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2007年1月29日 (月)

恵比寿・大黒天像

Evis_007_1 骨董屋の店先にこれが無いという事はほとんど無いというのが恵比寿様と大黒様。たいていは煤をかぶり鈍く黒光りしている。大漁と豊作、食物を司る神様という事で台所に祭られていたもの、黒光りの理由はここにある。七福神の最も格上なのが大黒様。ところで七福神って神様それとも仏様?恵比寿様なんてのは神社にあるし。成田山にあるのは?なんて考えると夜も寝られなくなるほどグシャグシャで。

大黒様ってインド人なんだって? インド人もビックリだよね。

インド神話の三大神の1人、シヴァ神の異名「マハーカーラ」マハー(大きな)・カーラ(黒い・時間)から、大きな黒い、つまり大黒様、インドの神様が仏教のなかに吸収されて・・・。だけど大国主神(おおくにぬしのかみ)じゃなかった?もちろん大国主命(おおくにぬしのみこと)、中世以降は大国主命と同一視されているのよね。もちろん大国主神、つまり日本神話の三貴人の一人であるスサノオの六世の孫、背中に担いだ大きな袋は80人の兄弟に持たされた大きな荷物、暴風神の一族で軍神なのよね。でもこれってインド神話の完全なパクリなのよね。大黒様ってのどかで柔和なイメージだけど結構怖い神様で憤怒相なんて怒った顔の大黒像もかなりあるのよね。

Evis_002_1  大黒様って福徳の神様で縁結びの神様だけど、かれには沢山の妻がいて豪華な宮殿に暮らしていたんだって。確かに縁結びだけど、こんな神様に立ち会っていただいて結婚なんてどうよ、やり放題だぜって。ごめんごめんヒガミっぽくって。

でもね、歌を唄いつつ女神を訪問する芸術の神様で、オイオイこれってどうよ、ただのスケベ親爺か遊び人じゃないのか?

エビスってどうよ。IWANAは釣り師だから恵比寿様に御参りしているんだけど、日本神話のイザナギ・イザナミが国生みに先がけて生んだ長子の「ヒルコ」。御子の中に入れられず葦船に乗せられて流されたヒルコ・蛭子、そうあの親爺と同じ名前だけど、流れにただよい、ついに漂着して海岸守護と福徳のエビス神となった・・。なんて飛躍が多すぎてよく分からない。

恵比寿と大黒は、どうして一対なのって、よくわからないのよ、豊作と大漁の神様がワンセットってとこでどうよ。ただ、エビス様は大国主命の長男・事代主神って説もあるのよね。

我が家の神棚には大黒様と恵比寿様が鎮座マシマシテおわしますのよ。神棚の物はEvis_003  屋久杉で彫られた物、棚だってIWANAが半年がかりで仕上げた根来塗りの物、魔よけの赤が良い味だしているだろ。置物の箱だってIWANA自作の根来塗りだぜ。

だからね、このブログ書いて大黒様への信心が益々深まったよね、あこがれの遊び人って事で。

万世一系のなんて事いってる人どうよ。

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2007年1月27日 (土)

一期は夢よただ狂へ

IWANAがこのブログでアップした物などIWANAにとっては渾身のものだけれど、とてもササヤカでコレクターと呼ぶには恥ずかしくて匿名だからアップできたような物だ。

Mena_001 愛知県の小牧市にメナード美術館という小規模な美術館があります。ご承知のように化粧品メーカーの創始者の個人的コレクションを展示したものなのだが、素晴らしい。評価がすでに定まった如何にも如何にもという大家の作品群ではあるがその選定眼が素晴らしい。

IWANAが住む町の○○川を見下ろす高台に○○美術館がある、如何にも如何にもという大家の作品群であるが笑ってしまうほど卑しいコレクションだと思う。

メナード美術館は女性オーナーのコレクションそして美を追求するのが仕事の。

IWANAは美しくない女なんて嫌いです。まして美しくない女性画家なんてありえないと思うのです。当然、かっこよくない芸術家なんて信じません。およそ日常の美すら追求出来ない者に美しいものなどつくりだす事など出来ないと思うのです。

