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2007年3月 5日 (月)

柴田正明作 常滑花活

0702214_002_2   陶芸のマーケットの零落ぶりはかなりなもので、いったい現在、陶芸家として居られる人が、どれ程この世の中に居るのかと思う、多分、三十年前より大幅に減っているのではないか。

この国は、豊かになったのか貧しくなったのか。

0702216_001 写真は1977年に名古屋のギャルリー・ユマニテで行われた「常滑5人の個性」展のDMに載った物。前列左から北村堅治・久田邦男 後列左から鯉江良二・沢田嘉予子・柴田正明氏。陶芸のメッカ東海地方でも、最も元気が良く熱気に溢れていた常滑の新進気鋭の5人だった。

作者の柴田氏は1949年生まれ、IWANAと同い年だけれど、当時すでに注目の作家だった。この5人のその後を調べてみようとネットで検索したけれど、驚くほど情報が少ない、ならば沢山書かなければと思うが、だからこそ迂闊な事を書いてはいけないなと思う。

作品はIWANAが最も愛する物だけど、説明は要らないと思う。皆さんの網膜に映る全てで批評戴けば良いのでは。

例えば、江戸時代。茶道で使われる水指は、その頃の大工さんが半年働かないと買うことが出来なかったようです。今の価格に換算すると三百五十万円ぐらいだろうか。蕎麦ちょこは一個が女の人の一日の賃金に等しかったようです。

現在の様に量産がきかなかった時代に陶器というのは大変高価な物だったのです。

現在は、安くて、オシャレな陶器も、使いやすい陶器も溢れているけれど、陶芸家が生きられない時代というのは、どうよって思うのよね。

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