけれど、これが写しだと知らない人なら、オールドノリタケの中で最も日本的な情景の図柄だと思うのだろう。しかしオールドノリタケの本質は日本的なるものではなくマーケットであるアメリカやイギリス的なる物ではあるのです。しかしまあ、誰だって本質より自分の文法でしか物を見られないところがあるわけで、オールドノリタケの自分の好きな一部分を切り取って楽しむのは、それはそれで楽しい事です。

ノリタケの裏印、メイプルリーフ印は1891年頃(明治24年)から1910年頃(明治43年)まで使われた裏印。ロイヤル・ウスターが優れた画家を導入して動物・植物・果物の画風の豪華なセットを販売して名声を博すのが1902年以降の事だから当然ノリタケのフライングスワンズもそれ以降の作という事が出来るだろう。

美しいミントグリーンの背景と伸びやかな白鳥、金彩の水辺の草と口縁部の金盛りとピンクのジュール。まるで美しい貴人の着物を見るようだ。ボールドウインのアイデアを日本的情感で纏め上げオリジナルを上回る作を造り上げた。アッパレと言うべき。

マイセンが柿右衛門の写しで、あらゆるヨーロッパの名窯がそのまた写しであった時代もあるわけで、写しという事は当時を考えれば非難にあたらない。

念願のフライングスワンズのカッブ&ソーサーを手に入れた。希少価値の高いメイプルリーフ期の物。ジュールのデザインはニッポン期の物に少し負ける。デミタスなのが残念だけれどメイプルリーフ期の物はチョコレートカップやらデミタスサイズが多い。

たとえば10点のコレクションでオールドノリタケの全体像を語らなければならないとしても、このフライングスワンズは外す事は出来ないと思う。渋くて派手。やはりこの図柄は暗くて重厚な部屋に置きたい。

Swans_004 南北戦争(1861-1865)後の四十年間というのはアメリカが一挙に世界の大国となった時代。オールドノリタケのメイプルリーフの裏印の物は専らアメリカへ輸出されたものだから、その背景を語るには日本の国内事情よりマーケットであるアメリカの事を語る事が必要だろう。

アメリカ史では19世紀後半、南北戦争の後にギルテッド・エイジ(金ビカ時代)と呼ばれる時代がある、金ピカのメッキ時代と訳す時代だけれど。ギルテッド・エイジについては次回のオールドノリタケのブログで詳しく語るつもりです。

Swans_012 南北戦争後、とてつもない富を蓄積し始めたアメリカ、しかし伝統というものを持たないアメリカ、それゆえに保守的なもの伝統的なるものに対するあこがれが強かった。そのアンバランスなマーケットの心情を、このフライングスワンズが見事に捉えたと言えないだろうか。伝統と気品、アメリカのコンプレックス。

ベルエポックのニューヨークのハイ・ソサエティに思いを巡らせながら、今日もIWANAは小さな幸せにオボレテいます。Swans_009 Swans_007

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