ちなみにメナードの二代目は二三度会議でご一緒しましたが、またまた女性なのですがとMena_010_1 ても美しくて聡明です。メナードは当分不滅だと思います。

話がそれたけれどメナード美術館がこれほど素晴らしいコレクションをなしえたか、やはり女性オーナーの生き様だと思うのです。

○○美術館が作品の素晴らしさにもかかわらずあんなにも惨めに思われるのはココロザシかなと思うのです。着る物も着ずに喰う物も喰わず頑張ったのだよと、それはそれで良いけれど、払う物も払わず真善美聖に背を向けて蓄財して、さあ天下とったから、これからは美だの善だのと言ったところで美の女神は相手にしてくれないのよね。相手してやりたくても、口が臭い男みたいで、だれも言わないけれど、口が臭い男とはお金もらっても出来ないよね。

どんどん話は横丁を曲がりくねってしまうけど。たとえばオールドノリタケ、美しいか美しくないかでは語れないと思うのよ、とりわけデコ物は。あれは美しいか美しくないかを敢えていえば美しくは無いと思うのよね。

本物か贋物かで言えばヨーロッパ陶器の物まねの贋物なのだよね。だからヨーロッパのアンティークの質の高いものを美的に追求しているコレクターからみれば何ソレって事だろうね。ただしコレクション、アノ時代のアレからこの時代のこれを集めたい、そしてその時代に触れてみたいそして感じていたいというコレクションという楽しみ方だととても魅力的なアイテムだよね。

IWANAは仕事柄マーケティングとかマーチャンダイジングという視点で見る癖がついているけれどオールドノリタケは物そのものが持っている美という事で見るとヨーロッパの窯のものより割高だと思うのよ、しかし市場価値として見ると団塊世代の骨董市場への参加で更に上がる可能性があると思うのよ。ただしここ十数年で集まるところへ集まってしまっていて本当に質の高い物が市場に出てこないのよね。ある程度市場に供給がないと盛り上がらないのよね。

Mena_002 ルサンチマンって言葉があってね、木の高いところに生っている美味しい木の実を見て、手が届かない狐が、あれはきっと不味い木の実だ、あれにはきっと毒がある、故にあれを取ろうとすることは馬鹿である、あれを取ろうとすることは悪いことであると言う論理を執る人の事を言うみたいだけど。

子供の頃、なにかを集めていて、もっと集めていてかなわない相手に会うと、集めることは悪いことだ、持っていることは悪いことだ、だから私は持っていないのだということを言ってみたりした事ってあるよね。

子供じゃないんだからね、自分がかなわない相手にあったら相手を受け入れる事だと思うのよ、そしてかなわない相手のコレクションを記憶のなかでコレクションするのよ。

だからIWANAはメナード美術館はIWANAのコレクションの一部だと思っているのよ。もちろん時間を30年も戻す事ができたら鳥になってアノ美しい二代目の暮らす窓に飛び交い昼はひねもす美しい声でささやき全てを手に入れるなんて事も出来るかもしれないが。

話がますます逸れたけど、つまり美というやつは所有できるようで所有できない物なのよ。

持っているとか持っていないとか、「だから私は持たない」だとか言ってる奴は、つまらない奴だよ。

一期は夢よただ狂へ。集めるというなら狂うべきだよ、何もかも其れに換えて狂わなければいけないよ。狂えないのは狂えないという事だけなんだよ。コレクターとは言えないね。狂えないのに理屈は付かないのだよ、くやし紛れの負け惜しみだよ。だから負けるとか勝つとしか捉えられないから美なんて近づけないんだよ。って。

