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2006年11月30日 (木)

四代目 竿治作 山女魚竿(やまめ) 

IWANAのフィッシング狂書 ①   

  

 二間半(4.5M) 六本継ぎ 並継ぎ 2本仕舞い 重さ約50匁(187g)、穂先は布袋竹(11節)、手元は淡竹(はちく)、胴は矢竹。替穂・替元付。

Fising_007_2 平成元年1月 東京上野の稲荷町東作にて求めた品。稲荷町東作といえば江戸・天明8(1788)から続く和竿づくりの名門、江戸和竿師系図の頂点に立つ泰地屋東作(たいちやとうさく)の末裔。現在の店主・本家東作 松本耕平氏は五代目泰地屋東作の息子。ちなみに銀座東作は三代目東作からの分家。六代目東作は耕平氏の叔父。

平成元年 まさにバブルの絶頂期でした。日本中で博覧会が18も行われていた時です。IWANAが渓流つりを始めて五年目くらい。ようやくアマゴやイワナをソコソコ釣れるようになって毎週のように山奥へ出かけていた頃です。課長にもなり、給料も増えボーナスもアレッ?って思う増え方で。

東作店主の松本耕平氏は同世代、彼もIWANAのホームグランドとする岐阜県の馬瀬Biku_005_2 川上流へ年に何度かはお出ましとの事で話しが盛り上がり、渓流竿がシーズンオフで店頭に無かった為、自宅の箪笥のなかのご自分用の物を、奥さんに届けて貰って・・・。東京出張の折の事で、申し訳ないが有り金のみで頂いてきた。いくらって?マンドリンの弦って何本よ?

明治の中期、和竿の三名人と呼ばれたのが三代目東作、初代竿忠、初代竿治の三人。塗りの美しさで独自の風格を作り上げた竿忠の弟子「竿治」は布袋竹の小継ぎと穂先削りの名人といわれた。

この竿「竿治」らしさに溢れた、美しい塗りの品。長さ、軽さ、強さ、調子、を求められる山女魚竿は、和竿のなかでも最も贅沢な材を必要とする、竹の逸材ばかりを必要とする面倒な竿。まもなく「幻の」と形容詞を、いや感嘆詞を付けなきゃならない逸品。

Fising_003_1 

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