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2006年10月17日 (火)

十四代柿右衛門 岩牡丹文 珈琲碗皿

                        マイカップコレクション 2

ヨーロッパの陶器を調べ始めると、どうしても日本の柿右衛門に行き着く。マイセンもデルフトもチェルシーも柿右衛門の写し。となるとコレクションに柿右衛門を加えないわけにはいかない。

Sk14でもね、来客にクラウンダービーでコーヒーを出すと、ほとんどの客は驚くが柿右衛門では驚かない、これってどうよ。

家内が坊さんにイタズラで、柿右衛門でコーヒーを出したら裏印をシゲシゲと見ていったといって喜んでいた。さすが坊さんというべきか、さすが柿右衛門というべきか。

もちろん柿右衛門は日本の誇り、これが手描きをやめて転写なんて事になったらとんでもない文化の喪失だよね。でもね、妙に有難がったりするのは好きじゃない。KPMやらヘレンドと真っ向勝負する現代の柿右衛門様式も見たいよね。

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コメント

最近の技術の向上で、転写と手描きの見分けもつかない、精巧な商品も多くなってきました。
手描きの良さって、筆に込められた絵師さんの息遣い、タッチ、作品に込められる思いが伝わってきます。
100年以上も前に描かれた作品などは、時代を経て残ってきた凄みも感じられるような気がします。
筆や絵の具は今のほうがずっと良いものがあっても、真似する事ができない昔のすごい技術もいっぱいあるのですよ。
本当に頭が下がります

投稿: るい | 2006年10月17日 (火) 15時51分

るいさん。
「物」には必ず物語があります。
モノは私たちとの係わり合いのなかで、一人称、二人称、三人称という三種類の「物語」を持ちます。一人称の物語は、その物に秘められた作者の物語。二人称の物語は、その物が所有者に渡る事による愛着の物語。三人称の物語は二人称の「物語」をこうして語り、感動を第三者と共有する事から生まれる物語。
るいさんのドッグアートは、その前に、ペットと飼い主の物語が更に加わるのですよね。
物づくりって極楽ですね。

投稿: 団塊堂主人 IWANA | 2006年10月17日 (火) 20時55分

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