何を誰に言いたいのかって?ごめんごめん支離滅裂で、少しくどいなって反省の土曜日です。皆さん如何おすごしですか・ ・・。

写真 メナード美術館

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2007年1月24日 (水)

ペルシャ絨毯

PERSIAN CARPET

Persian_carpet_002

フィールド中央にメダリオン、四隅にコーナーを持つ、メダリオンコーナータイプと言われる様式。

青く澄んだペルシァンブルーのオアシスに浮かぶ中央のメダリオンを、美しいゴルファランギ(花束文様)、あるいはゴルダニ(花瓶文様)が取り囲む。花はユリでありダリアだろうか。メインボーターにはヤスと呼ばれる小花のロゼット文様、サブボーダーにはパロメット模様と呼ばれるダリアやユリなどの花をデザイン化した、花の断面文様。ボーダーの内側にある槍の穂先の様な物は犬の歯だといPersian_carpet_003 う、遊牧民が住居を外敵から守るシンボルとしているデザイン。

ペルシャ人にとつて絨毯は一つの世界、一つの宇宙なのです。荒涼たる風土に延べられる絨毯の図柄がオアシスとは、厳しい現実を忘れる夢の揺り籠の様ではありませんか。青い水や花咲く楽園への憧れは我々の想像を超えるものがあります。

話はそれるけれど、胡椒(こしょう)胡麻(ごま)胡瓜(きゅうり)胡桃(くるみ)胡豆(そらまめ)、古代の中国ではペルシャに続く西方を胡と言った、だから胡の付く物のほとんどはペルシャ経由で伝わってきたものだと考えていい。にんにくだって胡蒜と書くんだよ。

京都の夏を彩る祇園祭の「山」、岩戸山の胴掛け、あれだってペルシャ絨毯なのだよ。

ペルシャ絨毯の美しさは、光の反射と吸収の美しさ、というとガラスと同じだけれど、毛足の流れる方向により光の反射が違う、流れに沿っては絹の美しい表面が白く光って淡い色合いをだし、逆目では光を吸収して引き込まれるような濃い色合いを見せる。

季節によって部屋に差し込む光の入射角度が違う、本当に好きな人は季節によって絨毯の向きを変えるのです。

ペルシャ絨毯の良いものは、主に、七-八歳から十代の少女によって織られるのだという。切手大の面積の中に二百以上もの結び目を作りながら織っていく作業ゆえ、細くてしなやかな少女の指が最も適しているのだという。高級なものだと何十年の歳月を要する。余りにも残酷な話ではないか。

時の流れの縦糸と、少女の涙がにじんだ横糸で織られたペルシャ絨毯。

足ふきマットと間違えないで下さい。我が家では玄関の隅に置かれた、踏んではならない「踏み絵」なのです。

Persian_carpet_004

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2007年1月21日 (日)

福達磨母子運入之図

正月の掛け軸を片付けて、架け替えたのが、この軸。一年で最も寒いこの時期は、これくらい元気で明るい軸が良い。

              Daluma_001 正月から春にかけて関東周辺では、さかんに達磨市が開かれる。IWANAの住む岐阜でも達磨市は開かれるが、かならずしも歳時記に取り上げられるほど盛んではない。臨済宗の中興の祖といわれる白隠ゆかりの寺など岐阜にはたくさん在るのですが。

眉は鶴、髭は亀という縁起の良い高崎の福達磨を描いたもの。その昔の、高崎の達磨市のポスターの原画。印刷も終わり捨てられる直前に戴いて掛け軸に仕立てた。

禅は、以心伝心とか不立文字(ふりゅうもんじ)といい、言葉で言い表せぬ真理を心から心へと伝えるのが宗旨。しかし禅宗ほど言葉を弄する宗旨もない。言葉では言い表せないものだから絵なら少し多く伝えられるだろう、というのが禅画である。

画は当時の流行のイラストレーターの物。

面壁九年。あらゆる物を捨てる事で悟りを得た達磨大師が、いつのまに「商売繁盛大入叶」となったのか、自ら手も足も切って道にはいった達磨大師が何ゆえに「家内安全万福」の祈願の対象となったのか。

この国の出鱈目なおおらかさが楽しい今日この頃です。みなさんは、ご商売繁盛ですか?

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2007年1月19日 (金)

パワーストーン

振り返ってみると、たくさんの不運と、ほんの少しの幸運。でも僅かの幸運を大切に綴ってみると、人生も悪くはなかったかな、なんて思うのよね。

IWANAは、唯物論者で無神論者だから、神様なんて居ないと思っているし、キリストなんて嘘つきだとまで思っているのよ。でもね神様が居てくれたら良いなとは思っているのよ。

Pws_001 いくら頑張っても何ともならない事ってあるよね。いくら努力しても何ともならない時ってあるよね。

私は、頑張っているのだ! 私は努力の人なのだ!って人がいるよね。若い人なら良いけれど、同世代だったりしたら、このごろ、勝手にドウゾって、思ってしまうのよね。

人間はね、そんなに大したものでは無いし、頑張って何でも出来る訳では無いんだよ。

だから、これ以上できないから、神様 助けてくださいって云う自分が居ても良いと思うんだよね。

パワーストーンって奴、けっこうIWANAはぶら下げているのよ。

このブレスレット。ネット上で自分でデザインして作ったものだけど、オパール・アクアマリン・ルチルクォーツ・ターコイズ・タイガーアイ・真珠。希望やら愛情、金運・仕事運・癒しと願い事は盛りだくさんで。

携帯のストラップはミャンマー産の本翡翠の勾玉、シルバーの金具と併せてIWANAの自作。

IWANAの釣り友の、スケベのスーさんは、そんな物、買うくらいなら、錦三丁目の綺麗なオネーサンの処で一晩飲んだ方が幸せになれるという。

だからねスーさん、スーさんが二回いくところをIWANAは一回でいいのよ。綺麗なオネーサンにね、オパールは愛と希望・アクアマリンは愛の復活・ルチルクォーツは金運 見てごらん水晶の中に金の針がいっぱい入っているだろう・ターコイズ 旅行の安全、仕事運。なんて話をすると、愛のキューピットがIWANAの周りを、ゆっくりと廻り始めるのよ。

次に行った時ににね。君用に作って来たよ。インカローズにオパール・アクアマリン最強の恋愛運だぜって。

イャーン金運は?なんて綺麗なオネーサンが言ったらね。

金運なんてのはね男が運んで来る物だろ、女には必要無いだろうなんてね。

ティファニーのシルバー程度の予算で、レミー壱ダースくらいの効果はあるぜ。

みんな不運で、弱い自分を世間の風に晒して生きているのだもの。

時々、石に手をあてて、助けて下さいって祈ってもいいよね。

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2007年1月17日 (水)

「団塊のブログ」が本になりました。

なんて事を言ってみたかったのです。

Cocobk_004 とてもマイナーな自己満足の世界なのですけれど。

昨年の9月26日から12月23日までのブログを本にして見ました。

20年以上前、初めてワープロで書類を作った日の様な感動があります。

あくまで自費出版で書店に流通する様なものではありませんが。

最近は自費出版ブームとやらで、書店に並ぶはずも無い「自費出版」をやたら宣伝して煽る「商法」が問題になっているけれど、IWANAはあくまで「自己満足」の範囲内で、発行部数は11部(笑)。すでに完売、いや完配。

ブログのデータを、そのまま使い書籍化するのですが、校正が出来ない、改行が変な所で入ってしまう、レイアウトの自由が無いのでページ建てがおかしい、写真の大きさが思うようにならない。いろいろと不完全な部分がありますがコストパーフォーマンスを考えればマア満足すべき出来です。

ネット上で申し込み、デザインやらフォーマットを選択すると、出来上がり見本のPDFをメールで送ってきます。それを確認してゴーサインを出すのですが、会社によって違いがありますが、IWANAが申し込んだココログ出版は、PDFで確認を求めてきますが、校正については何もありません。つまり、校正はブログ上で完全に済ませておくという事でしょうが、改行やら一行空けるといった指定が殆んど飛んでしまったり、変な所に改行があつたり、そのままではとても不完全でした。しかし、20箇所程度の校正をメールで送ったところ、すぐに対応してくれました。もう少し直したかったのですが、多分これは本来のサービスに無いことだと思い遠慮し妥協しました。

写真印刷の仕上がり、製本もとてもよく満足しています。Cocobk_007

今回の、ココログ出版では117ページ、フルカラー、ハードカバーで1110万で済みましたが、ある出版社の見積もりでは30120万円なんてメールを送ってきました。団塊のリタイアをねらったアコギな自費出版詐欺なんて世界もあるようで気をつけないと。

昔、お爺さんが孫に話しを聞いてもらうには孫にお小遣いが必要だったよね。年寄りの戯言を本にして読んで戴こうなんて「納屋橋まんじゅう」も一緒に付けないといけなかったかな?

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2007年1月14日 (日)

アームチェアーフィッシング

2月1日は、渓流釣りの解禁。

Isu_foot_013

川釣りには二通りあって、アユ釣りと雑魚つり(渓流釣り)に分けられる。

ザツギョなどと不名誉な扱いだけど、ヤマメ・イワナなどの渓流釣りは、資源保護のため、産卵期の九月頃から一月いっぱいは禁猟となる。二月から三月にかけて河川毎に解禁される。

釣り師を襲う何時もの質問が、釣り師って、短気なんでしょ? 釣り師ってスケベなんでしょ?この二つ。

おいおい短気じゃ釣りは出来ないよ、日がな釣れない魚を求めて川を歩き回るなんて。でもね、気が長いという間抜けな奴じゃ釣りは出来ないよね、とりわけ渓流釣りは。

スケベかって、じゃあアンタすけべでない男は好きかい? スケベでなくって旦那が毎日、仏像彫ってるだけの男だったらどうよ、我慢できるかい? およそ狩猟という奴はスケベなものなのよ。でもね、ただのスケベだったら山で魚なんか追っかけていないぜ。

ハイネは「男は、遊んでいる時だけ、彼自身になれる」って言ったし、ニーチェは「男が夢中になれるのは遊びと危機のふたつだけだ」と言った。

中国の古い諺には「一時間幸せになりたかったら酒を飲みなさい。三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。永遠に幸せになりたかったら釣りを覚えなさい」って言葉があるのよ。

この時期、上の瞼と下の瞼を合わせると、釣師には川のセセラギが聴こえてくるのよね。

カーティス・クリーク、誰にも知られていない、自分だけの心の川。

在リもしない美しい川、有り得ない大漁を思いながらのアームチェアーフィッシングは、禁Fising_001 漁期間でも罰金は取られないよね。鑑札も要らないし。

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2007年1月12日 (金)

不徹底な数寄 その二

もし、念仏ものうく、読経まめならぬ時は、みづから休み、みずから怠る。さまたぐる人もなく、また、恥づべき人もなし。

と、鴨長明は山中独居の自由を謳い、

芸はこれ拙なけれども、人の耳を喜ばしめんとにはあらず。独り調べ、独り詠じて、みづから情を養ふばかりなり。

と、私のブログのようで。

「文は拙なけれど」、ただ私としては「みづから情を養う」のに楽しくて、徹底などとは程遠くて、中途半端で遊び半分である自由を愛した。

などと、居直りのようだけれど、ブログなどという「低度な情報」は、その程度と思って楽しんだ方がいい。この書き込みだってチョッと読んだ本のチョッと拝借だもの・・・。

前回の書き込みが、中途半端だったもので。でも、前回みたいな、短い書き込みのほうが、伝わるものが多いような気もするのです。

「物」って奴はね「言葉」じゃ無いのよね。語るならオシャレでなくちゃ、なんて自らを省みて三省の夜更けのブロガーのIWANAです。        オヤスミなさい。

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2007年1月11日 (木)

不徹底な数寄

一期の楽しみは、うたたねの枕の上にきはまり、生涯の望みは、をりゝの美景にのこれり。          鴨長明 方丈記

不徹底な数寄という生き方。いいよね。

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2007年1月 9日 (火)

アンティーク スケルトンからくり置時計

フランス製

今日は、9の日。岐阜の柳ケ瀬近くにある金神社(こがね)の骨董市。

Fc_001

今年の初骨董がこれ。中国人の骨董商から買った物。どうせ眉唾物だろうと思い切った値引きを。値札の三分の一以下、言い値の半額。あいては涙声だったけれど差し出した現金を受け取った。たいした、やり取りもなく現金を握らせて。

80年くらい前の品との事であったが、解体して調べてみると機械にMADE IN FRANCE 1731のFc_003 刻印。さっそくE・ブラットンの時計文化史やらアンティークの本を調べてみる。たしかに、そうであっても不思議は無い。パヴィリオンあるいはエビアリーを思わせる円柱のガラス、天地のグリーンのガラスが魅力的、天蓋は七宝、洋銀?のコラム、そうだ、これは水槽なんだ。中の球体が回転し固定針で時間を示す。三匹の金魚が機械仕掛けで泳ぐ。機械は問題なく動いている。機械物って楽しいね。さあ、ゆっくり調べさせていただきます。

とりあえず、いきつけの喫茶店で記念撮影

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2007年1月 7日 (日)

ウシュクベ 命の水

Usquaebach_006 岐阜は夜明けから雪です。おかげで街は静まり返っています。

休み明けに帰ってくるはずの娘が、この雪を理由に帰って来ないなんてことは無いよねなんて心配しなから酒を飲んでいます。

寒い雪の日は、命の水です。

このUSQUAEBACH 、ウシュクベ 或いはウスケボー、ケール語で「命の水」、ウイスキーUsquaebach_003 の語源となったもの。味はもちろん、香りがとても好い。なによりアンティークな雰囲気のウイスキージャグのボトルが気に入って買ったのだけれど。

隣の町内が大きな遊郭という環境で育ったIWANAは、子供の頃、銭湯へいくと必ず2~3人は身体中に刺青の遊び人のオジサンがいたものです。湯上りにそんなオジサンが隣に来ると、プ~ンと良いにおいがしました。酒の酔いのピンクの肌と刺青、ウイスキーのオシャレな匂い、下戸で酒を飲まない親の家庭に育ったIWANAには、そのウイスキーの匂いが、とてもオシャレでオトナで夢の世界のようでした。

今、暖かい部屋の中は、命の水の香りでいっぱいです。

Usquaebach_004

庭のプランターにはビニール袋、金魚には雪よけの傘をかけてやりました。Usquaebach_005

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2007年1月 5日 (金)

横山伸哉君の死を悼む

月並みだけれど若すぎる、余りにも早過ぎる。

享年49歳。

君の訃報を 「きっこぱぱさん」からのメールで知りました。新年の初メールが、君の訃報とは。

広告業界での君の活躍は以前から聞いていました。後輩の君の活躍は同じカテゴリーを追求してきた小生にとって誇りでもありました。

昨年暮の演研の同窓会に君が始めて参加してくれて、永年、噂に聞いていた君を観て、柔らかな物腰の向こうに君の切れと洗練を見たよ、うれしかった。昇りつめた君の肩書きを見て君の今までの努力を察し、そして今後の君の苦労を思っていました。

IWANAはかねがね、勤め上げた定年の翌日に、柿の木がバキッと折れるように死にたいと思っていました。いま荒波のなかでグシャグシャになりながら死ぬきっかけも掴めないまま恥をさらして生きながらえていますが。

君との別れに際し、二千年前のローマに生きたセネカの言葉を送ります。

「いずれは去らねばならぬ所を、少しばかり早く去ったところで、それが何でしょう。配慮しなければならぬのは、長く生きることではなく、充実して生きることです。芝居と同じように人生でも、問題は、それがいかに良く演じられたかであって、いかに長く演じられたかではない。」   君は役者として素晴らしかったよ。

若くは演劇を志し、そして魑魅魍魎の広告業界を激しく走り抜けた君に、先輩として言えるのは「短くない人生などない。」という事です。 よく頑張ったね横山、お疲れ様。Photo_1

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2007年1月 4日 (木)

オールドノリタケコレクション 8

オールドノリタケ画帖 複製原画 2

OLD NORITAKE  Gajo A World of Fascination

限定発行数 30部 左 8/30    18/30

Ongajo_001 2004年、ノリタケは創立100年を迎え、オールドノリタケの復刻商品を発売し各地でノリタケ100年展を開催したが、それに合わせてノリタケミュージアムが所蔵する貴重な画帖を、20054月、復刻し発売した。オフセットとシルクスクリーンの印刷技術を併用し、オールドノリタケの特徴的な技法である「金盛り」「盛り上げ」「金点盛り・ビーディング」もオリジナルに忠実に再現されている。とりわけ金点盛りは手描きでスタッフは大変な苦労だった様だ。絵付け見本帳であり、当時のアメリカ大陸を鉄道によって各地を売り歩いたセールスマンの商談用のカタログでもあった。当時の手描きの息吹が感じられノリタケの仕事の質の高さを見事に感じさせる素晴らしい物。復刻は、いずれも限定数量30部で貴重。100年展会場で売られたがノリタケミュージアムでも昨年の春ごろまでは売られていた。コレクターなら垂涎の品。

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2007年1月 2日 (火)

初詣

New_004 寒くはなったというものの

マフラーは要らない寒さのお正月。

ありがたい事です。

岐阜の初詣の人気No.1スポット 伊奈波神社の初詣風景です。

ひところの派手さは消えて

皆アフガニスタンのような 埃色の服ばかり

New_006

人出も晴天に関わらず 少ないような

誰もが神様なんて信じなくなったのか

誰もが幸せで神頼みなんて必要ないのか

たしかに お正月に 必死の形相で

人々が先を争って神頼みをする なんて世界は

幸せな世界とは言えないかも知れないよね。

誰もが そこそこ 幸せで

だれもが ほんの少し 不幸せで

神様が 居てくれたら いいと思う世界

そのくらいが ちょうどいい 幸せな世界かも知れないな。

幸せというやつが 限りがあって

誰にも平等に行き渡らない物ならば

神様

我が家の幸せは

夢を追いかけて頑張っている我が娘に 全てお与え下さい。

少し余ったなら 息子にも少し

それでも 少し余ったなら

家内の 足の痛みが 取れますように

我が家の分が 未だ少し 残っていましたら

私の 足の痛みは 我慢しますから

次のジャンボ宝くじで一等をお与え下さい。

前後賞までとは 申しません

それで 全ては解決いたします。

アッラー アクバル  神は偉大なり!

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2007年1月 1日 (月)

明けましておめでとうございます。

New_2 「低く暮らし、高く思う」

ワーズワスの詩の一節が、年の初めの、IWANAの心を捉えています。

たのしみは そぞろ読みゆく 書のなかに 我と ひとしき 人を見し時

                    橘 曙覧

Gudou_020

今年も 沢山の人と 沢山の書物との出会いを楽しみながら

風雅に心遊ばせ 言葉遊びのブログを進めてまいります。

よろしくお付き合いの程 お願い申し上げます。

                           IWANA

                             

                  日の出波  衣笠玉関

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